第四話 流血はやばめな感じらしい
投稿したくなったのでストック含めて公開します
今日も今日とて俺は庭でぼーっとしてる。最近気がついたのだがこの庭、薔薇の生垣があった。しかもやたらと立派なやつだ。背の高さくらいまで枝が伸びていて、真っ赤な花がいくつも咲いている。
ルネ様は近くのベンチで本を読んでいる。……最近、一緒に行動することが増えた。もしかして、人恋しいのだろうか。いや、無いな。ルネ様だし。
「こんなに広い庭だと、迷いそうですよね」
俺が言うと、ルネ様は読んでいた本から顔を上げた。
「実際、迷った人もいたよ」
「え、マジですか?」
「昔ね」
さらっと言われて俺は思わず庭を見渡した。まあ、こんな森みたいな場所なら、確かに迷うかもしれない。
ふと視線を戻すと、薔薇の枝が少し伸びすぎているのが目に入った。生垣から飛び出した枝が、通路の方に垂れている。あれ、そのままだと絶対引っかかるやつじゃない?
「ルネ様」
「うん?」
「この枝、ちょっと危なくないですか?」
俺が指差すと、ルネ様もちらっと見た。
「そうだね」
「切った方がよくないですか?」
「気になるなら、切ってもいいよ」
そう言われて、俺は近くに置いてあった庭ばさみを手に取った。……よし。奴隷としての初仕事かもしれない。俺は少しだけ感慨に浸りながら、薔薇の枝に手を伸ばした。
その瞬間だった。
「っ……」
鋭い痛みが走った。周りの枝のトゲが、思いっ切り指に刺さった。指先から、じわっと赤い血がにじむ。
「うわ、やっちゃった……」
たいした怪我じゃない。でも思ったより深かったらしい。ぽたり、と血が地面に落ちた。そのときだった。さっきまでページをめくっていた音が、ぴたりと止まった。
顔を上げる。ベンチに座っていたルネ様が、こちらを見ていた。さっきまでと、明らかに纏っている雰囲気が違っている。視線が、俺の手に向いていた。
「……朔」
声が、いつもより少し低い。
「はい? どうかしましたか?」
俺が返事をすると、ルネ様は立ち上がった。でも――途中で足を止めた。一歩、後ろに下がる。
「……大丈夫?」
「え?ああ、これですか」
俺は気軽に手を振った。
「ちょっと刺さっただけです」
血が、ぽたりと落ちる。その瞬間、ルネ様の喉が小さく動いた。俺はそこでやっと気づいた。……あれれ? もしかして。
「ルネ様?」
「……近づかないで」
初めて聞く声だった。低くて、少しだけ掠れている。
「え?」
「それ以上、近づかないで」
ルネ様は顔を逸らした。それでも視線だけは、俺の指先から離れない。まるで、何かを必死に堪えているみたいだ。眉を寄せたその顔は妙に色っぽかった。
俺は自分の指を見る。まだ血が滲んでいる。ぽたり、と赤い雫が地面に落ちた。その瞬間、ルネ様の喉が小さく動いた。……あ、これ。
「……我慢してます?」
「していない」
即答だった。でもどう見たって嘘だ。ルネ様は視線を逸らして、ぎゅっと眉を寄せている。しばらく沈黙が続いた。やがてルネ様が小さく言う。
「番の血は……特別なんだ」
ぽつりと落ちた言葉だった。なるほど? つまり――。俺は少し考える。ルネ様は吸血鬼で、血を飲む生き物で、でも番以外の血は飲まないって言っていた。ってことは。今までずっと飲んでないってことだよな。……それ、普通に大変じゃない?
「……ルネ様」
「何?」
俺は少しだけ迷って、それから言った。
「ルネ様になら、良いですよ」
沈黙が落ちた。ルネ様がゆっくりこちらを見る。
「……朔」
「血、飲んでください」
ルネ様は何か言いかけて、言葉を止めた。それから視線を逸らす。
「それは……」
声が、少しだけ低い。でも次の瞬間、ルネ様は小さく息を吐いた。
「……ここではだめだ」
そう言って、俺の方に歩いてくる。
「部屋に行こう」
ルネ様に手を引かれて屋敷の廊下を並んで歩く。さっきまで庭にいたのに、やけに静かに感じる。俺は少しだけルネ様を見た。横顔はいつも通り綺麗だけど、どこか緊張しているようにも見える。
……本当に吸われるんだよな。ちょっと怖い。でも、不思議と嫌じゃない。むしろ――。少しドキドキしている。
やがてルネ様は大きな扉の前で止まった。
「ここ」
扉が開く。中は広い部屋だった。大きな本棚、重いカーテン、そして窓際にはソファが置かれている。
「座って」
言われるままに俺はソファに座った。ルネ様は少しだけ距離を置いて立っている。
「……無理なら、言って」
「大丈夫です」
俺は食い気味にそう言って、シャツのボタンに手をかけた。自分でも何をしてるんだろうと思う。でも、なんとなくその方がいい気がした。ボタンを外して、襟を少し開く。ルネ様の視線が一瞬揺れた。俺は少し照れながら言った。
「首からで、良いですよね?」
ルネ様が一瞬固まる。
「……どうして?」
「その方が飲みやすそうなので」
そう言って、俺は少し首を傾けた。その瞬間。ルネ様の瞳がわずかに細くなる。肩に手を置いて、ゆっくりと近づいてくる。距離が、近い。
呼吸が聞こえる。少し冷たい指が俺の肩に触れた。そして――
「……ごめん」
小さく呟いたあと。牙が、肌を裂いた。
「っ……」
ちくりとした痛みが走る。鈍痛。思ったより痛い。でもそれは最初だけだった。次第に感覚がぼやけてくる。体がじんわり熱くなって、力が抜けていく。というか、力が入らなくなる。視界が少し揺れた。
遠くで、ルネ様の息遣いが聞こえる。必死に、血を飲んでいるみたいだった。……ああ。本当に飲んでるんだ。そんなことをぼんやり思いながら、俺の意識はゆっくり沈んでいった。




