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01.兄と妹(1)

愛の輪廻りんねー 命に限りがあるように永遠に続く愛は存在しないかもしれないけれど、死と再生を繰り返す不滅の愛は在ると信じたい……。



~莉江、その愛 Ⅱ~

ダウンタウンの中心にあるコーヒーハウスは昼時になると大勢の客で賑わい

はじめた。近くに大学病院があるせいかユニフォームの上にジャケットを

羽織った医療関係者の姿が目立つ。

男は窓際の席に座り外に広がる街の喧騒をぼんやりと眺めていた。


「ごめん、遅くなって!」

「いや、こっちの方こそ悪かったな急に呼び出したりして」

「ううん、全然平気。でもびっくりしちゃった、来月まで会えないと思って

いたから…」

息を弾ませ店内に入って来た若い女は嬉しそうにテーブルについた。


「予定が変更して一昨日おとといニューヨークに上がったんだ。

それで、マイアミに戻る前にマリアの顔が拝みたくなってな」

男は日焼けした精悍な顔から白い歯を覗かせた。

「そうなんだ… じゃあ、次の航海まで当分ゆっくりできるね」

半年ぶりの再会に女は満面に笑みを浮かべた。



日系アメリカ人のマリア黒木は去年大学の看護師過程を修了、メリーランド州

にある病院に勤務する新米ナース。外国航路の船員で一回り歳の離れた兄、

レオ佐伯は日系ペルー人。一見どこにでもいるような仲睦まじい兄妹だが、

互いの苗字と国籍の違いからも想像できるように二人の生い立ちには複雑な

事情が隠されていた。


二人の両親はインカ帝国に興味を持ちペルーに渡り帰化した日系ペルー人一世

だった。リマ市内で小さな雑貨店を営み二人の子供にも恵まれ幸せに暮らして

いた。が、レオが十二歳の時の大震災で家は崩壊、両親は焼死した。

一歳になったばかりのマリアを背負い逃げ出したレオは危うく命を取留めたが、

親戚もなく日本の家族とも音信不通だったため二人は孤児の施設に収容された。

半年後、幼いマリアは養女としてバージニア州に住む日系アメリカ人夫婦に

引き取られた。だが、小学生のレオにはなかなか引き取り手がなく養護施設に

残った。


マリアは、典型的な中流家庭のアメリカ娘として何不自由なく育った。

だが、ハイスクール三年の時に両親が離婚したのを機に彼女の人生は一変する。

離婚の原因は養父の不倫だったが、元々日本で生まれ育った母佳子との結婚に

反対しマリアとの養子縁組にも難色を示していた日系三世の祖父母は、二人の

離婚に大賛成した。不倫相手との間に実子が誕生すると、それまで優しかった

養父の態度も豹変した。

雀の涙ほどの慰謝料と十八歳になるまでの一年間の養育費では、経済的に大学

進学は厳しかった。アメリカでマリアが子供のころから目指していたナースに

なるには、特にRN(正看護師)は四年制の大学進学は必須である。

LPN(准看護師)は高卒でも二年間の専門教育を受ければよいが、単に

収入面だけでなく、ナースに与えられる医療行為の権限には雲泥の差がある。


六年前、心労が重なり病に倒れた母をかかえ進学の道を断念したマリアの前に

突如現れたのがレオだった。それは彼女にとってまさに青天の霹靂だった。

生き別れの兄の存在は養母の佳子にさえも知らされてはいなかったばかりか、

養子縁組のエージェンシーから身元を証明するようなものは一切、渡されて

いなかった。

ただ、赤ん坊のマリアが身につけていた『L』と彫られた羊のペンダントが、

レオが別れ際に妹と交換したものであること、両親が羊年の息子と娘にそれぞれ

LとMのイニシャルを彫って贈ったものだということが彼の口から明かされた。

この銀のペアのペンダントが二人が実の兄妹である唯一の証となった。

当時すでに貨物船の二等航海士になっていた兄は、四年間の学費はおろか

入退院を繰り返す母親の医療費や生活費を援助し母子家庭を支えてくれた。

卒業と同時に佳子が他界しためレオが彼女にとって唯一の肉親、頼れる存在と

なった。


「で、どうなんだ新しい職場は? 言い寄ってくる研修医なんていないだろな」

「いや~だ、お兄ちゃんたら。そんなのあるわけないでしょ!」

マリアは弾けるような笑顔を浮かべ大きなバーガーにかぶりついた。

「でも、やっぱOBGYNに移って正解だった。同じ院内なのに、ミルクと

ベビーパウダーの匂いの中で毎日元気な産声聞いてると、嫌な事とか仕事の

ストレスなんて吹っ飛んじゃう」

死と隣り合わせの癌病棟から命の誕生に接する産婦人科病棟に移動したマリアは

以前にも増して充実した毎日を送っている。


「そっか、よかったな。ナースの仕事はきっとマリアの天職なんだろ」

「うん、私もホントそう思う。ありがとうございます、すべて兄上さまの

おかげです」

お道化てぺこっと頭を下げた。

好きな仕事に従事し生き生きとしている妹の姿にレオは目を細めた。


「あっ、そうだ、私ね、今のアパート引っ越すことにしたの。」

「なんで?」

「ジェシカ、彼氏のところに行くのよ。新しいルームメイト探すのって結構

大変だから、下宿することにした」

「下宿って、どこに?」

「メールで話したでしょ、事故でご主人を失くした患者さんのこと?

彼女、来週退院するの。タウンハウスだからスペアルームもあるし、病院にも

近いし…」

「マリア、同情とか安っぽいヒューマニズムとかなら、やめたほうがいいぞ。

ルームメイト見つからないなら暫く一人暮らしをすればいいじゃないか。

家賃が大変ならそれくらい俺が…」

「そうじゃないの、私には一人暮らしはとても無理。ママが死んだ後、誰も

いない家に帰るのがすごーく淋しくて嫌だった。それに彼女、とっても

心が綺麗な人なの。一緒にいると、うまく言えないんだけど、なんかこう

癒されて温かい気持になるの。お兄ちゃんも一度会えば分かると思うわ」

「まあ、もう決めたことなら仕方ないが…」

レオは心配そうに妹の顔を見た。


「大丈夫、もう子供じゃないんだからそんなに心配しないで。

それより、お兄ちゃんの方こそどうなの? もうそろそろ船をおりて、可愛い

妹のそばで暮らすとか、綺麗な奥さんもらうとか?」

「いや、俺は当分『海の男』を続けるよ。こうして、たまーに可愛い妹に

会いに来るのがちょうどいい。それに、綺麗な奥さんは世界中の港々にいる

からな」

大げさに片目を瞑った。

「じゃな、またそのうち会いに来るよ。こっちはまだ寒いから風邪引くなよ」

「うん、お兄ちゃんも体に気をつけて、あんまり飲み過ぎないでね」

「おぅ!」

親指を掲げてレオは席を立った。



兄はいつもこんな風にふらっと現れては消えて行く。

再会を果たしてから六年になるが、一年のうち七~八か月は船上生活、残りの

三~四か月の休暇中に何度か会って食事をする程度で、マリアは兄の過去や

私生活についてほとんど知らない。

十七年間の空白を埋めるようにメールのやり取りは繁茂にするが、ペルー時代

のことはあまり話したがらない。聞かなくても施設を出てから船員になるまで

相当苦労したであろうことは容易に想像がつく。

国籍はペルーだがアメリカの永住権を持ち、船をおりると次の航海まで

フロリダで休暇を過ごす。ホテル住まいをしているが、特定の女性がいても

不思議はない。三十五歳、独身イケメンの船乗りに群がって来る女は星の数

ほどいるだろう・・・


『世界の港々に…』の話も満更ジョークではないのかもしれない、兄の後姿を

見送りながらマリアはふと、そう思った。


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