崩壊
「お前らか、俺を起こしたのは」
いきなり人影が問いかけてきた。
「そ…そうだ!あなたがその昔世に平和をもたらしたものか!?」
急展開に戸惑いながらもマールが応える。
「あぁ…まぁそんなことした憶えもあるな」
気だるげに、そしてその記憶を悔いているかのような声音に多少疑問を抱きながらも、マールは言葉を繋げる。
「ならば私達とともに世界平和のため働いてはくれないか?」
「あぁ?」
不快感をあらわにした声がした。人影が近づいてくる。
輪郭しか解らなかった姿が松明の炎に照らされる。
兵器という話から抱いていたイメージと違い、普通の人間と変わりない姿をしていた。
少年の風情を感じさせる引き締まった体躯に、妙な服装…例えるなら騎士のような格好をしている。そして端正な顔立ちには嫌悪感が貼り付けられている。
「世界平和?正気か?」
「なっ…!」
今まで、世界平和という夢を笑われたり、嘲られたりしたことは何度もあるが、ここまで見下されたことはかつて無い。
「何故平和を求めることを否定するんだ!貴方もそのために造られたのではないのか!?」
激情に任せた言葉を叫び、相手の黒より昏い蒼をした瞳を見返す。
「はっ、下らない。目の前の平和すら疎かな小娘がナマ言ってんじゃねぇよ」
その言葉は背後から聞こえた。
「「「え?」」」
瞬きの間に移動したかのような状況に、皆が揃って間の抜けた声を発する。
理解が追いつかない様子のゼクストの目前で、男は手をゼクストの顔に向ける。
次の瞬間―――
ゼクストが消えた
いや、正確には後方に弾け飛んだのだ。人間が飛ぶにはあり得ない速度で。
ガシャアッ!!
あのスピードで壁にでも叩きつけられたら…というマールの危惧が現実の物となった音がした。
「待っ!」
待てという言葉すら言えずに、ソルエルは消し炭に、サリアは氷漬けにされた。
「解ったかよ、お前の思う平和なんて脆いモンだってことが」
「あ…」
「解ったらお前も消えろ」
茫然自失としていたマールに手が伸びる。
「…」
そのまま少し止まった後、男は悪魔のような笑みを浮かべ
「そうだな…お前には起こしてもらった恩もあるし、世界平和とやらを実現してやろう」
「へい、わ?」
「そうだ。喜べ、完璧な世界平和だ。飢餓も貧困も格差も争いも、悲哀や絶望すら無い」
「…」
マールは、想像した。
そんな幸せな世界を。
常に理想であった世界、しかし心の何処かで所詮理想でしかないと諦めていた。それをこの男が現実のものとしてくれるのか。
「――つまりは」
そんな少女の儚い希望は
「全人類の死滅だ」
粉々に、打ち砕かれた
「仕方ないよなぁ?人間ってのは無意味な争いや格付けが大好きな生き物なんだからよ」
「国だの宗教だののまとまりの中で偉いヤツラの気分一つで戦いが起きる」
「個人間だってそうさ、下らねぇ事で人は憎しみ合い、奪い、殺し、また憎む」
「そんな世の中でお前の理想を叶えようってんならもう滅びるしかねぇやな」
「この世界にたった一人になった時、その平和な世界でお前はどうするんだろうな?」
男の口からは次々と言葉が流れてくる
「………」
マールは、肩を震わせ何かを呟いている。
「ん?なんだって?」
男が耳を寄せる
「……がう」
「ん~?」
「違うッ!!」
しっかりと男を見返し、叫んだ。
――――ピシッ
「確かに、お前の言った通りかもしれない!人の心は容易く悪に染まる」
――――メキ…
「それでも人はその間違いを正すことができる。愛し、赦し、敬い、慈しみ、信ずることができる」
――――ビキビキビキ
「そういう人の繋がりの中に平和があるんだ。お前の言ってるのは平和じゃない!ただの逃げだ!!」
――――パリーン!
マールは困惑していた。それというのも
「どうかされましたか?」
ゼクスト達が生きているのだ。先程啖呵を切ったことは覚えている、しかしその後気付いたら死んだ筈のゼクスト達は傍にいた。
「ほー、幻術を破っちまいやんの」
男は面倒くさそうな、それでいて嬉しそうな表情だった。
「幻術…だと?」
「そうさ。愉快な夢が見れただろ?」
「なっ!、何が愉快なものか!」
「あーハイハイ、うるっせぇなもー」
「………」
マールは一見落ち着いているようでかなり怒っている。マールの怒気はゼクスト達にも感じられた。
「何の目的があってあんな趣味の悪い幻術にかけた?」
「目的?どーでもいーだろそんなことは、破ったんだしよ。それはそれで結果オーライだがめんどくさいので俺は寝る。」
そう言って男は横になった
「―――」
もう我慢ならないようである
「なんだキサマ!その人を小馬鹿にした態度は!」
「うるせぇってんだよ、一分以内に消えねぇとじきじきに消すぞコラ」
「やってみろ!このマール=ロンド、出会い頭に人を幻術にかけるような卑怯者には負けん!」
男の肩がピクリと動いた
「マール……ロンド?」
「そうだ!由緒正しきロンド一族の正当な後継者であらせられるのだぞ!」
何故かゼクストが言う
「……まさか」
男は先程とはうってかわって真剣な様子だ。そしてまたしても突然にマールの目の前から姿を消した。
「起動してやがる…」
その声はすぐ傍から聞こえた。そしてその手にはマールの剣――レストレアスが握られている。
「返せッ!!」
さすがにそこまで驚かなくなったマールが飛びかかるが、男は難なくいなす。
「チィッ!」
間合いを離した男は、忌々しげな舌打ちと共にレストレアスをマールの足下に投げた。
「事情が変わった」
男の雰囲気は変わった
「全員此処で死ね」
―――悪鬼のそれへと
男が無造作に手を振ると、凄まじい風が生じ、マール達を襲う。
「ぐうっ!」
しかし、マール達もそれなりに強い。強風に耐えて戦闘態勢を整える。
マールは剣を、ゼクストは盾を、ソルエルは鉤爪の付いた手甲を、サリアは薙刀を構える。
「んー…なんか話聞いててもよく分かんなかったが、アイツは敵なんだな?」
「…」
「ぐあっ!?」
頭の悪さを露呈したソルエルの鼻っ面を、サリアの得物の柄が叩く。
「コントやってないで行くよ!」
マールの号令で一斉に攻勢に出る
が、
「へっ」
男はひとつ笑うと、宙に浮いた。
「よく考えればお前らと同じ土俵で戦ってやる必要もなければ、直接手を下してやる必要もないか」
言って、男は天井に向かって手刀を放つ。
何も無い空間に放った筈のそれは、確かな質量を持ったなにかを天井にぶつけた。
「きたねーぞ!降りてこいやぁ!」
松明の光が届かない所まで浮上した男にソルエルが吠える
「やはり卑怯者だな…ん?何の音だ?」
天井からドォンという音がして、次いで何かが地面に落ちる音がする。
「よう馬鹿ども」
「降りてきやがったな!?よーしそのまま手の届くところまで来い!あっ!なに止まってんだ!降りて来イべッ!!」
「…」
馬鹿どもに反論できないからやめてと言わんばかりの一撃が決まる
…………………ゴゴゴゴ
「まぁここは地下なわけだ」
「そんなことどうだっていい!降りてきて戦え!」
「ハイハイ、後で遊んでやるよ」
「~~~ッ!」
もうイライラは頂点だ
………ゴゴゴゴゴ
「で、ここの真上には湖がある。お前らが雨だと思ってんのは湖の水が染み出してきているものだ」
「だから!?」
「天井に大穴開けてきた」
「「………え?」」
「溺れ死ねや。じゃあな」
「ちょっ」
ドッパァァァン!!
横合いからの鉄砲水に、マール達は押し流された。
すいません、ちょっと補完します
松明はマールが壁の向こうにいる間に立てていました。持ってなくてもそれなりに見える程度に
なんかまだ名前も出してない男が悪役っぽくない…単に口悪いだけじゃね?という感じが否めない