episode6
「遊佐、何をする気だ」
「スターターですよ、スターター。バトルするならこうでなきゃ」
「漫画の見すぎだ」
「ははっ、アニメも香港映画もありますよ」
あっさり笑って返されて。何も言わず、萌島は手で頭を押さえる。ほんとに好きだなこいつ、と思わずにはいられない。
ベッキーが右側、エリナが左側にならんで。遊佐の先導に従い道に出て、前を並べて停まる。ロータリーのさえずりが、夜の空気を揺らす。
さえずり以外に音はなく。ただ夜空に月や星屑たちが地上を見下ろしているだけだ。それらから夜の闇とともに降り注がれ、覆いかぶさるようなるような静けさも、さえずりが揺らす。
それがやけに静か心地よくで、萌島は嵐の前の静けさを思った。
ふとベッキーは左を向いた、エリナがこっちを向いて微笑んでいる。
「負けないよ」
その言葉に、頬をやや引きつらせて笑ってかえす。しかし、ほんとうにエリナはアンドロイドなんだろうか。言われなければ、気付かない。でもこの緊張の中、微笑んでいられるのも、アンドロイドだからなんだろうか。
「OK。かかってきな。おもいっきりね」
とは言いながら、自分はサイボーグなんだ。ステアを握る手を見て。ふと、自分の手の中の機械の骨組みを思い出す。
アンドロイドとサイボーグの、ロータリーバトルってか。まさかこんなことになるとは、夢にも思わなかった。だがそれを実現させたのは、人間だ。
いったい、人間はどこまでいくんだろうだなんて、ふと思った。
「よーっし、きれいにならんだ! じゃいくぞ!! ごー、よん、さん、にー」
遊佐の絶叫カウントが始まると同時に、さえずっていたローターリーサウンドが一段と高まり、静けさに変わりあたりをその唸りが覆う。
萌島は耳を塞いでた。
ふたりは遊佐の挙げる手を見ていた。
「いち、ZERO、GO!」
腕が振り下ろされる。と同時にスタートダッシュ。
ホイールスピンをしながら、遊佐の両脇を走り行く二台のマシン。
スピードと爆音に少し怯みながら、振り返る。最初の右コーナー、コズミック-7が前で進入してゆく。
「ははっ」
と、遊佐は笑う。
萌島は腕を組んで、首を回しながら音を追う。
またエリナに先を越された!
苦々しく舌打ちする。
夜の静寂と闇を突き破りながら、峠のワインディングを突っ走るロータリーマシン。
エリナは新しくダウンロードした(ように感じる)、走る、ということが楽しかった。
ステアの操作、アクセル・ブレーキワーク、シフトチェンジ。すべてが楽しい。新しい遊びを覚えた子供のように。
さっきは駄々をこねてたコズミック-7だが、走らせ方によってはおとなしく追従してくれる。
ちゃんとブレーキを踏み、ちゃんと踏み加減を調整しながらアクセルを踏む。コーナーはアウト側から進入し、クリッピングポイントにつけて、加速しながら程よくふくらむ。アウトインアウト、スローインファーストアウト、当たり前のこと。
身体すべてで、すべてを感じ取って、中に取り込んでゆき。それをコズミック-7に動作で伝える。
そのために、AIユニットはテラバイトの計算を一瞬でこなしてゆく。
「楽しい」
ぽそっとつぶやいた。そのつぶやきは、マシンの叫びに飲み込まれる。エリナがアクセルを踏んで、飲み込ませた。
「なんてこった」
萌島と遊佐が、モニターを見て、そろって右手で頭を押さえる。モニターの波状が示す「状態」。
「うまく作ったつもりですけど。こりゃあ」
「ああ、まったく」
「うまく、いきすぎてますねえ。担当プログラマーのヘンゲルス姐さんのプログラミングは完璧でしたが、こりゃ完璧すぎですよ」
「お前もそう思うか」
「ええ、まさか……」
「今の段階で感情が芽生えはじめてるとは」
思わず口笛をふく。
「おそらく、コズミック-7を走らせて、その走り方を覚える過程で、AIユニットになにかの反応があったんでしょう」
「ありうる。新しい刺激が、エリナに感情を覚えさせたのかもな。あとでじっくり検証する必要がある」
しかし、このSFばなれした、峠の走り屋バトルをさせることで、開発中のAIユニットに進化が見られようとは。一体何がきっかけで何が起こるか予想が着かない。
自分たちは、とんでもないものを創り上げているということを、今さらながら思っていた。
もうひとつの波状、ベッキーの「状態」。やはり興奮している。
「ロボットなんかに、負けてたまるか!」
マシンの雄叫びをも掻き消すほど叫んだ。
「これみよがしに速さを見せつけて、可愛くないんだよっ!」
正統派ツインローターチューンのおかげで、スマートな走りができる。コースも覚えて、その走り方もさっきのでいくらか覚えた。あとは、ウデの勝負。
こっちはかつてナスカーのスーパーガールと呼ばれたレーサーなのだ。挑発するように震えるように見える、コズミック-7のリアのGTウィングが憎たらしい。
レーサーとしてのカンとセンスをすべてRX-7にぶつけ、コズミック-7を追いかける。
ステアを握り、アクセルを踏み。バケットシートに四点式ベルトで身体を固定して、肩をしめられる窮屈な感じ。たたきつけられるマシンの咆哮。加速、横揺れ。
すべて、スピードの中にある。
ヘッドライトのとらえるエリナとコズミック-7も、スピードの中にある。
吹き飛ぶ景色の中、闇の向こうへと消えようとしてゆくコズミック-7。
ガチンコにぶつかり合うサウンド、夜空に叩き付けられ、空を揺るがす。
コーナーが来た。ヒールアンドトー、右手でシフトダウン。二度マシンが吼え、減速する。突っ込みはこっちが上、やや近付く。だが、コーナー立ち上がり、向こうが上。パワーに勝るコズミック-7が、RX-7を引き離す。
「やっぱり、思った通り」
クリッピングポイントまでは、確実にこっちが勝っている。やはり、本来より重くて長いエンジンを積んだことで、マシンバランスが崩れているようで。そのおかげで相手をけん制するためのレイトブレーキができない。要するに、無理させられない。
あれこれと工夫しているのだろが、本来の姿を基本にしてチューンされたこっちのほうが、バランス面で優れている。
なら、勝機はある。こっちは多少無理が効く。
「突っ込みでぶち抜いてやるわ!」
RX-7がチューニングに失敗したスカイラインGT-Rみたいに、といってた。まさにその通りだ。
エリナもそのことを思っている。
このマシンの弱点はコーナーだ。
「どうするのベッキー?」
と、後ろに問いかける。
次から次へと、コーナーが迫ってくる。それを右に左にクリアしてゆく。そのたびに、RX-7がインをうかがっている。
「そうだよね。私でもそうする」
くすりと笑う。
大事なことを忘れてはいない? と、問い掛けたくもなる。
私はアンドロイド。あなたは……。
「エリナ、あんたはロボット。でもあたしは人間よ」
サイボーグだけど、心まで機械になったわけじゃない。そうだ、自分は人間なんだ。胸の中の、骨の組み込まれたクラゲ。それが、うごめいている。
「その違いを見せてあげるわ」
エリナはミラーを、ベッキーはコズミック-7のテールを見ながら言った。