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episode8

 チーフメカと監督の助けたいという感情と、それを助けたいという萌島と遊佐の感情が、技術をもって、ベッキーを助けてくれた。

 どのような技術も、最初に感情がある。だから、自分を生き続けさせるという事もできる。

 そのことに気付かせてくれた、エリナとのバトル。

 あれ、これじゃエリナを憎たらしく思うことなんてできないじゃないか。

「もう、馬鹿」

 と、ミラーを覗いて微笑む。

 かなり近付いてきている。

 こりゃ逃げ切れないか。ベッキーはドリフトをやめ、本気モードのラストパートをかけてゴール目指して突っ走る。

 もう残り四分の一もない。

 工学史上初めてであろう、アンドロイドとサイボーグのスピードバトル。闇に紛れてなので非公式になるだろうけど、最初の勝利の足跡を残すのは、どっちなのか。

 右に左にコーナーが繰り出され、それをクリアしてゆく。

 コーナーひとつクリアするたび、ゴールが近付く。

 その中で、ベッキーが「SHIT!」と思ったこと。

 RX-7のリアタイヤはコーナーのたび、余計にまわろうとして路面を掴みきらない。さっきのドリフトでリアタイヤがかなり消耗してしまったようだ。

 エリナはそれを見逃さなかった。

「しくじったね」

 いきなりドリフトをかましたのは意表を突かれたが、それが仇になっているのだ。

 立ち上がりのたび余計にケツを振るRX-7のリアテールを、コズミック-7のノーズが突っつく。

 立ち上がり加速はこっちが上。タイヤも温存している。

「くっ!」

 思わず奥歯を噛み締めるベッキー。調子に乗りすぎた。なんともかんとも、自分は人間だ。

 ミラーを覗く。後ろの動きをさぐって、進路を塞ぐしかない。気が付けばコーナーあと七つ。もう少しの辛抱だ。

「……」

 エリナはRX-7の動きを読み、こらからののシミュレートをする。

 あと六つ、五つ、四つ、三つ……。

 のこりふたつ。そして、ひとつ。右。

「ここを抜ければ」

 その思いが油断を生んだ。RX-7はコーナー立ち上がり、激しくホイールスピンをかまし、その制御のため加速が鈍る。

 思わずアクセルを踏みすぎてしまったのだ、おかげで余計なリアスライド。

「SHIT!」

 大声で叫んだ。その横合いからぶつけられるサウンド。RX-7のヘッドライトに横から交わるヘッドライト。

 立ち上がりをしくじったRX-7のイン側にコズミック-7。RX-7の後輪とコズミック-7の前輪が並んでいる。 

 響き渡る二台のロータリーサウンドを耳に、萌島と遊佐は箱バンから外に出て。駐車場のガードレールから半身身を投げ出しバトルを見届けようとする。

 向こう側から、こっち側から見れば左のコーナーから二台がやってくる。一気にロータリーサウンドがふたりにたたきつけられて、情けなくも後ずさりしてしまった。だが、首だけはしっかりと二台をとらえていた。

「おお、エリナがインか」

「あとは立ち上がり加速勝負っすよ!」

 その通り、コズミック-7が立ち上がりでRX-7を完全に抜いて前に出て、と遊佐は思い描く。

「Run the hazard!」(いちかばちかやってみろ!)

 ベッキー渾身の雄叫び。と同時にアクセル全開。スライドするリアをさらにスライドさせて、ステアはカウンターを当てて。

「また!」

 さあ抜いてやる、とインを付いてそのまま加速しようとしたその途端。RX-7は激しくホイールスピンをかましながら、弧を描くように回り込み、フルカウンターを当てたノーズをコズミック-7の進路に割り込ませる。

 このまま加速すれば、間違いなくそのノーズに激突かもしれない。エリナはとっさにアクセルを緩める。

「GO! GOGOGO!!」

 瞬時にエリナが怯んだのを見て、フルスロットルをやめてアクセルワーク、斜めを向いたままゴール目掛けて突っ走るRX-7。だがエリナも引かない。AIユニットが瞬時にアウト側のRX-7のノーズとイン側の山肌との距離を測り、そこに車一台分の幅があることを突き止める。ならば遠慮は無用だ。

 エリナもフルスロットル。

「まぢか!」

「いかれてるぜお前ら!」

 思わず叫ぶ萌島と遊佐。これはバトルの面白さに興奮するどころではない。ベッキーの捨て身。エリナの瞬時の判断、加速。今目の前で行われていること。

 箱バンのモニターはなにを映し出していることだろう。あとでじっくり検証してみなければ。

 とかなんとか考えているうちに、二台が駐車場の前を駆け抜けてゆく。ぶつけられるサウンドに、風の破片。

 どっちが前だ?!

「同着?!」

 ふたり同時に言った。

 まあいい、別にどっちが勝った負けたなど関係ない。今夜ふたりを走らせたのはデータ収集のためだ。

 駐車場の前を駆け抜けていった二台がUターンをして、こっちに戻ってくる。

 と思ったら。

 やけに二台とも元気よく叫んでいる。

「なに、もうおわりだぞ! まだ走る気か」

 慌てた萌島がガードレールから半身身を投げ出し手を振って制止する。だが、無視。

 そのまま二台はコーナーの向こうに消えていってしまった。

 遊佐はそれを可笑しそうに見ている。

「何がおかしい」

「いやいや、いいじゃないっすか。今夜は存分に走らせてあげましょうよ。ロータリーは燃費悪いから、どうせすぐ終わる」

「そういう問題じゃねえだろ。ベッキーはおろかエリナまでいっちまったぞ」

「それでもいいじゃないっすか。今夜AIユニットに大きな影響があったということで、後で調べりゃいい。面白いことになってると思いますよ」

 まったくと言いたそうに萌島はため息をつく。

「好きなんですねえ、走るのが」

 ぽそっと言う遊佐。

 ベッキーはともかく、エリナまでが。

 emotional technology 

 ふとその言葉を思った。音楽好きなプログラマー、ヘンゲルス姐さんがエリナに聞かせていた様々な音楽の中にあった、ミュージックアルバムのタイトルだ。日本語だと感情的な技術となるか。

 その通りになっちまったなあ。

 と、ふと思った。今夜、エリナに感情が芽生えた。


 最初こそRX-7が前だったが、わずかな隙をつき、コズミック-7がパッシング。

 並んだ時、運転席も並んで、お互いを見れば。お互い、楽しそうに笑っている。

(負けないよ)

 というメッセージを瞳越しに伝えて。

 それから夜空に叩き付けられるサウンドは、くうを揺らし。

 ふたりの「気持ち」を響かせる。


終わり。

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