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美味しい話

作者: 瀬戸しぐれ

 曇天の空の下、森の中を冷たい風が吹き抜ける。風に吹かれた木の葉が不気味にざわめいていた。そんな森の中、タイヤがパンクした車の前で後頭部を掻く男がいた。長身で綺麗に刈り上げた栗毛は非常に清潔感がある。男の名前はアレックス。町を渡り歩く行商人兼冒険者である。アレックスは苦虫を嚙み潰したような顔をしながら積荷を確認する。積荷は青くつやつやとした果物で、目立った傷はなかった。一安心したのか幾分表情を和らげたアレックスは、車のリアゲートから予備のタイヤと交換キットを取り出す。そして、今にも降り出さんばかりの空模様を気にしながら、タイヤの交換を始めるのだった。


 「えっ!?そんなに安い値段なんですか!?」

 アレックスが焦りをにじませながら、声を荒げる。商会の軒先、周囲の人々の視線が一気に集まった。その視線の中でもアレックスは声を抑えられない。

「この秋はどこの村もこの果物が豊作でね、確かに質は良いが量も出回っているんだ。これでも精一杯の値段だよ」

「そんな……」

「どうする?他の商会に行くかい?」

「……いえ、この値段でお願いします。失礼な態度を取ってすみません。取引して頂いてありがとうございます」

「こちらこそすまないね、また何かあったらよろしく頼むよ。契約書と料金を用意するから少し待っていてくれ」

「わかりました、こちらで待たせていただきます」

 番頭が去ると、アレックスはうつむきながら重いため息をつくのだった。その手は固く握られている。


 その夜、宿屋ほろよい亭の食堂で頭を抱えるアレックスとその横にはケタケタと高笑いを挙げる男の姿があった。笑い声に合わせて明るいブラウンのくせ毛をフワフワさせているその男の名前はフィン。アレックスとは旧知の仲である。アレックスの目の前にはパンとスープ、フィンの片手にはジョッキが握られていた。

「なんだなんだ、天国と地獄みたいだなぁ。アレックスどうした、いつもみたいに山盛りの炙り肉は要らないのか?」

 見かねた宿屋のマスターが心配そうに声をかける。スキンヘッドに髭を生やした荒々しい見た目とは裏腹に、非常に面倒見がよく周りへの気配りも欠かさない、と評判の宿屋のマスターだ。

「あぁ、マスター。俺はもう駄目かもしれない」

「いや、マスター聞いてよ。アレックスが散々だったらしくてさ……」

 沈んだアレックスに代わってフィンが状況を説明する。話を聞きながら、マスターも徐々に苦笑いを浮かべていく。

「そりゃ災難だ。フィンもそんなに笑ってやるなよ」

「災難を辛気臭く聞いても暗くなるだけでしょ。せめて俺くらいは笑い飛ばしてやらないとね!アレックスも、こんな状況だから美味しいもの食べて元気出したらいいのに」

「今は少しの金も惜しい。年末に向けて少しでも多く稼ぎたかったのにこんな事になったんだ。贅沢は出来ないよ」

「で、これからどうするんだ?アテはあるのか?」

 マスターが尋ねる。アレックスはパンをちぎりながら答えた。

「明日は冒険者ギルドに行ってみる。当面の資金だけでも稼がないと」

「身投げを考えてないようで良かったよ。ま、明日から頑張れよ」

 マスターはそう言って、アレックスの前に鶏もも肉のステーキが乗った鉄板と昼間取引をしたものと同じ果物を差し出した。ステーキの皮はパリッと焼かれ、香ばしい香りが漂ってくる。果物は切り分けられ、みずみずしく果汁を滴らせていた。

「マスター良いの!?こんなご馳走!」

「よかったねぇ。マスターに感謝だ」

「若者を多少甘やかすくらいの余裕がないと宿屋の主人なんて務まらんよ。今日はこれ食って早く休め!」

「初めてマスターが男前に見えた。やだ、惚れちゃう」

「マスターモテモテじゃん!羨ましい!」

「バカなこと言ってたら金取るぞ。フィンも変に茶化すな!ほれ、冷める前に食っちまえ」

 マスターの温情に感動したのか、アレックスは一口一口噛みしめながらステーキを頬張りだした。

「そういやお前さん、これと同じ果物を仕入れたと言っていたがそれはどこに降ろした?」

「ん?デルタ商会だよ。なんかあった?」

「じつはこの果物の種には幻覚作用があってな。よく悪い薬なんかが作られるんだよ。もしもタチの悪い連中に降ろしてたらお前さんがしょっ引かれる事もある。だが、あそこの商会なら大丈夫だな。昔からある信頼の厚い店だ」

「思ったような値段にならなかったのは残念だけどね。そんなことにまで巻き込まれたら溜まったもんじゃないよ」

「はは、そればっかりはタイミングが悪かったと言うしかないな。ま、いい勉強になったろ」

 マスターが笑いながら去っていき、アレックスとフィンは食事と談笑を続けるのだった。


 翌朝、冒険者ギルドの掲示板前には難しい顔をしながら依頼の張り紙を見つめるアレックスの姿があった。内容には護衛や採集などが見られる。報酬がどれも芳しくないのか、一向に手を伸ばさない。

「この額じゃタイヤ代にはならないんだよなぁ」

 重い溜息をひとつ零して比較的高額な張り紙を取ろうとした時、後ろから追加の依頼を持った眼鏡の職員が声をかけてきた。

「お兄ちゃん、追加の張り紙だよ。こっちも見てみたらどうだい」

 幾枚かの依頼を追加して事務員は受付に戻っていく。 

 アレックスは追加された依頼を確認するが、条件はどれも先に貼ってあったものとさほど変わらない。しばらく眺めたが、希望に見合うようなものは見当たらなかったようだ。先ほど取りかけた依頼書に手を伸ばした時、先ほどの事務員がアレックスに声をかけてきた。

「お兄ちゃん、希望の依頼なかったの?」

「あ、はい。ちょっと事情があって物入りで、割のいい依頼があればそれが良かったんですが」

「じゃあちょうどいいかな、ちょっと頼みたい依頼があるんだ。報酬は保証するよ」

「え、本当ですか!?ぜひ受けさせてください!」

「じゃあちょっとこっち来て。訳があって依頼人からあまり言い触らすなって言われていてね」

「いやぁ助かります!渡りに船だ!」

 のちに彼は語る。世の中、そんなに美味しい話はないんだよなぁ、と。


 ギルドの事務室に入った二人は、カウンターを挟んで立ちながら話をしていた。

「はい、これ契約書と依頼詳細。依頼内容は描いてある通りだけど、とある荷物を指定の場所に運んで料金をもらって帰ってくる、ただそれだけだよ」

「なぜそれだけの依頼でこんなに割りがいいんです?」

「あんまり詳しく聞いてないけど、時間帯が遅めだからその手当みたいなもんなんだってさ。宵の口に出発して、帰ってくる時間は明け方の予定らしい。あと、大事なものらしいから、丁重に運んで欲しいらしいよ。その分の料金も入ってるって」

「さすがに色々怪しすぎません?大丈夫ですか、その依頼」

「大丈夫!なんたって依頼主はこのあたりの地主だからね。その辺りは折り紙付きだよ」

「まぁ、報酬が良くて面倒ごとに首を突っ込むことにならないならこっちは大丈夫なんですが」

 アレックスは書面を確認する。少し時間をかけて確認した後、少し緊張していた顔が緩んだ。

「書面に問題はありませんね」

「大丈夫かい?それなら下の欄にサインしてね」

 さらさらとペンが走る。それを事務員に渡すと、アレックスは意気揚々とドアノブに手をかけた。

「この度はご親切にありがとうございました。今後とも機会があればよろしくお願いします!」

「はい、じゃあ依頼よろしくね。気を付けていっておいで」

 扉が閉まった後、事務員は事も無げに書面を破り捨てる。そしてテーブルに置いてあったコーヒーを一口すすって、机の上に積んであった書類を片付け始めるのだった。


 宵の口の町はずれにアレックスはたたずんでいた。報酬が希望に見合うものだったのか、顔には安堵の表情が浮かんでいる。このあたりの森は比較的安全だ。獰猛な獣も少なく、夜盗がいるという話もない。しばらくして、一台のトラックが横付けした。トラックから一人の男が下りる。

「あなたが依頼主の方ですか?」

「あぁ、その下で働いているものだ。ではお前が請負人で間違いないか?」

「そうです、アレックスと申します。よろしくお願いします!」

「あぁ、よろしく。ではさっそくだが、これが今回運んで欲しいものだ」

 そう言った男は一抱えほどの木箱をひとつトラックから降ろした。

「こちらですね。確かにお預かりします」

「依頼詳細には目を通していると思うが、場所は分かるか?」

「北の森の湖でしたね。一度行ったことがあるので大丈夫です」

「なら問題ないな。報酬は戻ってから払おう。冒険者ギルドでの受け渡しだ」

「承りました。ではこれから出発します」

「あぁ、くれぐれもよろしく」

「それではまた後程!」

 木箱を車に積んだアレックスは、意気揚々とエンジンをかけた。目的地まではしばらくかかる。頭上には雲ひとつない星空が広がっていた。


 真夜中を少し過ぎたころ、森の入り口に到着した。森といっても入り口付近は比較的見晴らしがよく、目的地となる湖もすでに見えていた。アレックスは湖まで木箱を運ぶと焚火の用意を始める。すぐに火が付き、湖の水を汲んで茶を沸かす用意を始める。お茶の用意が終わり一服付いてしばらくのち、エンジン音が近づいてきた。森の入口にジ-プが到着し、そこから3人の男が降りて近づいてきた。その中のリーダーのような男が声をかける。

「おい、そこのお前。お前が荷物の運び人か?」

「あ、はい。依頼人から預かった荷物を持ってきています。では、あなた方が受取人ですか?」

「そうだ。荷物を渡してくれ」

「わかりました。こちらの木箱です。中身の確認をお願いします」

 リーダーのような男が中身を確認する際に覗いた木箱の中身には茶色い塊が詰まっており、木の実か木材のように見える。手下らしき二人は周囲とこちらへの警戒を飛ばしていた。その様子に不安を感じたのか、アレックスはひそかに眉を顰める。腰に差した護身用のナイフに手を伸ばしつつ、相手を警戒した。

「中身は問題ない。ご苦労だったな」

 相手からの一言にアレックスも安堵したのか、顔に笑みを浮かべる。

「はい、どうも。ではこちらにサインを」

 リーダーが書類にサインをする間、手下達が木箱を車に運んでいく。

「はい、確かに。こちらは依頼主にしっかりお渡ししますね」

「あぁ」

 荷物を積み終えてこちらにぶっきらぼうな返事を返した男たちは車に乗って去っていく。瞬きの間に出来事だった。

「……まぁ変な揉め事になるよりは楽でいいんだけどもさ」

 アレックスは独り言ちながら片づけをして焚火を消す。焚火が消えるのと同時に一抹の不安感も消えてしまったのか、一通りの後片付けを終わらせると車に乗り込んで街に戻っていった。


 空が薄ら明るくなるころにアレックスは町に帰り着いた。宿まで車を走らせて借りている部屋に入ると、持っていた荷物を机の上に置いて倒れるようにしてベッドへ横になるのだった。

朝食の時間から少し過ぎたころ目を覚まし、軽く顔を洗い宿の食堂に移動した。

「マスター、おはよう……」

「おぉ、おはよう。その後雲行きはどうだ?」

「なんとかなりそうだよ。昨日の夜に大口の依頼を一件受けたんだ。今日はそれの報酬を受け取ってくる予定」

「夜?何の依頼だ?野獣の討滅か何かか?」

「いや、町の地主さんの依頼で北の森の湖まで荷物を届けてきたよ。明け方に帰ってきたんだ」

「地主?夜中?なんだなんだ、きな臭い単語ばっかり並んでいるな。大丈夫だったのか?」

「地主なんでしょ?ちゃんとしてる人だと思ったんだけど、なんできな臭いの?」

「先代の時は手堅くやっていて評判も良かったんだがな、代替わりしてから良いうわさを聞かんよ。悪い輩とつるんでるとか暴利で金を貸してるとか」

「え、本当に?荷物を渡しに行ったときは何事もなく終わったんだけどな。実際こうやって無事に帰ってきたわけだし」

「なら大丈夫か。まぁお前さんもあそこと関わるのはこれっきりにしとけ。面倒事になってもいやだろう」

「それはそうだ。この依頼でタイヤ代は稼げたし、これ以上美味しい話もなさそうだしね。これっきりにしとくよ」

「そうしろそうしろ。さ、朝飯食って今日も働け!」

 そう言ったマスターは男の前にモーニングを置いて去っていった。バターの乗ったトーストは香ばしい匂いをさせ、トマトのスープは温かい湯気を立てている。


 朝食を食べ終えたアレックスが冒険者ギルドに向かおうと宿から出たところで、二人の警官から声をかけられた。

「すみません、あそこに停まっている車はあなたの物ですか?」

 そう言った警官はアレックスの車を指す。

「はい、あれは私の物ですが。それが何か?」

 警官は顔を見合わせて頷きあった後に一枚の紙を見せる。

「あなたに違法薬物取引の疑いがかかっています。こちらが令状です。捜査に協力してもらえますか?」

 男は事も無げにその話を聞いているように見えたが、どうもそうではなかったらしい。ワンテンポ遅れて目を見開き、動かなくなった。

「もしもし?」

 警官はもう一度声をかけるが、アレックスは微動だにしない。痺れを切らした警官が肩をたたくと、ようやくアレックスは瞬きをした。

「はい?今何て?」

「だから!あなたに違法薬物取引の疑いがかかっていて!操作に協力してほしいのですが!」

 しびれを切らした警官が少し大きな声を出す。それでも状況が呑み込めないのか、アレックスはどこか呆けた顔をしてる。

「何かの間違いでしょう?後ろ暗いことはしていない!」

「ですが、確かにあなたの車と同じナンバーの物が違法薬物を売りさばくグループと接触したという目撃情報があるんです。さぁ、一緒に来てくれますね」

 騒ぎを聞きつけたマスターが表に出てきた時には、アレックスは警官に引きずられて行った後だった。


 町の警察署の一室、アレックスは捜査官らしき男と机を挟んで怒鳴りあっている。少しくたびれたスーツを着て険しい顔をしたその男は、アレックスに尋問しているようだ

「何度もいうが、俺は冒険者ギルドからの依頼を受けただけだ!その男たちとの面識は何もない!」

「お前はそういうが冒険者ギルドはそんな依頼を受けていないと言っている!何度言ったら分かるんだ!」

「そんなこと言われても!」

 アレックスは頭を抱える。か細いうめき声をあげながら、今にも吐きそうな表情だ。

「今のままじゃらちが明かん。お前さんも疲れねぇか」

「それでも俺の身の潔白を証明しないと!このままじゃ犯罪者だろう!」

「まぁ落ち着けよ。ちょっと話を聞け」

 男は胡散臭いような顔をして捜査官を見る。

「実はな、こんな話は前にもあったんだ。冒険者ギルドからの依頼を受けて、そうとは知らずに犯罪の片棒を担がされる。冒険者ギルドは認知していない。最初は偶然かとも思ったが、あまりに件数が多すぎるんだ。それに黒幕の見当はついてる。大方、地主のとこの馬鹿息子だろう」

「そんなことが!?なんで今まで放置してるんだ!」

「裏が取れなかったんだよ。ギルドを調べても何も証拠が出てこない。しかも上から圧力がかかる。捜査を続け無いようにってな」

「そんな……」

 男は脱力して椅子に座り込む。捜査官はそんな男を鋭い眼差しで見つめていたが、やがて静かに口を開いた。

 「お前さん、俺と組まないか?」

「え?」

「俺もこの件は腹に据えかねてるんだよ。下っ端だからって舐めやがって。上に一泡吹かせたいんだ」

 二人は少しの間探るように顔を見合わせていたが、やがて男が覚悟を決めたような顔で喋り出した。

「どのみちこのままじゃ俺は犯罪者だ。それなら何だってやってやるよ」

「そう来なくちゃな!お前さんはアレックスだったな。俺の名前はガブ。よろしく!」

「こうなっちゃもうやけくそだ。こっちこそよろしく。だが、どうやって証拠を集めるんだ?」

「おう、まずは冒険者ギルドだ。そこにいる共犯者を探す。お前が依頼を受けたのはどういう流れだ?」

「ギルドで依頼を探してたら職員から声をかけられたんだ。眼鏡をかけた受付の男の職員だったよ」

「眼鏡っていうと受付主任のアルフレドか?確かにあいつならそういった誤魔化しは難なく出来るポジションだな。となると、しばらくはあいつを張り込むか。お前はアルフレドに顔がばれている。その間に何とか地主の方を探ってみてくれ」

 「分かった。だか、その前に一度宿へ戻ってくるよ。ほろよい亭って宿だ」

「お前さん、あそこに泊まってたのか!あそこの飯うまいだろう!」

「あぁ、最高の飯だよ。マスターにもいつもよくしてもらってる」

「俺もあそこの食堂はよく行くんだ。なじみの飯屋が一緒となりゃ気合い入れて捜査しなきゃな。今日の捜査は夕方までだ。終わったらあの宿で落ち合おう。よろしく頼むぞ!」

 ガブの後に続いて部屋を出るアレックスの顔に、もう悲壮感は見えなかった。

 

 宿屋に戻ったアレックスを出迎えたのは、眉根を寄せたマスターだった。マスターはアレックスを見つけると、驚きと安堵の表情を浮かべた。

「お前無事だったか!やっぱり昨日の依頼がまずかったのかとヒヤヒヤしたよ!」

「心配させてごめんよ。だけどマスターの予想通り、あの依頼はやっぱりまずかったんだ」

 アレックスの言葉を聞いたマスターは、目を見開いた後に悔しげな表情へと変わった。

 「やっぱりか。自分の町で自分の宿の客がそんな目に合うってのは辛いもんだ」

 「でも、捜査官の中に協力者が出来てこっそり逃がしてもらえたんだよ。どうも、お偉方も関わった大きな不正らしい」

 「そんなでかい話なのか!お前、えらい事件に巻き込まれたなぁ!」

 「本当にこんな目に合うなんてね。それで、今から地主を調べるんだ。マスターも最近地主がきな臭いって話してたよね?」

 「あぁ。先代が死んで息子に代替わりしたって話したな。その息子が悪い輩とつるんでるとか、違法な薬を売ってるとかな。どれも噂程度だが」

「その息子ってどんな人なの?」

「小柄で目つきが悪くてな。腕っぷしはなさそうだが、頭がキレるらしい。なんでも、外の大学を優秀な成績で卒業したそうだ」

「いかにも悪い奴って感じだね。とりあえず地主を見張ってくるよ」

「おう、気をつけてな。くれぐれも無理するなよ。おっと、その前にちょっと待っとけ!」

 そう言ったマスターは厨房に入り、しばらく後に包みを手に戻ってきた。

「お前、昼食べてないだろ?これからが大仕事なんだ。これでも腹に入れとけ」

「マスター……」

 アレックスの手よりも少し大きく見える包みは、しっかりとした重さを伝えているようだった。包みを受け取った男の瞳は少し潤んだように見える。

「本当になんて言ったらいいのか。マスター、ありがとう」

「良いってことよ、困った時はお互い様だ。それに、俺の街のやつが厄介ごとに巻き込んだんだ。これくらいじゃ割にあわねぇよ」

 そう言ってマスターは破顔して見せた。アレックスも釣られたのか、笑顔を作る。

「俺、絶対に真犯人捕まえてくるから!行ってきます!」

「おう!気張ってこい!」

 その言葉に背中を押されるように、アレックスは食堂を飛び出したのだった。


 地主の館は、町の中心地に程近い川の近くにあった。昼過ぎの時間にしては人気が少なく、閑散としている。アレックスは館からほど近くにある公園のベンチに座りながら、マスターが持たせてくれた弁当を食べていた。その目は館に向けられている。

「警備員が二人門に張り付いていて周りを取り囲む塀も高い。忍び込む隙はないか」

「でもあの警備員、あんまりやる気なさそうじゃない?さっきからよくあくびしてるじゃん」

「とはいえ、あの二人が立っている以上あそこからは入れないだろう。大人しく不審な奴が来ないか見張るしかないか」

「また気の長い話だねぇ。もしかしたら裏から入れるかもよ」

「そんな簡単に……」

 その時アレックスの動きが止まった。アレックスはゆっくり声の主の方に顔を向けた後、ベンチから転げ落ちた。

「なっ!なっ!おま!」

「大丈夫?どうしたの急に」

「フィン、お前なんでここに!」

「なんでって、俺の職場と家この辺だもん。アレックスこそここで何やってるのさ」

「そ、そうなのか。知らなかったよ。俺はちょっと野暮用でね」

「何々、あそこの屋敷に入りたいの?裏からこっそり入れる場所教えてやろっか」

「なんでお前そんなの知ってるんだよ。申し出はありがたいが、この話にお前まで巻き込めない。何とか地道に張りこむさ」

「えー、それじゃつまんないよ!ほら、こっち!」

「あ、おい!フィン、待て!」

 駆け出すフィンを追いかけて、転がるように立ち上がるアレックス。館の裏手に回るとそこは空き地となっており、雑草が生い茂っていた。雑草をかき分けて先を見ると、塀が一部崩れて館の中へ入り込めるようになっていた。

「お前なんでこんなところ知ってるんだ?」

「この辺りは俺の庭だよ?近所の奥さんのへそくりの隠し場所まで分かるんだから、これくらいなんて事ないよ」

「そんなもんどうやって知ったんだよ……。それにしても、大きい屋敷なのに不用心だな。ここまで手入れができてないのか?」

「見てくれは良くても内情はどうだろうねぇ。マスターもこの前言ってたでしょ、いろいろ悪い噂があるって。そんなところで働いてる人間も似たようなもんじゃない?ほら、さっさと入った入った」

 そう言ったフィンの表情は見えなかったが、不思議と少し声がこわばっているように響いた。

 何とか塀の中に入り込んだ二人は、そのまま辺りを観察する。あたりに人影はなく、屋敷の方も静まり返っていた。入り込んだ庭は所々に蜘蛛の巣がかかっていたり芝も刈られていなかったり、手入れが行き届いていないのが分かる。そのまま裏口を発見した二人は、慎重に屋敷に侵入していった。

「えっ?こんなに上手くいくもの?何かの罠?俺生きて帰れないの?」

「しー!あんまり大きな声出したら人来ちゃうよ。ほら、いったい何探してるの?」

「ここの主人が違法薬物に関わっている証拠を探してるんだ。昨日受けた依頼がその手のものだったらしくって、冤罪をかけられてる」

「了解、とりあえず一部屋一部屋当たってみようか。にしても、アレックスもどこまでも運がないねぇ」

 イタズラっぽく笑うフィンが歩きだすと、少し不貞腐れた顔をしたアレックスも後に続く。いくつかの部屋を回った後にたどり着いたのは、どうやら書斎のようだった。しばらく使われた形跡はないが、綺麗に手入れがされている。アレックスが辺りを調べていると家族写真が入った写真立てを見つけた。そこにはニカっと笑う恰幅が良い白髪の男性と穏やかにほほ笑む女性が写っており、どちらも初老に差し掛かって見える。写真にはもう一人、無邪気な笑顔で二人の間に収まる少女が写っていた。

「これは......」

 アレックスの独り言に気づいたフィンが傍によって彼の手元をのぞき込む。

「あぁ……先代の地主夫婦と孫娘だよ」

「そうなのか。なんというか、地主っぽくないな。近所の気のいいおっさんて感じがする」

「子供のころ俺も構ってもらったことあるけど、実際そんな感じだったよ。子供相手にも本気で遊ぶ人でさ、生傷が絶えなかった」

「またえらいおっさんだ。でも、そんな地主の跡取りがろくでなしとは、先代も浮かばれないな」

「ほんとにね」

 そんな会話をしていると、廊下から足音と話声が聞こえてきた。

「やばい、誰かくる!」

「大丈夫、こっちに隠れられる」

 そういったフィンはアレックスの腕を取って窓の近くへと引っ張っていく。窓を開け放ち勢いよく窓から飛び出すと、急かすようにアレックスへと振り返った。慌てて窓から飛び出そうとするアレックスだが、窓枠に足を引っかけて顔から地面に落ちていった。フィンが窓を閉じるやいなや、二人の男が入ってくる。それは、片方は昨日アレックスに荷物を渡した男、もう片方は冒険者ギルドのアルフレドだった。

「あいつ!」

「知ってるの?」

「昨日俺に依頼を斡旋した冒険者ギルドの受付と積荷を持ってきた男だ。やっぱり俺は騙されてたんだ!」

「へぇ、あいつが……」

 二人は庭から聞き耳を立てるが、細切れにしか聞こえてこない会話に苛立ちが募る。

「…………あぁ………………」

「…………今回もうまく………………」

「報酬の受け渡しは…………」

「あぁ、いつもの………………」

 しばらくして会話が終わったのか、二人は出ていった。

「行ったね」

「あぁ。これで黒幕が地主だってことが分かった。これからあの男を見張って現場を抑えれば!」

「待って待って、焦らないで。もうちょっと館を調べよう。もっと証拠が出てくるかもよ」

「あ、あぁ。それもそうだな。もうちょっと調べてみるか」

 そして二人は館の中に戻り証拠探しを再開したが、特に目ぼしい証拠が出てくることは無かった。日が落ちて辺りが暗くなっていることに気付いた二人は、入ってきた時と同じ穴から外に出る。

 「フィン、ありがとう。お前のおかげで証拠を見つけられた。後はこっちで解決するよ。危ない橋を渡らせてすまなかったな。この借りは必ず返すよ」

 「なにを万事解決したみたいなこと言ってんのさ。まだなにもしてないんだから気を抜いちゃダメだよ。これからどうするの?」

 「あ、あぁ。捜査官のガブってのと協力して調べてるから、一旦落ち合って今日の事を報告するよ。ガブはギルドのアルフレドを調べてるから、俺は地主側を調べることになるかな。」

「じゃあまだまだ調べは続くんだね。明日は何時に落ち合おうか。場所はここでいい?」

「ちょっと待て、お前まだ付いてくる気か!これは俺の問題だ、これ以上お前に迷惑はかけられない」

「こんな面白い話を中途半端に終わらせるとかそっちの方が嫌だよ。借りがあるっていうならこれで返してくれたらいいさ。だから、俺も調べに付き合わせてくれよ!」

「お前分かってるのか、これからもっと危ない橋を渡るんだぞ!遊びじゃないんだ!」

「そんなこと分かってる。でも、この街に不慣れな君一人よりも俺と一緒に回った方が絶対に良いよ。現に君一人じゃここまでの成果上がらなかったでしょ?」

「それは……」

「ほら、決まりね!明日からも君についてくから!じゃあそのガブとやらに会いに行こうか」

「あ、ちょっと!」


「それでお前さん押し切られたのか?」

「散々止めたんだけど……」

「まぁ、良いじゃないの。人手はあった方がいいでしょ」

 ここは宿屋のアレックスの部屋。宿屋に帰った二人を出迎えたのはマスターとガブだった。アレックスとフィンに声をかけながらも怪訝な顔をする二人。そんな二人と共にアレックスの部屋に移動した後、掻い摘んで事情を説明したところだった。

「確かにアレックス一人で動くよりも土地勘があるフィンと一緒の方が確かではある。だがフィン、これは面白半分で首を突っ込む話じゃない。覚悟はできてるのか?」

「これがアレックスの大問題だってことはよくわかってるよ。昨日今日の付き合いじゃないんだから手伝えることは手伝いたいんだ。それに、この町の奴が迷惑をかけたんだったらこの町の奴が助けてやらないと。だろ?」

 そういったフィンを見たマスターは、しょうがないとでもいうような顔で笑った。その時、それまで黙って話を聞いていたガブが口を開いた。

「お前さんたちは昔からの知り合いかもしれないが、俺はそうじゃない。お前さんがどこの誰で身元が怪しくないか、はっきりさせてくれ」

 ガブの言葉を聞いたフィンは目を見開き、マスターも少し慌ててながら取り成そうとする。

「ガブ、俺もフィンとは昔からの付き合いだが、こいつに後ろ暗いところは一つもないぞ」

「そうかもしれない。だが念のためにな。街のお偉方まで手を回すような事件だ。念には念を入れたい」

「マスター、フォローありがとう!でも、あんたにしてみたらそうなるか。俺にとってもあんたは初対面だものね。俺はフィン。川沿いに住んでてそこで何でも屋みたいなことをやってる。電球の交換から犬の散歩、果てはラブレターの代筆や宴会の余興までこなせるスーパーマンだよ!今は依頼もないから時間は自由が利く。もしも俺の素性か気になるなら今から家に行ったっていい」

「念のためにあとから行かせてもらおう。二人もいっしょに来てくれ」

「じゃあ次はこっちの番だ。あんたは信じてもいい警察?話に聞くと警察の上の方も大分ヤバいんでしょ?あんたが真っ当だって証拠は出せる?」

「お前さんの言い分はもっともだ。ひとまず、これが俺の警察手帳。それと、これで信じてもらえるかは分からんが、俺がこの捜査に踏み切った理由を話させてもらおう」

 そういったガブはタバコを取り出して火をつける。一服着きつつ、どこか憂いを帯びた表情で話し始めた。

「あれは3年ほど前だったか。その時もアレックスのように冤罪をかけられた行商人が引っ張られてきた。外から来たやつが引っ張られてくること自体はない話じゃない。その時も俺はよくある話だと思って取り調べに臨んだんだ。だが、その容疑者はどうも様子がおかしかった。そんなことはしていない、冤罪だってしきりに主張する。普通は外から来たやつが罪を犯した場合、そんな決まりは知らなかったという事が多い。それで減刑になったり注意で済んだりすることも多いしな。だからそいつが冤罪だと主張するのは実に奇妙に見えた。一旦署内に勾留して裏を取ろうと調べに回ったんだ。調べていくと、どうもあの行商人は白でただただ巻き込まれただけらしい、という情報がつかめた。それで署に戻って男と再度取調室で会ったんだがな」

 そこでいったん言葉を切ると、しばらくの沈黙の後に重いため息をついてもう一度話し出した。

「その時、男は憔悴しきった顔で罪を認めたんだ。俺も驚いたよ。何せ要らない罪をかぶる理由が見つからない。俺は何度も調べた内容と無実を証明できることを説明した。だが、彼は頑なに首を横には振らなかったよ。後で分かった話だが、どうも俺が捜査に出ていた間に署のお偉方が男の元へ面会に来ていたらしい。その時に脅されたのか、買収されたのか。もしくはその両方か。とにかくそんな流れで男は逮捕。この町に二度と入れなくなった」

 静かに話を聞いていた三人の顔が曇る。そんな三人を見つめながら、ガブは話をつづけた。

「その後だ、俺に急な昇進の話が来た。びっくりしたよ。もちろんまじめに働いてはいたが、昇進はまだまだ先だと思ってた。それがこんなに早く来るなんておかしい。もちろん上司に聞き に行ったよ。俺が昇進する理由はなんだ、なにが評価されたのかってな。そしたら上司は事も無げに『お前がこの前取り調べた行商人は、この町のお偉方の罪をかぶったんだ。お前、あの件色々調べてただろ。上がそれをばらさない様にって理由でお前を昇進させたんだ』って吐きやがった。俺は一気に頭に血が上ったよ。どこまでも腐ってやがる。こんな組織、今すぐ辞めて新聞社に垂れ込んでやるって本気で思った」

抑揚もなく話すガブを見つめる3人。あまりの話の内容に相槌も打てないようだった。

 「そんな俺を見て、上司はさらに続けたんだ。『大人しく話を聞いとけ。お前、そろそろ結婚するんだろう。相手がどうなるか分からないぞ』ってな。もう気が狂いそうだったよ。だが、俺は結局昇進の話を飲んだ。我が身可愛さに罪のない一般人をつるし上げたんだ」

 そういったガブは、静かに一服して話を続ける。

「今更この事件の真相を明らかにしたところで、あの行商人にそれを伝えられるわけでもない。俺の自己満足だ。だがな、この数年で流石に俺も我慢の限界だ。これ以上やつらの好きにさせてたまるか!」

 あたりを重い沈黙が包む。沈黙を破ったのはマスターだった。

「ガブが一時期やたら無茶な飲み方をしていた時期があったが、もしかして原因はその事件があったからか?」

「あぁ、恥ずかしい話だがな。飲まなきゃやってられなかったんだよ」

「そうだったのか……気付いてやれなくて悪かったな」

「なんでマスターが謝るんだよ。全部俺の自業自得だ。立ち直れたのは嫁やマスター、周りの助けがあったからだ。本当にありがとう」

 それを聞いたマスターはやるせないような申し訳ないような表情になる。

「お前,これから何か困ったことがあれば絶対に相談しろよ!絶対に力になるからな!」

「あぁ,そうさせてもらおう。頼りにしてるよ。さて、俺が話せるのはこれくらいだ。お眼鏡にはかなったか?」

 黙って話を聞いていたフィンは悪戯っぽく笑いながら答える。

「とりあえずは合格ってことで。これからよろしく!」

「なんだ、生意気だな若造。散々こき使ってやる!」

 そう言って絡み始めた二人をみて、マスターとアレックスは安堵するのだった。

「とはいっても、俺はお前を認めてはいないからな。どうする、このままお前の家に行くか?」

「そうだったね。じゃあこのまま行こうか」

「俺は店があるからな、三人で行ってこい。ガブ、俺もフィンとそれなりの付き合いだからわかる。こいつはふざけてるところもあるが悪いやつじゃない。お前のことだから自分で確かめないと納得しないだろうがな。まぁ、不安点はつぶしてこい」

 こうしてアレックス、フィン、ガブの三人はフィンの家へと向かうのだった。


 フィンの家は地主の館のほど近くにある古ぼけたアパートの3階だった。夜の川沿いを歩きすっかり体が冷えた3人だったが、ようやく部屋に入って一息つく。部屋は簡単なキッチンと広めの事務所兼居住スペースがあり、事務所スペースの真ん中に置かれた机の上は書類が散らばっている。部屋の片隅には本棚と並んでノコギリや金槌などの大工用品、草刈り鎌、犬の散歩用の首輪などの雑多なものが箱に入れられて置かれていた。居住スペースは比較的片付いており、ほぼ寝るだけの場所となっていることが伺える。ガブが部屋を確認している最中、手持無沙汰になったのか、アレックスは本棚から適当な本を取り出して読みだした。

「アレックス、その本興味ある?」

「いや、特には。たまたま手に取っただけだよ。どんな話だ?」

「懐かしいな、子供向けの童話集だよ。それ、先代の地主に貰ったんだよ」

「あの気の良さそうな爺さんか!お前、本当に可愛がってもらってたんだな」

「よくしてもらったよ。子供にも本気で相手してたからね。子供ってそういうの好きじゃん?俺も大好きだった」

「二代目とは遊ばなかったのか?歳は近そうだけど」

「あー、あんまり遊ばなかったな。あんまり体が強くないとかで、会話した事も数えるくらいだったよ」

「じゃあどんなやつなのかはお前もよく知らないのか。何か手掛かりがあればと思ったけど」

「何となく根暗そうな雰囲気はあったけどね。情報が少なくてごめん」

「いや、先代の人となりが分かるだけでも参考になるよ、ありがとう」

 そんな話をしていると、ガブの確認も終わったようだった。

「色々見させてもらったが、確かに怪しいものはなかったな」

「でしょ?なんせこの街の何でも屋だからね!」

「何でも屋ってのは根拠になるのか?だが、人手が多いのは助かる。改めて、これからよろしくな」

「こちらこそ!まさか警察と一緒に動く日が来るとはね」

「さてお二人さん、ここらで明日からの方向性だけでも確認しないか?ガブの方の成果も聞きたいしな」

「そうだな、作戦会議と行くか。まずは今日の成果からだ。フィンも増えたから改めて言っておくが、俺は冒険者ギルドのアルフレドを見張っていた。奴は一旦ギルドを出て地主の館に向かった。流石に館の中までは着いて行けなかったから何をしていたかは分からない。その後は冒険者ギルドに戻り定時まで働いて帰宅していた。地主の館に入って行ったところを見るに、あいつは間違いなくクロだろうな。お前たちの方はどうだった?」

「俺が地主の館を見張ってたらフィンが来てね。そのままフィンの案内で地主の館に忍び込んだんだ。その中でアルフレドと男が密会してるのを見た。話してる内容はよく聞き取れなかったけど、多分報酬の受け渡しについて話してたと思う。フィン、あの男が誰だか知っているか?」

「確か番頭のノーランだと思う。結構な古株で評判も良かったよ。なんせ仕事もできるし愛想もいい。地主の館って昔はもっと使用人とかいたんだけど、気づいたら人がどんどん減っていってね。もう残ってる人なんて数えられるくらいだったと思う。そんな状況でも残ってるなんてよっぽど先代に対して恩義があるのかと思ってたけど、もしかしたら違ったのかもね」

「警察の方でも悪いうわさを聞くのは二代目の方ばかりだったからな。ノーランとやらはよほどうまくやっていたらしい。ところで二代目はいなかったのか?」

「うん、二代目はいなかったね。さっきアレックスとも話してたけど、二代目についてはよく知らないんだ。館にはよく遊びにいったけど、二代目とはあんまり遊ばなかったからね」

「そうなのか。出来れば二代目の情報もつかみたいな。しばらくは冒険者ギルドと地主の館を見張る今日みたいな形になるだろう」

 そう言葉を切ったガブは二人を見回す。それに頷いた二人を見て、ガブはさらに話を続けた。

「俺は警察内から怪しい情報が無いか探ってみる。アレックスは冒険者ギルトの周りをうろつくと危ないだろうから地主の方を。フィンは冒険者ギルドを頼む」

「分かった。便利屋として入り込めるかもしれないから、ちょっと方法を考えてみるよ」

「助かる、頼もしいよ。出来たら薬の製造場所を抑えたいな。そこを抑えられたらもう逃げようがない。」

 そう言ってニヒルに笑うガブは熟練の警察官という頼もしさを感じさせる。その後、これからも情報交換はほろ酔い亭で行うこと、急な連絡がある時はほろよい亭のマスターに伝言をすること、など簡単なルールを決めて解散したのだった。


 翌日、なかなか寝付けなかったアレックスが眠い目をこすりながら起き上がった。身支度を整えて食堂に向かうと、いつも通りマスターが出迎える。

「マスター、おはよう」

「おぉ、おはよう!なんだ、眠そうだな。まぁなかなか寝付けないわな」

 そう言ってアレックスの前に朝食を出すマスター。暖かなスープが湯気を立てており、香ばしいトーストと半熟の目玉焼きが食欲を誘う。マスターに礼を述べたアレックスが早速トーストに齧り付こうとするが、目の前に見慣れないジャムが置かれていることに気が付いた。

「マスター、これ何?初めて見るジャムだ」

「あぁ、この時期だけ出回るジャムだよ。いつもは少し値が張るから出せないんだが、今年はだいぶ手に入れやすくなっていてな。たまに朝食で出してるんだ」

 マスターの説明を聞きながらトーストを齧る。甘酸っぱさが口いっぱいに広がり、後味もさっぱりしていて非常に食べやすい。

「いつものトーストがちょっとしたごちそうになったみたいだ。これすごく美味いよ」

「だろ?お前が仕入れてきたあの果物からできてるんだ。今年は豊作で本当に助かる」

「あれから出来てるのか!確かにこの甘酸っぱさはあの果物の味だ」

 満足げに朝食を取りながら、アレックスは昨晩のフィンの家で行われた会話を報告する。

「ガブはフィンが怪しいやつじゃないって認めてたよ。これからは俺が地主の家、フィンが冒険者ギルド、ガブは警察内で怪しい情報を探すって話になった」

「まあ順当だな。だが無理はするなよ。特にお前は一度警察に捕まってるんだ。ドジ踏んでもう一回ってなったらガブもかばいきれないぞ」

「分かってるよ……」

 目玉焼きをつつきながら少しすねたような反応をするアレックスを見てマスターがほほ笑む。

「お前と初めて会ったのも今くらいの時期だったか。あの頃はもっとひょろっとしていて頼りなかったがなぁ。お前、初めて来たこの町で商館の場所が分からなくって泣きそうな顔してたもんな」

「もうやめてくれよ!五年も前の話だろ!」

「ははは、俺にしてみたらたった五年前だよ。たまたま通りがかった俺とフィンが商館まで送っていって、そのあとお前が俺の宿に泊まりに来て。そこからウマが合って今まで縁が続いてるんだから面白いよなぁ」

 マスターがそう言って懐かし気に笑うと、アレックスは気恥ずかしくなったのかいそいそと座りなおしていた。そして、スープをすすろうとした手をふと止めてマスターに尋ねる。

「そういえばマスターとフィンってどこで知り合ったの?もっと前からの知り合いなんだろ?」

 「あぁ、最初は俺からフィンの何でも屋に庭と倉庫の掃除を依頼したんだよ。10年近く前の話だ」

 そう聞いてアレックスは小首をかしげる。

「それだけでこんなに仲良くなるもの?掃除業者なんてたくさんいると思うけど」

「それがな、納屋の物はすべて処分してくれて構わないって話してたんだが、あいつはその中からオルゴールを持ってきたんだ。俺も初めて見るものだったから、たぶん俺のオヤジか爺さんあたりの物だろう」

 あれだ、というように棚に飾られていたオルゴールを指さす。

「捨ててもらって構わないって話したんだがな。あいつ、これは持っていた方がいいって譲らないんだ。作りがしっかりしているし物もいい、何より中に家族の写真が飾られている。これは誰かが大事にしてたものだから捨てちゃダメだ、ってな。今じゃ考えられないが、当時のフィンはどうにも取っつきにくいやつだったよ。愛想もなかったしな。最初は俺も今回限りだと思ったんだが、その一件で意外に人情家だなと驚いたのを覚えてる。仕事は丁寧だったしな」

 「え、あのフィンが?あいつと一緒に街を歩いてると色んな人から声かけられるから、昔からそんな性格だと思ってたよ」

「な、意外だろ?そのあと何回か仕事を依頼して、ついでにうちで飯を食わせてってのをやってたら少しずつ今みたいな性格になっていったんだ」

 朝食を食べ終えてコーヒーを啜っていたアレックスは、ふと何かを思い出したようだった。

「そういえば、フィンが昔先代の地主のじいさんによく遊んでもらったって言ってたな」

「え、そうなのか。俺も初耳だよ。あいつ自分の昔の話はあんまりしないから」

「あいつの事だから、何かイタズラでもしようとして屋敷に忍び込んだのかきっかけかもな」

 そんな話をしているうちにコーヒーを飲み終わったアレックスは、捜査のためにほろよい亭を後にするのだった。


 それから幾日か過ぎた夜、改めてアレックスの部屋に集まった3人は浮かない表情だった。椅子に深く腰掛けたガブは眉間に皺を刻み、アレックスは腕を組んで壁に持たれている。あのフィンですらどこか焦りを感じているようにソワソワと歩き回っていた。

 「今日の成果はどうだった?」

 ガブが話を切り出すと、二人は渋い顔をしながら首を横に振った。そんな二人を見たガブは重いため息をつく。

「俺も人のことは言えないんだがな……」

「簡単に解決するとは思ってなかったけど、ここまで手掛かりがないとはね」

 フィンが続ける。その顔にいつもの笑顔はなく、目の下にはうっすらと隈ができていた。アレックスが声を押し殺しながら答える。

「言っていてもしょうがないだろ。どうする、このまま同じ方向性でいくか?」

「それじゃあ進展は望めないだろうな。探る先を変えよう」

 そう言ったガブは顎に手をやる。何かを考えているようだ。

「どうするの?他に探る先ってあったっけ?」

「そうだな、黒幕の動向は一旦置いておいて、薬の卸先と材料の入手経路を調べよう。そこが掴めれば事件の関係者も見えてくるはずだ。アレックス、冒険者ギルドからの依頼では北の森の湖に木箱を届けに行ったんだったな?」

「あぁ、そうだ。だが、引き取りにきた奴らは車で来ていたぞ?」

「アジトの隠蔽のためにあえて関係ない場所で取引した可能性もあるが、もしかしたら何か手掛かりがあるかもしれない。一度調べてみてくれ。俺は警察の過去の通報歴を見て不審な点はないか洗い出そう。フィンは街中の空き家や使われてない倉庫をあたれるか」

「なんとも範囲が広いね。だけどこの街の便利屋の意地で調べ切ってみせようか!」

「あぁ、頼んだ。だが、調べに行った先で相手にかち合う可能性だってある。くれぐれも慎重に、自分の安全を最優先で頼む」

 そう言ったガブは二人を見回した。頷くフィンとは対照的に、アレックスは訝しげな目をガブに向ける。

「いっそ誰かいてくれた方が楽かもしれないな」

「何だ、アレックス。どういうことだ?」

「そしたら一気に話が進むじゃないか。そいつをとっ捕まえて情報を吐かせたらいいんだから」

「あのなぁ、相手は悪事に手を染めてるんだ。何をしてくるか分からないんだぞ」

「それでも今の状況が続くよりマシだろう!このまま何も進まなかったらどうするんだ!」

「ちょっとアレックス!落ち着きなよ!」

 フィンが取り成そうとするが、アレックスは気が収まらないのか真っ直ぐガブを見つめたままだった。ガブは目線を逸らさずに言い返す。

「それでも誰かが危ない目にあうよりはマシだ。特にお前らは素人なんだから、用心し過ぎるなんて事は無いんだよ」

「それじゃいつ解決するか分からないだろ!俺はいつまで犯罪者なんだ!」

 部屋に静寂が満ちる。冷静に見えるガブとは対照的に、アレックスは苛立ちを露わにしていた。フィンがだめだったか、とでも言うように顔を手で覆う。

「お前の気持ちも分かるが、この方針だけは絶対に変えない。何よりも身の安全を大事に、だ」

「だけど!」

「話し合いは以上だ。明日からもよろしく頼むぞ」

 そう言ってガブは部屋を出ていき、再び部屋に静寂が戻る。しばらくすると、フィンは勢いよく椅子に腰を下ろしアレックスを横目で睨んだ。

「ガブってやっぱり大人だね。亀の甲より年の功だよ」

「分かってる、今のは俺が悪かった……」

「焦る気持ちも分かるけどさ、ガブに八つ当たりして解決するもんじゃあないだろ。ひとまず今日はゆっくり休んで明日から切り替えていきなよ」

 そう言ってフィンも部屋を出ていく。しばらく項垂れていたアレックスだが、徐に動き出すと枕を掴んで壁に全力で投げつけたのだった。

 

 翌日、アレックスは車に乗って北の森に向かっていた。その顔は不貞腐れたようにもしょぼくれたようにも見える。黙々と運転していたが、途中思わずといったように独り言が零れた。

「焦ったところでどうにもならない事くらい分かってるよ……」

 その言葉とともにため息を零す。鬱々としながらも車を走らせていたが、再び重いため息をこぼすとエンジンを止めて車から降りる。大きく伸びをすると、懐から写真を取り出す。写真は家族写真のようで、そこにはアレックスとアレックスの両親、弟妹達が写っていた。壊れ物に触れるような優しい手付きで写真を撫でると、今までの鬱々とした表情がウソのように穏やかになる。それを再び懐にしまうと、入れ替わりに手帳を取り出した。スケジュールのページを開くとすでに予定から大幅に遅れており、さらには今回の行商での目標収入にもあと一歩届いていないことが書き込まれていた。そのページを眺めながらがっくりと肩を落とすアレックスだったが、きっとした顔つきで空を仰ぐ。そして。

「こんなところで負けてられるかー!」

 唐突に大声を上げる。叫んで幾分すっきりしたのか、大きく深呼吸をして車に戻っていった。

「帰ったらガブにも謝らないとな……」

 そう零すと、マスターが持たせてくれたお弁当を開く。中にはサンドイッチともはや恒例になった果物が入っており、アレックスは迷うことなく果物に手を付けた。

「今年は本当に豊作だったんだな。マスター、よく出してくれてる」

 そう言って果物を一齧りして再び車を出発させる。しばらくして目的地の北の森の湖に到着した。果物を齧りながら車を降りると、伺うようにあたりを見渡す。あたりに人影は見えず、穏やかな風景が広がっている。アレックスは湖に近づくと、何か事件の手掛かりとなるようなものは無いかを探すが、しかし辺りにそのようなものは見当たらなかった。

「収穫なしか……」

 後頭部を掻きながら暗い顔になるアレックスだったが、ふと何かを思い出したように歩き出す。

「あの夜車が止まったのはこの辺りだったか」

 そこには推測通りうっすらとタイヤ痕が残っていた。ニヤリと笑みを浮かべたアレックスはタイヤ痕が続く先を確認すると、食べ終わった果物の種をポケットに入れて車に乗り込む。タイヤ痕を追って車を走らせると、しばらくして森の奥に小屋が見えてきた。小屋は古ぼけてはいるがしっかりしており、手入れもされていて最近も使われているようだった。小屋から少し離れたところで車を降りたアレックスは足音を潜めて身を隠しながら小屋に近づく。小屋の周りに人影はなく、取引に来たジープも見当たらない。周囲への警戒を続けながら小屋の庭へと回ると、アレックスが運んだ木箱と何かをすり潰すような機械が置かれているのを見つけた。機械の中には茶色い粉末と先ほどまで食べていた果物と同じ種が入っている。

「そういえば、マスターがこの種から危ない薬が作られてるって……」

 ハッとしたアレックスは小屋の中に入り証拠となるものを探す。すると、辺りから違法薬物の製造方法や種から取れる成分とそれがもたらす症状、主に幻覚作用や多幸感、逆に抑うつの症状をもたらすことについて書かれた紙や種を粉末にした物が大量に入った鍋が見つかった。

「やっと見つけた!」

 安堵と勝利を確信したアレックスは次の瞬間、後頭部に強い衝撃を感じる。背後にはいつの間にか木箱を引き渡した男たちが立っていた。

「あ、アニキ。どうしよう、ついに俺たち捕まるのかな……」

「やだよ、俺捕まりたくないよ!」

「お前たち落ち着け。とりあえずこいつの手足を縛っとけ」

 そんな三つの声を聞きながら、アレックスの意識は遠のいていった。


 その日の昼食時、ほろよい亭には休憩を取るフィンの姿があった。目の前にはトマトソースたっぷりのオムライスが置かれており、周囲の常連客たちも同じメニューに舌鼓を打っている。ところが、フィンは浮かない顔でオムライスをつつくばかりで一向に口に運ばない。

「おーいフィン、行儀が悪いぞ。どうしたんだ?お前、オムライス好きだったろ?」

「あぁ、マスター。ごめん、オムライスはいつも通り美味しいんだけどさ」

そういったフィンは再び浮かない表情になる。

「色々怪しいところを回ってるんだけどね、成果ゼロだったよ」

「そればっかりはしょうがないさ。どんどん候補を絞ってるんだと思ったほうがいいぞ」

「そうだね、じゃないと辛くなるばっかりだ」

「まぁ気が焦るのも分かるけどな。アレックスもだいぶ追い詰められてるんだろ?今朝も暗い顔して出て行ったぞ」

「ガブに八つ当たりするくらいにはね。アイツのあんなところ初めて見たよ」

「本当か?最近はだいぶ頼もしくなって滅多な事じゃ苛立ちもしなくなったんだがな」

「多分、早く家族のところに帰りたいんだよ。酔うといーっつも家族の話しかしないんだもん。あいつの弟妹たちには会ったこともないのに、生まれた時から知ってるんじゃないかってくらい話されたんだから。そんな奴だから帰れないせいでだいぶ追い詰められてるんじゃないかな」

「予定より遅れてるだろうし、心配かけたくないんだろうさ。早く家族のところに帰してやりたいもんだな」

「だねぇ。アイツの家族のためにも、昼からもキリキリ働くかぁ」

 そう言ったフィンはようやくオムライスを口に運ぶ。一口食べたことで空腹を思い出したのか、気持ちがいい食べっぷりでオムライスを完食したのだった。人心地ついたような顔で食後の紅茶を飲むフィンに、マスターが思い出したように声をかける。

「アレックスに聞いたんだが、お前先代の地主と知り合いだったんだって?」

「あ、うん。実はそうなんだよ」

「お前そんなこと一言も言ってなかったから驚いたよ。どんな縁で知り合ったんだ?」

「え?ま、まぁ近所のガキンチョが悪さしに忍び込んで、みたいな感じでね。そんなに面白い話なんて一つもないから!」

 どこか歯切れ悪く答えるフィンを訝しむマスター。心なしかフィンの視線も泳いでいる。

「お前、何か隠してるよな?」

「気のせいだって!ほらこの話は終わり!」

「お前、もしかして……」

 マスターが何かを口に仕掛けた時、勢いよく食堂のドアが開いた。その先には険しい顔をしたガブが息を切らして立っており、大股で食道を突っ切り二人の元にやってくる。

「まずいことになった。俺たちがやってることが上にバレた」

 サッと二人の顔色が変わる。ただならぬ雰囲気に周囲の客からも視線が集まった。

「署内に内通者がいた。そこから冒険者ギルドのアルフレドまで話が行ったんだ。アレックスは北の森か?アイツだけでもこの街から逃がさないと。俺は北の森に向かう」

 そう言って出て行こうとするガブをフィンが引き止める。

「まってまって、ガブは街に残った方がいい。警察の偉い人と張り合えるのなんてガブくらいなんだから。北の森には俺が行くよ。マスター、ちょっと車借りるね!」

 そう言うやいなや、ほろよい亭を勢いよく飛び出す。

「絶対に二人で帰ってこいよ!」

 マスターの声を背に走るフィンのその手は、硬く握られていた。


 頬に木の床の感触と背中に暖炉の暖かさを感じながら、アレックスの意識が戻ってくる。視界は少しぼやけているが、どうやらまだ無事なようだ。すぐ近くから誰かの話声が聞こえる。

「これ以上危ない橋は渡れない。それに借金ももう十分に返しただろう、俺たちは手を引かせてもらうからな。」

 怒鳴っているのは先ほどの三人組のリーダーのようだった。残りの二人は後ろで震えている。そんな3人の向かいには誰かいるようだったが、アレックスからはその顔が見えなかった。あれが噂の二代目か?と,痛む頭を気にしながらも観察を続けるアレックス。

「お前たち今更真っ当な暮らしに戻れると思ってんのか?その学のなさで?今までまともな仕事もした事ないじゃないか。一体誰がお前たちみたいなやつを使うんだよ」

 どこか嘲笑するように男は話す。その声に嫌悪感を覚えたアレックスは、だが不思議な事にその声には聞き覚えがあった。

「アニキ、ごめんよ……俺たちがバカなことしたせいでアニキにまで迷惑かけて……」

 子分たちが震えながら話す。アニキと呼ばれた男が二人を振り返った。

「お前たちは何も悪くない。なんとか親父さんの仕事を立て直したかったんだろ?気持ちはわかるし、お前たちの親父さんには俺も世話になったんだ。ただ運が悪かったのは、金を借りたのがこの男だったって事だ」

 そう言って相手の男を睨むと、兄貴分は男に詰め寄って行った。

「なんと言われたって構わない。こんな薬作りから抜け出せるなら貧乏の方がよっぽどマシだ。何ならこの後警察に自首したって構わない。お前を道連れに捕まってやる!」

「はっ!お前如きにそんなことが出来るわけないだろう!」

「アニキ!」

 男が兄貴分を突き飛ばす。勢いよく飛ばされたアニキの元に子分たちが急いで駆け寄った。

「そんなことしたって俺は捕まらねぇよ。こんな時のために街の上役に高い金払ってんだからな。せいぜいお前達がしばらくムショ暮らしになるだけだ。出て来たらまたこき使ってやるからな」

 兄貴分の顔が苦痛に歪む。子分達は完全に怯えてしまって声も出ないようだった。そんな様子を伺いながら、何とか脱出する隙を窺う。だが、その手足はロープで拘束され思うように動かせなかった。後ろに暖炉があるのならその火でロープを切れないか?と考えたアレックスは慎重に足を暖炉の方向に伸ばす。しかし、足がうまく動かせずに床にあたり物音を立ててしまった。

「あぁ、ネズミが起きたか」

 そう言って近づいてきたその男はノーランだった。ノーランはすでにアレックスに気づいていたらしく、さして驚いた様子も見せずにアレックスの顔をのぞき込む。

「お前、まだ町にいたんだな。いつも通り冤罪かけられて町から出てたのかと思ったよ。アルフレドからまだ町に残って探りを入れているとは聞いていたが、よくここまでたどり着いたもんだ。にしても、まさかこのまま無事に放してもらえるとは思ってないよな?さてどうしようか。このまま警察に突き出して捕まえさせてもいいし、ここで一生薬を作らせたっていいんだ。お前どっちがいい?」

 そういって顔を近づけるノーランは、顔に唾を吐かれる。

「……このくそったれが」

 そう言い放ったアレックスはあくどい顔をして笑うが、次の瞬間ノーランに腹部を蹴り上げられた。その拍子にポケットへ入れていた果物の種が暖炉に転がっていく。

「舐めた真似しやがって!もういい、このままぶっ殺してやる!」

 抗う気力もないアレックスの限界が近づいてきたころ、小屋の扉が勢いよく開かれる。

「アレックス!いる!?」

 そう言って飛び込んできたのはフィンだった。小屋を見渡したフィンが床に転がるアレックスとその傍に立って居るノーランを目にすると、その瞬間激昂してノーランに掴みかかった。

「ノーランお前!」

「あぁ、二代目じゃないか。お前生きていたのか」

 フィンに詰め寄られてもなにも動じないノーラン。二人の会話を聞いていたアレックスは、朦朧とする頭で必死に考える。フィンが二代目?まさかそんな、と信じられない気持ちでいっぱいだった。

「じいちゃんが残した家を汚すだけじゃなくアレックスにまで!絶対にお前を許さない!」

 「許さないからどうなんだよ。お前に何ができる?ジジイが残した遺言書では確かにお前が二代目だったが、そんなもん俺の力でどうとでもなる。現にお前は何も出来ずに屋敷を出たじゃないか。そのまま二代目には悪行の汚名をかぶってもらってるがな。あの家を捨てたお前に今更何ができる」

 そういってせせら笑うノーランは、掴みかかったフィンの手を引きはがした。そのままフィンの首を掴むとさらに続ける。

「ジジイもなんでこんな小娘を跡継ぎに指定したんだか。いくら死んだ息子夫婦の残した一人娘だからって上手くいくわけねぇだろうに」

 そう言って壁に叩きつけられたフィンは、そのままずるずると倒れこんでしまった。そんフィンを見たアレックスは、それまで感じていた腹部の鈍痛すら忘れるほどの怒りを感じる。

「フィン……?」

 呼びかけにもピクリとも反応しないフィンを見たアレックスは、背筋が冷えるのを感じる。鼓動が早鐘を打つのを感じながら、それでも必死に落ち着こうと努めた。落ち着け、フィンがここに来たということはガブ達もこの状況を察しているはずだ。何とか時間を稼いで助けを待つんだ。必死で自分に念じながらも時間を稼ぐ方法を必死に考える。すぐさま腹をくくったのか、一か八かと不敵に笑いながら話し始めた。

「ノーラン……お前まだ分からないのか?」

 それまでフィンを見下ろしていたノーランは、ゆっくりとアレックスに振り返った。

「あ?何を言っている」

「お前、近いうちに破滅するぞ。気が付いていないみたいだけどな」

「は、戯言を抜かすんじゃねぇ!」

 そう言ったノーランはアレックスの腹部を蹴り上げる。その衝撃で意識が遠のきかけるアレックスだが、何とか踏みとどまる。先ほどまでは感じさせなかった焦りを見せるノーランに、アレックスはここが正念場だと自分に言い聞かせて言葉を続けた。

「だってそうだろう。今この場にお前の味方はいない。町にいるのも金でつながっているだけの相手だろう。そんな奴らはどうせお前が使えなくなったらお前を見放すんだ」

 さらに続けるアレックスを見て後ずさるノーラン。焦りとも怯えともつかない表情で冷静さを欠いているように見えた。

「お前のことだ……恨みを買うようなこともしてるのは分かってる……。どうせ町には……お前の敵だらけなんだろ?いくら表面が良くってもそんなもんは……いつか剥がれる……」

 もはや自分が限界である事はアレックス自身が一番わかっていた。それでも最後の力を振り絞って言葉を吐き出す。

「精々……怯えて……待つんだな……お前の破滅の時を……」

 ノーランが完全に怯んだのを見てほくそ笑んだアレックスは、不思議と部屋が白く煙っているように感じた。その煙の向こうで取り乱すノーランを見つめながら、ついにアレックスは意識を失うのだった。


 再び目覚めたアレックスは、清潔なベッドの上で横になっていた。体を起こそうとしたアレックスは、しかし腹部に鈍痛が走り上手くいかず、そのために首だけで辺りを見回す事になった。部屋は清潔に保たれており、窓からは暖かな日差しが差し込んでいる。部屋には誰もおらず、だがドアの外からは人の気配がしていた。

「あ゛のっ!」

 廊下に声をかけようとしたアレックスは、思ったように声が出なかったのか盛大に咳き込んだ。その音に気付いたのか、看護師が入室してくる。

「あ、気づかれたんですね!今ドクターを呼んできますので!」

 何かを訴えるように伸ばした手に気づかずに出ていった看護師。その手は虚しく空を掴み、アレックスの咳き込みはしばらく続いたのだった。その咳き込みが収まったころ、医者とともに先ほどの看護師とガブ、マスターも入室する。ガブとマスターは目の下に隈を作り、非常に疲れているようだった。しかし、ベッドの上で寝ているアレックスを見るとすぐに安堵の表情を浮かべる。ガブは今まで見せたこともないような笑みを浮かべ、マスターに至っては涙ぐんでいた。まったく状況を把握できていないアレックスは、当事者でありながらまるで他人事のような表情をしている。

「お前、何て顔してんだよ」

 泣き笑いになっているガブがそう述べると、アレックスは釈然としない、といった顔で声を絞り出す。

「そんなこと言われたって何が何だか......とりあえず水貰えると助かる」

 それを聞いた看護師が水を用意し、医者はアレックスに問診を始める。医者は、意識もはっきりしており危険な状態ではないが、腹部が非常に痛めつけられているのでしばらくは安静にする必要があることを告げた。他にいくつかの連絡事項を述べると、医者と看護師は去っていく。部屋に残った三人はしばらく顔を見合わせて、誰からともなく笑い出した。皆がひとしきり笑い終えると、アレックスが笑い涙を拭きながら切り出す。

「聞きたいことは山ほどあるんだけどさ、まずは事件はどうなったの?」

「まぁそこだよな。こちらも話したいのは山々なんだが、何から話したもんか。とりあえず、お前が北の森に行ってからもう3日経ってるってのは先に伝えておくぞ」

 そう切り出したのはガブだった。その言葉に目を丸くするアレックス。ガブはマスターが用意した来客用の丸椅子に腰掛け、ゆっくりと話しだす。

「とりあえず、北の森の湖の話からするか。俺たちが到着した時、小屋から煙がモクモクと出ていてな。お前達は小屋の前に運び出されてた。お前が荷物を引き渡した男達がいただろ?あいつらが外に引っ張り出したんだと」

 そう言って懐からタバコを取り出し咥えようとするが、ここが病室だと気付き懐に戻す。手持ち無沙汰に手をぶらつかせている様子がとてもガブらしくなかった。

「煙は暖炉から発生したらしくてな。どうやら例の果物の種が入り込んだらしい。お前も小屋に居続けたら危なかったんだ。三人組に感謝だな」

「そういえば、種には幻覚作用や危ない成分が含まれてるって書いてあったな。でも、俺あの三人に後頭部ぶん殴られてるんだぞ」

 「それもあいつら言ってたよ。気が動転していた、申し訳ないことをしてしまったってな。その三人組は、どうやらノーランに借金をちらつかされて従わされていたらしい。もう限界が来ていたところに今回の事件だったってわけだ」

「あ、それは小屋で聞いたような。親父さんの事業立て直しのためとか何とか」

「そうそう、それだ。あいつらは一旦捕まるが、執行猶予付きの有罪になるだろうよ。その親父さんとやらもあいつらが大金を残して姿を消したもんだからえらく心配していたようだ。久々の再会で息子たちが犯罪者になってたもんだから、その取り乱しようは半端じゃなかったがな。これからは親父さんの家業を手伝うらしい。これまでの親不孝を取り戻すんだって張り切ってたよ」

「まぁ、悪いことしたと思ってるなら許してやるか」

 そう言って水を啜る。その顔は心なしか微笑んでいるようだ。そんなアレックスを見ながら、ガブが話を続ける。

「その間、街も大変だったんだぞ。今は落ち着いたから良かったが」

「え、何があったの?」

「俺たちが調べてるのが上にバレたんだ。そこからはもう街をひっくり返して大騒ぎだったよ」

 ガブはそう言って苦笑いをこぼす。アレックスは興味を惹かれたのか、目を輝かせてガブを見つめ返した。

「危うく俺の首も飛びかけたし、お前も捕まる一歩手前だったんだぞ。だが、警察と冒険者ギルドで不正に協力させられてたり見て見ぬ振りしてたりした奴らが立ち上がってくれてな。今まで貯めに貯めてた証拠を全部ぶちまけたんだ。お陰で街の有力者やお偉方はだいぶ捕まって静かになったよ。今はどこもかしこも仮体制でやってるが、今まで不当に出世できなかった奴らがどんどん中心になってる。新体制になるのもそう遠くはないだろうよ。そういや、アルフレドは早々に逃げ出そうとしたが、すぐに捕まったよ。ギルド内でだいぶ恨まれてたらしいな」

 捕まった時の顔は傑作だったよ、そう言ってガブはカラカラと笑った。水を飲み終わったのか、手の中でコップを持て余していたアレックスからマスターがコップを受け取る。そのままコップを洗いに行くのか、マスターは部屋を出て行った。マスターを見送ってアレックスに向き直ったガブは、少し顔を引き締めて話を続ける

「あとはノーランだな。実は、あいつは捕まらなかった」

 え、と漏らすアレックス。信じられない、と言うように目を見開いた。

「見つからなかったんだ。あの三人組がいうことには、お前が気を失った後に急に様子がおかしくなったらしい。どうやら、暖炉で燃えていた種から発生した煙を吸い込んだろうな。それで幻覚でも見てたんだろう。やめろ、やめてくれ、もう追いかけてくるな、そう言って部屋を飛び出したんだと。警察も周囲をくまなく探したが、ノーランのものらしき足跡は森の中を流れる川を境に消えていてな、それ以上は無理だったよ。川に入って流されたか、何とか川から上がって逃げ延びたのか。もうしばらく捜査は続けるが、おそらく見つからんだろうな」

 ガブはそう言って目を伏せる。やるせない表情で俯くアレックスは、悔しいとでも言いたげにその手を握りしめた。一つ深呼吸をすると、ガブに尋ねる。

「でも、種の煙が原因だっていうなら何で俺は無事なんだ?同じ部屋にいたのに」

「そりゃあれだよ、煙は高いところに行くからな。お前さん、床に倒れてたんだろ。だからあんまり煙を吸わなかったんだ。もちろん長時間小屋にいたら危なかったが、あの三人組がすぐに運び出したらしいからな。そんなに量は吸ってないだろう。安心しろ」

 そう言ってガブは笑った。アレックスはその話を聞いて力が抜けたように手を緩める。しばらく放心したかのように上を向いていたが、急に身を起こすとガブに捲し立てた。

「フィンは!?あいつはどうなった、無事なんだろ!?」

 それを聞いて、ガブは気まずそうな顔になる。その表情を見て青くなるアレックスに気づいたガブは慌てて否定した。

「違う違う!お前が思ってるようなことにはなってない!あいつは無事だよ、ピンピンしてる。ただな……」

 そう言って言葉を濁そうとするガブに、アレックスは少し苛立ちを見せる。

「何なんだ、あいつはどこにいるん……」

 更に捲し立てようとした瞬間、勢いよくドアが開く。そこには泣き腫らした目をしたフィンと、しょうがないなとでもいうように苦笑いをするマスターが立っていた。フィンは身を起こしているアレックスを見て一瞬固まった後、まるで子供のように号泣を始める。

「あ……!ぶじで……!よ……!」

 何かを必死で伝えようとするフィンだが、あまりにも泣く勢いが強すぎて何を言っているのか全くわからない。アレックスが眉尻を下げて助けを求めるように二人を仰ぐと、マスターが話し出した。

「フィンはお前が意識失ってる間、ずーっと付きっきりだったんだ」

「え、3日も?」

「そうたぞ。だが、あまりにもやつれてきたんで無理やり休ませてたところだったんだ。お前の意識が戻ったって伝えたら飛んで来てな」

 そう言って困ったように眉尻を下げて笑う。その話を聞いて照れくさそうな顔をするアレックス。

「心配かけてごめんな。そんなに泣くともっとひどい顔になるぞ」

「俺たちもフィンから一通りのことは聞いている。代わりに説明しようか」

「あぁ、頼むよ」

 そう返したアレックスにガブが説明を始める。

「まず、フィンが実は地主の二代目だったってのは聞いたか?」

「あぁ、小屋でそんなこと言ってたな。でも、そんなことこいつからは一切聞いたことなかったのに」

「実際、こいつは先代の孫娘なんだそうだ。両親ともに不幸な事故で無くなって先代に引き取られたらしい。それで一度勉強のために外の町へ出たんだが、先代が体を悪くしてこの町に戻ったんだと。だが、そのころには館はノーランに乗っ取られていた、と。遺書にはフィンに後を継がせると書いてあったらしいが、それをノーランに握りつぶされてこいつは館を出たんだ」

「そうだったのか……」

 そう言いながらフィンを見つめる。フィンはようやく落ち着いてきたのか、鼻をすすりながらガブの話に耳を傾けていた。ふと、アレックスはフィンに尋ねる。

「お前、何で男のフリなんかしてたんだよ。俺てっきり男だと思ってた」

「館の近くに潜むわけだから、なるべくばれないようにって。でも、マスターには一発でバレた。流石だよ」

 ちゃんと見てる人は分かるんだ、とでも言いたげにフィンはアレックスを睨む。その視線を受けてアレックスは気まずそうに笑みを作った。そんなアレックスを見ながら、不意にフィンの表情が曇る。

 「俺、自分の目的のためにお前に協力したんだ。もちろん力にはなれるとは思ってたけど、でも打算目的だったんだよ。それでもお前をこんな目にあわせるなんて考えもしなかった。本当にごめん」

 そう言ってフィンはアレックスに頭を下げる。アレックスはふっと表情を和らげて返事をした。

「そんな顔をするなよ。お前には本当に助けられたんだ、もちろん皆にも。俺だけじゃ絶対に何もできなかった。本当にありがとう」

 アレックスはそう言って皆を見渡すと、深々と頭を下げる。それを皮切りに皆が皆をたたえあう場となった。その声は部屋の外まで届き、事情を知っている関係者は一様に安堵の息を漏らすのだった。


 それから数日後、一同はほろよい亭に集まっていた。事件も無事に解決し、それぞれの団体も落ち着きを取り戻し通常運転に戻っていた。今日は事件解決を祝い、ほろよい亭で宴会が行われている。冒険者ギルドや警察署の関係者、ほろよい亭の常連客も集まって会場は大賑わいである。アレックスも知らない人から次々と挨拶をされて座る暇もない。しかし、来る人来る人皆がアレックスに感謝を伝え、笑顔で去っていく。ガブなどは警察関係者がひっきりなしに訪れてそのたびに乾杯していくものだからすでに大層酔っぱらっている。いつもの気難しい顔は鳴りを潜め、赤ら顔で陽気に笑っている。フィンはちゃっかりその輪に加わり自分の人脈を広げるのに余念がない。マスターは料理にいそしんでおり、たまに皿を出しに来ては会場にいる人々から絡まれ飲まされてキッチンに戻る、というのを繰り返していた。そんなことを続けているうちに挨拶へ来る人波も落ち着き、面々は少し落ち着いて話ができるようになった。そのころにはすでにガブは酔いつぶれて机に突っ伏していたのだが。

「フィン、お前これからどうするんだ?館に戻って地主家業を継ぐのか?」

 ジョッキを傾けながらアレックスがフィンに問いかける。フィンはトマトをつまんでいた手を止め、アレックスに向き直った。

「いや、このまま何でも屋をつづけるよ。この町でやってくためにしぶしぶ始めた仕事だけど、結構気に入ってるんだ。最近気づいたんだけどさ」

 そう言ってはにかんだフィンは、少し気恥ずかしそうな顔をしてトマトを口へ放り込んだ。確かに、先ほどからフィンの顔なじみらしき人も訪れてはフィンに話しかけて去っていく。年配の者からは心配と安堵の声を、年少の者からは賛美と称賛を送られているその姿から、フィンがいつも町のために尽力している様子がうかがえた。

「そっちこそどうするの?体調は戻ったの?タイヤ代はどうにかなりそう?」

「そこは抜かりなく!何なら町に来る前よりも元気になったくらいだし、タイヤ代も問題ない。町から見舞金が出たんだ。けっこうまとまった額でな、タイヤを買ってもおつりが来たよ」

 にやりと口角を挙げたアレックスに、フィンは笑いながらジョッキを傾ける。そして今日何度目か分からない乾杯をするのだった。

「お前たち、ちゃんと食って飲んでるか?挨拶ばっかりでちゃんと食えてないだろ、しっかり食えよ!」

「あ、マスター!マスターもずっと仕事しっぱなしでしょ、ちょっと話そうよ!」

 フィンはそう言って皿を持ってきたマスターを無理やり二人の間に座らせた。驚いた顔をしながらもどこか嬉しそに二人の間に落ち着くと、空いていたジョッキに酒を注ぐ。

「最初はどうなる事かと思ったが、ちゃんと解決した!お前たち、本当によく頑張ったなぁ!」

 そう言って両脇の二人の頭を撫でまわすマスター。文句をたれながらも甘んじて受ける二人は嬉しそうに笑っている。

「アレックスはいつまでこの町にいるんだ?もう少しいられるのか?」

「いや、予定も大分過ぎてるからそろそろ出発する予定だ。遅くても明後日くらいには出発しようと思ってるよ」

「そうか、寂しくなるな……」

「マスターの飯もしばらく食えないと思うと、本当に寂しいよ」

「お前、俺たちよりも飯の心配か!」

「またすぐにこの町来るんでしょ。その時は何か面白い話持ってきてよね!」

「またこんな騒動は勘弁だけどな」

 三人はそう言って顔を見合わせると、盛大に笑いだした。アレックスがふとテーブルに目をやると、先ほどマスターが持ってきたのかそこには果物があった。話の発端であり、騒動の原因であり、そして解決のカギにもなったこの青い果物。アレックスはそれを一個つまむと、大きな口を開けて一口齧ったのだった。

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― 新着の感想 ―
すごい楽しかった!軽い気持ちで読み始めてびっくりしました。短編なのにボリュームがあり、文庫本1冊を読み終わったような読後感。応援してます!
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