「パエリア」
清潔な風呂に入って出ると、脱衣所にいつの間にかパジャマが置いてあった。男のであろうパジャマに、これで丈をつめろとでもいうように安全ピンがウエスト部分にくっついていた。
袖と裾を何度も折り返してまくり、首へタオルをかけて廊下へ出ると良い匂いがした。そういえば朝にまずいコーヒーを飲んだっきり何も飲んでいない事を思い出した。
リビングの扉を開くと、ダイニングには食事が並んでいた。ちゃんとランチョンマットが置いてあって、その上に黄色いごはんが盛られた皿がある。
「なに、これ?」
黄色いごはんを指差すと、男はスープをカップに入れながら答えた。
「パエリア」
好き嫌いないんだろう、と言ってスープを差し出す。受け取ってランチョンマットの隣にコトンと置いた。
「ぱえりあ。ノリコもアキもごはんつくってくれるけど、ぱえりあは初めて」
「そうか」
男がちょっとだけ嬉しそうだった。
食事の準備が整ったのか、男が向かいに座る。
「いただきます」
言って、返事を待たずにスプーンでひとすくいして口に放り込む。
「おいしい」
男はやっぱりちょっと嬉しそうだった。
無言でパエリアを口に運び、食べ終えてスープを飲み干したところで、ビールを飲んでいた男に問いかけられる。
「で、さっきの子が言ってた事は本当なのか?」
「本当って?」
「その……俺が連れて帰ったっていうのは……」
「言ったじゃん。ネコ飼うって言ったって」
「だから俺はネコアレルギーだっつぅの……ネコなんて飼いたいなんて思ったことねぇよ」
「でも、ネコ飼うんでしょ?」
「飼わない」
「ノリコは飼う事になるって言ってたよ?」
「あ?」
「ネコが服脱いで上に乗っちゃえばこっちのもんだってノリコが言ってた。――男はそんなもんだって言ってたけど、そんなもんなの?」
男がまた絶句した。
「……その、ノリコって子、なにやってんだ、仕事」
「キャバ嬢」
「どんだけ偏ってるんだよ。悪いが俺にはそんな気はない。――こんなサルみたいなガキに欲情できるか」
「サルってナニ!?」
「サルだろ、髪の毛だって五センチあんのか? それ」
「サルじゃないよ。ネコなんだってば!」
「そこかよ……お前、ヒカリって名前なんだろう」
「違うよ、あたしはネコだよ」
もう疲れた。
男はテーブルに突っ伏して呟いた。