860kHzの声
朝になり、いつもの起床ラッパが流れた。 隊員たちは反射的に飛び起き、整然と動き始める──はずだった。だが、外が異様に暗い。
「……まだ夜明け前か? 時計、壊れてんじゃないか?」
慌てて時計を見ると、表示は「4:32」。確かに夜明けには早すぎる。
「おい、今日って演習なんかあったか?」
誰かが声を上げる。ざわめきと困惑が広がり始めたその時、営内放送が鳴り響いた。
「こちら駐屯地本部。全隊員に告ぐ。緊急事態の為営舎待機とする。外出を禁止し、指示があるまで各営舎で待機せよ。」
突然の指令に、部屋の空気が一気に硬直した。
「とりあえずテレビでもつけるか。……どうせ、つまらん通販番組くらいしかやってないだろうけど」
冗談めかしてスイッチを入れる。だが、画面に映ったのは無情な砂嵐だった。
「……おい。なんで映らねえんだ。台風はもう過ぎただろ……?」
ざわめきが再び広がる。その直後、再び放送が入った。
「えー......全隊員に告ぐ。司令の米沢だ。薄々気付いていると思うが、通信機器が軒並み使用不能となっている。無論、米軍とも、他駐屯地とも連絡は取れない。よって、自体を把握するため、一等尉官以上の者は5時50分までに本部に集まるように。」
声はかすかに震えていた。経験豊富な司令ですら予測できない事態――それが全員に伝わる。
─────駐屯地本部
「司令の米沢だ。呼び集めたのは他でもない。この異常事態について、だ。思いつく限りの通信手段を試したが、ほぼすべて沈黙していた。だが――AMラジオを弄った時、一度だけ高音が入った。……もし私の空耳でなければ、AMだけは生きている可能性がある」
一瞬、会議室がざわつく。わずかでも情報が得られるなら、それは光明だ。
「人力で構わん。周波数を総当たりで探せ。NHK第一、594kHzは駄目だった」
落胆の息が漏れる。それでも全員が必死にダイヤルを回す。 沈黙の中、ふと微かな声が混じった。
「……六時になり……」
全員の動きが止まる。
「860! 860です!!」
叫びに合わせ、一斉に周波数が合わせられる。
「......ようございます。ただいまより、日本放送協会札幌局の放送を開始いたします。」
凍り付いた沈黙の中、誰もが理解したのだ。
今、聞いたのは現代の声でも、東京のものでもなかった事を─────




