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第一話「セクハラ魔王と破邪の輪」 その1

 ヘルレイム城――。


 魔界首都ヘルレイムの中心にそびえ立つこの古城は、歴代の魔王達が住居として使用してきた大変歴史の長い城である。当然、当代魔王のマキシムも例に漏れずヘルレイム城で生活をしている。建物は大きく分けて三棟。正面に古城本館、両サイドに別館として東塔、西塔がそびえ立つように設けられている。二年前の勇者襲来の際に外壁などが一部破壊されもしたが、今は復旧も完全に済み、重厚、壮麗な出で立ちを元に戻している。

 魔界の夜特有の馬鹿でかい満月の下、神々しいまでの雰囲気を醸し出すその姿は、まさに魔王が住むに相応しい場所と言えるだろう。

 そんな古城の一角。西塔のとある室内に二つの人影があった。


「ククク……。ここからなら問題ないだろう。リリア、待っていろよ。今日こそは思う存分、愛してやるからな。お前の可愛い胸も、可愛い尻も、可愛い○○○も、みんな俺の物だ。優しく撫でて、舌で転がして、準備が出来た所で俺の熱くたぎる情熱を――」

 男は双眼鏡を使い、真向いにある東塔の一室を眺めながら、果てしなく下品な笑みを浮かべている。身長は約百八十センチ。普段から鍛えているのか、全身にほどよく筋肉を付け、癖のある黒髪は丁度耳にかかる位の長さで切り揃えられている。顔は一般的に見れば男前の部類に入るが、今は鼻の下が伸びているせいか、どことなく変態っぽい。

 いや、『変態っぽい』ではなく、完全に変態と言っても良いだろう。

 なぜなら……。

「うっ――若! 人の部屋で気色の悪い笑い声を上げないで下さいよ。気が散って読書が出来ないじゃないですかっ。大体なんで私の部屋にいるんですか! それと! いつも言っていますが裸にはならないでください!」

 そう、男は全裸だったのだ。もうまさしく、完全無欠の変態野郎である。

 だがまあ、何を隠そう、この全裸の男こそが当代の魔王――マクシミリアム=ド=ユグドラシル(十七歳)なのである。ちなみに今しがたマキシムに苦言を申し立てたのはマキシムの侍女、ココナ=ターリア(十一歳)。年相応のつるぺたな体と赤茶色のサイドポニテが特徴的な可愛らしい女の子である。

 現在、全裸のマキシムは、西塔のココナの自室から東塔のリリアの自室を眺めている。

 はた目から見れば、どう言い訳をしようが有罪判決は免れない状況なのだが、マキシムもココナも特に慌てた様子は見せていない。なぜなら、この状況は二人からすれば極々一般的な日常風景だからである。そう、まるで夜空に月が昇るのと同じくらい当たり前な。


「馬鹿者! なぜお前の部屋にいるかって、そんな事は決まっているだろう! リリアと愛し合うためだ!」

 マキシムはなんら悪びれた様子も見せず、ココナの前で仁王立ちをする。

 そんなマキシムの姿を見て、ココナはそれまで読み進めていた本を静かに閉じ、呆れたように嘆息を漏らした。

「ハア……。若、また懲りずに夜這いですか? 今までにリーネさんに何回、返り討ちにされたと思っているんですか? もう諦めた方が良いですよ……」

「バカッ――今までは今まで、これからはこれからだろ! 大体、おかしいだろ! 俺とリリアは夫婦なのに子作りはおろか、一緒に寝た事すらねーんだぞ! 嫁がいるのに童貞とかそんなん許されねーだろ!」

 少女に対して自身の童貞を宣言する。一体どんなプレイなのだと思われるかもしれないが、本人は至って真面目だった。というのもマキシムとリリアの夫婦生活についてである。

 元来、リリアにベタ惚れだったマキシムは、結婚初日の初夜に、早速、フェードインをしようとリリアに迫ったのだが、リリア専属のメイド、リーネ=クロトワ(当時十七歳)によって邪魔をされてしまう。リーネ曰く、リリアは繊細なので、心の準備が整うまではそのような行為は控えて欲しい。リリア自身もマキシムに好意を寄せているので、心の準備さえ出来ればマキシムの事を自然と受け入れる筈、との事だった。

 しかし、当時のマキシムは十五歳。たぎる欲望を抑える事などできる筈もなく、事あるごとにリリアに迫っては、その都度、リーネに返り討ちにされていた。そんな攻防の日々は、もうかれこれ二年になる。その間にリーネのガードを突破出来た実績はなし。ココナの言う通り、いい加減諦めた方が良い頃合いなのだが、マキシムは俄然燃えていた。障害は大きければ大きいほど、登る頂は高ければ高いほど、燃えてしまうのが男子の性なのである。そんなこんなで、マキシムは至って真面目に夜這いに取り組んでいるのだ。


「おかしいのは若の頭の中だと思いますよ。一応、訊いてあげますけど、今回はどんな作戦なんですか?」

 ココナはそんなマキシムに対してじっとりとした眼差しを向けた。

 侍女としてはあるまじき言動なのだが、これがココナの平常運転である。ココナがマキシムの侍女になったのは丁度、一年前。マキシムの素行を見かねた魔界元老院が、年下の侍女でも付ければ年上としての立場(所謂、妹のいる兄的立場)から大人しくなるだろうと判断して、ココナを侍女として城に招き入れたのだが、結果は全く変わらなかった。むしろ平然とココナに裸を見せるマキシムの図は、構図的には以前よりも変態度が増していると言えた。これには流石の魔界元老院も開いた口が塞がらず、以降はマキシムの事を放任している。


 そんな中、かわいそうなのはココナである。

 マキシムの侍女に任命された時のココナは、それはもう天にも昇る気分だった。孤児として施設で生活を送っていたココナにとって、ヘルレイム城に招き入れられるなど、人生最大の名誉だからである。加えて自分が仕えるのは魔王マキシム

 ――どんな人なのかな。かっこいいのかな。やさしいのかな。自分よりも年上だし、お兄ちゃんみたいに思ってもいいのかな。いやいや自分は侍女だからそんな事を考えたらダメなのかな。でもでも、少しは甘えてみたいかな。背は高いのかな。声はどんなかな――。

 城に入る前のココナはマキシムに対して、それはもう、並々ならぬ期待を寄せていた。

 しかし、実際に城で待ち構えていたマキシムは、女の尻を追い掛け回しているだけの超弩級の変態だった。ココナの夢や希望は、ものの数十秒で崩れ去ったのである。

 ココナは絶望した。もう、いっその事、城から追い出されたいとさえ思った。なので、マキシムに対しては敬うどころか、そこはかとなく馬鹿にした態度を取っているのだが、マキシムはそんなココナの態度を怒るどころか、むしろ積極的にコミュニケーションを取ってくる。奇しくもココナの希望の内、『お兄ちゃんみたいに』という部分はなんとなく叶ってしまっている状況なのだ。まあ、変態ではあるが。

 最近に至っては、ココナは完全に割り切っていた。

『若の行動をいちいち気にしていたら身が持たない』――と。

 齢十一歳にして人生には抗えない運命みたいなものがあるのだと悟ったのである。


 少女を悟りの極致に至らしめた当の本人は、「今回の作戦は何か?」という質問に対して、迷いのない口調で言葉を返した。

「今回は窓からリリアの部屋に侵入しようと思っている。今までの傾向から言って、正面切って侵入しようとすると高確率でリーネのトラップに引っかかってしまうからな。その点、窓の外ならば空中ゆえにトラップを仕掛ける事が出来ない。我ながら最高の策だぞ! リリア、待っていろよ。今夜は寝かさないぞっ!」

「はあ……。まあ、確かに空中ならトラップを仕掛けられる事はありませんが、逆に若はその空中をどうやって移動するんです? 空でも飛べるんですか?」

 ココナは仏頂面を浮かべながら窓の外を確認する。ココナの部屋のある西塔からリリアの部屋のある東塔まで、ゆうに二百メートルは離れている。助走をつけて飛べるような距離ではない。ココナの疑問も当然の事だった。

「おいおい。いくらなんでも空なんか飛べるわけねーだろ。只の魔王を舐めるなよな。これだよこれ、これを使って向こうに渡るんだよ」

 マキシムはそう言って足元にある仰々しい装いのボーガンを指差した。隣には長いロープも置かれている。それを見てココナはマキシムが何をするつもりなのか悟った。

「まさか、そのボーガンでリリア様の部屋までロープを張るんですか?」

「うむ。この伝説の武器、『ガガリオのボーガン』であれば余裕でリリアの部屋まで矢を放てるぞ」

「で、伝説の武器を夜這いの道具に使うんですか……」

 ココナは呆れて開いた口が塞がらない。ガガリオのボーガンと言えば魔界で十三しかない伝説の武器の一つだ。それをあろう事か、夜這いの道具として使う。それがどれほど大それた事なのかは、十一歳のココナでもわかる。しかし、マキシムはそんな事は蚊ほども気にせず、さも当たり前のような態度でボーガンを構えると、淀みない動きで矢を放った。

「よっしゃあ! うまくいったぜ!」

 矢は当然のように対岸にあるリリアの部屋の窓の上に突き刺さった。それを確認してマキシムは更に準備を進めていく。ロープをピンと張り、緩まぬようにしっかりと縛って固定し、ロープの上には向こう岸に渡るための滑車もつける。

 そんな手際の良いマキシムの仕草を見ながら、ココナはダメ元でマキシムに声をかけた。

「若、止めても無駄なのはわかっていますので、今更、止めませんが、せめて服くらいは着た方が良いと思いますよ。流石に全裸で乱入は女性的にはNGかと……」

「何を言っている! 俺とリーネの争いが二年近く続いているのはお前も知っているだろう? この夜這いはな、いわば戦なのだよ。戦場に出るのに剣を鞘に収めたままでどうする? そんな事では生き残れないぞ!」

 マキシムはキリっとした表情でそう言い放つ。セリフこそカッコいいが、なんて事はない。只の変態である。そのセリフを聞いて、ココナはもう何を言っても無駄だなと悟った。

「い、言っても無駄かもしれませんが、あまり無茶はしないでくださいね……」

「うむ。任せておけ。最後にココナよ。年上としてお前に素晴らしい言葉を贈ろう。『人生に打算など必要ない。なぜならば人生とは所詮、自己満足だからだ。ゆえに一瞬、一瞬を精一杯生きれば良い』どうだ? いい言葉だろ?」

「まあ、確かにセリフだけはカッコいいですね。――って最後って……それが若の遺言という事で良いんです?」

「おいおい。物騒な事を言うなよ。今日会うのは最後だって事だろ。――ったく、まあいい。行って来るぞ」

 そう言葉を残し、マキシムはリリアの部屋に向かい、突撃を開始した。

 その姿を見ながらココナは「確かに若は一瞬、一瞬を精一杯生きているなあ」と思った。

 当然、行動自体は一ミリも真似したくはないのだが、常に自分の気持ちに正直で、躊躇わず行動に移すマキシムの生き様は、少し魅力的でもあったのだ。

「さてと、若もいなくなった事だし、読書の続きでもしよー」

 ココナは先ほど閉じた本を開き、読書の続きに戻った。


『性懲りもなく来ましたわね!』

『ゲッ! リ、リーネ!』

『魔王ともあろうお方が、全裸で女子の部屋に乱入しようなど、許されると思っているのですか! 今日という今日は許しませんよ。その性根を叩き直させて頂きます』

『ちょっ! まて! そんなでかいハサミどこから――』

『庭師から借りてきたのです。マキシム様、御覚悟はよろしいですね』

『や、やめろ、そんな! ろ、ロープを切るんじゃない!』

『問答無用です!』

『あ、やめろ! うおおおおおーーーーーーーーーーー!』


 窓の外からは何やら騒々しい声が聞こえて来る。

 しかし、ココナは全く気にする事もなく、

「ふむふむ。ピンクのビラビラはこうなっているんですねー」

 黙々と読書を続けていた。

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