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コメディー短編(現代社会)

歓迎会で焼き肉に連れていってもらったんだけど……

作者: 多田 笑
掲載日:2026/07/04

しいなここみ様主催『やきにく短編料理企画』のための一品です。

 この春から、俺は社会人になった。


 大学では単位を取るだけで精一杯。就職活動を始めたのは四年生の夏になってからだった。


 周りの友人たちが次々と内定を決めていく中、俺だけが取り残されていく。


 焦った……マジで焦った。


 何社も何社も応募したが、書類で落ち、面接で落ち、気づけば卒業まで残りわずか。


 それでも諦めずに就活を続け、ようやく一社から内定をもらえた。そこは、求人票に「アットホームな職場です」と大きく書かれた会社だった。


 え?


「アットホームを売りにする会社はブラック企業だろ」って?


 ノンノンノン!


 面接で会社を訪れたときから雰囲気は穏やかだったし、実際に働き始めてからも、その印象はまったく変わらない。

 社員同士は笑顔で声を掛け合い、困っている人がいれば、自然と誰かが手を差し伸べる。


 確かに、この会社は新入社員があまり長続きしないらしい。でも、それは会社が悪いんじゃない。ただ、この居心地の良さが合わなかっただけなのだろう。


 俺は、この会社が本当にアットホームなのだと実感していた。


 なんてったって、社員全員が社長を「おじいちゃん」、部長を「お父さん」と呼んでいるくらいアットホームなのだから──。


 こんな素晴らしいホワイト企業に入社できて、俺は本当に幸せ者だぜ!



「焼き肉ですか?」


「そう。歓迎会も兼ねて、部署のみんなの親睦を深めようって話になってね。お父さんの行きつけの焼き肉屋でやるんだ」


「部長の行きつけ……」


(やったぜ! さすがホワイト企業! 焼き肉に連れて行ってくれるなんて……。しかも、部長の行きつけの店だ。高級焼き肉店に決まってる!)


「嫌いなものとかある?」


「ありません! 肉なら何でも好きです! 特にカルビが大好きです!」


「そうなの? 私もカルビが好きなの。ロースやタンもおいしいわよね」


(カルビ、ロース、タン……最高だ。好きすぎて『カルビロースたん』ってキャラクターまで作れそうなくらいだ)



 部長行きつけの高級焼き肉店。


「さあ、今日は腹いっぱい食べてくれ。全部、私のおごりだ」


(ぶ、部長……! いや、お父さん! 嬉しすぎて泣けてきます!)


「じゃあ、いつものお願い」


(かっけぇ……! 一度でいいから言ってみたい! 店員さんに『いつもの』って!)


 ほどなくして、人数分の皿が運ばれてくる。

 しかし、俺は皿を見た瞬間、首をかしげた。


(あれ……? これって……)


 薄切りの牛カルビでも、霜降りロースでもない。皿いっぱいに並んでいたのは、見覚えのある小ぶりな肉だった。


「あの……部長。これって……」


 恐る恐る尋ねる。


「もちろん鶏肉だよ」


 部長は不思議そうな顔で答える。


「焼き肉と言ったら、鶏肉だろ?」


(え……ええぇぇぇっ!? ち、違うでしょ! 焼き肉と言ったら牛肉でしょ! いや、鶏肉も好きだよ……。唐揚げ、焼き鳥、照り焼きチキン、チキン南蛮……鶏肉料理は大好物。でも、それとこれとは話が別! 焼き肉で主役を張るのは牛肉じゃないの!?)


「どんどん食べてくれよ」


(いやいや、『どんどん』って……)


 周りを見渡すと、部署のみんなは「いただきます!」と笑顔で鶏肉を焼き始めている。


(え……俺だけ? 焼き肉と言えば牛肉だと思ってるの、俺だけなの!?)


「お父さん、タンも注文していいですか?」


(先輩ぃぃぃ! さすがですぅ! タンと言ったら牛タンですよね! いや、豚タンもあるか。でも、少なくとも鶏肉じゃない!)


「ああ、もちろんだ。みんなも食べるだろうから、四人前くらい頼んでくれ」


(きたきた! ようやく焼き肉らしくなってキター! 牛タンにはレモンだよなぁ……)


 しばらくして、追加の料理が運ばれてきた。


 漂ってくるのは、スパイスの食欲をそそる香り。


(ん……?)


 店員がテーブルに置いた皿を見た瞬間、俺は固まった。


「あの……これって……?」


 恐る恐る指さす。


 オレンジ色のスパイスに包まれた、大きな鶏肉。


「タンドリーチキンよ!」


(え……タンって、()()ドリーの()()!?)


「せ、先輩……じゃあ、ロースは……?」


「ローストチキンよ!」


(ま、マジかよ……)


「じゃあ……カルビ! カルビは牛肉ですよね!?」


「違うわ! ダッカルビよ!」


(どうして……どうして全部、鶏肉料理になるんだ……)


「どうしたの?」


 先輩が心配そうに顔をのぞき込む。


「俺……ぎゅうが……ぎゅうが食べたいんです……」


「あら、そういうこと? だったら最初から言ってくれればよかったのに」


「え?」


(ついに……ついに牛肉とご対面か!)


 数分後。


 店員が運んできた皿を見て、俺は言葉を失った。


「あの……先輩……これは……?」


「え? 『ぎゅう』でしょ」


 先輩は当然のように答える。


「鶏胸肉の牛乳煮込みよ!」


(またしても……またしても鶏肉ぅ……!)



 その日の帰り道。


 俺は吸い寄せられるように牛丼屋へ入った。


 一口、牛丼を頬張る。


 ようやく口にできた牛肉。

 それなのに、不思議と心は満たされない。


 この会社で新入社員がなぜ長続きしないのか、その理由を理解できた気がした。

鶏肉料理が出てきたらテンション上がるんですが、焼き肉屋さんで鶏肉が出てきたらテンション下がりませんか? 私だけですかね……。


最後までお読みいただきありがとうございます。

誤字・脱字、誤用などあれば、誤字報告いただけると幸いです。

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― 新着の感想 ―
鶏肉、ヘルシーでいいじゃない(・ω・) セセリ、ささみ、ももむねボンジリ、手羽中手羽元手羽先、レバー、ハツ、砂肝に皮、ヤゲン、ソリレス、とさか。 ほら、部位も食べ方も牛さんに負けちゃいないよ(*'▽'…
こういう静かに狂っている会社ほど、黒い羊が現れた時の嫌な団結力が怖い。 ブラック企業化する時やパワハラする時も、全く気付かなさそうですね。
「焼肉連れてってあげるよ!」って言われたら、牛肉のお口になっちゃいますよねぇ。 鶏肉は好きだし、家で食べるのは大体鶏肉なんですけどもね。 あっ、アット・ホームって、そういう意味?(たぶん違う)
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