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歴史小説

老いてなお~明智光秀の選択~

作者: 山本大介

 戦国最大のミステリーである本能寺の変の原因が、もしもパワハラだとしたら・・・。


 明智光秀はまさに栄華の時をむかえていた。

 ところが、彼は最近よく亡き妻煕子と母の在りし日々の姿と思い出を夢に見るようになった。

 齢は70に近づき、めっきり衰えを感じている。

 しかも、職務は以前に増して激務につき、光秀の心身はともに限界を迎えようとしていた。


 実質近畿の司令官である光秀は、近畿の安定、天下布武の総仕上げに奔走する方面軍のサポート、朝廷との橋渡し調停、おまけに茶会や歌などの接待、その多岐に渡る才がある為に毎日仕事に忙殺されていた。

 今や織田家中№2ともいわれる光秀は、まわりの臣下たちからは垂涎の的であり、ポッと出のくせにと妬みと嫉みの対象であった。

 連中は働き盛りの曲者達ばかりである、老いの峠を降っている彼は、いつまでも出世レースで勝ち続けるのに威圧と限界を感じていた。

 しかも、やもめ暮らしが続き、心を許せる相手もいない為に、気はすり減っていた。以前は立身出世が喜びだったのが、張り合いがなく鬱屈としたものを溜めこむようになっていた。


 そんな最中、四国の雄、長曾我部との交渉にて、あと一歩のところで円満解決のところ決裂にされた。

 主君信長に四国切り取り次第の約束を反故にされ、面子を丸潰しにされたのだった。

 

 それから宿敵武田家殲滅の酒宴の席では、思わず言ってしまった一言が信長の逆鱗に触れてしまった。

 光秀は誇らしげに主を見やり言った。

「殿、真に目出度い。ついに武田を滅ぼし、宿願叶いましたな。我等、これまでの苦労がついに報われましたぞ」

「・・・・・・であるか」

 その言葉に明らかに不機嫌になった信長は盃を置いた。

「いや〜実に重畳でござる、これぞ我ら織田家臣団の力よ」

「光秀」

「はっ」

「我らとな?お前が何をした?」

「・・・殿?」

「お前が何をしたと聞いておるのだ」

「・・・私は武田と・・・」

 信長は勢いよく膳を蹴り上げた。

「貴様っ!調子に乗っておるのか、長曾我部への失態ならず、此度の増長した世迷言まで吐きおるとはっ!」

 光秀は信長の前に進み出て、膝を折って深々と頭を下げる。

「滅相もございません。私はただ、祝いの言葉を述べたまでの・・・」

「それが小賢しいのだ。自分の手柄のように言いおって、このキンカン頭っ!」

「ははっ!ごもっとも」

「癪に障るわっ!」

 信長は扇子で光秀の額を何度も打ち据えた。

 額が割れ、血が流れても彼の怒りは収まらない。

「言うてみよ。光秀っ!」

 その時、光秀の脳内が沸騰する。

 打擲する扇子を握りしめ、主君を睨みつけた。

「・・・こやつ」

 信長は唸った。

「ならば言わせてもらいましょう。将軍義昭様との折衝、朝廷との交渉、丹波平定、数々の戦武功、私めは殿の天下覇道の為に老骨に鞭を打ちすべてを捧げてまいりました。私がいらぬと思われれば、ここで手打ちにされるがよかろう」

 完全に開き直った光秀は、思いの丈を言うだけ言うと、その場で胡坐をかき静かに目を閉じた。

 祝宴の座が静まり返り、一同が固唾を飲み沈黙する。

「・・・・・・興ざめじゃ」

 信長は一言残し、その場を去って行った。

 一人その場に取り残された光秀は、畳を何度も何度も叩いて嗚咽した。


 お互い怒りが覚めると冷静になるもので、光秀が広間で心を落ち着け瞑想していると、信長が申し訳なさそうな顔をして戻って来た。

「殿」

「すまぬ光秀。ついカッとなってしまってな、いつものことと思うて許してくれ」

「とんでもない、もったいないお言葉」

「お前には、まだまだやってもらわなければならぬ。期待しておるのだ。叱咤激励のつもりが叱咤のみとなってしまった。すまぬ」

「・・・殿」

 2人はそのあと、和やかに酒を酌み交わし和解した。


 それから、ほどなく四国の毛利攻めをしている羽柴秀吉から、信長に増援の申し出があった。

 光秀は、京都遊山に来ている家康の饗応役の任にあたっている時だった。

 信長は増援の先鋒の任を光秀に決めた。

 思い立ったら吉日の彼は、早速、光秀の居城坂本城を訪れた。

 折しも歓待の宴の準備で城内が慌ただしくしている最中だった。


「光秀」

「殿」

「饗応の任を解く」

「なんですと」

「そちは、天下布武の大仕上げ、ワシ自らの親征の先陣をきってもらう。喜べ」

「しかし、私にはまだここでやらねばならぬことが・・・」

「よい」

「・・・では、接待は今日の夜でございます。何卒この大任まで果たさせてください」

「ならぬ」

「殿」

「お主はただちに、戦準備へととりかかれ、なお丹波近江の地を召し上げとし、切り取り次第、出雲と石見を授ける。よいな」

「・・・そんな」

「よいな」

「・・・御意」

 光秀は唇を噛みしめる。

「光秀・・・しかし、なんじゃ。城に立ちこめる、この魚の腐った匂いは、臭くてかなわんぞ。こんなものを家康に食わせようとしておったのか」

 苦笑いを浮かべる信長は緊張を解いたつもりだった。

「・・・これは、この地の名物···」

 唇を噛み締め慌てて誤解を解こうとする光秀だったが、

「ああ、よいよい。光秀頼んだぞ」

 信長は言う事だけ言って、その場を後にした。

 苛烈過ぎる信長の所業に、全身がぶるぶると震え出す光秀であった。 


 とうとう明智光秀の思考は完全に麻痺してしまった。

 暇を乞おうかとも、いやそれも許されないだろう。

 ならば、どうすればいいのだ。

 山積みになった問題に忙殺され考える暇をもない。

 出陣前の愛宕山での連歌の会でも、何を書いたのかもすら忘れてしまっていた。


 そして・・・。

 ついに6月1日、丹波亀山城から1万3000の手勢を率いて出発した。

 老ノ坂峠を越え、沓掛で休憩をとる

 ここは西国と京の分岐点であった。

 ここのところずっと頭がぼーっとしている光秀は、景気づけにと酒を飲んだ。

 すると頭に雷が走ったような気がし、妙案が浮かんだ。


 この瞬間、光秀はいとも簡単に壊れたのだった。

(なんだ。こんな簡単なことを・・・殿・・・信長を討てばすべてが解決する。報われるのだ・・・今、本能寺にわずかな手勢でいるまさに千載一遇の好機。これは天啓である。なんだ、そんなことか)

 彼は穏やかに笑うと、ゆっくりと立ち上がった。

「皆の者。よく聞けっ!西国にはいかぬっ!敵は・・・」

 


 本能寺にあり。

 

 現代の社会事情に当てはめてみるとありそうですよね。

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