表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/2

第0話 プロローグ

 ――ここは都内某所にある図書館、”東京都立大世界律図書館”。

 ここは都内に点在している図書館の中でも、最大規模の敷地を誇る図書館である。

 周囲には大都会らしい超高層ビルがぐるりと取り囲む中、”自然と都会の調和”というコンセプトの元、その広大な敷地の大半を、たくさんの芝生や木々が占めており、ギリシアの神殿をモチーフに作られた図書館の建物が中央に鎮座していた。

 その日はとても穏やかな春の陽気に包まれており、日曜日の昼下がりということもあってか、外の木陰やベンチなどで読書を楽しむ人々の姿がちらほらと見られる。

 皆読書に夢中なのか、ぺちゃくちゃとおしゃべりをする者は誰1人としておらず、風の吹き抜ける音のみが、その静寂な空間を支配していた。

『ウガァァァァァァァァァァァァァッ!!!!』

 静寂を打ち破るかのように突如として響き渡った謎の咆哮に、ある人は驚愕のあまり、読んでいた本を思わず落っことし、またある人は何が起こったのかと座っていたベンチから立ち上がり、辺りをきょろきょろと見回していた。

 図書館内にいた他の利用客や職員たちも、突然の出来事にぞろぞろと表へ出てきた。

『あっ、あれはいったい何だっ!?』

 館内から出てきた1人の若い男性が、図書館の屋上を見上げながら大声で叫んだ。

 男性の声に反応し、その周りにいた他の利用客や職員たちも図書館の屋上へと視線を向ける。

 人々の視線の先には、少なくとも人間の類ではない”何か”が屋上で仁王立ちしていると思われる姿があった。

 太陽の逆光のせいで、”それ”がいったい何なのかだとはっきりと視認することこそできはしなかったが、地上に長く長く伸びるその影(シルエット)だけでも、その”異質さ”を表現するには十分すぎていた。

『ヴァーハッハッハッハッ!!』

 ”それ”は、大きく高笑いを挙げたかと思うと、およそビル10階分くらいはあろう高さからいきなり飛び降り、そのまま地上へと降り立った。

 着地の衝撃で、地面に大きくひびが入り、周囲を大量の砂埃が舞いあがる。

 周囲にいた者たちは、舞いあがった砂埃に目を覆ったり、衝撃で吹き飛ばされてしまう。

 しばらくすると、宙を舞っていた土煙も落ち着き、周りをはっきりと視認できるようになり、”そいつ”の、誰の目にも明らかなその”異形”な姿が徐々に露わになってきた。

 その見た目は人間のそれとは大きく異なっており、迷彩色の軍服に包まれた筋肉隆々の身体に、まるでワニのような、というかワニそのままの頭がくっついたような姿で、背中には真っ黒なマント、頭にはこれまた真っ黒なベレー帽を被っていて、胸には、アルファベットの”B”と、ページが開かれた黒い本をそのままくっつけたようなデザインのバッジが不気味に輝き、無数の棘が並ぶ、長い長い鞭を腰に携えているという、まさに”化け物”と呼ぶにふさわしいいでたちをしていた。

 地上に降り立ったその”異形の者”は、腰の鞭を手にし、地面を一度大きく打ち鳴らす。

 その勢いは凄まじく、割れた地面に更なる亀裂を走らせ、人々を圧倒させた。

 ”そいつ”はさらに、敷地中に響くような、大きく、そして野太い声で叫んだ。

『我が名は、秘密図書結社・マレフィクス=ビブリオーテカ、邪悪司書イーヴィル・ライブラリアンが1人、ウォルーメン将軍であるっ!! 今この時よりこの場所はっ、我らマレフィクス=ビブリオーテカの支配下に置かれることとなったっ!!』

 謎の化け物――ウォルーメン将軍はそう叫びながら再び鞭を打ち鳴らすと、紫色のまばゆい閃光とともに、全身黒タイツに、本を開いたような感じのマスクを被った戦闘員風の連中と、血のように真っ赤な鎧を身に纏い、腰にサーベルを提げ、首元には開いた巻物状の襟巻きをつけた、蛇のような顔をした怪人が姿を現した。

 そいつらが出現するや否や、ウォルーメン将軍はさらに続けて叫ぶ。

『マレフィクス=ビブリオーテカの忠実なる(しもべ)、ニゲル=リベルたちよっ、そして呪いの魔本、”魔禁書(プロヒビトラム)”より生まれし怪人、奈落魔本獣プロフォンドゥムよっ!! 我らが主、闇の図書館長・オブスクーリタース様の野望成就のため、その力、存分に振るってくるがよいっ!! ヴァーハッハッハッハッ!!!!』

『ヴォォォォォォォォォォァァァァァァァァァァッ!!』

 ウォルーメン将軍に呼応するかのように、怪人たちも雄叫びを挙げた。

『さぁ行け、愚かな人間共を、恐怖のどん底へと叩き落すのだぁぁぁぁぁぁっ!!』

 ウォルーメン将軍がそう叫びながら鞭を振るうと、怪人たちはその場にいた利用客や職員たちに一斉に襲い掛かる。

『きゃああああああっ!?』

『うわぁぁぁぁぁぁっ!?』

 突然現れ、そして自分たちを襲撃してくる化け物たちに、たちまち図書館はパニックに陥ってしまった。

 怪人の攻撃に、何の反撃もできぬまま、ただ悲鳴を挙げながらひたすら逃げ惑うことしかできない人々。

『ヴァーハッハッハッ!!!! 愉快っ、愉快っ、愉快っ!! 人間共が恐怖に慄くその姿、実に愉快ぞっ!!』

 目の前に広がる光景を見ながら、満足げに大声で笑うウォルーメン将軍。

『キャアッ!?』

 混乱の最中(さなか)、1人の若い女性が地面に走った亀裂に足をとられ、転倒してしまう。

 そのはずみで、持っていたカバンの中身が辺りに散乱する。

 女性が振り返ると、そこには蛇頭の怪人――プロフォンドゥムの姿が。

 女性と目が合ったプロフォンドゥムは、サーベルを構えながら、じわりじわりと女性に近づいてきた。

『いっ、嫌……っ!! やめ……っ!?』

 女性は必死でその場から逃げようとするも、あまりの恐ろしさに腰が引けてしまい、そこから動けなくなってしまっていた。

 そんな状態の女性の前に、プロフォンドゥムが仁王立ちになって現れる。

『ぃ……っ!?』

 恐怖のあまり、声にならない声を挙げる女性。

 目の前の恐ろしさに足がすくみ、逃げるに逃げることができないでいる女性を見下ろしつつ、プロフォンドゥムは構えていたサーベルを天高く振り上げ、非情にも、女性目がけて勢いよく振り下ろした。

『誰かっ、助けてぇぇぇぇぇぇっ!!??』

 女性が大きな声で叫んだ、その刹那。

『ぐげぎゃああああああっ!?』

 突如、プロフォンドゥムのすぐ後方で暴れていたニゲル=リベルのうちの何体かが爆発四散したのである。

 突然の出来事に、他のニゲル=リベルたちは一斉に爆発の起きた方向へ視線を向け、プロフォンドゥムも、女性の鼻先ぎりぎりのところでサーベルを振り下ろすのを止め、ゆっくりと振り返った。

『な……っ、何事だ……っ。いったい何が起こったというのだ……っ!?』

 大声で笑っていたウォルーメン将軍も、何が起こったのか分からず、目をぱちくりとさせている。

 その爆発はウォルーメン将軍が飛び降りた時以上の凄まじさで、周囲には先ほどを遥かに超える砂埃が舞っていた。

 土煙が漂うその中心――まさに爆発のど真ん中に、ぼんやりとではあるが、膝をついている”人影”があった。

『ヌゥゥゥゥ……、貴様ァ……いったい何者だぁぁぁぁっ!?』

 怒りが込みあがり、声を荒げながら”人影”に向かって叫ぶウォルーメン将軍。

『……。』

 ”人影”は何も応えず、しかしウォルーメン将軍の声に反応するかのようにゆっくりと立ち上がり、そして、砂埃の中からその”姿”を現わした。

『ぐぬぬ……っ!!』

 その”姿”を見たウォルーメン将軍が、怒りにさらに顔を歪ませる。

 土煙の中から姿を現わしたのは、足元まですっぽりと隠れるほどの白いコートを身に纏い、左目にモノクルをつけ、腰に長く細いレイピアと呼ばれる剣を装着した、背の高い若い男であった。

 その胸には、”守護司書”という文字が書かれた、開いた本の形をした銀色のネームプレートをつけている。

『答えろっ、貴様はいったい何者だぁっ!!』

 ウォルーメン将軍は、その男に向かって繰り返し同じセリフを叫ぶ。

『俺は”世界図書館機構ムンドゥス・ビブリオーテカ”所属の”守護司書ライブラリー・ガーディアン”、如月ショージだ。そして、またの名を……っ!!』

 コートの男――如月ショージは静かにそう言うと、長いコートをばっと翻し、右の手のひらを思い切り天高く伸ばし、そして叫んだ。

『ラーーーーイブ・チェーーーーンジッ!!!!』

 するとその直後、胸元のネームプレートが突然まばゆい光を放ち始めた。

『ウグァ……ッ!?』

 あまりのまぶしさに、思わず目を手で覆い隠すウォルーメン将軍。

 やがて、ネームプレートの光はショージの全身を包み込み、そして、バシュッという音とともに、ショージを覆っていた光が、まるで風船が弾け飛ぶかのように消え去った。

 次の瞬間、ニゲル=リベルたちを爆発四散させた如月ショージは、その影も形もなくなっていた。

 だが、その表現にはいささか語弊があるかもしれない。

 ”如月ショージ”は、どこに移動したわけでもなく、同じその場所に立っていた。

 ただし、その”姿”は先ほどまでの白いコート姿ではなく、赤に黒のラインが入ったスーツに、黄色いマントと本を開いた様子をモチーフとしたマスクを被り、腰に長い剣――”ライブ・ソード”を携えており、胸の部分には、”司書”という文字と思われるデザインが描かれた、銀色のプロテクターを装着した姿であったが。

 その姿はまるで、子どもの頃テレビで1度は観たことがあるであろう、”ヒーロー”のようであった。

 否、”まるで”や”のようであった”という表現は、この場合適切ではないだろう。

『貴様……、まさか……っ!?』

 その”姿”を目の当たりにしたウォルーメン将軍が、驚愕の表情をしながら1歩後ずさった。

『そうだ、俺は、俺の名は……っ!!』

 ショージはそれに答えるかのようにそう言うと、腰のライブ・ソードを手に構え、その切っ先をウォルーメン将軍へと向け、続けて叫ぶように言った。

『”愛と勇気の図書館戦士”ライブ・ファイターだっ!!!!』

 そう、”まるで”という表現はまったく適切でない。

 なぜなら彼は、本物の”ヒーロー”なのだから――



「わ~いっ!! らいぶ・ふぁいたーだぁ~っ!!」

 テレビの中で格好良くポーズを決めているのは、当時子どもたちの間で大人気だった特撮ヒーロー作品、『ライブラリー・ガーディアンズ』に登場するヒーロー、ライブ・ファイターである。

 その『子どもたち』の中には、当然ながら、幼かった頃のこの俺も含まれており、画面の向こうで襲い来る大勢の怪人(てき)たち相手にたった1人で立ち向かうその姿に、俺は大興奮しながら画面にかぶりつくかのように見入り、そして、幼心ながらライブ・ファイター(ヒーロー)に憧れを抱いていた。

 もちろん、その見かけや武器、闘い方などがかっこいいというのも憧れる理由ではあったが、それ以上に、”何かを守るために闘う”というヒーローのその姿に、俺は惹かれていたのかもしれない。 

 テレビの放送が終わると、俺は母親に買ってもらったおもちゃの剣を手に、家を元気よく飛び出した。

 大好きなライブ・ファイターを観終わってからヒーローごっこをするのは、俺の習慣となっており、その日も家のすぐ近くにある公園へとダッシュで走っていった。

 到着するや否や、早速見えない敵を相手におもちゃの剣を振り回しながら、ヒーローごっこをして遊ぶ俺。

 気分はさながら、本物のヒーローのような気持ちであった。

「ケンく~ん、そろそろ晩ご飯の時間よ~?」

 夕方になり、辺りが薄暗くなるくらいまで遊んでいると、いつものように母さんが公園まで迎えに来てくれた。

「は~いっ!!」

 俺は元気よくそう答えると、母さんの元へと走っていき、ぎゅっとその手を握りしめ、そして、公園を後にする。

 街のあちこちにあるスピーカーから流れてくる、”夕焼け小焼け”の若干エコーがかった合唱を耳に感じ取りながら、オレンジ色に染まる道を歩く俺と母さん。

 帰り道で話すことは、決まって大好きなライブ・ファイターの話。

 母さんは、興奮冷めやらぬ口調で話す俺の話を、いつもにこにことしながら聞いてくれた。

 もうすぐ家に着くか着かないかというところで、母さんが俺にこんなことを訊いてきた。

「ねぇ、ケン君。」

「なぁに、お母さん?」

 きょとんとした顔で訊き返す俺。

 母さんはにっこり微笑みながら俺に問いかける。

「ケン君は大きくなったら、いったい何になりたいのかな?」

 俺は母さんの問いに、満面の笑みを見せながら答える。

「ぼくね、ぼくがなりたいのはね――。」

 ……実を言うと、ここから先のことはあんまり覚えていない。

 まぁ、仕方のないことだろう。

 何しろ、小さかった頃の話である、無理もない。

 月日が流れていくうちに、幼い頃に抱いていたヒーローたちへの強い憧れも次第に薄れていき、俺が高校へ進学する頃にはあんなに大好きだったライブ・ファイターのこともすっかり忘れ、初めての高校生活に胸躍らせていたでのあった。

 高校生となった今では、あの時俺が何を言おうとしていたのか、まったく思い出すことができない。

 正直なところ、あまり積極的になって思い出してみようとも思わなかった。

 あぁ、これが”大人”になるということなんだろうな。

 そんな風に自分の中で納得してしまい、いつしか、そのこと自体あまり気に留めなくなってしまっていた。

 だが、高校2年になったある日、俺の前に現れたある”出会い”が、俺のそんな考え方を、運命を、そしてすべてを大きく変えることになってしまうとは、この時の俺は、まったくもって知る由もなかったのである――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ