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第十話 月夜の寝物語に


 ある日のこと。


「そう言えば俺、今日からお酒が飲めるんですよ」


 何気なく言った一言に。ルネ様は、ぴたりと動きを止めた。


「……どうしてそういうことを早く言わないの」


 ゆっくりと、こちらを見る。


「え?」

「もっと早く言ってくれれば、色々準備をしたのに」


 ほんの少しだけ不満そうな顔。いや、そんな大事なことだったのか。


「別に、そこまでじゃ……」

「来て」


 遮るように言われる。有無を言わせない声だった。そのまま手を引かれて連れて行かれたのは、ルネ様の部屋。そして、その奥。


「……すご」


 思わず声が漏れる。壁一面に並ぶ、瓶、瓶、瓶。


「ワインセラー」


 当然のように言われた。いや、当然じゃない。


「好きなんですか?」

「まあね」


 軽く答えながら、その中の一本を取り出す。


「これは飲みやすいよ」


 そう言って、迷いなく栓を開けた。グラスに注がれる、赤い液体。光を受けて、少しだけ揺れている。


「はい」


 差し出されて、少しだけ緊張しながら受け取る。こういうの、初めてだ。


「……いただきます」


 恐る恐る、口をつける。一口。


「……あ」


 思っていたのと、少し違う。


「どう?」


 様子を見て、くすっと笑う。


「思ったより……ブドウジュースじゃないんですね」


 正直な感想だった。もっと甘いのを想像していた。


「がっかりした?」

「いや」


 もう一口、飲む。さっきよりも、少しだけ味が分かる気がする。


「これが大人の味かって」


 そう言うと。ルネ様は、少しだけ楽しそうに目を細めた。


 それから、ゆっくりと時間が流れていく。少しずつ、飲んで。少しずつ、話して。気づけば、グラスは空になっていた。


「……なんか」


 ふわ、と体が軽くなる。


「眠い……」


 正直に言うと。


「だろうね」


 予想通り、という声が返ってきた。立ち上がろうとして、少しふらつく。すぐに、支えられる。


「今日はこのままでいいよ」

「……部屋、戻ります」

「無理でしょ」


 すぐに返され、そのままベッドに連れて行かれる。抵抗する余裕もない。柔らかい感触に、体が沈む。


「……すみません」

「気にしなくていい」


 隣に気配がある。近い。でも、不思議と嫌じゃない。むしろ。安心する。まぶたが重くなる。意識が、ゆっくり沈んでいく。その直前。ふと、声が落ちてきた。


「……君は、いつも酒に弱いよね」


 ――え。一瞬、引っかかる。“いつも”。……そうかな。そうだったかも。何かを返そうとして、意識が、途切れた。

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