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クラスメイトは『大切な人を救うために死に戻る能力者』  作者: 破れ綴じ
25

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[25:03] 大切な人を救うために

「よう。話ってなんだ」


「……連絡したのは一昨日だが」


「帰る気になれなかったんだよ。息子から『帰ってこい』なんてキモいじゃねえか」


「そうか。なら何度でも催促してやろうか」


「そういうところがキモいっつってんだ」


 ……警戒されている。


 当然か。証拠を残さないように動き回って来た男なんだ。

 ついこの前までバチバチやり合っていた男から急に「話があるから帰ってこい」だなんて言われれば、何か裏があると思うのは至極真っ当だろう。この程度の連絡で帰ってこなくなるほど注意しているのは予想外だったが。

 でもそれなら僕のことを息子と呼ばないでほしい。


 しかし、まさか2日も帰ってこないとは予想外だった。

 あの日、この男が危険な能力者なのでは、という結論に思い至って連絡し……帰って来たのは3日目の夕方。タイムリミットまでそう時間もない。今ここの会話で何か新しい情報が掴めなければ、この周は終わる。


 実際のところ、僕はもうほぼ確信している。

 昨日今日とハルキ&アサヒに他の拠点へ連日遠征してもらって、それで分かったのは──他の関係者もCKD患者だったということ。ここまで来ると、あの男に「腎機能に関わる何かしらを操作する能力」があるのはほぼ確定と判断していいはずだ。


「だが……」






「よりにもよってどうして入浴中なんだ」


「親子水入らずで話そうってんだろ。ならお互い隠すもんが無い方がそれっぽい」


「……馬鹿らしい」


「相変わらず可愛くねーの……おお、結構デカく育ったな」






 ……馬鹿らしいとは言うが、理由なんて全部分かり切っている。

 今でこそ「親子水入らず」等と言っているが、お前が僕からの果たし状にわざわざ「風呂場」を選んで応えようとした理由は、どう考えても明らか──盗聴の可能性を危惧しているからだ。


 警戒するだけなら避け続ければよかったはず。聞かれたくないことを聞かれそうになって困ったのなら、いつまでもその呼びかけに答えなければいい。

 だが、わざわざこうしてやって来たということは……こちらに何かを言うつもりがあるということ。2日間帰らなかったのは、この状況を作るためだ。


 ──ざぱー……ん


 あの男は最初から録音を警戒していた。

 そしてここは風呂場。何も持ち込めない。服がない。鞄がない。脱衣所に何か置いたところで、水音で拾えない。ここならこっそり盗聴器を仕込もうが、携帯の通話をONにしてWPPOと連絡を取ろうが不可能だということ。

 そこまで確実に危険性を排除できると確信して、やっとここへやって来たんだ。


 僕にだって逃げる理由がない。

 これは僕が2日間待っていた対峙だ。ここまで遅くなるとは思っていなかったが……お前が盗聴を警戒して僕に会いたがらないのは想定内だった。


 だからこそ、こうして長風呂して、お前が来るのを待っていたんだから。

 そうでもなければ、今日が終わってもお前は帰ってこなかっただろう。


「で、話ってのは」


「……お前、母さんに何かの能力を使っていないか」


「………………ほう」


 あまりこちらから情報を出し過ぎてはいけない。

 この馬鹿みたいな顔をした男が何も知らない可能性や、一切心当たりが無い可能性だってある。必要以上に情報を与えすぎるべきではない。


 そもそも、この男は人の優位に立ちたがる男だ。

 僕が黙っていても、僕が何かに気づいたと分かった時点で自慢したくなる。

 そしてコイツは「僕が大したことを知らない」と思いこむはずだ。能力の内容も何も知らず、当てずっぽうであんな啖呵を切りに来たと。それで増々調子に乗って話しやすくなる。

 強い能力を持った人間が、優勢思想に溺れ、何も持たない人間を見下すようになるのは影中トオルの前例で学習済みだ。あの男でも我慢できないのに、目の前のカスが我慢できるはずもない。


 つまり僕は、知らないふりをする必要がある。

 分かっていることを隠して、この男を誘導する。


 そうすれば……。






「よく気付いたな。俺は能力者で、現にサヨリに能力をかけている」






「ッッ……!!」


「おー怒るな怒るな。分かってて聞いたんじゃねえのかよ」


 ……っ、……ッ。


 ……お、おち、落ち着け。

 ふぅーッ……。


 ……。


 …………。


 ………………。


 ……自白した! 

 自白したな! 


 母さんを自分の能力で弱らせていると! 

 自白したな! 


「で、もっと教えてやると俺は『魂を引っ張り出して弱らせてやる能力』を持ってる」


「……は?」


「ははは、馬鹿みてえなカオ。やっぱ身近にいねえとそういう風に思うよなあ……だが事実だぜ」


 ……? 


 ……は。

 ……『魂を引っ張り出して、弱らせる能力』? 


 何を言っている、コイツは。

 一気に馬鹿になったのか? 


「それは……一体」


「そういう能力なんだよ。どういう原理で弱ってるかは知らねえが、俺が能力かけるとソイツはどんどん弱っていくのさ。出力を調整すればもっと弱らせることも和らげることもできるがな」


「……ッ!」


 ……この男。


 自分の能力を、厳密に把握していないのか? 


 それ自体は、確かに、あり得る。あり得るが……なんて男だ。

 お前の能力は腎臓の機能を低下させることで、CKDを引き起こす能力だ。決して、能力で脈絡も無く唐突に無理やり弱らせる能力などではない。


 しかし、能力というものは正解を教えてもらえるものではない。死に戻りの能力に、17歳になって初めて辻セイラの知らない新機能が現れるのも、実際に試してみないと何が起こるか分からないからだ。

 そしてこの男は、医学や病気……母さんの体調にまるで興味を示そうとしなかった。CKDになることで起こる体調不良の原理を理解していないから、自分の能力を『弱らせる能力』だと誤解している……。


 ……そんな、そんな理解度で。

 よくも母さん。よくも他の女性達に、能力の行使を……。


 ……屑が。

 屑中の屑が。

 やはり全て予想通りだった。

 お前は、能力者基本法を平気で違反する、とてつもない犯罪者だ。


 生きている価値は無い。

 それが改めて、よく、分かった。


「……発動条件は。どうやって発動するんだ」


「おー、やっぱ気になるよなぁそれ。案外条件面倒なんだぜ。強すぎる力には制約が伴うってか?」


「話せ」


「しっかたねーな。可哀想な息子の頼みに答えてやるよ」


 ……落ち着け、落ち着くんだマコト。

 この男は、「今は録音できない」「WPPOにすぐ通報もできない」「実際の証拠が存在しない」のをいいことに調子に乗ってべらべらと喋っている……それは事実だ。後になって通報しても、証拠が無い以上、「母の不幸は能力のせいだ」と言ったところで信じてはもらえない。

 能力の内容も、「現実に存在しない死を引き起こす」ことではなく、「現実に存在する病気を引き起こす」ものだから、それで被害者が出ても能力によるものだと立証できない。

 この男の余裕はそのせいだ。


 だが、僕は辻セイラを通じて次の周の自分にこの事実を送ることができる。

 そうすれば、あの男に怪しまれずもっと明確に対策が取れるんだ。辻セイラには悪いが、初めてループを有効活用できている気分だよ。


 だから、まだ情報を引き出せ、マコト。

 辻セイラに渡せる情報の最大化に努めろ。


「俺の能力の発動条件は『同じ密室にいること』だ。そうすると、ターゲットの魂をこう……ポンっと抜き出せる。見えるか?」


 ──ふわっ


「……っ!」


「大変なんだぜ? 部屋に大勢いれば誰にかかるか分からねえし、俺一人しか部屋にいねえと俺自身にかかっちまう。能力をかけるには相手の家に上がって二人きりになる必要があるって訳だな」


 光……球……? 


 触れることは……できない。

 なるほど。発動条件を満たすと、あの男から見て魂──もとい、腎臓へのショートカットのような光る球が生成されるのか。大方この男は自慢のつもりなんだろうが、大体イメージが掴めてきたぞ。


 つまり。

 1. 対象と同じ密室にいる。

 2. 能力を発動する。発動は任意。

 3. 光る球が出てくる。表示/非表示も今のように任意。

 4. 恐らくその光る球に能力で負荷をかければ、現実の対象の腎臓にも負荷がかかる。

 5. 今のように、一度回収した光る球は自由に取り出せる。

 ということか。


 あの男からすれば、能力を発動すれば「魂のような存在をスッと抜き出せて」、「負荷をかければ相手が弱っていく」能力に見えているんだ。だから『魂を引っ張り出して弱らせてやる能力』か。


「後はこの魂にどれだけ力を込めるか、それでどれだけ弱らせられるか決められる」


「……解除するには」


「全部俺の匙加減だ。能力ってのは大体ご主人サマの意思で動かせるんだよ」


 ……知ったかが。


 落ち着け瀬尾マコト。

 被害者は複数いる。あの光る球が誰のものかは分からない。母さんのものか分からない。

 触ることもできないし、現状の解除方法もこの男の任意発動だけ。今の僕にはどうにもできない。それより今は情報収集だ。


 少なくとも、今の会話でCKDの悪化・改善も操作できることは証言された。

 今のこの男は油断でどんどんボロを出してくれる。驚いているフリ、怯えているフリ、何も言えないフリを続けてどんどん調子に乗らせ、次の情報を引き出し次の僕へのバトンタッチを行……。


 ……悪化・改善も操作できる? 

 徐々に悪化させるではなく、「悪化」も「改善」もできる? 


「例えばだ」






「5月にサヨリが苦しそうにしてただろ? 相当強くしたからな」


 ……なんだ、それ。






「待て、知らないぞ。5月? 5月に何をした? 何かあったのは知っているが……」


「は? あー……さては子供の前だからって意地張って我慢してたのかあの女?」


 あの男と出会って、母さんはCKDになった。


 今までの話を聞いた感じだと、光る球はコイツがいつでもどこでもアクセスできる状態だから、どれだけ離れていようと問題なく能力を行使してCKDの進行を操作することができる。

 この男が去って体調が悪化したのは、蒸発されたことのストレスでCKDが進行したからじゃない。この男の能力で、腎機能が「悪化」したからだ。家に入れなくなったのに、この男が人助けをするはずがない。

 この男が帰って来て調子が良くなったのは、この男の帰還が嬉しかったからじゃない。この男の能力で、腎機能が「改善」したからだ。家に入れてもらえるのに、そのまま病死させる意味が無い。


 じゃあ、母さんがこの男をすんなり受け入れたのはどうしてだ? 

 あの日、母さんは、この男を追い出そうとせず……。


「待て、おい、待て。母さんに何をしたんだ」


「何って……」


 母さんには頼れる相手がいない。

 病気のことはほとんど口外していないし、母さんの両親は既に死亡している。


 その状態で、腎臓に一気に負担がかかったとしたら……。


「俺が帰る直前に能力をめちゃくちゃ強くかけたんだよ。死なないように制御してな」


「………………」


「おっと通報とかはするなよ。今のはほとんど自供だが、証拠がねえ。複数人が一気に死ねば流石に目を付けられるだろうが……現実に存在する病気で一人が死ぬだけならWPPOも能力犯罪だとは思わない」


「………………」


「そもそも、『アイツのせいで身内が病気になった!』なんて無茶苦茶な能力者差別は昔からあるんだ。証拠もないのにそんなこと言い出したって、お前が差別主義者扱いされるだけだぜ」


「………………」


「何より、俺には人質がいる。お前が何かする気なら、瀬尾家の三人と……その他諸々の女共の命は無いと思った方が良い。道連れの可能性を考えられないほど馬鹿じゃねえだろ」






 ──「悪意を持つのは能力者だけなんてよく言ったものだ」






 ……そうか。

 能力差別を行う人間の気持ちは、こういうものなのか。


 そして、今の言葉から察するに……。

 そうだ、今日、僕と話をしたがったのは、このことを伝えるためで……。


「分かったら、もう嗅ぎまわるなよ。サヨリが病気でどれだけ苦労してるか分かってんなら、同じ苦しみを味わいたくないって分かるだろ」


「……アラタも、もう、なのか」


「当たり前だろ。二人とも、寝てる時に部屋入って既に登録済みだ」


 ……っ。


 ……。


 ……いや、まだだ。

 まだ、この男の今の発言が、全て法螺話であるという、可能性はまだ消えていない。

 それに、母さんは、今の話を知らないはずだ。


「おい、もう上がるのか」


「……湯舟に沈められないだけマシだと思え」


 次の僕への情報を残すんだ。

 分からないことは、まだある。それだけ、はっきりさせてからでも遅くない。


 母さんに、話を聞きに行こう。






 *






「母さん」


「……マコト? ど、どしたの、こんな濡れ……お父さんとお風呂で何かあった?」


「母さん。聞きたいことがある」


「……っ」


 イマジナリーを起動している時間はない。

 ループはそろそろ発動する。辻セイラから解決の見込みを伝える連絡は来ていない、情報を纏める時間も考えれば体を拭いている時間なんて存在しない。


 もう、母さんに直接聞くしかない。


 あの男と離婚しない理由は何だったのか。

 あの男をすぐ受け入れたのはどうしてだったのか。

 どうして僕とあの男に仲良くしてほしいのか。

 僕が傷つくと分かって何故あの発言をしたのか。


 そして、あの男の話が事実なのか。


「母さんは、5月に──死んでしまうところだったのか」


「……ッ!」


 今まではぐらかされてきたのは、「何かあったのか」というYES/NOで答えられない問いしかしてこなかったからだ。しかし、ここまで現実的に内容を言い当てれば、この内容が真実だった場合、隠す理由がなくなってしまう。


 だって、言い当てられるとは。

 既にバレていることを指すのだから。






「………………知ってたの?」


 ……ああ。

 やっぱり……。


 ……あの男の話は、真実だった。






「隠してたつもり、だったんだけど……あっ今は、今は大丈夫なのよ?」


「……母さん」


 そうだ。

 これで全部つながってしまった。


 母さんが何を考えていたのか。

 母さんがどうしてあんなことをしたのか。

 全て……。


「でも、あの日は本当に危ない気がして……段階を飛ばして一気に体が変になって……」


「それなら、僕達に言ってくれれば良かったのに」


「でも、そうしたら、二人とも受験どころじゃないでしょう……?」


 そうだ、そうなる。


 普段は何か変化があれば僕に教えてくれるはずだ。

 だが、病気のことは患っている本人が一番分かっている。いつ悪化するかも分からない病気が、急に感じたこともないほどに悪化すれば、死を覚悟するのは至極当然だ。

 そして、医者に行ってしまえば、病状の急激な悪化はすぐに分かる。即座に透析が開始され、僕とアラタは二人とも勉強を一切やめて病院に通い詰めることになっていただろう。バイトも増やし、進学は諦めていた。


 でも母さん。それはあの男の能力なんだ。

 証拠は無いけれど、「病状が悪化すれば、自分を受け入れやすくなるだろう」と判断した、あの男の作戦なんだ。


「でも……あの人が来たじゃない」


「来た。来たよ。でも……」


「あの人は、酷い人だけど……戸籍上は、私の夫だから」


「分かる、分かるけど……」


「もし、私が死んじゃったら……」


 そうだ、分かるよ母さん。


 児童扶養手当。

 修学支援新制度。

 ひとり親医療費助成。

 全部世帯主が生きてる前提で受けられる制度だ。母さんがいなくなってしまったら申請する人間はいなくなる。ステージが上がって残された期間が縮まれば、制度で得られるのは数ヶ月分の金だけ。


 母さんは、ただ金銭問題解決のためにあの男を受け入れた訳じゃない。

 本当の理由は──


 1. いずれ受け取れなくなる金を当てにできないからだ。

 自分が「死ぬ」という選択肢が出てきた以上、残された子供にとっては支援制度がどうこうの問題ではなくなってしまう。継続して稼げる人間が周囲にいなくては養いきれない。


「ほら、あの人……お金は入れてくれなかったけど」


「そうだ。屑男だ。最低の男だ」


「でも、うちにいる以上は、お金を入れないといけないでしょ?」


 そうだ、そうなってしまう。


 養育費という制度を全面的に信用することはできない。

 父親には何があろうと養育費を払う義務が存在するが、実際に養育費が継続的に払われる可能性は非常に低い。実際にあの男は3年間、1円も家に入れることは無かった。そして僕達は、あの男の住所も勤務先も知らず、追いかける手段も無かった。


 しかし、あの男の居場所が分からない3年間と違い、今は確定でここに住み着いている。

 取り決めても物理的に逃げることで、支払いを回避できてしまう養育費は、現在地が分かる今、回避できない代物になった。


 母さんは、あの男への愛着を捨てきれなかった訳じゃない。

 本当の理由は──


 2. 義務の発生する人間の所在を確実にするためだ。

 自分が死亡する寸前まで引き付けておけば、死亡後すぐ逃げようとしても捕まえられる可能性がある。5月の母さんにとって、一度逃げたあの男が帰って来たのは、最後のチャンスに見えていた。


「それに、アラタのこともあったし……」


「それは……」


「民法818条3項と民法820条は分かる? ……分かるよね、マコトなら」


 そうだ、分かる。僕の才能を見抜いて色々教えてくれたのは母さんだ。

 前者は「婚姻中の共同親権」、後者は「親権者の監護教育の権利義務」だ。


 母さんに両親はもういない。

 叔父は存在するが、あの人は可哀想なことにあのカス野郎の兄弟で、母さんの兄弟ではない。その上、自営業で自分の家庭もあって余裕が無い。子供二人が路頭に迷ったとはいえ、その面倒を見ることはとてもじゃないができない。だから、母さんがいなくなれば……。


 ……アラタを育てる大人が一人もいなくなってしまう。


 18歳になれば、僕でも未成年後見人になることはできる。

 でも、僕は成人していない学生で、収入もバイトだけ。母さんが、僕を無理に働かせる前提で計画を立てるはずがない。「後悔しない学生生活を送ってね」とまで言っているんだ。


 離婚すれば、あの男の家を出る口実になってしまう。

 離婚してしまうと、遺産も半分持っていかれるし、住む場所の名義も奪われてしまう。そして、自分が親権者になり、そのまま死亡すれば、親権者は不在。その場合、あの男に残るのは逃げることが可能な養育費の義務だけで……引き取って育てる義務は存在しない。

 死後を見据えて未成年後見人を指定することもできるが、相手側から申し立てをすれば却下できるし、財産管理と身上監護の責任を負うが、自宅に引き取って育てる義務まではない。


 母さんは、認知を歪められたから離婚していない訳じゃない。

 本当の理由は──


 3. アラタを育てる人間を用意するためだ。

 離婚して守られるのは財産と自由。しかし離婚せず、婚姻状態で片方が死亡すればもう片方の単独親権となり……その人物は親権者として監護義務を負う。放置すれば保護責任者遺棄になる。

 子供を屋根のある場所で育て、食わせていく義務が発生するのは、籍を残した場合だけ。

 母さんはこれを見越して、ずっと離婚せず、最後のカードを僕達を守るために活用した。


「ごめんね、勝手で……」


「そんな、そんな……母さんは悪くない、悪くないよ」


 つまり、母さんは自分があと数ヶ月から1年程度の命だと思った。受験期の子供に、自分の死を伝えることは、嫌っている父親が帰って来るより悪い影響をもたらすと考えた。

 そこで、継続的な金銭と子供の監護義務を担ってくれる大人が現れて、頼らざるを得なくなった。勿論、義務が発生しても逃げようとする可能性はある。


 だが、家にいる間に息子達と父親と関係性を結び、簡単に逃げられない構図が完成すれば……自分の死後も、辛うじて生活を続けることができる。親子の関係改善ができれば、あの男を制度で縛り付けることができる。


 ──「二人は──親子、なんだから……」


 7月のあの言葉は、ただ「元家族なんだから仲良くできる」という意味ではない。

 夫と子供の両方に不都合な発言をして、両方の敵になることで僕達の仲を取り持ち……。






 自分が死亡した後も、息子達二人が生きていく道筋を確保するためのもの。

 それが例え、自分が「嫌われ役」になるものだとしても。






 ただあの男の能力を母さんに説明するだけじゃ問題は解決しない。

 実際に僕達は既に人質を取られているし、最悪の場合には、母さんの想定ルートと全く同じ道のりを辿るだけになってしまう。


 母さんは、やっぱり僕達のことを考えてくれていた。

 僕の見立ては正しかった。母さんには確かに『事情』が存在した。


 でも、どうしてか、素直に喜べない。

 僕は貴女を幸せにするために生まれてきたはずなのに。

 この周でできたことは、ただ、僕の無力さを痛感しただけ。

 こんなこと、こんなことあってはいけないのに。


「ごめん、母さん。こんなこと、言わせちゃって」


「……ううん。私の体が弱いのが、悪いんだから」


「でも、大丈夫」


「……え?」


 辻セイラから解決の連絡は来ていない。

 今の会話は、全て送信済み。

 タイムリミットは、もうすぐ。


 次は、もう失敗しない。






「今度こそ、僕達が母さんを救うから」


 大切な人を救うためのループが、また始まる──






 *






「……ん?」


「どした委員長? 電話か?」


「みたいだ」


「……誰からだい?」


「辻セイラだな……ちょっと出てくる」






『──アンタのお父さん、殺していい?』


 ? 

 いいぞ。

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