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「少し屋敷を歩きたいわ」
私のお願いにアンは車椅子を用意してくれた。
これに乗れば屋敷の中を少しは移動できる。
「何処にいきますか?」
車椅子に乗るとアンの言葉に私は迷わずに答えた。
「ユウリのところに」
「はい」
アンは迷うことなく車椅子を押す。
私がそう言うのをわかったいたようだ。
「ユウリ坊っちゃまは今日はお庭のベンチで本を読んでいると思います」
「本当に本が好きなのね」
「はい」
「ユウリには誰が字を教えたの?」
「わかりません、いつの間にか覚えていたようで」
「えー、ユウリってすごいわね。天才かしら?」
ユウリの事を聞きながら庭園に出るとポカポカと陽の当たるベンチで小さくなりながら座るユウリの姿が見えた。
「ユウリ」
私は驚かさないように優しく声をかけた。
ユウリは名前を呼ばれてゆっくりと顔をあげる。
そして私の顔を見るなり目を見開いた。
そして本を抱えると逃げ出そうと走り出す。
「あっ! 待って」
声をかけるとユウリはビクッと立ち止まり恐る恐る後ろを振り返る。
「ユウリ、少し私と話さない?」
なるべく優しい声で話しかけるが、ユウリはプイッと前を向くと走り出してしまった。
「あっ」
ユウリの後ろ姿を寂しく見つめる。
「お呼びしてきましょうか?」
「いいえ、気長に話しかけるわ。あの子が止まってくれるまで」
「それなら少しお茶でもしましょうか? せっかく外に出たので」
「いいわね」
確かに日当たりも良くてお茶をするにはすごくいい場所だった。
「用意して来ますのでお待ちください」
「ゆっくりでいいわよ」
私はアンが来るのをのんびりと待つことにした。
「はー、この世界も空は青いのね」
上を見上げると雲ひとつない快晴だった。
ポカポカとして少し眠くなる。
ぼーっとしていると足音が聞こえてきた。
アンかな?
私は閉じかけていた瞳を開き音のする方に目を向ける。
するとそこには何処かの俳優かと思うような整った顔立ちの男性が執事らしき人と歩いていた。
そして私に気がつくと無表情でこちらを見ている。
「こんにちは」
何も言わないのは不味いかと一応挨拶をする。
まだこの屋敷に誰がいるのか把握していないが関係者だろうと声をかけたがなんだか見覚えがあった。
その人は私の挨拶に眉を顰める。
「もう私とは話す気は無いと思っていたが」
「え?」
男性は落ち着いた感じで答えた。
すると隣にいた執事らしき人が話し出す。
「奥様はこの間の事故で記憶が無くなっている部分があるようです」
どうやらこの人は私の事情を知っているようだ。
それにしても誰だっけ?
なんかここまで、答えが出ているのにわからなくて気持ち悪い。
「名前はわかるのか?」
名前を聞かれて頷き答える。
「ええ、プルメリアです。えっと...あなたは?」
「.........ウィリアム・サンフォード」
男性は淡々と答えた。
サンフォードって聞いた事があった。確かプルメリアもサンフォードだったような...それにその名前...
色々考えているとある事に気がつく。
「え?サンフォード?」
私はもう一度男性の顔をよく見た。
整った顔に真っ黒い髪。そうユウリが大きくなったらこんな顔になりそうだ。
そしてユウリの父親だとしたら、私プルメリアの夫ということになる。
「ウィリアム?」
そう名前を呼ぶと軽く頭に痛みが走った。
「うっ...」
頭を押さえているとウィリアムの記憶が流れてきた。
初めて会った時の事、結婚式、初夜...
プルメリアにとっていい思い出とは言えない記憶に違う意味で頭痛がしてくる。
「奥様大丈夫ですか!」
隣にいたのはこの屋敷の執事でウィリアムの秘書もしているアルバートだった。
アルバートが心配して駆け寄るが肝心の夫はそばにも来ない。
「ええ、大丈夫。小出しに記憶が戻るのよ、今あなた達の事を少し思い出したの」
「それは......」
アルバートが気まずそうにウィリアムの顔を見る。
彼は何を考えているのかわからない表情で私の話を聞いているだけだった。
「あなたは心配してくれないの?」
これだけ関心がないと嫌味っぽく言いたくもなる。
「大丈夫か?」
ん?
私は頭をおさえながら顔を上げた。
まさか心配する言葉が帰ってくるとは思わなかった。
「え、ええ」
「奥様ー!」
するといいタイミングでアンがやってきた。
「では」
するとウィリアムはもう用は無いとばかりに立ち去ってしまう。
「あっ、奥様失礼致します」
アルバートは私に済まなそうに頭を下げた。
「いいのよ、大変ねあなたも」
私は間に立つアルバートが気の毒になり苦笑して労った。
するとアルバートは驚いた顔で言葉を失っている。
「どうしたの?」
てっきりウィリアムを追いかけると思っていたのに動かないアルバートの顔を覗き込んだ。
「あっ、いえなんでもありません。そのお大事になさってください」
アルバートは再度頭を下げると今度こそウィリアムの後を追って行った。
「奥様何があったんですか?」
アンはまさか私とウィリアムが一緒にいるとは思わず困惑するばかりだった。




