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「ウィリアム様! こんな不当な扱いは許しませんよ! こんな事先代のお父上が聞いたらなんておっしゃるか」
ユリベール夫人の罵倒する声は廊下にまで響いていた。
思った通りウィリアムの部屋に向かい私の事を告げ口している。
トントン
私は少し空いている扉の前に立ちノックをした。
すると夫人はビクッと肩をあげて振り返り、私を見ると顔を真っ赤にする。
「ウィリアム様! 言ってくださいあなたはなんて人を娶ったのですか!」
するとウィリアムはスクッと立ち夫人の前に立つ。
彼がなんと言うのか言葉を待ってみた。
ウィリアムはチラッと私の顔をみて夫人に伝える。
「彼女は母として妻としてよくやっている。あなたこそ家庭教師の立場をわきまえてものを言え」
ウィリアムの冷淡な視線が夫人を見つめた。
「な、なんて態度。あなたをここまで立派にしてあげたのは誰のおかげだと思っているの」
夫人は悔しそうに拳を握り震えている。
「私の事はもういい」
ウィリアムはなんでもないと言うように答えるが手を見ると力強く握られている。
「失礼します! 覚えてなさい」
夫人は何を言っても無駄だと思ったのか部屋から出ようとした。
しかし私はそんな夫人の行く手を阻んだ。
扉を閉めてその前で夫人の服を掴み立ち止まらせる。
「何するの、離しなさい」
夫人は私の行動に嫌悪の顔を向けた。
「私はまだあなたに用があるの。それにウィリアムが許したとしても妻である私は許しませんから」
にっこりと笑って夫人を見つめる。
「はぁ?」
夫人は何を言っているのかわからないようで困惑していた。
「ウィリアムが幼い頃ユウリと同じようにあなたは躾と言って体罰をおこなった。大切な人が傷つけられるのを何も無かったかのように許すなんて私にはできないの」
「な、何を言って...」
夫人は先ほど私に叩かれたことを思い出したのか顔を青くする。
「謝って」
「え?」
「ウィリアムに謝ってください。心を込めて!」
夫人の胸ぐらを掴み顔をグッと近づけ睨みつける。
そのまま夫人の耳元で声をかけた。
「誠心誠意謝らなければ...どうなるかわかってますよね。家族を傷つけられた時、母親って自分がどうなろうとなんでもするんですよ...そう例えば殺人だってね」
夫人だけに聞こえるように囁き笑みを浮かべる。
そんな馬鹿な事をする気はないが優里亜が同じ扱いを受けたなんて考えたら本気で殴ってしまうだろう。
夫人は私の言葉にガタガタと震えだすとその場に座り込んだ。
「も、申し訳ございません! もう二度とこのような事は致しません」
頭を床につけて謝罪してきた。
「私ではなくて、主人に謝って」
夫人は慌ててウィリアムにも頭を下げる。
ウィリアムは唖然として夫人が土下座するのを見下ろしていた。
「その程度の謝罪しかできないの? この事は改めて抗議するのでそのつもりで、本当に不愉快だから早く屋敷から出てってください。誰か夫人はおかえりよ」
私が声をかけると屋敷の者が夫人を両脇に抱えて屋敷の外へと連れていった。
「ま、待って!」
夫人が何か言っているが私は聞こえないふりをして背を向けた。
雑音はサッサと退場してもらい、扉を閉めるとウィリアムの様子を窺う。
彼は何を考えているのか無表情で顔を背けていた。
「あの人はあなたのこともユウリと同じように扱っていたのね」
ウィリアムのそばに行くが彼は顔を見ようとしない。私は傷跡の残る手を握るとビクッとしていた。
「私が何を言っても父と母は出来ない私が悪いと…だから」
私はウィリアムの手を掴んだ。
ビクッと肩を揺らすが私の手を振り払おうとはしない。
「ユウリは4歳なのに文字をかけるのよ、あんな風に暴力を受ける道理が無いわ、それはあなたもよ」
手の甲を優しく撫でながら慰めるように話しかける。
ウィリアムは涙こそ見せなかったが泣きそうな顔で私が撫でる手を見つめていた。
ユリベール夫人の処分は私がしようと考えていたが何を思ったのかウィリアムが自分ですると言った。
あの馬鹿夫人は他の屋敷でも同じようなことをしておりこれを機に問題になったようだ。
ユウリはまだいい方で勉強のできない子などはもっと酷い体罰を行っていたらしい。
どういう処分になったのかウィリアムは詳しくは教えてくれなかった。
「ユウリの家庭教師の面接は私にも同席させて欲しい」
そう頼むと了承してくれた。
ユウリの家庭教師には少し気弱げな若い男性を起用した。
やる気に満ちている人よりこういう人の方が今のユウリには合って居そうだった。
最初の方は何度か私も同席して様子を伺う。
彼はイアンと言って子供に対しても礼儀正しく、勉強しているユウリの顔にも笑顔が見える。
勉強後はイアンと少し面談をした。
「ユウリはどうですか?」
「はい、ユウリ様は凄いですね! まだ幼いのに文字はほとんど問題なく読めますし書くのも問題ありません。少し計算が苦手なようですがこの歳であれだけ出来れば十分過ぎると思います」
ユウリの出来に驚いていた。
私は報告を聞きながら気分が良くなる。
「でしょ! ユウリって凄いのよ。本が好きだから文字を覚えるのは早かったのね。計算も無理せずゆっくり教えてあげてください」
「わかりました」
イアンは問題なさそうなので彼を帰した後に今度はユウリに話を聞いてみる。
「ユウリはどうだった?」
「たのしかった! わかんないところおしえてくれて、できたらほめてくれたの」
ユウリは当たり前の事で喜んでいる。
前のあいつがどれだけひどかったのかと思うと目の前で喜ぶユウリに申し訳なくて思わず抱きしめてしまった。
「ユウリは本当に偉いね。今度手を叩かれたり嫌だと思ったら隠さないで私に教えてくれる?」
そういうとユウリは少し戸惑っていた。
「でも...できないぼくのこと、きらいにならない?」
ユウリは不安そうに聞いてきた。
「そんな事で絶対嫌いにならないわ、だってお母さんだって出来ないことなんていっぱいあるもの、ユウリが傷ついてるのに気が付かなかったお母さんのこと嫌いになった?」
ユウリはブンブンと首を横に振ってくれる。
「お母さんも同じよ」
そう言うとユウリは少し涙ぐみ私に抱きついてきた。




