起動
雨が、降っている
五人ほどの集団の先頭にいる少女は、空を見上げ鬱陶しそうな顔をした。
可愛らしい少女である。
ともすれば人形のような顔に深青色の瞳が輝いており、意思の強さが窺える。
雨に濡れているとは思えないほど美しい金糸のような髪で結った一房のお下げが揺れるたびに、小柄な体躯に纏った無骨な鎧が音をたてる。
「外に出てしまったか…」
これまた綺麗な声で呟いた。
独り言なので答える必要はないが、後ろに続く男達に答える元気は残っていないようだ、
一人を除いて。
「そのようですね。道を間違えているわけではないと思うのですが…」
青年の声だったが、数々の修羅場をくぐってきたと思われる雰囲気が滲み出ていた。
「夜になっていたようですね。もうどれくらい歩き続けているかも分かりませんが」
「そうだな、そろそろ見つかってもいいと思うんだが…ゼクストは平気か?」
「御心遣い、痛み入ります。ですが私がマール様より先に音をあげるわけには参りません」
青年――ゼクストはそう答えた。
一行は『終戦の神殿』と呼ばれる遺跡を歩いている。所々石の風化が始まり昔の荘厳だったであろう姿は見る影もない。
少女のうんざりしたような声が表しているように、歩き続けてそろそろ一日になる。段差や階段なども多い上真っ暗なので、松明で足元を照らしながらという確かに歩みの遅いものだったが一日はかかりすぎだ。
そしてなぜこの一行はこんなところを歩いているのか
それは少女が旅をする理由にあった―――
少女―――名をマール=ロンドという少女は、裕福な家庭に育ったいわゆるお嬢様であった。
父は数々の武勲や伝説をもつ英雄であり、母は優しく美しいという理想的な親の背中を見て育ったマールは、当然のように素晴らしい娘に育った。
父との稽古で培った並の男では到底敵わない剣の腕、母譲りの容姿、そして二人から受け継がれた優しさと正義感。
そんなマールの14の誕生日、平穏な日々は終わりを告げた。
―――大陸間戦争
北のルクレツィア大陸同盟軍と、南のファルディナ大陸連合軍の戦争。期間は短かったが戦いは熾烈を極め、死者は数十万から未確認含め数百万とも言われ、今でこそ和平が成っているがそれが薄氷の上の事であるのは誰の目にも明らかである。戦禍の傷跡も各地に色濃く残っており紛争も多発している。
マールは当時家で使用人だったゼクストに連れられ、父に渡された家宝を持って逃げた。
マールはその戦争で父母を失った。
「痛っ」
マールが小さく声を漏らした、どうやら目に雨が入ったようだ。普段ならその程度で声を上げたりはしないのだが少しボーッとしていたようだ。
「どうしました!?」
ゼクストが焦ったような声を出した。心配性というか過保護というか。
「あぁ、気にするな。問題ないよ」
「そうですか? …無理はしないで下さいね」
「ああ………ん?行き止まりか?」
目の前が壁になった。
「えっ!一本道だったはずなんですが…」
「いや、これはただの壁ではないな」
少し見ればその壁の異質さは明白だ。まわりはボロボロの石造りだというのにその壁は傷ひとつない。
「どうやらこの奥のようですね、遺産《レガシィ》があるのは。」
「恐らくな…しかしどうやって先に進もうか。」
マールが何気無く壁に触れたその時
「ッ!?」
腰に差したロンド家の家宝にして父の形見の剣――レストレアスが震えた。
「お嬢様?」
何かありましたかと訊ねるゼクストを無視して、マールはレストレアスを構え、壁を真っ二つにするかのように振り下ろした。
するとその壁に――
なんの変化もなかった
「…あれ?」
誰のつぶやきだったかは定かではないがその場にいた人間の総意だと思われる。
もっとこう、壁が崩れるとか消えるとかそういう変化を期待していたのに、見た目にはなんの変化もない。
―――そう、見た目には
剣を振り下ろした姿勢で固まっていたマールは、おもむろに剣を納めるとゼクスト達の前から姿を消した。
マールが壁に向かっていったと思ったら壁に吸い込まれてしまったのである。
「マール様ッ!?」
ゼクストが壁に駆け寄るが彼にとっては依然としてただの壁であった。
「くそっ!ご無事ですか!?マール様ッ!」
ゼクストの叫びがむなしく響いた。
マールが意識を取り戻したときに感じたのは、一面の白だった。前後上下左右、見渡す限り真っ白な空間にマールは一人佇んでいる。
「ここは…?」
あまりに突拍子もない展開に整理をつけるため、マールは目を閉じ起きたことを反芻した。
(少しあやふやなのはあの妙な壁に触れた後か…その後の事は…分かるんだが自分の事とは思えないな)
考えても仕方がなさそうなので思考の海に沈むのをやめ、目を開く。
すると目の前に石碑が浮いていた。
「…?」
突然現れたことに困惑しながらも石碑に向かう。
視覚的には浮いているんだが床の感触があった。
石碑にはなにも刻まれてはいなかった。
これでは単なる岩だ。
またしても困惑させられるマールの頭に声が響いた。
憎め
「ッ!」
声…というより文字がそのまま頭に浮かんでくる。
憎め、平和を求める者よ
「何者だッ!」
マールは剣を抜き辺りを見回すが誰もいない。
平和を望むなら、悪を憎め
「お前が誰かは分からないがそれは違う。一方を悪と決めつけるから憎しみが生まれ、争いが起こるんだ。」
悪に情けをかけてはならん
その心は破滅を導く
「だから違うと…ッ!?」
突然、目の前の白が強くなり目を開けてられなくなった。
ああ、この空間から出るんだな、という漠然とした予感。
その胸に到来したのは
憎め。憎み続けろ
なんとも気分が滅入る言葉だった。
「………」
ゼクストは誰が見ても分かるほど沈んでいた。
(お嬢様…大丈夫だろうか…お一人であんな得体の知れない所に行ってしまわれて…私がお守りしなければならないというのに…それがお嬢様が幼少の頃よりの私の使命。あぁ、それにしても幼少の頃のお嬢様の可愛らしさと言ったら天使のようであった、いや天使などメではないな)
心配のしすぎで思考がトンでいる。
「そう落ち込むなって、なーに、嬢ちゃんなら大丈夫さ」
「そうですよ」
体育座りで今にものの字を書き出しそうなゼクストを慰めるのは、見るからに活発な少年と落ち着いた雰囲気の少女である。
少年の方は、名をソルエルといい跳ね気味の灰色の髪と長い犬歯が特徴的である。
少女はサリア、長い白髪や表情の薄さが神秘的な雰囲気を漂わせている。
二人とも年の頃はマールと同じくらいだ。
「嬢ちゃんもガキじゃねぇんだしいいかげんに…って聞いちゃいねぇ」
「そうですね」
ゼクストはブツブツと何か呟きながら時おり恍惚とした表情を浮かべ、完全にアブナイ人と化している。
「これさえなけりゃ頼れる兄ちゃんなんだが」
「そうですね」
二人は呆れながらゼクストを見下ろしている。
「帰ったぞ」
「いや、今現在のお嬢様もお綺麗になられた。愛らしさを残しながらもお美しくなられてまさに美の女神イーノ・マータも裸足で逃げ出すほど。そしてさらに、ってお嬢様ァッ!!」
「うわっ!」
ソルエルにはマールの声は聞こえなかったので突然の叫びに驚いている。サリアはよく分からない。
あれほど深く沈んでいたゼクストは一瞬で帰還した。ちなみにゼクストの名誉のため言っておくが、小一時間ほど容姿を褒め称えた後しっかり内面も褒めちぎるハズであった。
「お怪我はありませんか!?頭痛かったりは!?体調悪かったりとかしません!?とにかく大丈夫でしたか!?」
「あ…あぁ、問題ない」
結構慣れっこなハズだが若干引き気味である。
「それと、遺産《レガシィ》はここにはないようだ」
―――遺産《レガシィ》
字の通り、前時代の遺産である。
今より400年ほど前、文明は今の数十倍とも言われる水準であったとされている。機械文明もそうだが特筆すべきは魔法文明である。今では奇跡でしかない現象が世に溢れ、飢えや貧困の消えた素晴らしい時代だった。
魔王が反旗を翻すまでは
魔王は元々その文明が隆盛を極める理由となった魔法を作り出し、政府に献上する役職に就いていた。
それが突然反乱を起こし、たった一人で世界に歯向かったのである。
数量的には断然不利であったが、魔王の名に相応しい魔法技術は世界軍の遥か先を行く上に、戦争用の魔法まで開発され世界軍は為す術がなかった。
しかし世界軍もされるがままではなく、密かにあるものを造り上げた。
ProducE A CEase-fire System――通称PEACESystemと呼ばれる兵器である。
その兵器が魔王との戦争を終わらせたのが、この『終戦の神殿』と言われている。そして存在意義を失った兵器が眠っているとも。
マールは、今の荒れた世界を正すヒントだけでもないだろうかと訪れたのであった。
「そうですか…ですがマール様も兵器に頼るのを良しとはしていませんでしたのでちょうどよかったのでは?」
「むぅ…」
確かに平和を望みながら兵器に頼るのはどうかというところもあったが、やはり残念である。
とりあえずこれ以上雨に濡れるのもイヤなので、遺跡探索の拠点としていた村に帰ろうとして――
サリアが壁の方を凝視しているのに気付いた
「?」
釣られて向いた視線の先に、人影が見えた。
アップがとてつもなく遅れました…つ、疲れた。
携帯で書いているんですがやっぱりキツイです。何故この情報世界に我が家は取り残されているんだ…!(要はネットに繋がってないんです)
こんな…こんな日本に誰がした!?
麻生め…!(責任転嫁)
他に携帯で執筆なさっている先達の方々、なにかコツのようなものを教えていただけると、う…嬉しくなんてないんだからねっ!