episode7
タイトロープの上でダンスを踊るような、大胆さと繊細さ。
踏むところは踏まないといけない、でも、踏みすぎるとコズミック-7はどこへすっ飛ぶかわからない。
それをどこまでしていいのか、どの操作がどの程度まで許されるのか。それを数値化し、身体中のセンサーがその正確な数値をはじき出し。エリナのAIユニットはテラバイトの計算量をこなして、コズミック-7へと伝える。
無駄な動きのない、一切のミスのない走り。
加速減速ライン取り、すべてがスムーズで、それはまるでレールの上を走っているかのようだ。
「な、く……」
ベッキーはその正確な走りについていきながら、動揺を隠せない。どうしたんだと、クラゲが胸を突っつく。
「なによあれ」
今まで幾度となくナスカーの修羅場を潜り抜けてきた。名うての名ドライバーともタメで勝負してきた。しかし、あんなにも正確なドライビングをするものはなかった。
派手さはないが、基本に忠実な隙のない走り。そういうヤツが一番厄介だが。エリナはそれが人間離れしている。
カチンコにぶつかり合うサウンド、だが耳を澄ませばコズミック-7の基調の取れたサウンドがベッキーのRX-7のサウンドを飲み込んでいるようだ。
お互いにこの道は初めてなはずだ。それなのに、まるで何年も走りこんでいるようだ。
そのための、エリナなのだから。
得物は違うが、それは言い訳にならない。それどころか、マシン的にベッキーが有利なのだ。それなのに。
「……」
コーナーごとにインをうかがっていたが、やめた。これはうかつに仕掛けないほうがいい、ならどうする。
簡単。無理に無闇に仕掛けず、仕掛けられるところで、仕掛ける。経験と「カン」が、ベッキーにそうさせた。
RX-7はコズミック-7のオプションのように、後ろをついてゆく。
そしてそのまま、折り返し地点の駐車場に来て、折り返して。
(あそこで仕掛けるか)
コズミック-7のテールを追いながら、パッシングポイントを弾き出す。そうしていると、さらにクラゲが胸の突っつきを強めてくる。なんだろう、これは。
居心地が悪いことはない。それどころか、クラゲを手探りで捜し求めてる。それを掴むことができれば、そのクラゲの正体がわかる、ような気がする。
そうしながら、身体の隅々にまでパルスがほとばしっているようで。やがてそれがコズミック-7に仕掛けるイメージとして完成される。
ストレートらしいストレートのない、アップダウンのあるコーナーだらけのテクニカルコース。
インをうかがうことはしないが、コーナーでの突っ込みで、コズミック-7のケツに突っつきを入れる。たまに、追突しやしないかヒヤッとするが、上手くブレーキをコントロールして、もとい性能の良いABSのおかげですんででとめる。
「……」
エリナはちらっとミラーを覗いた。どうするつもりだろう。抜く隙を見せず、そのせいでキレそうになったか。いや、キレてしまったか。突込みがラフっぽい。
だが、このままゴールまで走るだけだ。
勝てる走りをしている。
ベッキーは、まだかまだかと、自身の定めたパッシングポイントを待っている。次々とコーナーが繰り出されてクリアしていっているのに、なかなかつかない。待っているときは、ほんとに長く感じる。
だけど、その中で気付いたもの。走っていて、たくさんのものに気付いた。
「エリナ、あんたはね。ただ操作しているだけよ」
後ろでよく見ていると、よくわかる。
あの扱いづらそうなモンスターをよく制御している。だが、それは型通りの操作をしているに過ぎない。どんなに速くとも、限界を超えていない。なるほど、確かにロボットだ。だけど、こっちは。
「あたしはね、あたしはね……」
コズミック-7が闇を切り開き、峠のワインディングを駆け抜け後ろを導いている。だがその後ろRX-7は、闇を切り開く役を奪い取ろうとしている。
大きく湾曲したやや下りの左コーナー。コズミック-7はイン側の山肌に吸い込まれるように、型通りインにつける。だが、RX-7は。
「走っているんだ!」
叫ぶと同時に、アクセルを踏んで。そのとき、クラゲを掴んだ。RX-7も叫んだ。
アウト側いっぱい、コズミック-7にかぶせようとする。
右側のミラーがガードレールとこすれるかこすれないか、ぎりぎりまでアウトによっている。
「ワォ!」
一瞬、ナスカーで走っていた楕円オーバルコースのフェンスを思い出す。興奮が蘇える、飽くなき走りへの想いが胸を突く。あのクラゲは、ベッキーの走りたいという気持ちの現われだったのだ。
「ベッキー!」
通り一片等な型通りの、アウトインアウトの走り。隙はない。だが、相手の意表を突く動作につけこまれる事もあるのだ。
(アウトから仕掛けるなんて)
パッシング=イン側から抜く。という、固定概念。エリナ、いや「経験の浅い」AIユニットはそこから抜け出せなかった。
モニターの波状がエリナの動揺を映し出す。
ベッキーは、ハイテンション真っ盛りだ。
「おい、どうしたんだ。エリナのヤツ」
「さあ、でもベッキーのやつに仕掛けられたのかも」
「なに、あんなに完璧な走りをしててか」
「完璧なんてないですよ。なにするかわかんないっすからね、人間なんて。そんな人間の前に、完璧なんて言葉は戯言でしかないっすよ」
自分の担当するエリナが動揺を覗かせて、遊佐はため息をつく。
恐れていたことがおこった。人間の不意打ちにあったら、エリナはどうするのか。そこまで予測はつかなかった。ただ、ふたりとも無事にここまで戻ることを祈っていた。
大きく湾曲するコーナー。
闇が向こう側を覆っているが、ヘッドライトで払いのければ、次の右コーナーが見えてくる。
コズミック-7と、そのコズミック-7の後輪に前輪を並べるRX-7、ヘッドライトでともに闇を払いのける。
(GO!!)
アウトからのぶち抜き。ナスカーでもやった。それをここでもしようとしている。アクセルを踏む。いける、このままいって、エリナをぶち抜きだ。
「アウト側から来るなんて」
楽しさから一転、突然のことに型通りの操作をするのが精一杯。
次の右、イン側に割って入るRX-7のヘッドライト。クリッピングポイントを照らす。
と意識して減速。すればRX-7が並ぶ。運転席も並んだ。ベッキーはエリナの方を向いて、お互いの顔をそれぞれの瞳に映し出し、一瞬、火花が散ったようだ。
でもこのまま行かせるに任せるしかない。鼻の差RX-7が前に出る。
「YEAH!」
会心の叫び。あとはこのままブッチギってやるだけだ。
だがエリナもこのまま済ますわけもない。バトルだというなら、やはり勝たねばならないだろう。自分は、人間を超えるために創られたのだから。それが、自分の義務なのだから。存在理由なのだから。
AIユニットに激しく巻き起こる電流の流れ。瞬時にしてテラバイトもの容量のプログラミングが、計算式と、その答えを弾き出す。
などとするうちに、右コーナーを立ち上がった。RX-7前、コズミック-7後ろ。
「まだまだ!」
右コーナーを、コズミック-7を従えて曲がる最中、ベッキーはアクセルを踏み込みリアタイヤをスライドさせた。パワースライドドリフトで、コーナーをクリアして、大きく振りっかえして、次の左もドリフトでクリア。
前に見たことのあるD1GPの走りを真似たのだ。大きくカウンターをあてて、激しくケツをを振るRX-7。
「ドリフト……!」
またも意表を突かれたエリナ。あのまま自分みたいにスムーズに走って、逃げるのかとばかり思っていた。だがそれはベッキーはお見通しだった。
「言ったでしょ、あたしは走ってるんだ!」
あんたみたいにただお決まりの操作をしているわけじゃない。
ヒス女のような悲鳴を上げるリアタイヤは白煙を上げて、後ろのコズミック-7にぶちまける。フロントウィンドウが煙にまかれ、まるで煙幕を張ってるようだ。
エリナは何も言わない。ただ白煙越しのRX-7のリアテールを見据え、瞳がRX-7のリアテールを映し、その奥のAIユニットへと流し込まれる。
手はステアを、足はアクセルを、身体がコズミック-7を操作する。そうすれば、ナンバープレートのナンバーがはっきりと読み取れる。
トリプルローター20Bのサウンドがぶちまけられる。
スケートリンクを滑走するようにケツを振りながらドリフトするRX-7、常に斜めを向いてタイヤは悲鳴を上げて。
グリップで走っている時とは違う、クイックなマシンの動き。中でシェイクされているみたい。でもそれが心地よかった。マシンの鼓動も、身体に伝わる動作や挙動も、すみずみまでパルスとなってほとばしる。
大きく息を吐き出す。
生きている。
スピードの中にあるものを身体で感じ取って、生を感じる。
走っているから生きる、生きているから走る。
(あたしは走っているんだ)
あのときのクラッシュでなにもかも終わりだと思っていた。でも、終わりじゃない、まだ続いている。生き続けている。
emotional technology
その言葉が浮かんだ。