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『大切な人を救うために死に戻る能力』  作者: 破れ綴じ


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1/3

[16:23] 走れ委員長

 僕は激怒した。

 必ず、かの邪知暴虐のクラスメイトを正さねばならぬと決意した。


「止まれ! 『辻セイラ』!」


「! くっ……!」


 僕はこの高校生活で悔いのない生き方をすると決めていたのに。


 よりにもよって三時間目の終わり頃だ。本来は授業を振り返り、次の授業に向けての流れを把握しておく時間だったはず。

 なのに僕は廊下を、全力で走っている。授業を抜け出して。あの女のせいで、校則第五条の「校舎内での行動に関する規定」のうち第一項と第二項に違反することになってしまった。


 辻セイラ。

 この学校の中で、僕──瀬尾マコトと最も仲の悪い人物。

 あの女がまたやった。授業中にいきなり立ち上がって、先生が何か言うのも聞かずに教室を飛び出して。僕も気づいたら席を立っていた。身体が勝手に動いていた。もう反射だ。

 こんな反射身につけたくはなかった。よくもこんな体にしてくれたな。


 これが初めてなら、まだ許せた。でもこれは初めてじゃない。

 あの女は授業というものを何だと思っているんだ。教師の話を聞かない。注意しても響かない。周りにどれだけ迷惑をかけているか、少しでも考えたことがあるのか。

 毎回こうして追いかけるのは僕だ。クラスの委員長だからじゃない。そんな肩書きの問題じゃない。目の前で誰かに迷惑をかけている人間がいて、それを見て見ぬふりができるほど、僕は器用にできていない。不器用で結構だ。


 前々から思っていたがあの女はそもそもルールを守らない。

 派手に明るく染めた髪。規定より明らかに短いスカート。緩めきったリボン。耳にはピアス。

 校則の「身だしなみに関する規定」を読んだことがないのか。違反を全身で主張しているみたいな格好だ。あれで普段は友人たちに囲まれて楽しそうに笑っているのだから、本当に性質が悪い。

 注意すればこっちを面倒そうに見て、適当に流す。何度やっても同じ。


 ──って。


「きゃっ!?」


「っ、ごめ……ごめん! 急いでるから!」


 あ、あの女……! 


 前で誰かとぶつかったぞ。

 移動教室帰りだろうか、ぶつかった生徒がよろめいているじゃないか。


 あの子は大丈夫だろうか。壁に手をついていた。打ちどころが悪ければ怪我をする。

 声をかけたい。かけるべきだ。僕は今、あの子の前を素通りしようとしている。それが正しいとは思えない。

 でも、ここで立ち止まったら辻セイラを見失う。見失えば、また別の誰かにぶつかる。さっきみたいに。根本を止めないと被害が増えるだけだ。

 ……悔しい。本当に悔しい。でも走り続けるしかない。あとで絶対に確認しに来よう。


「辻セイラ! いい加減にしろ! ルールを守らないか!」


「邪魔しないで! それどころじゃないの!」


 邪魔!? 

 邪魔だと、僕がいつ邪魔をした。人にぶつかっておいて謝りもせず走り続けて、それを止めようとする人間を邪魔と呼ぶのか。普段から周囲に排他的な態度を取っているし、どういう神経をしているんだ。


 だいたい、ルールとは秩序の維持のため必ず守るべきものだろう! 

 今のこの世の中には、物理現象を超越した『能力者』が実在する。だが、例えそんな特別な力がある人間でさえ、ルール破りの免罪符にはならない。

 特別な事情があろうと、他人に迷惑をかけていい理由にはならない。目の前の女についてもそうだ。僕はそういう自分勝手な振る舞いを見過ごせない! 


 距離は縮まっている。辻セイラはそこまで足が速くない。先に飛び出した分の差があっただけだ。じりじり、確実に詰めている。あと少しで手が届く……! 


「誰かに怪我させてからじゃ遅いんだ!」


「あんたに関係ないって言ってるでしょ!」


 声に余裕がない。いつもの投げやりな態度とは違うぞ。

 何か、切迫している。追い詰められた動物みたいな声だ。

 何をそんなに急いでいる。確かに、いつもと様子が違う気がする。でも、どんな理由があったとしても、やっていいことと悪いことはある。止める。僕は絶対に止める。


「……っ!」


 突き当たりだ。急に方向を変えた。校舎の裏口の方か。外に出るつもりか。

 でも僕はすぐ後ろにいるぞ。立ち止まって扉を開ける余裕なんかないはずだ。


「ちっ……しつこい!」


 やっぱり。

 一瞬足が止まった、迷っているな。


 そっちの方向は……待て、そっちは行き止まりだ。

 その先には屋上への扉しかない。つまり行き止まり。

 鍵はなかったはずだが……ああもう、どうして屋上の扉に鍵がないんだ。フィクションじゃないんだぞ。

 しかしフェンスはある。何はともあれもう逃げられないことは確定している。


 それが分かっていないのか。それとも、もう判断する余裕すらないのか。

 もうとっくに限界のはずだ。さっきから肩が大きく上下している。


「……はぁ、はぁ……また、こんなとこまで……!」


 だからといって、こっちが止まる理由はない。

 追い詰めているのはこちらだ。今回こそ訳を聞かせてもらう。






 *






 風が——空が広い。


 こんなところまで追いかけることになるとは。

 悪い冗談みたいだ。本来授業中の時間に、屋上まで来てしまうだなんて。これでまた違反だ。どこの不良生徒だ、辻セイラか僕は。

 彼女を追いかけるためとはいえ、先生には授業を抜け出したことを謝らないといけないし、友人には授業の最後の内容を教えてもらう必要がある……が、僕は自分の行いを後悔はしていない。


「はぁ……はぁ……なんで、今回はこんな早く……」


「知るか。逃げる方が悪いんだろう」


「っ……関係ないっての、いつもいつも。放っておいてよ」


 いい加減にしろ、何度同じことを繰り返す。

 関係ない、放っておけ、いつもそれだ。フェンスの前まで追い詰められて、まだそういうことを言うのか。往生際が悪い。もう逃げ場はないぞ、後ろは空だ。

 その二つだけ繰り返していれば許されると思っているのか。だから僕は君が嫌いなんだ。


 教室を飛び出して、人にぶつかって、追いかけてくる僕を面倒そうに見て。あの子はよろめいていたんだぞ。壁に手をつくほどだったんだぞ。

 怖かったはずだ。痛かったかもしれない。それを君は……。


「もし理由があるなら説明しろ」


「……ふん」


「きちんとした理由があるなら僕は納得する。それでも言わないのか」


 もう彼女には何度も言っていることだが。

 僕は筋が通っているなら話を聞く。内容次第ではこれまでのことも含めて先生にだって掛け合ってやる。クラス委員長なのだから、クラスメイトが困っているというのならそれが例え辻セイラであろうと僕は協力する。

 でも何も言わないならここは通さない。この扉の前を一歩も退かない。我ながら頑固だと思うが、辻セイラが理由を話すまで、僕はここに立ち続けるつもりだ。


「……何だ、その目は」


「……あんたさ」


 何だ。

 さっきまでの苛立ちとは全然違う。なんでそう品定めするみたいに僕を見るんだ。何を計っている。何を考えている。その目は止めろ、こっちが試されているみたいで気分が悪い。

 五秒、六秒……長いぞ! いつまで黙っている。何を迷っているんだ、喋るなら喋れ。無視したいならいつもみたいに一切目もくれなければいい。中途半端が一番嫌なん──






「──私が能力者だって言ったら、信じる?」


 ……は? 






 何を……急に何を言い出すんだ。今、この状況で。

 唐突過ぎないか。さっきまで授業をサボった理由を追及していたはずだろう。追い詰めて、逃げ場をなくして、その上で理由を聞いているんだ。

 そこから何がどうなれば「自分が能力者だと言ったら信じるか」になるんだ。繋がりが見えない。意図が分からない。話を逸らしているのか。それとも……。


「私ね、能力者なの」


 ……。


「私は『大切な人を救うために死に戻る能力』の能力者」


「……待て待て、整理させろ」


 能力。

 大切な人を救うため。

 死に戻り。

 能力者。


 単語は聞き取れている。日本語として理解はしている。死に戻りと言う言葉には馴染みがないが……なんとなく意味を察せない訳でもない。ただ、文章として入ってこない。

 入ってくるわけがないだろう! 授業をサボった理由を聞いていたんだ。なのに返ってきたのが「私は死に戻りの能力者です」。何なんだそれは。


「ママの命が危ないの。そのために私は死に戻りをしてて……だから走ってた。理解できた?」


 ……母親が、死ぬ? 

 だから走っていた。教室を飛び出していたのも、人にぶつかったのも、全部母親を助けるためだと。


 ……信じられるか。こんな話を、こんなタイミングで。


「能力者を自称する偽証は、過去の犯罪でも前例があるんだぞ。証明できないのをいいことに『発動条件がある』と難癖をつけて言い逃れをする……歴史上で何度も繰り返されてきた常套句じゃないか」


「……」


「そんな都合のいい嘘を信じると思うのか」


「でしょうね」


 辻セイラ。校則を破る。授業をサボる。注意を無視する。

 その女が、二十万人に一人の能力者で、母親の命を救うために何度も時間を巻き戻している。


 都合が良すぎないか。あまりにも。話ができすぎていないか。


「でも嘘じゃない」


「証拠は」


「ない。死に戻りの証拠なんてどうやって出すの。私が死んだら全部巻き戻るんだから」


 反証不可能。本当に便利な主張だ。

 死んだら証拠ごとなくなります。だから証明はできません。でも本当です。信じてください。

 誰が信じるんだそんなものを。何とでも言えるだろう。反証できない嘘ほど悪質なものはない。

 もし確実な証拠が準備できるなら、僕も考えを変えるが。目の前のこの女はそれができないと言っている。おかげでどうしても信用することができない。


 そしてなにより——「母親の命が危ないから」、だと? 


 許せない。

 こいつには、絶対に言ってやらないと分からない。


「家の外で言うのは初めてだが、僕の母親は病弱なんだ」


「は? 何、急に」


「僕にとって、それだけ重い話題だということだ」


 ずっとそうだ。

 僕が中学に上がった頃から、父さんが家を出て行った日から、目に見えて少しずつ。

 今も働いているが、それがいつまで続くか分からない。十年後かもしれないし、明日かもしれない。

 母の病は家庭内の事情だ。外の人間に伝えたところで治る訳でもないし、今までずっと黙って来たが……流石に今回だけは見て見ぬふりはできないぞ。


 毎朝母の顔色を見て、「今日も大丈夫だった」と確認して、そして学校に来る。

 母親がいつ死ぬか分からない恐怖を、毎日飲み込んで生きている。それが僕の日常だ。


 それを知らなかったとはいえ、よりにもよってこの僕に。

 自分の嘘の言い訳に、母親の命を挙げるなど……。


「母親の命を言い訳に使うことが、どれだけ不謹慎か、どれだけ冒涜的か……!」


「……じゃあやっぱり、か」


 ……? 

 何が「やっぱり」だ。


「何回やっても同じ。証拠なんか出せないし、出す前に時間切れに……あれ」


 ……何を言っている? 

 何だその顔は。悔しそうな、泣きそうな……違う、両方だ。悔しくて泣きそうな。

 嘘じゃないと言いたげだが、そうやって表情で語るだけなら僕にだってできる。

 演技か。同情を引こうとしているのか。そうだとしたらたちが悪い。そうじゃないとしたら……。


 ……? 


 待て、少し顔つきが変わったような。

 自分の中で何か考えの整理がついた、あるいは──とある妙案を思いついたかのような。


「……ねぇ。アンタ、お母さんのこと、誰にも言ってないんだよね」


「だから何だ」






「決めた。次に会った時、アンタを協力者にしてやる」


 は? 






 次に会った時。

 何を言っている。さっきから本当に……なんかさっきから混乱してばかりだな僕は。

 とはいえ、本当に意味が分からない。今日聞いた中で一番意味が分からない言葉を聞かされたぞ今。


 そもそも次に会った時とはなんだ。今会っているだろう。次とはいつのことを言っている。

 僕を協力者にするとはどういうことだ。今会話をして君の主張が通じないことはこれ以上ないほどに理解できただろう。僕は君が証拠を準備できるまで納得するつもりはさらさらないと言うのに。

 そもそも協力とは何を指している。僕に何をさせるつもりだ。法律や校則に違反するような真似に加担するつもりは更々無いぞ。ただでさえ、今授業を抜け出すという失態を犯しているというのに。


「おい、もっとはっきり説明をだな」


「あんたにはまだ分かんないよ、でも、すぐに分かるようになるから」


「それじゃ曖昧すぎる。そもそも、何故自分で言わない」


「もう時間がないから。いや、とりあえずさ」






「次の周から、よろしく」


 ──パアァンッ! 


 え。


 ──バタッ……






 ……何、が? 


 赤い。今、何が起こった。

 さっきの破裂音はなんだ。耳が痛い。今、辻セイラが倒れたような。

 何だ、何が。赤い、何が赤い。辻セイラの……何で、さっきまで普通だったのに。

 何で……赤い? 


「──」


「……お、おい? だい、大丈夫か? 起きれるか?」


「──」


「……!? 血、血が出てるぞ! 本当にどうした!」


「──」


 赤いのは……血だ! 

 辻セイラの頭から、目から、鼻から、口から、耳から、な、流れて、止まらない! 


 何が、どうなってる? 

 どうして辻セイラは急に倒れたんだ。さっきの破裂音は目の前の、この女のすぐ近くから聞こえたような気がする。どうしてこの女は急に血を出している。しかもこの量にこの出方、明らかに異常だ。命に関わるレベルの……。


 命に……。

 命の……。


 嘘だ。


「し、失礼するぞ。女性とはいえ、君の命に関わることだ。血は後で拭くから、とりあえず腕を……」


 ……嘘に決まってる。


 脈が、無い。

 息を、していない。


 辻セイラが──死んでいる、なんて。


「ッ!?」


 声が出、出ない。

 何を叫べばいい。何が起きたか分かっていない。分かりたくない。

 死んだ、死んだのか。頭から、大きな破裂音を響かせて、血をまき散らして? 

 嘘だろう。さっきまで、さっきまで喋っていたじゃないか。「よろしく」って。「次の周から」って。何だよそれ。何なんだよ。


 目の前で、たった今。人が死んだ。意味の分からない死に方をした。何をすればいい。救急車か、先生か、誰かを呼ぶのか。でも、でも。手が震えて止まらない。

 これはどうしてだ。どうしてこんなことが起こってる。明らかに物理現象を無視してる……よな? じゃあ、何らかの『能力』によるもののはず……。


 誰かに狙われたのか? 能力者社会の、現代の日本で? もしかして今も誰かがここを見ているのか? 次に狙われるのは僕なのか? 

 能力による加害は能力者基本法で禁止されているはず……いやこんなことするヤツが法に従う訳がない! 目の前で人が死んでいるのに、僕はどうしてこんな時までルールの心配をしているんだ。手が震えて止まらないのに。 逃げないと、急いで他の生徒にも伝えないと……。


 ……待て。

 待て、落ち着け。冷静になれ。


 まさか、これが。

 もしかすると、これが、さっき辻セイラの言っていた──『死に戻り』なのか。

 死んだら時間が巻き戻る。大切な人を救うために。失敗すれば巻き戻るという。

 さっき、辻セイラが喋っていたことは、事実だったのか? 

 もしかして今、辻セイラの「大切な人」が死亡して、「能力の発動条件が満たされた」ことで……「辻セイラの死亡」が発生した、そういうことなのか? 


 嘘だと思った。言い訳だと思った。信じなかった。

 でも、実際に死んでいる。目の前で、意味の分からない方法で。

 あれが本当だったのか。

 本当だとしたら。


「じゃあ、今から」


 今から。

 時間が、戻るってことに──






 *






 僕は激怒した。

 必ず、かの邪知暴虐のクラスメイトを正さねばならぬと決意した。






「瀬尾! 何も分からないだろうけどアンタも着いてきて!」


 は? 


 おい待て僕はこの高校生活で悔いのない生き方をするためにうわなにをするやめ──

感想やご意見をお待ちしていますのでよろしければ……(´・ω・`)

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