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12.運転免許

(ごめんね、長いことむかえに行けなくて。これからはずうっと一緒だからね)

莉江は愛犬をぎゅっと抱きしめた。

事故以来ずっと預けられていたノーラが半年ぶりに我が家に戻って来た。

一度は手放すことも考えたが、純一との想い出、健介との出逢いのきっかけを

作ってくれた『白い子犬』は、莉江にとって家族の一員、とても人手に渡すこと

はできなかった。


「よかったね、やっと戻ってこられて。これからはヨロシクねっ!」

頭を撫でられノーラは嬉しそうに尻尾を振った。

「ほーら、触ってごらん。ふかふかでモフモフしてとっても柔らかいよ」

マリアは美玖の手を取り白い毛並みに触れさせた。


(今日はごめんなさいね。せっかくのお休みだったのに…)

「全然平気、別に予定もなかったし。ドライブがてら楽しかった」

マリアは屈託なく応えた。

(実は… 私、ずっと考えていたんだけど…)

莉江は躊躇いがちに切り出した。

「……」

(車の免許、取ろうと思うの)

「ええっ?! 莉江さんが!?」

マリアは思わず声を張り上げた。

(そんなに驚かないで、聴覚障害者にも普通免許の取得は可能なのよ。

フランスでは一応、免許証もっていたの。でも、父が猛反対して内緒で取った

から、ほとんどペーパードライバー状態だったけどね)

莉江は照れくさそうに笑った。

意外と知られていないが、欧米のほとんどの先進国では重度の聴覚障害者にも

車の普通免許証の取得は可能である。日本でも数年前からワイドミラーや

聴覚障害者標識を装着することを条件に許可されるようになった。


(いつまでもマリアちゃんに甘えているわけにはいかないし、スーパーの買い

出しや美玖の検診くらいは自分で連れて行けるようにならないとね)

なるべくマリアに迷惑をかけないように銀行はオンライン、衣類や雑貨などの

買い物はネット販売を利用しているが、食料品だけはどうしても彼女の休みの

週末に一週間分をまとめ買いすることになる。若いマリアの貴重な休日を潰す

ことに莉江は心苦しさを感じていた。


「そんなの全然気にしないで。毎日のことじゃないし、それくらい私にヘルプ

させて」

(ありがと、でも近い将来、美玖の幼稚園の送迎だって始まるし、やっぱり

ここでは車は必須アイテムだもの)

郊外の住人にとって車のない生活は不便と言うよりほとんど不可能に近い。

特に莉江たちの住む新興住宅地の周辺は徒歩で行けるような商店はなく、

卵や牛乳などの生鮮食料品を買い足すには二、三マイルはドライブしなければ

ならない。


(それに、子供が生まれたら新しい車を購入することは決めていたの。

前のは、かなり年季が入ってたから。もっと早くに買い替えていれば… )

莉江の表情に翳りが走った。

あの事故の記憶は未だに欠落したままである。

走行距離はかなりあったが定期的なメンテナンスは怠らず実際、事故の直前

に点検に出したばかりでエンジンやブレーキ系統のトラブルは考えられない。

常に安全運転を心がけていた健介の居眠りやスピードの出し過ぎなど運転ミス

もあり得ない。いったいなぜ車がコントロールを失ったのか・・・

結局、事故原因は解明されないまま車は廃車になった。


「OK,莉江さんがそこまで考えているなら、早く免許が取れるように協力

するわ。ペーパーテストは問題ないだろうし、仮免が取れたらショッピング

モールが開く前の駐車場でパーキングやドライビングテストの練習できるしね。

私に、おまかせ!」

マリアはドーンと胸を叩いた。

(一回でパスするように、ママ頑張るからね!)

美玖に向かって莉江は大きくガッツポーズをつくって見せた。



* * * * * * * 



(やっぱり、日本車がいいかな…)

分厚い車のカタログを捲りながら莉江は溜息をついた。

マリアの特訓の甲斐があって一か月足らずでみごと免許証を手にすることが

できた。次は愛車マイカー の購入だが、大きな買い物にあれこれと迷い、どの車種に

するか決めかねている。


「私のカローラなんか、免許取った時に親に買ってもらった中古だけど、

七年間故障知らずだもん。性能、燃費,信頼度、どれをとってもアメ車より

絶対いいよ!」

断言するマリアを見て莉江はくすっと笑った。

「私、なんか変なこと言った?」

(ううん、そうじゃないの。主人も日本車信奉者で、まったく同じことを

言ってたのを思い出したものだから。ヨーロッパ車も安全では定評がある

よね、でも輸入車だからメンテナンスとか高くつくか…)

「そう、パーツ自体が高いし部品交換とかオイルチェンジだけでも相当

取られるみたいよ。けど、いいよねベンツとか、やっぱさ、乗り心地が

ぜーんぜん違うし…」

ケイの車でマイアミをドライブした時のことが頭を過ぎった。

外観やインテリアもさることながら、ほとんど振動のないスムーズな走行

に感激し、ボルボ、BMW.メルセデスに対して単なる『金持ちの好みの

高級車』と思っていた偏見が覆された。

「あーあ、ベンツなんて、私のお給料じゃ夢のまた夢かぁ~」

(メルセデスが無理なら、日本車でもちょっとグレードアップしてレクサス

なんかはどうかな?)

「それ、いいかも! 一応高級車だし、中もスペーシャスで乗り心地も

いいんじゃないの?」

(そうねぇ… 環境にやさしいハイブリッド車もいいかも… でも、やっぱり

予算的には…)

決心がつかない様子で莉江は再びカタログを捲りはじめた。


「あっ、そうだ! 〝アイツ” ならこういうの詳しいかもしれない!」

マリアは急に立ち上がると名案を思いついたように指をパチンと鳴らした。

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