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episode1

 照り付ける太陽。

 太陽に照り付けられる、アスファルト。

 そのアスファルトの上を、疾走するマシン。

 風を切り。空に叩き付けられ、くうを揺るがす咆哮をぶちまける。

 楕円オーバルコースでのストックカーレース。

 ベッキーは前車のテールを睨みつけ、パッシングのチャンスをうかがう。

 全身をGとマシンのサウンドが叩き付け、押し潰されそうだ。それでも、アクセルを踏む。踏まなければ、ほんとうに押し潰されそうだった。

 踏まなければ、スピードに取り込まれそうだ。そんなのはいやだから、アクセルを踏む。

 右手にギリギリでフェンスが迫っている。手を伸ばせば触れそうで、ついほんとうにそうしてしまいそうになる自分がいる。

 全身を巡る血液の流れが速まり。勢いあまって汗と一緒に噴出すかもしれないような感触。

 アクセルを踏む足も、ステアを握る手も。何も感じない。

 でも、スピードだけは、感じられて。それだけを感じて。そこに、生も感じて。

 碧い瞳に写る、前のマシン。その向こうにあるアスファルトやらフェンスやら観客席やら青空やら、そこに浮かぶ白い雲に太陽。どんなにぐるぐるまわっても、永遠に続くように、なくならない。

 瞳を通じて、すべて自分の中に入ってくる。それはすべて、スピードの中にあって。

「すごいぞベッキー。スタートでしくじったのもなんのその、あっという間に2番手だ!」

 絶叫するアナウンス。興奮のまま叫ぶ観客たち。

「NASCAR(ナスカー・National Association for Stock Car Auto Racing.全米自動車競争協会)のスーパーガール、ベッキーに追いかけられなんて、こいつはなんて幸せな男なんだ。出来ることなら俺が代わってやりたいくらいだぜ。あ、でも追いかけられたあと置いてけぼりにされるから、やっぱり幸せじゃないか。そりゃそうだ、レーサーにとって表彰台の真ん中で勝利の女神にキスしてもらうことが最高の幸せなんだ。上からベッキーにシャンパンぶっかけられることじゃないんだ!」

 どっと笑う観客たち。それをマシンのサウンドが掻き消し、風とともに切り裂き吹き飛ばしてゆく。

 その黒いマシンの横っ腹にはチーム名「Relentless Cruel」(リレントレス・クルーエル。容赦なく凶悪)の文字をでかでかと貼り、ボンネットには黒い翼を広げ勢いよく炎を吹き出すドラゴンが貼っつけられている、ゼッケン666の、ベッキーのマシンが、前車のテールにつける。スリップストリームにつけて、いい感じだ。

 だが前とてトップを譲ることはできない、必死になって逃げている。ともに壁際ギリギリにつけて、路面を蹴りだし、楕円オーバルをぐるぐるまわりながら突っ走る。

「ベッキー、無理するな。まだ周回数はある、ゆっくりいけ」

 ピットからの無線の声が耳に入り込む。息を吸う。

 何もいう気になれない。いまはただ、前を追い、ぶち抜くことしか頭にない。そのいまが、そのときだ。

 執拗なストーキングに疲れ果てたか、前がペースを落とした。

(GO!!)

 自分自身にハッパをかけ、ステアを切り前を抜こうとする。相手の横っ腹が見える。

 それと同時に、一気に観客たちが叫ぶ。

「おぉーっと、ついにベッキーがしかけたぁー! トップだ、ついにベッキーがトップに立った!」

 ベッキーのパッシングに興奮した観客たちは総立になる。ゴー、ベッキー! という熱狂的なファンたちはやんやの大喝采だ。

 ナスカーのスーパーガール。まだ19の若いガールが、ナスカーに突如現れて、男たちを引っ掻き回している。それに奇跡というものを見出した観客たちは、みんなベッキーに首ったけだった。

 だが、チームはそうではないようだ。

「なんてやつだ、オレのいうことなんか聞きやしねえ」

 サングラスをかけた小太りの、ピットの監督はむっとしてモニターを睨む。気がつけば、テレビカメラが近付いてて、じっとこちらを睨んでいる。それを見て、下唇を突き出す。

「まだまだ周回数は残ってるんだぞ、それでラストパートってか。これじゃタイヤもマシンももたねえぞ」

 モニターに写るマシンは、徐々に後ろを引き離している。このままいけば優勝は間違いない。このままいけば、の話だが。ちょっとばかし速いからと、彼女を採用したことを決めた自分自身に疑問を抱いてしまった。

 それ以上に、怖いものがある。彼女はそれをわかっているのか。

(ベッキー、無理するな)

 眼鏡をかけたチーフメカニックが監督の表情を読み、ごくりとつばを飲み込む。

 ふと後ろを向いた。ピットの中にスポンサーの立て看板があった。その看板には、白い肌に映える黒いいビキニの水着でキメたベッキーが、これまた黒いハイヒールの映えるすらりと伸びた足を組んでレーシングマシンのボンネットに腰掛けている。目は挑発的にポスターを見るものを見据えている。まるでほんとのモデルのようで、レーシングドライバーにするのがもったいいないくらいセクシーでキュートだ。

 そのベッキーは今、アクセルを踏む。

 吹き飛ぶ景色、ぐるぐるまわる。

 感じるのはスピードだけ。その中で感じる生。

 何もかもが全身に叩き付けられる。

 向こう側に、ぐるっと回り込んでいるコースが見える。そこへいこうとして、気がつけば、楕円の囲むピットが目に飛び込んできた。

「!!」

 一瞬だった。目の前を、猛スピードでさっき抜いたマシンが走り去ったと思ったら、次から次へと、マシンたちが目の前を横切り走り去ってゆく。 

 それから、ほんとうに全身が叩き付けられた。

 あまりのハイペースにタイヤが泣きを入れて、マシンをスピンさせてしまったのだ。その勢いのまま、マシンはフェンスに激突する。

「ああぁーー、なんてこった! ベッキークラッシュ!!」

 フルコースコーション(追い越し禁止)、マーシャルがそれを示すイエローフラッグを振り。マシンたちはペースダウン。このクラッシュでレースは一時中断だ。

「GOD DAMN (ガッデム)!」

 監督がヘッドホンを地面に投げ飛ばす。

「いわんこっちゃねえ、あのガキ帰って来たらたっぷりお灸をすえてやる!」

 少し日本通な、寿司好きの監督らしい言い草だった。だが、チームのクルーたちは笑う気になれない。いやまて、という誰かの声、それから「Oh god」という言葉が、監督から漏れる。

「大変だ、ベッキーのマシンが火を噴いたぞ。で、でも、ベッキーはまだ出てこない、どうしたんだ。まさか気絶してるのか!」 

 さっきまで振られていたイエローフラッグが、今度はレッドフラッグにかわる。それが意味するもの。

 炎を上げるマシンに、マーシャルが消火剤を吹きかける、しかしその炎の勢いは衰えない。

 たらりとアスファルトを横切ろうとするオイルかガソリンかの液体に、火がつき。コースを横切ろうとしては消えてゆく。

 他のマシンたちは次々とピットインしてゆく。いつしかコースはがら空きになり。そのがら空きのコースに、悲鳴がふりそそがれる。

「なかなか火が消えない。マーシャルたちも一生懸命消そうとしてるけど……。それより、どうしてベッキーは出てこないんだ。他の男たちみたいに慌てて出てきてすっ転んで、手を挙げたりしないのか? どうしたんだベッキー。このままでは……」

 モニターを見かねて、チームの女性クルーが目を覆う。ふと、マシンの中のことを思ったのだ。あの炎の中で、ベッキーが。そう思うと、同じ女性として耐えられないものを感じてしまったのだ。

 それからどのくらい経ったか、やっと火の消えたマシンからベッキーが救い出された、が。待機するマーシャルがとっさに布をかぶせ、待機していた救急車に乗せる。

 布をかぶせられる前のベッキーのレーシングスーツやヘルメットは、真っ黒こげだった。彼女は、ぴくりとも、動かなかった。

「ジーザス……」

 チーフメカニックが、ぽそっとつぶやいた。

「ガッデム……」

 それに続いて、監督のつぶやき。

 結局、レースはこのままお流れになってしまった。

 そしてその翌日、ナスカーのスーパーガール、天に召されるとの記事が新聞に載った。

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