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勇者との思い出 5

 翌日、同じ場所でヤ薬草を採って宿に戻ると、またしても女将に叱責されてしまった。


『おい! 昨日、ヤ薬草と言っただろ! これがそうじゃないのか!』


『私はヤヤ薬草と言ったんだよ。何回も聞き間違えるんじゃないよ。自分の間違いを他人のせいにするなんて、とんだ若造だね』


『こんのっ』


 放っておけば手を出しそうな勢いのラギの腕を引き、借りている部屋へ戻る。彼はやり場のない怒りを枕にぶつけ始めた。


 ここまで分かりやすいと、察しろと言われているようなものだった。でもラギはそれに気づかない。


 私たちが何かに利用されているのは明白だった。

 きっと、ヤヤ薬草を持って来ても同じ対応をされるだろう。そう教えてもラギはなぜか競争心を煽られ、「それを採って来て、鼻を明かしてやる」と拳を握り締めていた。


 残念なことにヤヤ薬草はヤヤの山々という場所にしか生息しない貴重な薬草だ。そんなに簡単には手に入らないことは女将も承知の上だろう。


 つい数秒前の意見を曲げて「出て行く!」と駄々っ子のようなことを言い始めたラギだったが、やはり自分一人で荷造りすることはなく、結局私が全部やった。


 ラギは「明日には出立するからな!」と女将に宣言した上で、無銭宿泊、無銭飲食するものだから平謝りするのも私の役目。

 ここまで自分が過保護というか、面倒見の良い性格だったことに気づかされたのは、何百年も生きてきて初めてだった。


 翌日、退室手続きをするために受付カウンターに向かうと、女将は数人の男たちと何やら揉めていた。


 これこそが私たちを無料で宿泊させた理由だった。

 見ていれば分かる、とラギに伝えた直後、女将はラギを指さしながら声を荒げた。


『この方こそ、当代の勇者様なんだよ! ここは勇者様がお泊まりになる宿屋なんだ。あんなたちみたいなゴロツキを泊める部屋はないよ!』


 目をぱちくりさせるラギの顔は面白かった。

 彼は魔除けに使われたのだ。


『はぁー? たいした飯でも部屋でもねぇのに偉そうに! 早くこの店の利権を寄越せよ』


『おい。どけ』


 ラギは低くてもよく通る声で男たちに命令した。

 ただ、格好つける割に男たちと女将の間に割って入るつもりはないらしい。

 腕組みをしながら踏ん反り返っているだけだった。


『なんだ、てめぇ。本当に勇者なのか?』


『まさか、金髪碧眼と銀髪赤眼の二人組みが盗賊を片付けたって、こいつらのことじゃ!?』


 良くも悪くも目立つ容姿の私たちだ。

 特にラギの金髪はこの世界には馴染みがない。それだけで異世界人だと証明できる。


『宣言しよう。俺は貴様たちに触れることなく、命を奪うことができる。我が名はラギ・ヴェルダナ。俺の顔を記憶に刻み、名を呼べ』


 能力を使えば、宿屋の入り口が血の海になってしまう。

 私は買ったばかりの靴を履いていたから、勘弁して欲しいな、なんて考えながら行く末を眺めていた。


 いかにもなセリフを吐き捨てて男たちが宿屋を出て行くと、女将は心底申し訳なさそうに深く腰を折った。


『申し訳ありませんでした。勇者がどうのとお話していたのを聞いてつい。何かと理由をつけてこの店を潰そうとする連中に付きまとわれて辟易していたのです』


『よい。この宿の掃除は行き届いているし、食事は美味だった。世話になったな。行くぞ、ミカ』


『ありがとうございました。勇者ラギ様』


 相変わらず、私を従者かメイドの類いと勘違いしているラギは荷物を置いたまま歩き出したのだった。



◇◆◇◆◇◆



 しばらく看板を見つめてから歩き出すと、店先から飛び出した女将が目を見開いていた。


「あなたは勇者ラギ様の!」


「あぁ、また出会ってしまったわ」


 ついつい昔を懐かしんでしまうから過去に会った人たちに掴まってしまう。

 次からは気をつけないと。


「ラギ様はどちらに!?」


「今から迎えに行くの。あれから店の方はどうかしら?」


「おかげさまで今日も満室です。ラギ様によろしくお伝えください」


「えぇ。あ、そうだ。ヤヤ薬草はやり過ぎだったわね。あれは誰にも手に入れられない。たとえ、勇者だったとしてもね」


 女将はくすっと笑い、店で焼いた自慢のパンを持たせてくれた。


「この宿に泊めてもらえて良かった。ここでの出来事がなければ、ラギは勇者にはなれていなかったわ」


「そんなことはありません。ラギ様は最初から勇者様でしたよ」


 二人して小さく笑う。

 そうだった。「人助けをして感謝されるなんて、本物の勇者みたいなことをしたわね」とからかう私に対して、彼は満更でもなさそうに鼻で笑ったことを思い出した。

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