episode4
夜空にロータリーの咆哮が叩き付けられる。咆哮を叩き付けられた夜空が揺れて、月や星屑たちが落ちてきそうな錯覚を覚えて。
萌島と遊佐は箱バンの機材のモニターをチェックしている。萌島の口元は引きつっていた。
「狭いな……、何が悲しゅうて男ふたりより添ってモニター睨んでなきゃいかんのだ。まったくむさ苦しい」
「そんなこといっても、仕事ですし」
「わかってら。んなこたぁ」
遊佐も狭そうにしている。やはり、男とふたりきりで狭いところにいるのは、むさ苦しそうだ。だが何かを思い出したように、にやっとして。
「でも先輩」
と、萌島に語りかける。
「なんだ」
「手術だのなんだので、ベッキーのスミからスミまで診てたじゃないっすか。あんな可愛いコの、ですよ」
後輩の言葉にひきつる頬をさらに引きつらせ、じっと目を据わらせる。
「な、なにがいいたい……」
「今まで目の保養をしてこれたし、これからも出来るんですから。ここは我慢っすよ」
「あほか! 外側だけならともかく、内側も見なきゃいかんのだぞ。それのどこが目の保養だ。俺を変態みたいに言うな」
「えー、そっすかあ? 結構まんざらでもなさそうでしたよ」
「そーゆーお前はどーなんだ。お前だって、エリナのスミからスミまで見てるじゃないか。それこそ、アンドロイドなのをいいことに顔にやつかせながら」
「いやいや、あれは自分の受け持つプロジェクトに誇りを持ってですね、自ずと顔が活き活きと」
「いってろ」
まったくという感じで、目をモニターに戻す。遊佐も同じくモニターに目を戻す。
「ふう、まあ、いい感じだ」
「そうっすね、ふたりとも異常なしですね」
モニターでは様々なデータが矢継ぎ早に繰り出され、「状態」をふたりに示している。
咆哮が静寂を引き裂けば、ヘッドライトは闇を切り開き、マシンは風を切る。風の破片を受けた道路わきの草花が、迷惑そうにおとなりさんと顔をあわせてひそひそばなし。
闇より吐き出されるアスファルトは上って下って右に左にうねって、そのまた向こうの闇はマシンを飲み込もうとしているようだ。
アメリカ人のベッキーのために用意された左ハンドル仕様のRX-7をドライブし。口を半開きに、車中の空気を吐き出し吸い込みしている。
目の前に、パープルメタリックのRX-7のテール。いや、RX-7のエンブレムのあるはずのところに、「COSMIC-7」という、自家製のエンブレム。
そのコズミック-7の意味がどんなものか知らないが。
「はやい……」
ぽそっとつぶやいた。
二台一緒にスタートして、そのスタートダッシュで引き離されそうになって。
同じRX-7なのに、何が違うのか。
特に立ち上がり、路面を蹴りだすパワーは向こうが上かあっさりと引き離される。
吹き飛ばされる景色の中、向こうの闇に吸い込まれているかのようにコズミック-7のテールが徐々に小さくなってゆく。
マシンこそナスカーのころに比べれば、扱いやすい。そりゃそうだ、市販者に少し手を加えた程度のライトチューン。ナスカーのモンスターマシンに比べれば乗りやすさはダンチだ。が、楕円オーバルに比べて狭いコース幅に、右に左に曲がりくねった山道のワインディングロード。
「だからあたしはラリーストじゃないんだってばあ!」
走るコースが、あまりにも勝手が違いすぎて。満足に走れない。それどころかワンミスひとつで山肌かガードレールにディープキッスだ。まるで狭い折の中に閉じ込められたみたい。
(HASHIRIYAって、こんなところ走るの!)
そういえば、「こんなところ」を走ってた日本の走り屋が、D1GPといったか、いまアメリカのレーシングコースでド派手はドリフトをかまして、アメリカのレースファンを驚かせている。というのを思い出した。ベッキーも何度か見たことがある。
彼らは、かつてこんなところで走ってウデを磨いたのだ。
「Crazy……」
ベッキーはその反対だ。アメリカ特有のオーバルから、こんな日本の山道を走らなければならない。
だが昔のことを思い出す暇はない。エリナを追わないと。
うかうかしてると、コズミック-7は闇に飲み込まれてしまう。そうはさせいじと、RX-7のヘッドライトが捕捉する。
車中にはマシンサウンドががんが鳴り響き、ベッキーにハッパをかける。アクセルを踏めばRX-7はリアタイヤで路面を蹴りだし加速する。
アクセルを踏めば、マシンが吼える。もっとアクセルを踏めと、けしかける。けしかけられて、そのままの気持ちで……。
ということを、エリナを追いながら、右に左に曲がりながら。
「マシンの調子はいいのに!」
ついてゆくのがやっと。
「ベッキー……」
エリナがミラーを覗きぽそっとつぶやいた。
目の前には自分を飲み込もうとしているように、闇が広がる。うねるコーナーの向こうを何度も何度も抜けて、その度に闇の出迎えを受けて。
コズミック-7のサウンドが全身に叩き付けられる。叩き付けられて、アクセルを踏めば、マシンとリンクするような感覚。
作り物の黒い瞳が、闇の吐き出すアスファルトを映し出す。
こっちはマシンが狭い狭いと駄々をこねている。アクセルも満足に開けられない。精一杯開けようとしても、すぐに閉じてブレーキを踏まなければいけない。
不自由なものだ。
でも、走っている。走っているという感触が、体の隅々にまで伝わり流れてゆき。
新しいプログラムをダウンロードしているようだ。
走る、という新しいプログラム。ダウンロードが終われば、インストールをする。
そんな感じ。
走るという、この新しいことが、AIユニットの中のマイドキュメントに加わった。
「ベッキーは、こういうことをしてたんだね」
ぽそっとつぶやいた。でもそのつぶやきは、マシンの雄叫びに飲み込まれた。