第一話 凛として異世界
あ……ありのまま今起こった事を話すぜ!おれはコンビニに夕飯を買いに行った思ったら、いつのまにか森に立ち尽くしていた……な……何を言ってるのかわからねーと思うがおれも何をされたのかわからなかった……頭がどうにかなりそうだった……
という茶番はここまでにしておいて、一体全体どういうことだ! さっきも言った通り、俺は夕飯を買いにコンビニに行っていた。美味しそうなミートソースパスタをレンチンして貰ってウキウキで家に帰ろうとしたらいつの間にか森にいた。
もう一度言う。何を言ってるかわからねーと思うがおれも何をされたのかわからなかった……ただどういう訳か、俺は道に迷ってしまった? ということだ。
手に持ってたはずのスマホも、コンビニ袋も、財布も、いつの間にやら無くなっている。空を見上げるとふたつの月が、ここは日本、いや地球ですらないこと告げていた。
……とりあえず街だ。街に行かなければならない。こんな森にいたら熊やら野犬やらが出てきて最悪死ぬ。なんなら空腹でしぬ。俺は小中高、大学まで徒歩通だ。この鍛え上げられた脚力、見せてやるぜ!
ダメだった。三日三晩彷徨った結果、街道らしき場所に辿り着くことはできたが、そこから街が見えることはなかった。何が食えて、何が食えないかも分からず、方向さえも分からない。そんな状態が続いたからか、俺は満身創痍だった。もう歩くことも立つこともままならない。
すわこのまま行き倒れか!? と思ったところで、遠くから馬車の音が聞こえてきた。その音は道の端で倒れ込んでいる俺の近くで止まる。
「どうしたんだい、君。こんなところで」
見慣れないはずの服装、明らかに普通じゃない、あわや不審者な俺に声をかけてくれる人がいるなんて! 俺は感動した。泣いてすがって「お願いします。このままじゃ死んでしまいます。どうか助けてください」とかなんとか言った気がする。
その人は俺を馬車に乗せて、生活の保証までしてくれると言った。その時、なんか契約? とかもした気がする。この時の俺は、疲労と空腹とでまともに考えることができなかった。――気がついたら、俺は奴隷になっていた。
幸か不幸か、この世界には「奴隷保護法」とかいう法律があって、奴隷商は奴隷を無闇矢鱈に扱うことはできないらしい。アラン様が言ってた。
あ、アラン様っていうのは俺のことを引き取ってくれた? 奴隷商の人だ。なんだかんだ俺の事情を理解してくれて、この世界の常識とかを教えてくれる良い人。
最初は俺も警戒していた。でもだんだん、警戒するだけ損かなって思ってきた。だって異世界に転移してきたことも、奴隷になってしまったことも変わらない。なら現状を楽しむしかないと思ったのだ。
この世界の勉強は面白いし、俺は勉強が嫌いなタイプではなかったというのもあると思うけど。
転移してきて半年経った。俺はこの世界の常識を身につけた(多分)。朔良はレベルアップした!
今日は俺が売られる日だ。奴隷保護法は奴隷商しか縛らないらしいが、俺はわくわくしていた。酷い扱いを受けることになっても、いつかは自分を買い戻すことができると知っているからだ。運が良ければ、貴族様の使用人とかもできるらしい。
俺はとりあえず愛想良くにこにこしていることにした。愛想良くしてなきゃ買い手は現れないし、現れなければ一生奴隷のままだ。それだけは嫌だった。だって自由がないし。せっかくの異世界、楽しみたいのだ。
奴隷市場は想像してたよりも賑やかだった。広場の中央にはいくつもの檻があり、その中に奴隷たちがいる。もちろん、俺もその中のひとりだ。
年齢も、性別もばらばらだ。鎖こそ付けられていないが、どこか家畜の品評会みたいだな……と思う。
俺は檻の中でとにかく愛想良く笑っていた。さっき決めた作戦の通りに、だ。兎にも角にも第一印象が大事らしい。これもアラン様の受け売り。
貴族っぽい人がいる。商人らしい人も。でも、誰も俺の前で立ち止まることはない。……まあ、最初だしこんなもんか、と思ったその時だった。
ふと、妙な視線を感じた。誰かに、じっと見られている気がする。思わず周りを見渡す。奴隷の檻は、周囲より少し高い場所にあるから、周りがよく見えるのだ。
群衆の中に、一人の男が立っていた。黒い外套を纏った男。周りの人間が、無意識に距離を取っているのが分かる。そして何より――その目が、真っ直ぐに俺の方を見ていた。
男はゆっくりとこちらへ歩いてくる。アラン様が、小さく息を飲んだ音が聞こえた。
「まさか……」
次の瞬間、男は俺の前で立ち止まった。
「見つけた」
その声は決して大きくないのに、不思議と広場に響いた気がした。周囲にざわめきが広がる。
「あれ、吸血鬼のルネ様じゃないか?」
「なんでこんなところに?」
吸血鬼?俺は思わず男の顔をまじまじと見る。整った顔立ち。陶器のような白い肌。血のように赤い瞳。あ、これ確かに吸血鬼だ。俺が妙に納得していると隣でアラン様が慌てた声を出した。
「ルネ様!?」
様?男――ルネは俺から視線を外さないまま、淡々と言った。
「その奴隷を買う」
値段すら聞かない。あまりにもあっさりとした言い方だった。
「は、はい! もちろんです!」
アラン様が慌てて頷く。周囲の視線が一斉にこちらへ集まった。……え?今、何かすごいこと起きた感じ?




