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ネコ暮らし  作者: yohna
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「カチョーの家」

 電話が鳴った。電子音の電話だ。


 ピリリリリと作り物くさい、耳に痛い音が聞こえる。ネコはその音が嫌いだったので顔に表情が出る。


 男がティッシュボックスのそばに置かれている携帯電話にちらりと視線を落とし、ディスプレイを確認すると片方の眉毛を吊り上げて舌打ちをし、電話を取った。


「もしもし」

『課長!!』


 リビングの入り口に立ち尽くしているネコにも聞こえるほど大きな声だった。


『ああ! よかった! あ!! こんな朝からすんません!』


 男は携帯を耳から思い切り話して顔をしかめている。耳が痛そうだ。すごく面倒くさいという顔を浮かべつつ、穏やかな声で喋る。


「聞こえてるから落ち着け。――どうしたんだ?」


 電話口の相手の声が小さくなって、ネコの耳では会話が聞き取れない。男は時折相槌の言葉を入れながら、ダイニングへ入っていく。携帯電話を肩で挟み、食器棚からカップを取り出す。


 その一連の動きを眺めていると、男がちらりとネコを見た。視線が合うと、男は手に持ったサーバーをちょいっと上げた。


 飲むか、ということらしい。


 ネコがこくんと頷くと、男は別のカップを一つ取り出してコーヒーを注ぎ、電話の相手と会話をしながらネコにカップを渡す。


 受け取って一口飲むと、飲んだ事の無いほどヘンな味をしていた。


「あぁ、わかった。すぐ向かう」

『ホントすみません! ありがとうございます課長!』


 べ、と下を出して苦味をやり過ごしていると、男がいぶかしげな顔をしてコーヒーを飲んだ。


「あぁ、また後で」


 パタンと携帯を閉じると男は残りのコーヒーを一気に流し込み、ほうっと息を吐いた。


「ということだ。俺は仕事があるんだ。さっさと帰れ。カップは軽く水洗いしたらシンクに置いていけ」


 それからネコを一瞥してネコの横を通り過ぎてリビングを出る。洗面所で顔を洗っている音が聞こえる。電動の髭剃りが動く音、ザリザリと髭が刈られていく音。歯を磨く音。


 次に男がリビングに現れた時、男はこざっぱりとした顔をしていて、髪の毛もセットされている。ネコよりもだいぶ大きな男の目は切れ長で、見下ろされるだけで睨まれているような気分になる。


「ホラ、早く帰る準備しろ」


 男がどこかの部屋に入っていく。追いかけて背中に問いかける。


「ネコを飼うんじゃないの?」


 男は服を脱いで白いシャツを着る。


「俺はネコアレルギーだからネコは飼わない。家あるんだろう、帰れ」

「イエはないよ」

「は?」


 シャツのボタンを留めながら、男がネコを振り返る。


「ネコはイエなきコなんだって。ノリコが言ってた」

「ノリコ?」


 男が袖口のボタンを留める。


「なら今までどこに居たんだ」

「ノリコの家」

「ならそこに帰れ」

「できないの、ノリコにカレシができたから。ネコはノリコにカレシができたらノリコの家から出て行くの」

「なら今までどうしてたんだ」

「アキの家にいってた」

「だったらそのアキって奴の家に行けばいいだろう」

「それもできないの。アキにもカレシができたから」

「お前には彼氏いないのか?」

「ネコにはカレシいないよ?」


 いつの間にかネクタイを結び終えていた男がはぁっとため息をついた。


「じゃぁそのノリコとアキに彼氏が居た時はどうしてたんだ」

「今までなかった」

「他の友達はいないのか」

「うん」

「いつまでコーヒー持ってるんだ。さめるぞ」

「まずいんだもん」

「あ?」

「これはコーヒーじゃない。コーヒーはもっと甘いもん」

「ブラックなんだから甘い訳ないだろう――なら、昨日はどこ行くつもりだったんだ」

「黒くても甘いもん。テレビで公園に住んでる人がいるってやってたから、公園に住もうって思ったの」


 男が絶句した。


「お前……ばかか?」

「ばかじゃないよ、ちゃんと公園に人が住めるっていう『ジッセキ』があったもん。『ジッセキ』があるならダイジョブだってノリコが言ってたもん」

「……頭が痛いな」


 言って、男はリビングの壁に掛けられた時計を見ると、ネコからカップを取り上げて残りのコーヒーを捨て、カップを軽く水ですすぐとシンクに置いた。

そのまま鞄と上着を持った男は玄関へと歩いていく。その後ろをついていくと、男は玄関先にずらっと並んで掛けられた鍵からいくつか鍵を取ると、そのうちの一つをネコに渡した。


「いいか、準備が出来たら出て行くんだ。鍵は閉めたらポストに突っ込んでおいてくれ」


 まくしたてる男を見ていると、ネコの姿をみて憐れむような顔を浮かべる。


「あー……その格好が嫌なんだったら風呂だの洗濯機や乾燥機をつかってくれて構わない。構わないから俺が帰ってくるまでには出て行ってくれ」


 寝室には入るな、不用意に色々詮索するなとあれこれものを言うと、男は出て行ってしまった。


 玄関先で扉をじっと見ていると、尻ポケットがぶるるっと震えた。ポケットから携帯電話を取り出すと、ディスプレイにはノリコという表示があった。


「もしもし」

『あっ! ヒカリ!? よかった電話にでてくれて。あたしてっきりヒカリはアキの家にい行ったと思ってたのに、アキから来てないって連絡がきてさ、もうチョーびっくりしたんだけど! アンタ今どこにいんの?』

「えーと……」


 ネコはあたりを見回す。ノリコの家の何倍も広い家、綺麗に整えられた家具たち。


「カチョーの家」


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