ルート:いとこ
初投稿です。
追記:お気に入り、ユニークありがとうございます!
ヒロインは相変わらずイケメンの攻略をしている。一方私はデブスメンの育成をしている。
「ちーちゃん俺コレ食べたい」
「のりくん、次そういう甘ったれたこと言ったらぶちのめすよ」
ファミレスのCMを見ながらそんなことを宣ったアホに、引叩く勢いで言い返した。朝からモグラ叩きでもしているような気分である。
目の前でしょんぼり項垂れた私の従兄、法河 学は、弱冠十六歳の高校一年生にして横綱の名を欲しいままにする青年である。
彼はその二つ名の通り、将来の夢は関取ですと言っても欠片も疑われない容姿をしていて、しかしそんじょそこらのデブとは違い横だけでなく縦にもでかかった。
要するに、その辺のチンピラに絡まれても、でかさに物言わせた威圧感で簡単に追っ払えるような男なのである。実際に以前、私がリーゼント集団にカツアゲされかかったときは、そいつらの前に立つだけでそこから退かせるなんて荒技を体現してくれた。因みにのりくんが中二の時の話である。のりくんはんぱねえ。
以来、奴らはのりくんを見る度にどこぞの極道の如く花道を作るようになり、私はそれを見て真面目に彼が同い年かどうか悩んだものだが、その話しは置いておくとして。
別に体型困ってねえと無言で言ってのけるのりくんを、真剣に痩せさせなければならない事態が起きたのだ。私に。
時は、私たちが高校生として、新しい学校生活に胸踊らせた入学式まで遡る。
早朝、私は入学祝いに買って貰ったマリンブルーのスマートフォンを握り締め、傷一つないタッチ画面を凝視したまま固まっていた。
メールボックスに見覚えのないアドレス。この前アドレスを教えたばかりの友人からかと開いたメールは、全く理解できない内容で満たされていた。
――曰わく、我は神である。
世には私たちが生きる顕界の他に天界と魔界があり、その魔界に住む凶悪且つ享楽的な悪魔の一匹が、暇潰しの戯れに私に呪いを掛けたのだという。強力な、私の生死に関わる呪いを。
自称神はたまたまそれを見つけ、放っておいても良かったのだが、まあなんか可哀想だしなんて理由で私を助けることにしたのだそうだ。
ただし、こいつはそれを解く手助けをすることは出来るが、天界と魔界の協定だかなんだかにより呪い本体をどうこうすることは出来ないらしい。しかも手助けはこのスマホにメールを送るのみ。
期限は一年。
一年後、高校二年生の始業式までにのりくんの体重を六十キロまで減らさなければ、私は自分の足に躓いて死ぬ。
なんつー無茶な呪いだよ。
取り敢えず、信じられなかったので無視をした。
次に目を開けた時、私は七色に輝くもやのようなものに取り囲まれていた。
かくかくしかじか、懇切丁寧に事実であることを認めさせられ、私の末期まで直接見せられ、嫌がらせの如く黒歴史を暴かれ、まあなんか他にも隣のクラスに逆ハーレムを地で行く女が現れるとか隣の家のお姉さんはニューハーフとか、この世界は所謂乙女ゲームの世界でのりくんが実は攻略対象だとか衝撃的事実を伝えられ、いくつもの苦行を経た私は、それが真実であると受け入れたのだった。
私はベッドから飛び起きると、のりくん改造計画にとりかかった。私の命は、物凄く不本意だが現在驚異の百二十キロ越えしている従兄の減量にかかっているのだ。目標体重が約二分の一とか。
私の花の高校デビューがのりくん一色に染まることが決定した日である。
それから、なんとかかんとかのりくんを言いくるめて減量生活を始め、徐々に日差しから夏の兆しが見え始めた今では、当初の五分の一くらいは減量に成功していた。
従兄の減量メニューを考えるにあたり試行錯誤を重ねに重ねて出来たソレは、今や家族全体の減量メニューになっていたりもする。その反動で、というのも妙だが、元々少々(自己申告)太っていた私は現在奇跡の数十キロ落ち。体重が標準より痩せ気味の域まで落ちたのである。……元々の体重? 何それ食べられるの?
因みに、あの神は助けるとかほざいた割にメニュー制作について殆ど何の役にもたたなかった。奴の寄越してきた『神的ダイエットプロジェクト』は完全に、【対象:神】であり、人間は対象外寧ろ挑戦不可な代物だったのだ。次元を跨いだ反復横飛びとかなんなんだ。ていうか神様太んのかよ。
いやまあ兎に角そんなこんなで。
「ちーちゃんってば。学校行かねーの?」
「行きますよ」
「ん」
鞄を差し出してくれたのりくんに礼を言って家を出る。さり気なく靴用意してくれたりドア開けてくれたりして、紳士精神たっぷりなんだよねえ。脂肪もたっぷりだけど。図体でかくて不良もビビらせられる割にこういうところはきっちりしてる、というか。これで見目が良かったらのりくんの周りは女の子でいっぱいだったろうに。
「……今日も歩くの?」
「貧乏暇なしというようにデブのダイエットに休みなどないのだよのりくん」
「その使い方はなんか違うような気がする……」
テンポよく通学路を歩いていく。諭すように言葉を発した私の横で、のりくんは苦笑いを浮かべていた。
言い忘れていたが、私とのりくんは同じ屋根の下で暮らしている。……いや、それよりも、私たち家族の家にのりくんが居候している、と言った方が正しいか。
のりくんの両親は現在アメリカの首都ワシントンでバリバリ働いているのだそうだ。大手企業の偉い人に見初められたとかナントカ。元々その話が持ち上がったのは中三の夏頃で、のりくんに行く気さえあれば留学だって出来た筈なのだが、『向こうではデブへのイジメが酷いと聞く。それに異国籍なんてラベルまでついた目で見られたら、いくら俺でも心労で死ぬ』と言って断固拒否したそうだ。私はツッコミどころが多すぎてツッコむのをやめた。
そうして、我が両親は仲の良い親戚のよしみということでのりくんを引き取り、まあ年頃の娘いるけど二次元にしか興味ないし相手は昔から知ってる子だし大丈夫だろうと、彼の居候が決定したのだった。
「……うわ」
「何? どしたの、のりくん」
「あそこ、アレ。ヒロインちゃんだろ」
のりくんの呆れ声に思考が引き戻される。何事かと尋ねれば、彼の指す方向、私たちの斜め前をゆる巻き美少女と色とりどりの頭が通り過ぎた。
ああ、アレか。
私は思わず鼻を鳴らした。
沢山のイケメンに囲まれ、笑顔を振りまく薄幸の美少女。彼女の一挙手一投足には誰もが目をやらずにはいられないという。高一の一学期後半にも関わらず学校でその名を知らない生徒はいないなんて噂までされる天然イケメンハンター、有埼 萌生子。隣のクラスに所属する彼女を、神様は逆ハーレムを地で行く女と言った。だから私はヒロインと呼んでいる。いや別に馬鹿にしてるとかそういうんじゃなくて、なんというか……同じ女として、こうまで違うのかとある種尊敬の念を込めてだな。
あ、こっち向いた。
「あ、麻栄さん、と、法河くん。おはよう!」
「うん、おは……あー」
有埼さんは笑顔を向けたかと思ったら、返事を聞く前にイケメンを引き連れ颯爽と横断歩道を渡っていった。金魚のフンからの挨拶はなしだ。まあいつものことだが。
「……俺やっぱあの子苦手だわ」
「そんなことより、今日のお弁当は枝豆と豆腐のサラダよ」
「う、うーん……敢えて何がとは言わないけど、ちーちゃんも大概ヘタクソだよなあ」
「うっさい。ヒロインちゃんにかまけてる時間すら惜しいのよ、こっちは」
逆ハーレムは逆ハーレムで勝手に余所で形成してくれればいい。こっちは生徒会長だとか学校一の美形だとか少女漫画系イケメン不良とお付き合いしている場合じゃないのだ、そもそも。イケメンにうつつを抜かして一時のいい気分を味わうか、自分の命を大事にするか。私は絶対に後者をとる。
「ちーちゃん……」
「さ、のりくん。ダイエットは一日にしてならず。今日も張り切って運動するわよ」
「お、おう」
頬を緩めて笑みを浮かべる私とは対照的に、のりくんはもの凄く嫌そうな目で頬を引きつらせた。
ごめんね、のりくん。私まだ、死にたくないのよ!
♀♂
「……俺が痩せても、見捨てない?」
期限が迫り始めた一月一日。
あと三ヶ月しかないというのに全く減らなくなった体重に焦りを覚えた私は、彼の、今思えばフラグだった発言に一も二もなく頷いた。そりゃもう必死で。ここまで手塩にかけて育てた(?)のに痩せたらあっさりポイなんてそんなことしないよ!のりくんが素敵な青春を送れるようサポートするよ!とかなんとか。
それからというもののりくんは、嫌がっていた運動も積極的にするようになり、みるみるうちに痩せていくと、一年の終わり、終了式には目標以上の結果を叩き出してくれたのだった。
すると、以前神様が言っていた通り攻略対象だった彼は、昔の面影なんてその身長と目元の黒子くらいの完璧美青年になってくれました。うむ、美形うまい。
……そんな訳で。
「学くんっ! 隣いいかなあ?」
「千晴、いくら体重気にしてるからってこれは食べなすぎだろ」
「いや、うん……」
ヒロイン、のりくん、私である。
学校内でも話題になっていた法河激変事件は、一年間のりくんのダイエットを死ぬ気でサポートし続けた私が変身後も彼の側に居続けるのは妥当であるという暗黙の了解を作り出してくれた。同学年の子には『イケメンだけどデブの時から愛してる麻栄さんに勝てる筈ないよ』と言われ、事態は麻栄一途説なんて方向に落ち着いていることが判明したのである。
正直嬉しくないというか、別にのりくんのことは嫌いじゃないけど、なんだろう。どう足掻いても従兄なんだよねえ……。
まあ兎に角、無事目標達成して呪いも解けたし、条件により死亡ってのはなくなった。それだけでも喜ばしいと思うべきなんだろうなあ、うん。
……そしてまあ、その暗黙の了解を悉く打ち破りのりくんに接触しているのが、我らがヒロイン有埼萌生子氏なんだけど。
「もう、学くんってば聞こえてる?」
「ほら、とんかつ分けるから。食べなって」
「あーアリガトウ……」
のりくんスルースキルたけえなあー。ふふ、右一つ向こうからの視線が熱いや。どうしようもないけど!
のりくんのあの台詞は完全にヒロインライバルフラグでした。知ってたら頷かな、いやそうすると私が死んでた可能性がある、ってことは元から用意されてたシナリオ?!
……まさか、ねえ。
鳴り響く着信音。これは、スマホのメール受信用に設定しているやつだ。
いやな予感がする。
「? 千晴、ケータイ鳴ってるけど、いいのか?」
「うち帰ってから確認する」
のりくんに満面の笑みを返すと、昼食処理へ全神経を向けることにした。
ここまでの呪いは、私を更なるヂゴクへ引きずり落とす為の始まりにしか過ぎなかったのだ。