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【完結】 クラスメイトは『大切な人を救うために死に戻る能力者』  作者: 破れ綴じ
おまけ(後日談)

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桐島ミオと恋の約束

 ……なんだか。

 枕が……いつもと違う。


 ……。


 ……朝か。


「……? う、動かない……?」


 あれ……なんだろう、この感触。

 右腕が……肘から先がまったく動かない。


 なんだ、これ。

 痺れている訳ではない。指先には感覚があるし、握ろうと思えば握れる。

 ただ、肘から先が……何か、柔らかいものにがっちりと挟まれているような。引き抜……けないな、これ。無理に動かすと挟む力が強くなった。

 それに、右半身がやけに温かい。重さもある。


 やっぱり寝起きは思考が定まらないな。

 でも、そんな寝起きの頭でも分かる。これは明らかに僕以外の体温だ。


 ああ、そうだった。

 ここはソウルのホテルで、僕は昨夜からミオと同じベッドで寝ているんだった。


「……ミオ」


「……っ」


「おい。今締めたよな。確実に締めたよな。起きているだろう」


「……し、知らな~い」


 じゃあ寝てるか……とはならないだろう。

 寝言のフリをするならもっとマシな言葉を選ぶんだったな。

 それにしても、だいぶ風変わりな体勢だ。

 顔は僕の肩口に埋まっていて頭のてっぺんしか見えないし、よく見れば足まで絡めてきているじゃないか。これでは寝返りどころか、起き上がることすらできない。


 昨夜ベッドに入った時はもう少し控えめだったはずなんだが……いや、そうか。

 昨日から完全な眠りにつくまで、僕は何度かベッドを抜け出していた。その間に、残ったぬくもりを求めてミオがじわじわ真ん中の方に寄って来ていたんだ。僕自身よく気付いていなかったが、ベッドに戻る度ミオの位置が近づいていた気がする。

 なんだか、セイラが勝手にベッドに入り込んできた時のことを思い出すな。着替えようと起き上がった途端に腕を引っ張られ、そのまま思い切り抱き着かれて、二度寝するつもりは無いと何度言っても全然離してくれなかったんだ。


 やはり親友同士、しがみつき方までそっくりとは。

 セイラは人目につかない場所に限りよく『大切な人』にくっつきたがるし、ミオもそれを受け入れていると聞く。結果として、セイラの癖がミオにも移ってしまったのだろう。

 その癖を僕にも適用してくれているあたり……相当信用してくれている。


 つまり。






 昨夜の僕は、よくぞ耐えきった。

 彼女の信用を、裏切らずに済んだ。






「……おはよ」


「おはよう、ミオ。よく眠れたか?」


「……まあまあ」


「そうか。僕もあんまり十分には眠れていない」


 ベッドを出たのは……計4回ほどだったか。

 一晩でシャワーを4回浴びることになるとは、全く予想できなかった。


 それぞれについての理由は、まあ……あまり詳しく思い返すべきではないだろう。

 寝間着の生地が思っていたより薄かったとか、寝返りを打ったミオの吐息が首筋にかかったとか、思った以上にボディミストの誘惑が激しかったとか、4回目は……。

 ……いや、止めよう。思い出したら、今すぐ5回目が必要になる。

 とにかく、かなり精神を削られる戦いだったことは確かだ。


 冷水というのは偉大だな。

 1回目は浴びる前に少し躊躇したが、2回目からは蛇口を捻る手に迷いが無くなっていたし、3回目には頭が冷えて、かつ体が冷えすぎないぎりぎりの時間まで割り出せるようになっていた。

 人間というのは慣れる生き物なんだと実感できたよ。

 ……あまり誇れる種類の慣れではない気もするが。


 だが、耐えきった。僕は見事耐えきったんだ。

 一線は一度も越えていないし、三好ルナとの誓いは完璧に守り通した。次に彼女と顔を合わせた時、昨夜のことを根掘り葉掘り聞かれたとしても胸を張って答えられるだろう。

 睡眠時間は合計で3時間あるか無いかといったところだが、これは名誉の負傷というものだ。

 よくやったぞ、瀬尾マコト。


「あんまり眠れて……そ、そっか。4回……4回だもんね……ウチで、4回も……」


「すまない。まあまあということは……やはりシャワーの音で起こしてしまっていたか?」


「へ!? い、いや……ウチも、その、すっごい楽しめたから……♡」


「?」


 しかし、僕が耐えきれたのと、ミオが眠れていないことは別の問題だ。

 そもそも彼女が中々寝付けないでいたのは知っている。寝息を立て始めたのも……確か、1回目のシャワーが終わった後だったはず。それまで彼女は僕の顔を見てにこにこ微笑んでいたり、不規則に手足を動かしたりしていてなんだかぎこちなかった。異性とのベッドで緊張したんだろうが、何も気にせず安眠できる環境でないことは確かだったんだ。


 加えて、僕のシャワーもあった。寝相やいびきに問題は無いはずだが、同じベッドを共にしている相手のシャワーともなればそうはいかない。

 浴室はベッドからほんの数歩の距離で、扉を開ける音も閉める音も水が床を叩く音も、夜中の静まり返った部屋なら十分すぎるほど響く。

 しかも僕はその度に、ミオの腕から抜け出してベッドを出ていたんだ。

 くっついて眠っている相手が4回も起き上がって、4回も戻ってきたら……ゆっくり眠れる方がおかしい。


 この状態で今日の予定を無理にこなすことは勧められたものではないな。

 今目を覚ましたのもあくまで朝食の時間が近いからで、この状態の二人がさらに食事まで取ってしまえばきっとすぐに眠くなる。

 一応、旅の予定自体は存在するが……どれも事前に申し込んだものではなく、「時間があれば観に行きたい」を大前提にしたもの。体力に余裕が無いのに何としても観たい場所という訳ではない。

 重い瞼を無理やり持ち上げながら観光地を回っても楽しくないだろう。少し予定を変更してゆっくりするべきかもしれない。


「ミオ。予定を崩すようで悪いんだが、今日の午前中はゆっくりしないか」


「え? ……あー」


「この状態で観光に出ても、二人ともまともに楽しめないだろう。行きたい場所を絞って、体力が戻ってから回らないか」


「んー……うん、いいよ♡ ウチも、丁度同じこと考えてた♡」


 よかった。

 計画を立てた本人にしてみれば、あまり気分のいい提案ではないかと思ったが……ミオも同じ考えだったらしい。やはりそれだけ疲れが残っていたのか。

 今日の予定で外せないものは一つ、夜の南山タワーだけだ。目玉はそこで、昼の観光をいくつか削ったところで、夜にそこへ行けさえすれば旅程としては何も損なわれない。


 後はどうやって時間を潰すか……。


「じゃ、じゃあさ……」


「ん?」






「もう、ちょっとだけ、このまま寝よ? 朝ごはんも……あ、後でいい、でしょ?」


「おっと?」






 ……このまま、寝る? 

 この体勢で、もう一度? 


 いや、待て。それはまずい。


 僕が言った「ゆっくり」は、ベッドを出て部屋で体を休めるという意味だ。予定を組み直すとか、窓からの景色を楽しむとか、ソファで本を読むとか、そういう……この体勢のままもう一度眠るという意味じゃない。

 このまま寝るということは、昨夜の戦いの第二回戦が始まるということだ。しかも今の僕は寝不足で、精神力も4回分削られている。昨夜と同じだけ耐えられる保証はどこにも無い。

 誓いを守り通した直後に、自分から危険に飛び込むような真似はできない。


 ……だが、ミオが眠れていないのも事実だ。

 寝不足なのは彼女も同じで、寝直すこと自体は正しい。


 なら、寝るのはミオだけでいいのでは。


「いや、そうだな。君は寝てくれ。僕は起きて、別のことでもしていよう」


「ヤダ……♡」


「っ……!?」


 ……ヤダ、ヤダだと。


 昨夜、シャワーに行っても追いかけるなという僕の指示を、ミオは一晩中きっちり守ってくれた。4回とも、一度も扉の前まで来なかった。眠っていたというのもあるだろうが、一応は僕の指示を素直に聞き入れてくれたんだ。

 そのミオが、これだけは嫌だと言っている。

 それだけ切実だということだ。


 そうか。夕食の時、抱き枕をどう思うかと聞いてきたのはミオの方だった。

 セイラと日常的にくっついて眠っているミオにとっては、抱き着く相手がいない布団の方がかえって落ち着かないのかもしれない。僕が抜けたら、ミオは居心地が悪いのかも。


 それに、彼女が眠れなかった原因は僕のシャワーだ。

 4回も起こしておいて、今度は「一人で寝てくれ」というのは……あまりにも無責任じゃないか。


 ……規則の上では、何の問題も無い。

 二度寝は違反ではないし、小笠原の船の時とは違って、急いで着替える理由も迫っている朝食の時間も無い。問題は、僕の精神力が持つかどうか。それだけだ。


 ……覚悟を決めよう。


「……分かった。あと、少しだけだぞ」


「うん……♡ で、夜は一緒に南山タワー行こうね♡」


「……まかせてくれ……」


「えへへ……ありがと、マコっち♡」


 隣にはミオ。

 腕は持っていかれたまま。

 あの石鹸の香りもまだ残っている。

 昨夜と違うところがあるとすれば、外が明るいことと、僕の精神力が昨夜より4回分少ないことくらいだ。


 ……とりあえず、5回目が必要にならないことを祈ろう。






 *






 結局、ベッドを出たのは昼前だった。

 5回目は……いや、もういい。済んだことだ。






 *






「……うわ、めっちゃ並んでる」


 南山タワーのケーブルカーは……とてつもない行列だ。

 流石、ソウルでも指折りの夜景の名所。しかも今はGWの夜、混まない訳がない。


 一応、想定はしていたが……この列は想定以上だな。乗り場の外まで人が溢れているぞ。

 ケーブルカーに乗りさえできれば3分ほどで山頂に着くらしいが、この調子だと乗るまでに1時間はかかりそうだ。展望台の営業時間を考えると、行列で時間を浪費していては上で過ごせる時間が削られてしまう。

 循環バスを使えば山頂近くまで行けるが、停留所を探して、待って、乗って……この人出では、そちらも混んでいると考えるべきだな。


 となると……。


「歩いた方がいいな、これは」


「そだね、一緒に歩こ♡」


 乗り場の近くから、山頂まで散策路が続いていると旅行案内にあった。

 30分ほどの登りだ。こっちの方は人も少ないし、窮屈さが無くていいだろう。

 階段の一段一段もそこまで高くはない。

 昼まで寝た分体力も戻っているし、寝不足明けの足でも十分登れる。


 まあ、それもあくまで僕の都合だ。

 ミオが階段を30分登り続けられるかどうか……それは彼女自身にしか分からない。途中で疲れた様子を見せていたり、息を切らしたりするようなことがあれば都度休むべきだろう。

 実際、さっきまで楽しそうにしていたミオも少し口数が減っている気がする。

 かなり長い階段に少し気圧されているのだろうか。僕だってケーブルカーが使えるなら使いたかったさ、そう思える程度には長さがある。いざOKしたはいいが、結構な距離登ることを徐々に理解しだしたのかも……。


「……そういえば、前々から聞きたかったんだけどさ」


「休憩か?」


「いや、そうじゃなくて」






「マコっちって、どうしてセイラにあそこまで良くしてあげるの?」


 ……ん? 






 ……セイラ? 何故? 

 待ってくれ。どうして今その質問を? 何かセイラの話をしていたか? 

 休憩の相談かと思ったのに、随分と脈絡の無い……いや、ミオにとっては「前々から」聞きたかったことらしいから、脈絡が無いのは僕の側だけなんだが。

 どうして急にそんなことが気になったんだろう。別に今この状況と何も関係ないよな。


 まあでも、一応考えてみるか。

 セイラと良くしているというのは……おそらく僕と彼女が結んでいる協力関係について指しているのだろう。ミオはその詳細な内容を知らないはずだが、あの排他的なセイラと頻繁に二人で活動しており、なおかつその関係が破綻していない……そこから僕達の関係が良好であることは想定できるはずだ。

 実際、人に頼りたがらないセイラが僕にはすぐ頼ることや、祖母の件でセイラが僕に涙ながらに抱き着いたこと、そしてあの小笠原旅行。僕は気難しいセイラ相手に、どう考えても「良くしている」以外には考えられないムーブを繰り返している。

 そしてミオはセイラの身を案じている。僕が二人きりでセイラと旅行したことを非難していたんだ、事情を知らない身からすればどうして僕がそこまでセイラに尽くそうとするのか気になるというのが本音だろう。


 ……だがやっぱりどうして今? 

 君と韓国旅行をしているのはセイラではない、僕だ。

 どうして僕についてではなくセイラについての話をこのタイミングでする。

 これから二人で向かうのも、ソウルを代表する展望台の夜景の名所だ。タワーの山頂には恋人達が「愛の南京錠」を掛ける場所があるらしいが、夜景を見に行く僕達には関係が無い。


 ……やはり分からない。

 答えるけども。色々伏せた上で。


「……彼女に、そう頼まれたからだ」


「頼まれたって?」


「セイラに力を貸してほしいと頼まれ、協力者の条件に当てはまるのが僕だけであり、筋の通った頼みだったから、協力すると約束した……それだけだ」


「セイラ、ウチにそんな頼んでくれたこと無いんだケド」


「君には頼めないものだったから、仕方ない」


 これらは本当だ。

 最初の頼みは筋が通っていた。大切な人を守りたいという誰にも否定できない願いだったし、それが事実であるという裏付けもしっかり行ってくれて、加えて彼女はそこそこ疲弊していた。

 僕はそれを断る理由を持っていなかったし、誰かに「手伝うな」と頼まれていた訳でもない。あそこで無視するというのも僕の信条に泥を塗る行為でしかない。だから約束した。

 約束した以上、守る。僕にとってはそれだけの話なんだ。


 ……しかし、「ウチにそんな頼んでくれたこと無い」か。

 そうか。ミオが気にしていたのは、そこだったのかもしれない。

 セイラはミオの親友だ。その親友が、自分ではなく僕を頼っている。中身は知らないにしても、頼られているのが自分ではないという事実だけは見えてしまう。親友として、それが寂しくないはずがない。

 前々から聞きたかったというのも、ずっと胸の内に引っかかっていたということなんだろう。


 ……だとすれば、悪いことをしたな。

 だが、こればかりは中身を話せない以上、どうしようもな……。


「……それって、セイラだから? それとも、頼まれたら誰でも?」


「? どういう意味だ?」


「だ、だから……もしセイラに頼まれたら、何でもやっちゃうの……?」






「そんなことはないな。事前に他の誰かと約束しているなら断っているだろう」


「そ、そっか。良かっ……」






「えっ先に誰かと約束してるかどうかで決まんの!?」


「そ、そうだが?」






「(えっ……待って待って? じゃ、じゃあ先約が無かったら大体何でも聞いてくれるってコト……?)」


「ど、どうした? ミオ? ミオ……?」


 な、何をそこまで動揺している。

 どうしたも何も、当たり前の話だろう。先に交わした約束を、後から来た頼みで破る訳にはいかない。頼みの中身がどれだけ筋の通ったものでも、それは変わらない。

 そうでなければ、先に僕を信じて約束してくれた相手に対して不誠実だ。

 頼みの重さで順番を入れ替えていいのなら、約束という言葉には何の意味も無くなってしまう。


 実際、ずっとそうしてきた。この旅行だってそうだ。

 小笠原から帰った翌朝、ハルキに「必ず僕も連れて行ってくれ」と言われたが、その時にはもうミオと二人で旅行に行く約束をしていた。だから今、ここにハルキはいない。

 ハルキには悪いが、こればかりは譲れない。順番は順番だ。


 逆に、そうでないなら筋が通っていそうな頼みは引き受ける。これも当たり前だ。

 筋が通った頼み事をされたのに、面倒だから、興味が無いから、気持ち的に嫌だから……そんな理由で断って良い訳が無い。母さんからも「困った子がいたらできるだけ助けてあげてね」と教育されてきたし、基本的に頼み事は柔軟に引き受けるべきだと思っている。


 それだけなのに、どこにそこまで驚く要素があった。


「ま、待ってねマコっち……合格祝いの時の、『お願い』って、まだ有効だよね」


「有効だが。部屋とベッドを容認しておいて、『お願い』だけを無視という訳にもいかないし」


「だ、だよね……だよね……」


 ……ああ、なるほど? 

 何かあの『お願い』として使いたい内容を思いついたのか。

 確かにあの時、僕は君に約束した。君が法律に反する頼み事をしないことは信じているから、どんな頼み事でもオールOKだと。僕は過失側なのだし、基本的にどんなものも断りにくい立場にある。

 今の会話で、さらに「事前に約束した内容と矛盾するものでなければ頼み事が通りやすい」という事実を理解したから、選択肢を絞り込めたのかもしれない。


 だから……通らないものとしては、こんな感じか。

 1. 法律に違反する頼み事。

 これは正当な理由が無ければ筋が通らない。緊急時のセイラほどで無ければ、「虚偽通報しろ」「カメラを仕掛けろ」「嘘をつけ」等と頼まれても首を縦には振らないだろう。お願いの条件に「法律に反する頼み事をしない」とまで言っていたのだからそれはミオも承知のはずだ。


 2. セイラに協力するなという頼み事。

 これは先にセイラから「協力する」という頼み事をされたから通らない。

 なんだか能力の先占効果みたいだが、後から来た別の頼み事で「次からのループは一人で頑張ってくれ」なんて言われるセイラの気持ちを想像したら……うん、とても飲めそうにない。


 3. また二人きりで旅行しようという頼み事。

 これも先にハルキから「僕も連れて行け」という頼み事をされたから通らない。

 ミオとの旅行が二人きりでも可だったのは、この旅行がハルキと約束する前に計画されたものだからだ。次から計画する旅行には必ずハルキが同行することになる。「また二人きりで」という条件は満たせない。

 本当に先占効果みたいになってきたな。


 他にも、別の約束と相反する内容、倫理的にマズい内容、他の誰かに被害を与える内容はNGといったところか。逆にそれ以外は大体通るはずだ。

 一体、今の会話から何を思いついたのだろうか。山頂まで背負ってくれとか? 


「じゃ、じゃあ!」


「ああ」


「その、マコっち……!」






「マコっちが、カノジョ作る時は……必ずウチの許可を取ってからにして!」


「いいぞ」


「!? い、いいの!? いいって言ったよね!? 言った!!」


「言ったぞ」






 なんだ、そんなことか。

 背負ってくれではなかったが、それぐらいなら何の問題もない。


 他人の交友関係を制限することを否定する法律は存在しない。脅迫であったり、精神的DVによる支配を目的とした束縛であれば法に抵触しかねないが、単純に友人への心配や助言という意味合いであれば違法にはならないはずだ。

 セイラとの約束にも、ハルキとの約束にも、他の誰かのどの約束にも抵触しない。約束は僕とその恋人に限定され、恋愛関係になるまでが範囲になるから、誰かに被害を与えるという訳でもない。

 ただ、誰かと付き合う前にミオに一言確認を取り、もし彼女が不適だと判断すればその決定を保留にするだけという……非常に単純なものだ。


 その意図も十分に理解できる。

 ミオは親友の身を案じて、合格祝いの日に本気で怒った人間だ。以前までそれが適用される相手はセイラだったが、関係性が深まったことによってこの度僕もミオが心配する範囲に入ったということだろう。

 僕が妙な相手に騙されたり、軽率な交際を始めたりしないよう、事前に見極めておきたいのかもしれない。何せ僕は恋愛経験が皆無で、頼まれれば大体引き受けてしまう人間だと、今まさに本人の口から聞かせてしまったところだ。危なっかしいと思われても無理はない。


 なんて友人思いなんだ。

 せっかくの「お願い」を、自分のためではなく僕の身を守るために使うなんて。

 あるいは、セイラの件の再発防止か。僕はミオに何の相談もせず、セイラと二人で小笠原へ行った。だから今後、僕の人間関係に大きな変化がある時は、報告ではなく許可を、事後ではなく事前に……。


「言っとくけど、とっ、友達としてとかじゃ、ないから」


「へ……? それはどういう……」


「……っ……」






「それは、ウチが──マコっちのこと好きだから」


「…………………………え?」






「あっ分かったぞ。そういう──」


「友達としてとかじゃなくて、おと、男の子として、だから……!」


「…………………………」






 ……は? 


 好き? 

 ミオが、僕を? 

 ……僕を? 


 どうして。

 え、いや。

 どうして。

 そんな訳が。

 そんな……訳が? 


 ……んん? 


「待っ、待ってくれ。待って? 待ってくれ?」


「待たない。ここではっきりしなきゃ、また変な勘違いするでしょ」


「ま、また? また? え? そ、そんな?」


「……か、顔真っ赤じゃん」


「ミオ、だって……」


 いや、でも、どういうことだ。どういうことなんだ。

 だ、だってそうだろう。君の好感度は88で、親友であるハルキよりも低い数値だった。ハルキが僕に抱いているのは友情なんだから、それより数値が低いミオが僕に抱いているのも友人としての……。

 ……いやでも、あの頃からもう2年近く経っている。

 その間ずっと一緒にいたんだから、今のミオはもっと数値が高くなっていても……おかしくは、ないのか。


 だが、ミオは、アサヒが好きだったはずじゃないのか。最近は興味が薄れてそうに見えたが、あくまで僕は君の練習相手であって、好意の対象が僕に移動するなんてそんな訳が……そんなことがあり得るのか? 

 だって、僕達はただ何十回勉強会とデートを繰り返しただけの仲で、影中トオルから命を救ったことがあるくらいで、彼女はアサヒではなく僕と同じ大学を選んで、今も二人きりで旅行に出かけていて……。

 ……あ、あれ? 


 じゃ、じゃあやっぱりおかしいだろう。もし僕が好きなら、セイラのことを心配していたのはおかしいはずじゃないのか。いや、友人のことを心配するのは普通だが、まず先に嫉妬心を感じるはずじゃ……。

 ……いや、嫉妬、だったかも。

 よくよく考えれば、セイラの旅行に不満気だったのも、同じ部屋や同じベッドを要求したのも、セイラへの対抗意識と捉えることが……できなくも、ない。


 なら、なんだか語尾に♡がついてるように感じたのも……もしかしたら、全部初めから? 

 アサヒが言っていたのも……まさか、彼が鈍感なのではなく、僕が鈍感なだけで……。

 僕との数々のデートも、クリスマスの夜に僕についてきていたのも、病室で僕に甲斐甲斐しく尽くしてくれたのも、「セイラに手を出すな」と釘を刺したのも、僕と卒業旅行したいと言い出したのも、何もかも。


 そして、僕に「許可なく恋人を作るな」と頼むのは……。

 友人への心配等ではなく。


「……僕が、好き、だから……?」


「……そ、そういうこと」


 ……だ、駄目だ。

 頭の整理が追いつかない。

 まさか、ミオが僕のことを、す、好きだなんて。

 告白されるのなんて初めて……いやそんなことどうでもいい。今はミオの気持ちが……。


「ま、待て。それなら『付き合え』と頼めばいいだろう。わざわざこんな遠回しに……」


「でも、マコっちは……頼めば、自分の気持ちは抜きにしてOKしてくれるんでしょ」


「……!」


「そんな、お情けでOKなんて、してほしくない……でも、ウチ以外の女の子と、ウチが見てない所で勝手に付き合うのも……ヤだから。だから、こう」


「……っ」


 そ、そうか。

 そういうこと、なのか。


 もし、ミオが「付き合ってくれ」と頼んでいたら、僕には断る理由が無い。きっと引き受けていただろう。先約だって無いし、僕だって恋人は欲しかった。

 でも、それがミオの立場ならどうだ? 好きな人間が、「恋人も欲しいし、とりあえず」でOKした……目的は達成できるかもしれないが、それで自分が満たされるかどうかは別の話だ。

 だが、僕が先約を優先することが分かった今、「勝手に恋人を作るな」とだけ頼んでおけば、僕は勝手に恋人を作れない。逆にミオは、許可さえ出さなければ僕と両想いになるまで安心して時機を待つことができる。

 そして、ミオの気持ちを知ってしまった以上、これを断るのは……筋が通らない。


 一応、三好ルナからは手を出さないように牽制されていた。

 だが、僕がしっかりと覚悟を決め、ミオも望んでいるとなれば……三好ルナとの約束を守り続けることは、ミオを傷つけることにもなる。牽制した側としても、それは望まないはずだ。

 彼女は思考を読み取れるのだから、ミオの気持ちにも気づいていたのだろう。その上であの約束をしたのだから、もし告白が終わった後であれば、対応も変わってくるだろう。


 ……僕が気づいていないだけで、初めから、皆分かっていたのか。

 じゃあ、南山タワーに来たのも……。


「もう、もう隠す意味ないし、全部言っちゃうから。今日ここに来たのも、夜景を見たいとかじゃないし」


「……だ、だが、僕達は南京錠を準備していない。山頂に到着しても、何もできないのでは……」


「タワーのギフトショップで買えるから。マコっちは、ウチと愛の南京錠閉めに今日ここまで来たの」


「わ、わお……」


 あ、愛の南京錠。

 旅行案内で読んで、夜景を見に行く僕達には関係が無いと、ついさっき思ったばかりなのに……関係大ありで、何もかも、ミオの計画の内で。旅行の予定でここだけ強調されていたのも……そういう。


 ……ど、どういう感情なんだこれは。

 ものすごく、嬉しいような。でも驚きと予想外が混ざり合いすぎて、現実を受け止めきれてないというか。心のどこかでは、僕を愛する女性なんて本当に現れるのかと疑心暗鬼だったのに、特大の好意とこれまでの答え合わせを突きつけられて、飲み込むのに時間がかかって……。


「ホントはこの旅行で全部キメるつもりだったんだけど……予想外のお願いができちゃったし。この旅行はただイチャイチャするだけでもいいかも……なんて♡」


「ミオ、その、いや、あの……」


「なにー? 言っとくけど、全部喋っちゃった以上、もう手加減とかしないからね。これから全力でその気にさせてあげるから……ね、マコっち♡」


「顔真っ赤にして言うことじゃないだろ……」


 いや、真っ赤なのは、僕も、同じ……だ。


 それに、今日はまだ2日目で、僕達の旅行は3泊4日。

 流石に、まだ手を出すつもりはない。告白されたから関係を持つなんて、そんなの不誠実極まりないし、あまりにも芯が無い。例えミオ本人が望んでいたとしても、僕自身がそんな短絡的な自分を許せなくなるだろう。

 彼女の好意を受け入れるのは、その覚悟ができてから……そうに決まっている。少なくとも桐島家に挨拶も行かないまま手を出すなんてことは論外だ。


 だが、昨日の夜。

 僕は、信頼されているから、約束があるから、不誠実だからと、我慢してきた。

 そしてあと、2晩ある。

 僕は、自分を好いてくれている、魅力的な女の子と、ベッドを共にする訳で……。






 ……あ、あれ。

 これ、耐えきれるのかな。

感想やご意見をお待ちしていますのでよろしければ……(´・ω・`)

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