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とある廃寺でのお話です

作者:
掲載日:2026/05/22

 その配信を消した理由、ずっと聞かれてます。

「何かあったんですか?」

「ビビって消したんでしょ?」

「ヤラセでしょ?」


 正直、自分でもまだ整理できてないです。

 ただ、今でも風呂場で背中を向けるのが嫌になります。

 鏡もあまり見ないし、シャワー中に目を閉じるのも落ち着かない。

 当時の俺は、登録者も少ない心霊スポット系の配信者でした。

 いわゆる底辺です。

 でも、生配信だけは人がそこそこ入る。

「リアルタイムでビビってるのを見るのが楽しい」って層がいたんだと思います。

 その夜も、いつも通り雑談配信をしていました。

 次どこ行くか、みたいな軽いノリです。

 そのとき、コメント欄に妙なアカウントが入りました。

 英数字だけの名前。

 捨て垢みたいなやつです。

 そいつが最初に書いたのは、それでした。

「○○寺に行って欲しい」

 一瞬、意味が分からなかった。

 俺が「何それ?」と返すと、淡々と返ってくる。

「山奥の廃寺」

「昔、水子供養してた場所」

 冗談っぽさが一切ない。

 怖がらせるための文章じゃなくて、事実だけを置いていく感じでした。

 さらに、

「県道○○号から外れて少し登る」

「途中でガードレールが途切れる」

 やけに具体的でした。

 コメント欄はすぐに盛り上がって、

 「行け」

「今から行こう」

「配信向きじゃん」

 そんな流れになる。

 俺も、正直ネタになると思った。

 だから軽いノリで言ったんです。

「じゃあ行ってみるか」

 そのまま配信を切らずに車を出しました。

 山道に入った瞬間から、空気が変わります。

 街灯はほぼゼロ。

 車のライトの届く範囲しか世界がない。

 横は完全な黒。

 音も少ない。

 会話も自然と減っていきました。

 そのアカウントだけは、相変わらず指示を出してくる。

「次のカーブ右」

「そこ登る」

「もう少し先」

 ナビより正確でした。

 途中、本当に言われた通りの場所に潰れたセダンがあって、そこで一瞬だけ嫌な感覚がありました。

 “偶然の範囲じゃない”気がしたんです。

 ただ、その時はまだ笑ってました。

「仕込みじゃね?」って。

 俺はふと気になったのでそいつに聞いてみた

 「行ったことあるのか?」

 しばらくしてからそいつは

 「ある」

 とだけ答えてしばらくは何も言わなかった。

 寺に着いたのは深夜1時を過ぎていました。

 木々の間が開けて、小さな空き地。

 その奥に、古い寺が見える。

 その空き地に車を停めてようとバックで車を入れた瞬間です。


 ――ピーピーピーピーッ


 バックセンサーが鳴りました。

 かなり近い距離の反応。

 でも後ろには何もない。

 モニターもただの草と闇。

 一度Pに入れると止まる。

 Rに入れるとまた鳴る。

 コメント欄がざわつき始めました。

「近くない?」

「何か映ってない?」

 俺は「古い車だからだろ」と流しました。

 そのまま車を降ります。

 後ろを見てもやっぱり何もない。

 結局、気のせいだと自分に言い聞かせて寺へ向かいました。

 ここから先は、静かでした。

 いや、“静かすぎる”が正しい。

 山なのに音がない。

 虫の声も風も弱い。

 自分の足音だけがやけに響く。

 カサ、カサ、と落ち葉を踏む音がずっと耳に残る。

 それと同時に、ずっと視線がある。

 振り向いても何もない。

 でも“何かが見ている状態だけが続いている”感じ。

 本堂の前まで来たとき、外から声がしました。

 赤ちゃんの泣き声。

 はっきりというより、途切れ途切れ。

「……あぅ……」

 一回で終わる短い音。

 俺は一瞬止まりました。

 コメント欄もざわつく。

「今の聞こえた?」

 その時、本堂の奥の方から、別の音がした気がしました。

 何かを引きずるような、一定の間隔の音。


 ……ザ、ッ。


 ……ザ、ッ。


 誰かがいるなら、隠れてるというより“動き続けてる”音でした。

 ただ、見えない。

 ライトを向けても奥は黒いままです。

 その中で、一箇所だけ妙に違和感がありました。

 畳が崩れていない場所。

 埃がほとんどない。

 そこに、一本のペットボトルが置かれていました。

 新品に近い状態の水。

 あまりに場違いで、逆に整っている。

 俺は一瞬、あの捨て垢の人が置いていったんだと思いました。

 でも、そいつがコメントした。

「前来た時はこんなの無かった」

 短い一言だけ。

 俺、その時は普通に返してたんです。

「じゃあ誰のだよ」って。

 でも、後からアーカイブ見返して気付いた。

 あいつのコメント、表示されるのが妙に早いんです。

 普通、生配信って少しラグあるじゃないですか。

 でも、あいつだけ違った。

 俺が喋り終わる前に返ってくる時すらある。

 まるで、“次に俺が何を言うか分かってる”みたいなタイミングで。

 そういえば、山道でもそうでした。

「この道で合ってんの?」って俺が聞く前に、

「そのまま」

 って出てくる。

 最初は気にしてませんでした。

 でも、本堂の中に入ってから、それが急に気持ち悪くなった。

 その瞬間です。

 コメント欄が一回、完全に止まった。

 通信は切れてない。

 視聴者数も減ってない。

 なのに、誰も書き込まない。

 本堂の中、静かでした。

 俺の呼吸と、たまに鳴る床の音だけ。

 すると、耳元で、声がしたんです。


「みつけた」


 小さい声でした。

 子供なのか女なのかも分からない。

 でも、近かった。

 吐息が耳にかかるくらい。

 俺、その瞬間、本気で身体固まりました。

 コメント欄が一気に流れ始める。

「後ろ!!」

「振り向くな!!」

「逃げろ!!」


 でも俺、振り返れなかった。

 振り返ったら、本当に何か見る気がしたから。

 その時。

 後ろで、床が鳴った。


 ギシ……ッ。


 かなり近い。

 さっきまで奥から聞こえてた音が、もう真後ろまで来てる感じでした。

 俺、そこで耐えきれなくなって走りました。

 本堂を飛び出して、駐車場へ戻る。

 後ろから同じ足音が追ってくる気がして、途中からコメントも見れなかった。

 車まで戻った時です。

 コメント欄が急に騒ぎ始めた。

「なんでドア開いてんの?」

「おまえロックかけたよな」

「いいから早く乗れ!!」


 意味分からなかった。

 でも見たら、後部座席のドアが少し開いてたんです。

 半ドアみたいに。

 確かに閉めたはずでした。

 恐る恐る近付いて、中を見る。

 誰もいない。

 でも、後部座席の真ん中だけシートベルトが締まってた。

 カチッて。

 誰も座ってないのに。

 そこで完全に無理になって、俺は車飛び乗って山を降りました。

 帰り道、コメント欄は異常なくらい静かでした。

 さっきまで騒いでたのに、

「止まるな」

「早く下れ」

 短いコメントしか流れない。

 俺も返事する余裕がなかった。

 山を降りて、コンビニの灯り見えた時、本気で安心したの覚えてます。

 家帰ってから、すぐアーカイブ確認しました。

 でも映像自体はところどころ曖昧でした。

 泣き声も小さいし、本堂の奥も暗くてよく見えない。

 後部座席のドアも画角の外。

 結局、「気のせい」で片付けようと思えばできる内容でした。

 ただ、一つだけ引っかかった。

 例のアカウントです。

 プロフィールを開こうとすると、


「このアカウントは凍結されています」


 って表示される。

 そこまでは別にいいんです。

 でも、あいつ。

 配信中、一回も“怖がる側”のコメントしなかったんですよ。

「なにか聞こえた」とか、 「逃げろ」とか、 「見える」とか。


 普通あの空気なら、絶対そういう流れになるじゃないですか。

 でも最後まで、道案内みたいなことしか言わなかった。

 本堂入ってからも。

 俺が逃げる直前まで。

 ずっと、変に落ち着いてた。

 それが今になって、一番気持ち悪いんです。

 まるで、“何が起こるか知ってた側”みたいで。

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