歓迎会で焼き肉に連れていってもらったんだけど……
しいなここみ様主催『やきにく短編料理企画』のための一品です。
この春から、俺は社会人になった。
大学では単位を取るだけで精一杯。就職活動を始めたのは四年生の夏になってからだった。
周りの友人たちが次々と内定を決めていく中、俺だけが取り残されていく。
焦った……マジで焦った。
何社も何社も応募したが、書類で落ち、面接で落ち、気づけば卒業まで残りわずか。
それでも諦めずに就活を続け、ようやく一社から内定をもらえた。そこは、求人票に「アットホームな職場です」と大きく書かれた会社だった。
え?
「アットホームを売りにする会社はブラック企業だろ」って?
ノンノンノン!
面接で会社を訪れたときから雰囲気は穏やかだったし、実際に働き始めてからも、その印象はまったく変わらない。
社員同士は笑顔で声を掛け合い、困っている人がいれば、自然と誰かが手を差し伸べる。
確かに、この会社は新入社員があまり長続きしないらしい。でも、それは会社が悪いんじゃない。ただ、この居心地の良さが合わなかっただけなのだろう。
俺は、この会社が本当にアットホームなのだと実感していた。
なんてったって、社員全員が社長を「おじいちゃん」、部長を「お父さん」と呼んでいるくらいアットホームなのだから──。
こんな素晴らしいホワイト企業に入社できて、俺は本当に幸せ者だぜ!
◇
「焼き肉ですか?」
「そう。歓迎会も兼ねて、部署のみんなの親睦を深めようって話になってね。お父さんの行きつけの焼き肉屋でやるんだ」
「部長の行きつけ……」
(やったぜ! さすがホワイト企業! 焼き肉に連れて行ってくれるなんて……。しかも、部長の行きつけの店だ。高級焼き肉店に決まってる!)
「嫌いなものとかある?」
「ありません! 肉なら何でも好きです! 特にカルビが大好きです!」
「そうなの? 私もカルビが好きなの。ロースやタンもおいしいわよね」
(カルビ、ロース、タン……最高だ。好きすぎて『カルビロースたん』ってキャラクターまで作れそうなくらいだ)
◇
部長行きつけの高級焼き肉店。
「さあ、今日は腹いっぱい食べてくれ。全部、私のおごりだ」
(ぶ、部長……! いや、お父さん! 嬉しすぎて泣けてきます!)
「じゃあ、いつものお願い」
(かっけぇ……! 一度でいいから言ってみたい! 店員さんに『いつもの』って!)
ほどなくして、人数分の皿が運ばれてくる。
しかし、俺は皿を見た瞬間、首をかしげた。
(あれ……? これって……)
薄切りの牛カルビでも、霜降りロースでもない。皿いっぱいに並んでいたのは、見覚えのある小ぶりな肉だった。
「あの……部長。これって……」
恐る恐る尋ねる。
「もちろん鶏肉だよ」
部長は不思議そうな顔で答える。
「焼き肉と言ったら、鶏肉だろ?」
(え……ええぇぇぇっ!? ち、違うでしょ! 焼き肉と言ったら牛肉でしょ! いや、鶏肉も好きだよ……。唐揚げ、焼き鳥、照り焼きチキン、チキン南蛮……鶏肉料理は大好物。でも、それとこれとは話が別! 焼き肉で主役を張るのは牛肉じゃないの!?)
「どんどん食べてくれよ」
(いやいや、『どんどん』って……)
周りを見渡すと、部署のみんなは「いただきます!」と笑顔で鶏肉を焼き始めている。
(え……俺だけ? 焼き肉と言えば牛肉だと思ってるの、俺だけなの!?)
「お父さん、タンも注文していいですか?」
(先輩ぃぃぃ! さすがですぅ! タンと言ったら牛タンですよね! いや、豚タンもあるか。でも、少なくとも鶏肉じゃない!)
「ああ、もちろんだ。みんなも食べるだろうから、四人前くらい頼んでくれ」
(きたきた! ようやく焼き肉らしくなってキター! 牛タンにはレモンだよなぁ……)
しばらくして、追加の料理が運ばれてきた。
漂ってくるのは、スパイスの食欲をそそる香り。
(ん……?)
店員がテーブルに置いた皿を見た瞬間、俺は固まった。
「あの……これって……?」
恐る恐る指さす。
オレンジ色のスパイスに包まれた、大きな鶏肉。
「タンドリーチキンよ!」
(え……タンって、タンドリーのタン!?)
「せ、先輩……じゃあ、ロースは……?」
「ローストチキンよ!」
(ま、マジかよ……)
「じゃあ……カルビ! カルビは牛肉ですよね!?」
「違うわ! ダッカルビよ!」
(どうして……どうして全部、鶏肉料理になるんだ……)
「どうしたの?」
先輩が心配そうに顔をのぞき込む。
「俺……ぎゅうが……牛が食べたいんです……」
「あら、そういうこと? だったら最初から言ってくれればよかったのに」
「え?」
(ついに……ついに牛肉とご対面か!)
数分後。
店員が運んできた皿を見て、俺は言葉を失った。
「あの……先輩……これは……?」
「え? 『ぎゅう』でしょ」
先輩は当然のように答える。
「鶏胸肉の牛乳煮込みよ!」
(またしても……またしても鶏肉ぅ……!)
◇
その日の帰り道。
俺は吸い寄せられるように牛丼屋へ入った。
一口、牛丼を頬張る。
ようやく口にできた牛肉。
それなのに、不思議と心は満たされない。
この会社で新入社員がなぜ長続きしないのか、その理由を理解できた気がした。
鶏肉料理が出てきたらテンション上がるんですが、焼き肉屋さんで鶏肉が出てきたらテンション下がりませんか? 私だけですかね……。
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