第一話「セクハラ魔王と破邪の輪」 その2
同時刻――ヘルレイム城、東塔。
「ふう。これで少しは懲りてくれれば良いのですが……」
リーネは窓を閉じるとピンクのツインテールを翻しながら向き返った。視線の先には上品なドレスに身を包んだ一人の人物。銀髪のウェーブロングとアプリコット色の瞳が特徴的な少女――リリア=ド=ユグドラシル(十六歳)である。美しさの中にも少女としてのあどけなさを残すその顔は、いかなる言葉を用いたとしてもとても表現仕切れるものではなかった。マキシムが入れ込むのも無理もない。完全無欠の超絶美少女である。
「マキシム様、大丈夫なのでしょうか。リーネ、あまり乱暴はしないでくださいね」
リリアはいささか心配そうな面持ちでリーネに声をかけた。
マキシムの求めを拒んでいるとはいえ、それはあくまで心の準備が出来ていないからであって、本心の所ではマキシムに思いを寄せている。
そんなリリアはマキシムが怪我でもしないか心配でならないのだ。
「大丈夫ですよ。リリア様。マキシム様はああ見えても魔王です。私ごときの攻撃では怪我などする筈がありません」
「それはそうですが、やはり心配です。少しは手加減を――」
「それはいけません! 手加減などしようものならあの変態はここぞとばかりにリリア様の操を奪いに来ますよ? 乙女の純潔というのは乱暴に迫られて渡して良いものではありません。きちんと紳士的に来ない限りは、私はこの部屋に入れるつもりはありませんので」
リーネは断固拒否と言った感じできっぱりと言い切る。その言葉を聞いてリリアは何も言い返せなかった。たしかに夫婦といえどもある程度の礼節は必要である。さかりの付いた犬猫のように迫られてするというのも、それはそれで女子としては微妙に感じてしまう。
ようするに、リーネの言うことも一理あったのだ。
「そうですね。無理やりはわたくしも嫌です。でも、マキシム様は真面目にしていればカッコいいですし、ロマンチックに誘って頂ければわたくしも……その……」
マキシムとの行為を想像しているのだろうか、リリアは顔を真っ赤にしながら両頬を隠すようにちょこんと抑えた。恥じらう乙女の姿は、はた目から見たら悶絶必至の可愛さである。加えてリリアはレジェンドクラス(伝説級)の美少女。
「くぅ~。ダメダメダメですっ。リリア様はリーネのものです。あんな変態なんかに触らせたりしませんっ」
あまりの可愛さにスイッチが入ってしまったリーネは、リリアに抱き着いた。
「あぁ~。リリアさま~。大好きですぅ~」
さらに愛おしそうに頬ずりもする。
メイドとしてはあるまじき行為なのだが、これがリーネの平常運転。女の身でありながらリリアの魅力にメロメロにされているリーネは、事あるごとにスイッチが入ってはリリアに抱き着いて頬ずりをしているのだ。
「わっ! リ、リーネ、苦しいです。頬をスリスリするのはやめてください」
「そんなー。リリア様はリーネの事が嫌いなのですか?」
「そ、そんな事はありませんけども……」
「うふふ~リリアさま~」
リーネがマキシムの魔の手からリリアを守っているのは、専属メイドとしての責務からなのか、はたまた独占欲からなのか……それは誰にもわからない。
ただわかるのは、リーネは相当にリリアの事が好きなのだという事。
その証拠に、
「さて、リーネ。わたくしはそろそろ休みますね」
「はい。では私もリリア様の隣で休ませて頂きます」
「え?」
「マキシム様があの程度で諦めるとは思えませんので、今晩は付きっ切りで護衛をいたします! (あぁ~。リリアさま~!)」
「そ、そうですか……」
リーネはさも当然であるかのようにリリアのベッドに入り込んでいく。
勿論、『マキシムが諦める筈がない』というのはあくまで建前であって、本音はリリアと一緒に寝たいだけである。そんなリーネの本心は、当然、リリアも見抜いているのだが、自分に対しての好意から来る行動のため、露骨に拒否する事も出来ず、結局、事あるごとにリーネとは一緒に寝ている。
奇しくも、夫であるマキシムの行動のせいで、嫁であるリリアがマキシム以外の人物(リーネが女とはいえ)とベッドを共にする状況になっているのだが、当のマキシムはその事を知っているのか知らないのか……。未だにリリアと同じベッドで寝た事が無いマキシムにとっては、むしろ知らないでいた方が精神衛生上良い事だろう。
「リリア様。お休みなさいませ」
「お、お休みなさい。て、手を握りながら寝るのですか……」
「当然です! あの変態がリリア様を連れ去ろうとしても、私ががっちりと手を握って離しません!」
「そ、そうですか……」
「はい!」
そんなこんなで、ヘルレイム城のなんの変哲もない夜は粛々と更けていった。