プロローグ
己の天命を悟っている者は少ない。
いや、ほぼ皆無と言っても良いだろう。
それは偉人と言われる人達でも例外ではない。彼らとて、生まれながらにして天命を悟っていたわけではなく、人生の岐路で行った様々な行動の結果、のちに偉人と言われるような偉業を成し遂げるに至ったのである。
未来はわからない。
それが人生の常と言えよう。
魔界において、史上最強にして最高の魔王と呼ばれたマクシミリアム=ド=ユグドラシル(通称マキシム)にしてもまた例外ではなかった。
彼が王位に即位したのは若干、十五歳の頃。
先代魔王が勇者の手によって崩御したため、長男にして第一皇子のマキシムが、通例に基づいて魔王の座に就いたのである。
側近からしてみれば、齢十五歳の少年に王位を継承させるなど、不安しか感じられない選択ではあったのだが、魔王の直系家系を途絶えさせたくなかったのと、他に候補者もいなかった事から『成人になるまでは直接の統治は魔界元老院が行う』という制約をした上で、マキシムに王位を継承させた。そして、早々に世継ぎを作るために、マキシムの幼馴染であるリリアという名の少女を正室として招き入れもした。
すべては魔界統治のための戦略的選択――の筈だったのだが、この選択はマキシムから魔王の自覚を失わせるに十分な物だった。
それもその筈。直接の統治は魔界元老院が行うという事は、とどのつまり、マキシムはあくまで肩書だけの魔王だという事になる。そんな環境下で治める者としての自覚が生まれよう筈がない。加えてリリアの存在だ。十五歳の少年が妻を娶り、公式的に子作りを容認されている。このような状況で、発情するなと言う方が間違っているだろう。当時のマキシムにとっては、魔界の事よりもリリアとの夜の営みの方が百万倍重要だったのである。
魔界元老院最高議長のラフィーネはのちにこう語っている。
「妾は当代の魔王の事を只のエロガキだと思っておった。しかしそれは間違いであった。あくまで周りの環境が悪かっただけで、本当は君主としての資質を十二分に持っておったのだ。運命を変えるきっかけは些細な事。そう、本当に些細な、後世に残すにはあまりにもバカバカしいきっかけであった。しかし、そのきっかけを境に、マキシムは見る見るうちに魔王としての頭角を見せ始めた。歴代最強にして最高の魔王と呼ばれるほどに――」
この物語は、マキシムが魔王に即位してから二年後のとある日から始まる。