第八話 朔良死す
やめて!ルネ様のキスで朔良の理性が持ってかれたら朔良の精神まで燃え尽きちゃう!お願い、死なないで朔良! あんたがここで倒れたらルネ様との生活はどうなっちゃうの? ライフはまだ残ってる。ここを耐えれば自分に勝てるんだから! 次回『朔良死す』 デュエルスタンバイ!
あの日から、特に大きな事件もなく穏やかな日が続いてる。特別なことは何もない。一緒に食事をして、他愛もない話をして、同じ時間を過ごすだけ。
それなのに。どうしてこんなにも満たされているのか、自分でも分からなかった。
「朔」
名前を呼ばれて顔を上げる。ルネ様が、すぐ近くにいた。最近、距離が近い。前はもう少しだけ、遠かった気がするのに。その変化が、少しだけくすぐったくて。――嬉しい、と思ってしまう自分がいる。
今までと大して変わらない日々だけど、変わったことがひとつだけある。週に一度、ルネ様が血を求めてくるようになったことだ。前みたいに我慢することは、もうないらしい。
「……少しだけ、いい?」
そう言って、遠慮がちに触れてくる指先。でも、一度許せば。そのあとは、もう躊躇いはない。首元に触れる手も、息のかかる距離も。全部近くて。心臓が、うるさくなる。――でも。嫌だと思ったことは、一度もなかった。
「……俺、何かできること、ありますか」
ある日、思い切って聞いてみた。
「番、なんですよね」
少しでも役に立てるように。勉強でも、仕事でも、何でも。そう思ったのに。ルネ様は、少しだけ困ったように笑った。
「何もしなくていいよ」
「……え」
「そのままでいてくれるのが、いちばん嬉しい」
あまりにもあっさりとした言葉だった。
「朔が無理をする必要はない」
その声は優しくて。なんて言ったら俺が嬉しくなるか、なんて言ったら諦めるか、知ってる声だった。
結局、生活は大きくは変わらなかった。少しだけ距離が近くなって、少しだけ甘くなっただけ。それだけなのに。どうしようもなく、幸せだった。
ずっと続けばいいのに。そう思ってしまうくらいには。
「朔」
静かな声で、名前を呼ばれる。
「同じになりたい?」
その問いの意味は、すぐに分かった。吸血鬼になるかどうか。一瞬だけ、考える。でも。
「……ならないです」
答えは、もう決まっていた。
「俺、人間のままでいたいです」
ルネ様は、少しだけ目を細めて。それから、くすりと笑った。
「やっぱりね」
やっぱり?
「この屋敷の肖像画、覚えてる?」
「……はい」
どれも、どこか似ている顔。ずっと気になっていた。
「あれ、全部」
一拍、置いて。
「君だよ」
「……え」
言葉が、理解に追いつかない。
「今まで、何度も会ってる」
静かな声で、続ける。
「そして」
少しだけ、優しく笑った。
「毎回、同じことを言う」
胸が、どくりと鳴る。
「“人間のままでいたい”って」
……そっか。良かった。この人はずっとひとりじゃなかったらしい。今までも、これからも。俺がいなくなったあともだ。
気づけば、随分と時間が経っていた。体は思うように動かなくなって。声も、少し掠れている。それでも。隣には、変わらない人がいる。
「……ルネ様」
ゆっくりと、名前を呼ぶ。
「来世でも」
息を整える。
「……会えますか」
ルネ様は、迷いなく答えた。
「絶対に、会いにいく」
その言葉を聞いたとき。不思議と、怖くなかった。
あのときから、どれくらいの時間が経ったのか。正確には、もう数えていない。人間の一生は、あまりにも儚い。けれど。あの約束だけは、忘れたことがなかった。"絶対に、会いにいく"
街を歩いていたときだった。ふと、足が止まる。空気が、わずかに揺れた気がした。懐かしい。あまりにも、懐かしい気配。間違えるはずがない気配だった。
ゆっくりと振り返る。人混みの中。一人の少年がそこにいた。――ああ。
「見つけた」
思わず、笑みがこぼれる。こんなにもあっさりと。こんなにも確かに。約束は、守られるらしい。少年が、こちらに気づく。目が合う。ほんの一瞬。時間が、止まったような気がした。
「……あの」
少年が、少しだけ戸惑ったように言う。
「どこかで、会いましたか?」
その言葉に。胸の奥が、静かに満たされていく。やっぱり、覚えていない。それでもいい。何度でも。何度でも、出会えばいい。
「いいや」
小さく、首を振る。それから、ほんの少しだけ微笑んで。
「これから、だよ」
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