第二話 奴隷なのに紅茶が出てきた
おっす、オラ朔良!オラ初めて異世界に行ったんだけど、異世界ってすげぇんだな〜。オラ奴隷にされたの初めてだ。それに変な男がオラのことを買いたいって言うんだぞ。次回、『第二話 奴隷なのに紅茶が出てきた』 見てくれよな!
ふう。どういう訳か俺はお貴族様、ルネ様に買い取られた。馬鹿でけぇ屋敷。馬鹿でけぇ庭。しかも庭っていうか、ほとんど森だ。噴水まである。なんだここ、テーマパークか? 門から屋敷に着くまで、馬車なのに十分くらいかかったぞ。
吸血鬼っていうのは結構奴隷を買うらしいがルネ様は一度も買ったことがないらしい。血を吸うための食料とかにするとか。そんな人がなぜ俺を。どんなに考えてもさっぱり分からない。
俺は戦々恐々としながら馬車に乗っていた。というか、ここからおかしい。ふつう、奴隷を同じ馬車に乗せるなんてあるか? 少なくとも俺の常識には無い。
続きに続いた沈黙が辛くなってきた頃、ルネ様が口を開いた。
「……僕の名前はルネ=ルティエール・ベリル。君の名前は?」
「俺は朔良です。朔って、呼んでいただけると……」
「そう、よろしくね」
驚いた。名前まで聞かれるなんて思ってなかった。奴隷に名前を尋ねるなんてあるか? せいぜいおい、とかおまえ、とかで呼ばれるだけマシだって習ったぞ。
俺はずいぶんと運がいいらしい。奴隷を人間として扱ってくれる、いいご主人様に当たったようだ。
屋敷の中に入ると人っ子一人いない。奥まで続く廊下には深紅の絨毯が敷かれ、壁には鎧や肖像画が並ぶ。外の光が差し込む大きな窓からは、庭の木々の影が揺れていた。静まり返った空間に、足音だけがやけに響く。
このレベルのお屋敷ってなったらお出迎えとかあるよね? なのにそれがない。
「あの、使用人の方は?」
「いないよ」
「え?」
「この屋敷、僕一人だったから」
え、もしかして俺、ここをひとりで掃除する感じですか?そんなことを考えていると、ルネ様が振り返った。
「朔」
名前で呼ばれた。……いや待て。今普通に名前で呼ばれたよな? 奴隷ってこんな扱いされるんだっけ?
「とりあえず応接室に行こっか」
「お、応接室?」
奴隷って、応接室に入って良いもんなんですかね。
廊下の空気はひんやりとしていて、微かに木の香りが漂う。壁に掛かった肖像画の目が、まるで俺を見つめているかのようでちょっと背筋が伸びる。足音だけが響き、屋敷の静けさがより際立つ。
通された部屋はいかにも貴族様の屋敷という感じだった。大きな窓、分厚そうな絨毯、人をダメにしそうなソファ。そして俺は――
「座っていいよ」
「ええ?」
「どうかしたの?」
「いや……その……」
奴隷ってソファに座っていいものなの? え、俺が変なだけ?
「お茶でも飲む?」
ルネ様はそう言うと、棚から茶葉を取り出してポットにお湯を注いだ。……え。自分で淹れるんですか?お貴族様ってもっとこう、「人間、茶を用意しろ」みたいな感じじゃないの?
目の前にカップが置かれた。カップからは、紅茶の湯気がふんわりと立ち上っている。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
あれぇ? 奴隷がお茶出されるのってどうなんだ? しかも普通に美味い。
カップの湯気を見つめながら、手をどう置けばいいのか少し迷う。ソファの感触は柔らかく、思わず深く腰を沈める。……あれ、今までの奴隷生活って何だったんだ?
「どう?」
「え?」
「お茶」
「あ、えっと……美味しいです」
「それは良かった」
ルネ様は静かに紅茶を飲んでいる。音を立てない。姿勢も綺麗だ。……なんか、絵になるな。さすがは貴族様。
応接室は妙に静かだった。人の気配がない。広い屋敷なのに、聞こえるのは時計の音だけだった。
「さて」
ルネ様がカップを置いた。
「君の部屋を案内しようか」
そう言われて案内された部屋を見て、俺は固まった。身構えていたはずなのに、いつの間にか肩の力が抜けている。
部屋は広く、なんか良い香りが漂っていた。ベッドは柔らかそうな羽毛布団、机の上には筆記用具と書類が整然と並ぶ。窓から差し込む光が床の光沢を照らし、なんだか夢の中にいるみたいだった。
ベッドがある。窓がある。机もある。普通の客に案内される部屋だ。掃除も行き届いてる。あれれー? おかしいぞー? ……奴隷ってこんなに待遇良かったっけ?
「あの……ルネ様」
「うん?」
「どうして俺を買ったんですか?」
ルネ様は少しだけ考えてから言った。
「ただの気まぐれ」
……ですよね。そう思ったところで、ルネ様がほとんど聞こえないくらい小さい声で続けた。
「……そうだね、見つけたから、かな」
あまり、よく分からない。でも、さっきから思っていることがある。
名前を呼ばれる。鎖も首輪もない。仕事の話もない。それどころか、贅沢な客室まで用意されている。いや、ちょっと待て。俺の知ってる奴隷ってこんなんだったっけ? ……あ、もしかして俺、愛玩用では?
そう考えると、色々と辻褄が合う気がしてきた。うん、多分そうだ。きっと俺は観賞用とかそういう感じの奴隷なんだろう。




