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18.事故の記憶

年が明け早くも半月が過ぎた。

今年は暖冬で雪も少なく、庭の花壇のチューリップがすでに親指程の大きさの

芽を出している。去年の今頃は地面にまだ残雪があり、春の到来を心待ちに

しながら二人で毎日ここから庭を眺めていた。


「来週は美玖ちゃんのバースデーだよね。盛大に祝ってあげなくちゃね」

(うむ…)

「あ、ごめん…」

淋し気に頷く莉江の表情を見てとったマリアは慌てて口を噤んだ。

愛娘の満一歳の誕生日、それは同時に最愛の夫の一周忌でもある。

(そうね、本人はまだ分からないだろうけど、ちゃんとパーティー用の飾りつけ

をして写真や映像に残しておいてあげないとね)

「うん、そっちの方は私とリューにバッチリ任せて!」

笑顔を浮かべる莉江にマリアは明るく応えた。



「ねえ、まだなのぉー?!}

「もうちょい… 」

「機械いじりだけは得意のはずなのに、けっこう時間かかってない?」

リビングのテレビを直しているリューに向かって意地悪そうな視線を浴びせた。

「これでOKのはず… よっしゃあー!」

電源を入れると鮮明な画面が現れた。 

「わぉ、すごーい。さすが私のカレシだけはある!」

「なんだよ、そのころころ変わるカメレオンみたいな態度!」

マリアを睨み返した。

(ありがとねリューくん。車だけじゃなくて、いろいろ面倒かけちゃって。

ホント助かるわ)

頭を下げる莉江に、とんでもないと言うように手を大きく振った。

(さあ、お茶にしましょう。マリアちゃん、ちょっと手伝ってくれる?)

「OK!」



* * * * * * *



「Oh my God!!」

二人がキッチンの中に入るとテレビのローカルニュースを見ていたリューが

突然大きな声を張り上げた。


「どうしたの!?」

「こ、これ、俺が前いたところのオーナーだよ!」

「マジで!?」

二人の驚愕した様子に莉江もリビングルームに戻りニュースに見入った。

リューを解雇した修理工場のオーナーが金銭トラブルから知人の男に銃で撃た

れた。男は殺人未遂で現行犯逮捕されたが、多額の保険金をかけられた前妻や

従業員が不審な事故死を遂げている事件にも二人が関与しているという衝撃的な

ニュースだった。


「怖ーい! やっぱ相当な悪人だったのね。よかったねリュー、首になって。

こんなところで働いていたら狙われてたかもしれないよ」

「ああ、胡散臭い男だとは思ってたけど、まさか殺人までしてたとは…」

「でもさ、私いつも不思議に思ってたんだけど、推理小説とかテレビドラマで

よくあるブレーキオイルを抜いて事故に見せかけた殺人なんて、ほんとにあり

得るの? 坂道とか高速を走る前に一時停止でブレーキかけるから、分かり

そうなもんでしょ?」

「うん、普通はまず無理だな。けど、熟練の整備士なら不可能なこともないよ。

ブレーキホースに亀裂を入れたらその圧力で破れるから、そこから徐々に

ブレーキフルードが漏れ出すように巧妙に細工すれば。ま、それも百パーの

確率ではないけどね」

「そうなんだ… 恐ろしいねぇ…」


テレビから意識不明の重体だった被害者が死亡し、殺人未遂から殺人罪に切

替えられてたと言う続報が流れた。

「まっ、これでこの男も死刑か終身刑は確実だな」

「そうね、当然の報いよね。こんな凶悪な男たちが野放しなっていたなんて」

マリアは身震いするような恰好をした。



テレビ画面の犯人の男の名前と二人の会話を目で追っていた莉江は、顔面蒼白に

なりソファーに沈み込んだ。

欠落していた一年前の事故前後の記憶が甦った・・・

あの日、観劇が終わり帰路に立ち寄ったレストランで偶然藤森に出くわした。

テーブルに寄って来ていつものように嫌味な言葉を残した後、連れの男と二人で

店を出て行った。その男が今回の修理工場のオーナーかどうかは分からないが、

あの時あの場所に藤森が居合わせたのはとても偶然とは思えない・・・

『ブレーキが利かない!』と叫びながら必死の形相で車をコントロールしよう

としていた健介の横顔、それが意識を失う前の莉江が見た夫の最期の姿だった。



(あの男は、残忍な手口で私の愛するものすべてを奪っていった… )

怒りと悲しみ、恐ろしさで莉江の全身はわなわなと震えた。

























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