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「おはようございます」
メイドのアンの声に私は少しだけ顔を向けた。
しかし答える気にはなれず顔を背ける。
アンは嫌な顔もせずに私の世話を恭しくやっている。
「ねぇあなた?」
「はい、なんでしょうか?」
アンは笑顔で答えた。
「私の事はほっといていいわ、もう...生きる意味が無いの」
優里亜のいないこの世界で私は生きる意味を無くしていた。
「何を仰るのですか! 残される旦那様は? それにお坊ちゃまも悲しみます」
「倒れたのに見舞いにも来ない旦那と子供がなんなのかしら?」
私が倒れてからこの屋敷にいるらしい旦那は顔を見せにも来ない。
「そ、それは旦那様は忙しくあと...」
アンは言いにくそうにチラッとこちらを見ている。
「なぁに?」
気になって声をかけるがアンはなかなか言い出さない。
「別に何言ってもいいよ」
優しく声をかけるとアンが申し訳なさそうに答えた。
「奥様が2人に部屋に入るなと言ったので...」
「え!?」
そんな記憶はなく私は思い出そうとするがプルメリアの行動や言動全てを記憶しているわけではなかった。
「私って酷い女で母親だったのね。そりゃ顔なんて見せに来ないわね」
プルメリアの行動に呆れてしまう。
私なら優里亜の子供をそんな風に悲しませたくない。
そう思った途端、プルメリアの子供がいた事に気がついた。
「そうよ、あの子はどうなるの?」
私はこのまま屍のように死ぬ機会を待ちながら過ごそうと考えていた。
しかしそうすると罪のないプルメリアの子供が悲しい思いをする。
「ねぇ、息子の...名前ってなんだっけ?」
私は最低な質問をアンにする。
「奥様は頭を打って記憶が曖昧なのですね...お坊ちゃまの前はユウリ様ですよ」
「ユウリ?」
聞きなれた名前に少し驚いた。
生前娘が好きだった本の男の子の名前だ。
「可愛い名前ね」
どんな子かなと興味が湧く。
「ユウリ様は賢く本が大好きです。4歳なのにもう字が読めるのですよ!」
「へー!すごいわ、優里亜だってそんなに早く読めなかった」
「ゆりあ?」
アンが私の言葉に首を傾げた。
「いえ、なんでも無いの。えっとそのユウリに少し会えないかしら?」
この世界を去るとしても子供が母親の愛を知らないままなんて可哀想だと思ってしまい、そんな事を口走ってしまう。
言い訳をしているが、私も寂しく誰かに縋りたかったのかもしれない。
「はい、お呼びしましょうか?」
「......お願い」
私は少し考えたあと思い切って頼んだ。
アンは喜んで部屋を出ていくと少しして扉がノックされる。
「どうぞ」
声をかけると扉が開いた。
そしてその隙間から黒髪の可愛らしい男の子がこちらを窺っている。
「ユウリ?」
声をかけるとビクッと怯んで隠れてしまった。
「坊っちゃま、部屋に入っていいのですよ?」
アンが勧めるがユウリは入ってこない。
背中を軽く押すとその手を避けて私を睨みつけた。
「あんたなんかしらない!」
ユウリは涙をいっぱいに溜めた瞳で私を睨みつけると走り去ってしまった。
「す、すみません奥様。ユウリ坊っちゃまは気分が悪かったみたいで」
アンが慌てて取り繕うとするが嫌われる理由が十分にあるのでゆっくりと首を振ってアンの言葉を止める。
「わかってる。今まで蔑ろにしてたのにいきなり声をかけられたら戸惑うに決まってる」
4歳なんてまだ甘えたい年頃なのに、本当にここの親達は最低だ。
今は私だけど...
私はチラッと見たユウリの姿に優里亜が重なっていた。
「アン、料理を持ってきて」
「お、奥様?」
起きてからまともに食事を取ろうとしなかった私にアンが驚いている。
「ユウリをあのままにしておけないわ」
あの子に母親の愛が必要だ。
「だからユウリにもこんな優しいお母さんがいるんだよって教えてあげたいの...」
娘、優里亜の言葉を思い出す。
「優里亜に会えた時の為にもあの子を幸せにしてあげなきゃいけない気がする」
私はアンに急いで料理を用意してもらった。
数日後私はベッドから起き上がり歩けるようになるまで回復していた。
まだ足が少し痛むがこの程度なら歩けないことはない。
部屋の中で歩いているとアンがやってきて私の行動に目を見開いた。
「お、奥様! まだ足が腫れていますから無理しては駄目です!」
「この程度大丈夫よ、それよりユウリは?」
アンに支えられながらベッドに腰掛けるとユウリの様子を聞いてみる。
「坊っちゃまは逃げ回っております。奥様が呼んでいると言うと隠れてしまって」
申し訳なさそうにするアンに笑顔を見せる。
「いいのよ。ユウリも戸惑っているのよ、無理せず来たい時に来てもらうから」
私は大丈夫だと笑って答えた。
その様子にアンは驚いた顔をする。
「なぁに?」
何か顔についているのかと頬を触るが大丈夫そうだ。
「奥様、なんだか人が変わったかのようです」
「え?」
ギクッとして肩を強ばらせた。
「そ、そんなに違うかしら?」
「はい、その、以前の奥様はそのなんというか...」
アンが言いにくそうにしている。
「気にしないから正直に言って?」
優しく促すと言葉を選びながら答えた。
「以前の奥様はわがま...いえ、注文が多い、ではなくこだわりが強く。私の名前も呼んだことなかったし...」
「あー」
プルメリアはわがままで使用人を顧みない人だったようだ。
「その一度死にそうになって皆の有り難みがわかったのよ。それに子供だったのね」
そう、プルメリアはまだ20歳だ。子供を持つには早すぎて周りもそれを教えてあげられなかったのだ。
「子供って...奥様年齢は変わってませんよ」
アンがフフッと笑う。
「そうね、でももう大人になったから」
私はそう言ってアンに笑いかけた。




