episode5
「ふむ、エリナ優勢か」
「そうですね。さすが万能アンドロイド」
「自画自賛するなコラ」
「はは、自分が手がけたアンドロイドっすからね。無理ないじゃないっすか」
「まったく、こっちのベッキーはおたおた走ってるぜ。ったく」
と、それぞれが担当するサイボーグとアンドロイドの「状態」を見て一喜一憂する。
「RX-7で峠走らせてサイボーグとアンドロイドの運動性能のテストなんざ、なんともSFばなれした話じゃないか、ええ遊佐。お前のセブン二台使って、あいつらに追いかけっこさせて。シュミと実益の両立とは、なかなかやるじゃないか」
「いやいや、ほら最近アメリカのペンタゴンがロボットカーレースなんてしてるじゃないっすか。それを思うとこれもまんざらでもないっしょ」
「向こうはおおっぴらにしてるぜ、それに比べてこっちゃ闇夜に紛れてこそこそと、ゴキブリみたいだ」
「しょーがないじゃないっすか。金がかかりすぎて、いつ打ち切りになるかわかんない綱渡りしてるような組織なもんですから」
「ったーく、いくらスポンサーに金せびっても、足りやしねえよ」
「でも、それでも人助けできたわけですしねえ。オレらのやってることは、無駄じゃないっすよ」
「まあな」
と、まじまじとモニターを睨みつけるふたり。
エリナは平常そのものだが、どうも、ベッキーの心拍数が上がり気味なのが気になる。
(あいつなにを興奮しているんだ)
と、気が気でない。
折り返しの地点とする駐車場を過ぎ、コースは残り四分の一。
ベッキー、いまだエリナの後ろ。
ヘッドライトはなんとかコズミック-7のテールを捉えているが、それ以外に何もできない。
だけど、胸がドキドキする。
ステアを握る手、アクセルを踏む足。
叩き付けるマシンサウンド。
瞳に映るコズミック-7。
その中の、エリナというアンドロイドの少女。
すべてスピードの中にある。
自分もそうだ。
みんなみんな、スピードの中にある。
そう思うと、胸が張り裂けそうだった。
そのおかげでドライビングに集中出来ない。だけど、悪くない感じ。
胸の中でクラゲがただよっていて、そのクラゲに骨が組み込まれているような感じ。
何かが、胸の中で生まれたようだった。
それが気になってドライビングに集中できなくて。
そのまま、さっきいた、ふたりの待つ駐車場に帰り着いてしまった。
「よーし、ご苦労」
という萌島の声。ベッキーとエリナがそれぞれのRX-7から降り立つと同時に、箱バンから降りてきて。つかつかとふたりのもとまで歩み寄る。
まずためしに峠一往復走ってのデータ収集が上手くいったことを説明していて、その最中に遊佐が箱バンから降りてくる。
「ようベッキー、エリナとコズミック-7は速かったろう」
と、にやけ顔で言う。
「ええ、速かったわ」
その一言だけで、ぷいと横を向き、自分の走らせたRX-7とエリナのコズミック-7を交互に見渡し。
「ねえ、ひとつ聞いていい? エリナのマツダはどこか違うような気がするわ。コーナー立ち上がりやストレートは速かったけど、突っ込みが甘い感じね。あたしは初めての峠道でてこずったけど、車としてはスマートに走れたわ。同じRX-7でどうして?」
「なるほど、気付いたか?」
と、ますますにやけ、「んふ」と少し声を出し笑い、アゴをさする。
「エリナ、おまえはどうだった?」
「そうね、ベッキーの言うとおり突っ込みが厳しかったわ。パワーはあるけど、マシンバランスが悪いみたい」
「そうか、そこまでわかったか」
ご満悦そうな遊佐、聞かれてもないのにマシンの説明をする。
「エリナのはな、13Bじゃなくて、よりハイパワーなコスモのトリプルローターエンジン・20Bを積んでいるんだよ。おかげでRX-7がチューニングに失敗したスカイラインGT-Rみたいになっちまったがな」
と、少し苦笑いするように言う。
「これも遊佐の趣味でね、こいつは車の改造がとても好きなんだ」
「まあ、そういうわけだ」
「……、なるほど、それでコズミック-7なわけ。シャレがきいてるわね」
ということは、ベッキーの乗った方はというと、これも優の所有だという。やっぱりツインローターも好きでな。ときたもんだ。もともとセブンはツインローターマシンだというのに。
話を聞くとかなり道楽者で、他にも数台もっているという。が、ベッキーには興味のないことだ。
「邪道のトリプルローター、正統派ツインローター。ま、そんなところだ」
また、「んふ」と笑う。そのときの遊佐は、異様に不敵でふてぶてしい。
「おいおい、仕事中だぞ。ったく、いい気なもんだ。あ、そうそうベッキー」
「なに?」
萌島の呼びかけに、ベッキーは応える。どこか生真面目な相手の態度に、やや身をかたくする。データ収集で、なにかあったのだろうか。
「お前、走ってる時心拍数上がってたぜ。興奮してたか」
なるほど、そういうことか。そこまでお見通しとは。アンドロイドのエリナはともかく、自分の体が何かの機械と無線でつながっていると思うと、ぞっとしないでもない。しかし、これも自分が生きてゆくために必要なのだろう。
あのときのクラッシュで、それまでのベッキーは死んでしまったのだ。これからは、これからのベッキーで生きていかなければいけない。
そう、自分は純粋な人間じゃない。機械と生身の身体の組み合わせ、サイボーグなのだから。
「まあね。興奮してたわ」
「なんでだ?」
なんで? なんでそんなこと聞く?
なんでそんなことまで聞かれなきゃいけない? それくらいそのデータ収集でわかるんじゃないのか。言えば答えると思っているのか、ボタンひとつでなんでもいうことを聞くような機械に心までなったわけじゃない。
一瞬、エリナと一緒にするな、と思ってしまった。だけど、なんで興奮してたんだろう。日本の峠道は狭くて走りづらくて、そこへ来てエリナの後ろにつけたままで何もできず、むしろイラついてたくらいなのに。
だから、あのクラゲのようなものが胸の中に生まれたのだろうけど。
応えないベッキーに萌島は、「ふむ」とつぶやき。「なるほどなるほど」とのんきに言う。
なにがなるほどだ。
エリナはじっと黙って話を聞き、遊佐は相槌を打っている。それより、さっきから胸の中で生まれた骨の組み込まれたクラゲようなものが、うごめいている。求めている。その求めていることを、彼らに言ってほしかった。
「じゃまた走るか」
来た!
それを言ってほしかった、と胸の中のクラゲが言って。心をつっつく。どうしたんだろう。
「よし、エリナもまた走れ。さっきので車の運転もちゃんと出来ることがわかったからな。これからはロボットも人間にかわって車の運転をこなさにゃ、使い物にならんぞ」
実際、アメリカのペンタゴンはロボットカーレースなんてことをしいる。それにライバル意識が芽生えて、負けられない気持ちが湧いてくる。
「ふたりとも、さっき走ってコースは覚えたな」
その言葉にふたりで頷き、それぞれのマシンに乗り込む。
乗り込めば、エリナはウィンドウを開けて、ベッキーに微笑みかける。
それに気付き、一応ベッキーは右手を挙げる。顔は無表情のままで、これじゃどっちがサイボーグかアンドロイドかわからんな、と遊佐が皮肉る。
いや、ベッキーがベッキーだから、その表情なのだが。遊佐、鋭そうで、案外鈍いところもある。
(負けられないわ!)
かつて、ナスカーのスーパーガールと呼ばれていたことが頭をよぎる。そのプライドにかけて、ステージはどうあれ、バトルとなると負けられない。
「うし、どうせやるなら本格的にやろうぜ!」
と、遊佐は道に出て、二台を先導し始めたではないか。