「……それは本当か?」
なんでまだお前はここにいるんだ。
ばしんと頭を叩かれて、目を開けた途端に言われた。男が険しい顔をしている。
「なんでまだいるんだ」
「ノリコが出て行かなくていいよって言ったから……」
ラグマットとソファカバーの間でもぞもぞと動く。ラグマットもふかふかで、想像通りに気持ちが良かった。
「一回出て行ったのか?」
「ううん。電話がきた」
「電話? お前、携帯持ってたのかよ」
だせ、といわれてもぞもぞと尻ポケットから携帯を取り出した。渡すと男はネコから携帯を取り、カチカチと携帯を操作する。
「ノリコ、これだな。――かけるぞ」
「なんで? ノリコいまたぶんいそがしいよ」
朝からつきっぱなしのテレビを見る。夜十時を過ぎている。ノリコはきっと今が一番忙しい時間のはずだ。
「お前を引き取ってもらう」
男が受話器を耳にあてて電子音に耳を傾けている。
しばらくすると、はいはーいというノリコの声が聞こえた。
『どしたのー? ヒマデン?』
「生憎、大事な話だ」
一瞬しんとしたかと思うと、次の瞬間ノリコの爆笑した声が聞こえた。ノリコの声も大きくてよく通る。
『アッやだ! カチョーさん!?』
「……はい?」
『あのコが言ってたの、今カチョーの家にいるって。カチョーさん、ヒカリの事飼うんだって?』
「違う、引き取って貰いたい」
『えー……でもアタシの家もアキの家もオトコがいるしなぁ……カチョーさんだってさぁ、一回自分が飼うっつったんだから、面倒見てあげなよー』
「飼うなんて言った覚えはないんだが」
『でもヒカリが言ってたよー? 昨日の夜ヒカリが公園のベンチで寝てたらカチョーさんが来て、ネコを飼ってみたかったんだって言ってヒカリかかえて家に帰ったんでしょ?』
男が手に持っていたスーツの上着をばさっと落とした。じろりとネコを見下ろす。射すくめられたようにネコはびくっと肩を震わせる。
「……それは本当か?」
ネコに言ったのかノリコに言ったのかわからなかったが、ネコはこくりとと頷いた。
男は朝より疲れた顔をしていたが、この数分で余計げっそりしたように見える。
『あっ、ごめん呼ばれちゃったから仕事に行くね。ヒカリ好き嫌いとかないし、本当に猫みたいだし、猫よりかは手ぇかかんないからさ。しばらくは家に置いといてあげてよ、一つくらい部屋余ってるでしょ、家広いんだから……はーい! 今行くー』
その声を最後に、ノリコの声は聞こえなくなった。
男は数秒立ち尽くすと携帯を閉じてネコに手渡した。
「色々聞きたいことはあるんだが……。とりあえずお前は風呂に入って来い」
「はぁい」