生まれ変わっても盃を交わす仲で
時間は午後の6時を少し回ったぐらい。
今日は仕事も早く済んだし、会社に戻る必要もないだろう。
ということはあとは家に帰るだけなのだが、なんだか口寂しい気もする。それに仕事もうまくいったことなのだ、ちょっとしたご褒美を自分にあげてもいいだろう。
ということで馴染みの居酒屋へ向かうことにする。幸いここからは遠くはない。
「――らっしゃい。」
「いらっしゃいませ!」
比較的無口っぽい大将と、元気いっぱいの給仕。
実際の年齢の割に身長が低く子供っぽく見られる私が最初「ここは未成年はお断りなんだがな」と大将にぼそっと言われたのを思い出す。
免許証を見せて成人であることを証明したら二人に謝罪してもらった後一品をおごってもらったのはなんだかんだで良き思い出だ。
店の雰囲気もよく、酒も豊富で、何より料理が旨い上に価格も良心的だ。
お陰で会社の仲間を連れてきたりさせてもらっている贔屓の店になった。さすがに、会社の取引で使う気にはならないが。
よく見ると、まだ混み合うには早い時間だと思っていたのだが、店の中はいっぱいだ。これは座れるところがないかもしれない。
「カウンターでしたら開いてますよ?」
給仕はどうやら一席だけ開いている場所へ案内してくれる。
店の中はほど暖房も効いていて気持ちが良い、気分もここで晩御飯を済ませる気でいっぱいなのだ。ここまで来て満席でしたなどと言われてしまうのも辛いものだ。故に隣に人がいても大して問題はない。
普通の人間であれば。
いや、普通の人間だ。だがその佇まいと髪、そして雰囲気が物語っている。
この男は知っている人物だと。
だが、今はどうでもいい。まずは座って一杯だ。
「隣よろしいですか?」
私は仕事などで使う丁寧な口調で男に問いかける。
「ええ、どうぞ。」
一瞬こっちを見た男の顔が固まる。向こうも気がついたらしい。
「ビールと、天ぷらの盛り合わせを。」
給仕に注文し、私は彼の方を向く。
「――久しいな。源の。」
小声であったが、それで彼はわかったらしい。
「まさか……。」
ああ、実にいい顔をしている。これで一杯は軽い。
「まぁそう驚くな。今の私はこの店の客として飲みに来ただけだ。暴れる気などないよ?」
そもそも、この店で暴れて出禁になってしまっては目も当てられない。
「いい顔だ、噛み付いてやった時ぐらいにいい顔をしているよお前は。」
ちょうどいい感じに給仕がビールを持ってきてくれた。とてもいい感じに冷えている。この男と昔飲んだ時にはなかったものだ。
今のこの時代に生まれたことを幸せに思う。
「乾杯。」
私はそう言うと一気に金色で出来た酒を飲み干す。
酒精こそ軽いが、この喉越し、そして冷涼感はまさにこの時代に生まれたから堪能できる。
「――もしよろしければ、テーブル開きましたので。そちらに移動されますか?お知り合いでしたら積もるお話もあるでしょうし。」
給仕の女性が気を聞かせてくれたようだ。積もる話ならいくらでもある。勿論向こうが乗ってくればの話だ。
「ああ、お言葉に甘えさせてもらおう。」「ありがとうございます。」
大将も、酒を移動させるのを手伝ってくれる。
ついでに天ぷらも揚がったようで、一緒に持ってきてくれたようだ。
ついでに、追加の酒を頼み、私は男と相対する。
だが、まずは天ぷらだ。
牡蠣、わかさぎ、そして葱――おそらく九条葱。みてわかるのはそれぐらいであとは白身魚と思われるのがひとつ、もうひとつは全く想像がつかない。
ここの天ぷらはつゆも良いのだが、塩で味わうのが私の好みだ。
給仕が追加の日本酒を持ってきてくれたところに、さっそく正体がわからない俵状の天ぷらに塩を付け口へ放り込む。
ねっとりとした感覚が舌中を覆い、一瞬の塩味の後濃厚な味わいとさらなる甘みが口の中を占領する。
ああ、これは白子だ。
正体がわかったところに、日本酒。
きりっとした辛さが、濃厚な白子の味を一刀両断にしていく。
「やはりこの店はいい……。」
「まさか、この時代に生まれ変わってくるとはな……。」
私の正体にも気がついているようで話が早い。
「しかし、女性とは驚かされた。一瞬見誤ったかと思った。」
「最近では、妖怪や男の武将、船でさえ女性として描かれたりするそうじゃないか。ならこういうことが合ってもおかしくないさ。」
昔の自分では想像もつかないような小柄な女性の肉体ではあったが、これはこれで面白いものだ。
話しつつ天ぷらを食べていく。
白身魚は、どうやら甘鯛のようだ。鯛よりも甘みがあるとされることから名付けられたというが、甘ったるいという感じではなくまさに良き甘さである。
男が食べているのはあん肝のようだ。
肝は良い。魚のなかでも特に旨い部位ではないだろうか。
美味そうだなと思いつつ、ワカサギを。そして葱を平らげていく。
だが、足りない。もう一品行こうじゃないか。
今度は肉だな。とお品書きを見ていると、期間限定、数量限定で鶏のたたきがある。
これは頼まねばならない。
「日本酒の追加…今度は甘い奴がいいかな。あと鶏のたたきを。」
「鳥のつくねと、彼女と同じ日本酒を。」
「味はどうしますかい?」
大将の質問に、「たれで」と答える。
甘い酒に甘い濃厚なタレのかかったつくね。いい選択だ。
「――しかし、旨い酒だ。そして料理もあの頃とは比べ物にならない。」
そう、あの頃でこんな贅沢ができたのは帝。いや帝ですら無理だったかもしれない。
「良き時代になったものだ。」
男は同意する。
「しかし、酒に関してはお前に呑まされたやつのほうが良かったかもしれんがな。」
私の皮肉に男は苦笑する。
「あの時は悪かった。だがまっとうに戦って勝てるとは思っていなかった。」
「何、油断していた私が愚かだっただけだ、気に病む必要すらない。」
私は忘れるかのように、たたきと酒を味わっていく。
薬味が効いていい感じのパンチを出している肉に甘い日本酒。案外辛いほうがマッチしたかもしれないが、これはこれでよい。
「しかし、首は未だに祀られていると聞いたが?」
「ああ、まだ祀られているだろうよ。」
私は、首につけているチョーカーを外す。
男の目が一瞬丸くなる。まったくもっていい顔をしてくれるものだ。
私の首には、一筋の跡が付いている。まるで縄で縛られた後のようでもあるが、細い細い一本の跡は縄では付けれない。まるでそこから切り落とされたかのようになっている。
あまり見栄えが良くないので普段はチョーカーで隠しているのだ。
締めに、茶漬けを頼んだ。
まだ頼むのかと呆れられたが、ご飯物がなければ腹が減ってくるではないか。
「仕事は何をしているんだ?」
と私の質問、都でも良き役職になっていた彼のことだ、今でも面白い仕事をしていそうだったからだ。
「役所で課長をやっている。」
案外平凡というか、お前が課長って。と思わず笑いそうになる。
「お前はどうなんだ?」
「私か。私は会社の社長をやらせてもらっているよ。昔のように慕うものは多いのでね。」
男が一瞬笑う。
「何がおかしい。」
「その姿で、社長と言われても説得力に欠けるだろう?」
「ほっとけ。」
少しイラッとした私は茶漬けを一気にかきこんだ。
男と一緒に、店を出る。
時刻は9時を回ったところ。入った時間もあるが、まだまだ夜はこれからというところだ。
「久々に話せてよかった。いや、そもそも出会うとは思っていなかった。」
「私もだ、過去のことを水に流せてよかったよ。」
そう、過去は過去だ、自分が昔は何者であったかなど関係ない。
「また会えるか?」
「お前が望むならば。」
「本当か?」
「鬼に横道はないよ。頼光。」
「――残念だが今は違う名だ。源はあたってるがな。そう言えば名を聞いてなかったな。」
「伊吹だ。伊吹山の伊吹。わかりやすいだろう?」
私は、源に微笑んでついでに名刺をくれてやる。
「本当に社長だったんだな……。」
自分の名刺を渡しつつ、私の名刺を見てようやく信じたようだ。
嘘は嫌いだというのに。なんで信じてもらえないのだろうな。
「では。」
「ああ、お互いに良き夜を。」
別れた後、携帯が震えていることに気がつく。
確認してみると夫からのメールが何通も来ていた。
――そういえば、食べて帰ると連絡していなかったことに気づく。
「茨木、怒ってなければいいがな……。」
いや、メールを見るにそう簡単には済まなさそうだ。
夫の機嫌を取り戻すためにもなにか土産でも買ってから帰ろうと思うのであった。
ツイッターでネタを頂いたので勢いで書いてしまいました。
酒呑童子はツイッターでのとある人と某ゲームからのイメージです。
源頼光は、武将というよりはただの中間管理職っぽい感じになってしまいましたね。