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勇者の帰還

3万文字程度で完結予定です。

サクッと読めるように心がけます。

 王都を出発し、いくつもの町や村を超えてたどり着いた魔王領には空に太陽がなく、常にぼんやりと明るい月が昇っている異様な場所だった。


 そこに並ぶ建物は更に不気味で荒廃した都のようだ。

 奥に鎮座する城は何百年も手入れされていないのだろう。廃墟と化した魔王城は来る者を拒むことなく、門を開いていた。


「やっと着いたな。必ず魔王を倒して元の世界に帰る」


 拳を握りしめ、自分に言い聞かせるように呟く当代の勇者の瞳には希望というよりも使命感が満ちていた。


「約束通り、魔王を倒した後でミカの願いを叶えてやる。それで俺たちの旅は終わりだ」


 ズキッと胸の奥が痛んだ。

 なぜ体が痛むのか分からない。私は病気でもなければ、傷も負っていないのに。

 見た目は十代でも何百年も前から不老不死の身だ。胸を貫かれても死ねないくせに一丁前に痛みを感じる難儀な体に苛立ちが募る。


「最後まで気を抜かないで」


「分かっている。この力でできることをやるまでだ」


 彼は勇者としてこの世界に召喚されたのに神からのギフトを得られず、勇者じゃない方とされて王宮から追放された。だから、私がこの世界で生き抜くための力を与えた。


 自分を認識した者、全てを殺すことができる力を――


 彼は私が与えた力を使いこなして本物の勇者を殺し、今の地位を築いた上でここに立っている。

 

「行くぞ」


 ここまでの道のりにも、人々に魔王領と呼ばれているこの地にも魔王の配下はいなかった。

 彼が目的地に着くまでに手にかけたのは人間だけ。結局、人間の敵は人間ということだ。


 魔王はそこに存在するだけで、人間に害はないのかもしれない。

 それでも国王は異世界から人間を召喚して勇者として祭り上げ、魔王討伐を依頼する。召喚された勇者はいつの間にかこの世から消えて、数十年後にまた別の人間が召喚される。

 それを延々と繰り返しているだけで本当に勇者が魔王を討伐したのかなんて誰も知らない。


「意外と呆気ないな。もう城の前に着いたぞ」


 それは私も感じていた。

 最終決戦らしく、敵がうじゃうじゃ出てくるものだと思っていたのに。

 ただ、荒れた町の大通りを歩いただけで魔王城の眼前まで来てしまった。


「他の勇者もこんな感じだったのか?」


「だから知らないって。私だって勇者の旅に同行するのは初めてなんだから」


「そうだったな」


「そもそも、ラギは勇者ですらなかったのに。今ではこんなに立派になって」


 涙を拭う真似をしていると頭頂部をチョップされた。こんな風に扱われるようになるなんて初めて会った時は想像していなかった。


 さっさと歩き出した彼の後を追う。

 ボロボロの建物だが、いきなり崩れてくる気配はない。一直線の廊下を突き進み、玉座の間の扉を開けば、魔王と邂逅できるはずだ。


「あぁ、そうだ。ないと思うが、万が一の時のために今言っておく」


 足を止めて、振り向いた彼を見上げる。


「ミカとの旅は正直楽しかった。本国ではこんな風に男女二人で外を出歩くなんてなかったからな」


「それは何よりだわ。箱入り坊ちゃんにしてはよく頑張った方ね。最初はどうなるかと冷や冷やしたけれど」


「俺はミカに悪い印象は持っていない。女とは面倒なものだと思っていたが、ミカと過ごして少し考えが変わった。だから、俺はーー」


「なに? 言いたいことがあるならはっきりと言いなさい」


「俺はミカをーー」


 また胸の奥が痛んだ。

 さっきよりも重い痛みに体を丸めてしまいそうになる。


「どうした?」


「い、いいえ、なんでもない。続けて」


「俺はミカの願いを叶えたい、けど……今からでも願いを変えられないか?」


 私の願いを伝えた時、彼は驚きながらも私の意思を尊重してくれた。

 それなのに、今になってそんなことを言い出すなんてずるい。


「考えておくわ」


 そう答えるしかなかった。

 本当は願いを変えようかと思ったこともある。だけど、それで彼の重荷になりたくないし、私の小さなプライドも邪魔をした。


「よし。行く――」


 覚悟を決めて玉座の間の扉を開けた彼の言葉は最後まで私の耳に届かなかった。


「え……? うそ、でしょ⁉︎ ラギ⁉︎ ラギ、どこに行ったの⁉︎」


 床や壁に触れてもスイッチなどは見当たらない。彼がトラップを踏み抜いてどこかへ連れて行かれたわけではないのは明白だった。


 一瞬にして消えてしまった彼の名前を叫びながら城をひた走る。

 ここが敵の城の中だということも忘れて必死に叫んだ。


「あり得ない。そんな……ここまで来たのに!」


 大声を上げても敵が出てきて私を襲うことはなく、魔王が出迎えることもなかった。


「どこにもいない」


 彼に与えた力は健在だが、この世界には彼の痕跡が見当たらない。

 つまり、何を示しているのかというと。


「元の世界に帰った……?」


 またしても胸に激痛がはしる。


 彼は目標を達したのだ。勇者としてこの世界に召喚され、運命に抗い、元の世界に戻るために奮闘したのだから、これでハッピーエンドじゃない。


 そう言い聞かせても私の目からは熱い涙が止まらなかった。

 そして、腹の中に抱えておけないほどの黒い感情があふれた。


「お前の願いを叶えてやるって。お前を殺すって言ってくれたのに。嘘つきッ‼︎」


 虚しい叫びが城の廊下に残響する。


 いや、これでよかったんだ。

 何度も自分に言い聞かせて顔を上げる。途中まで開いた玉座の間の扉に手をつき、力の限り押した。


「きっとラギは笑顔で過ごしているわ」


 重厚な扉はいとも簡単に開き、部屋の最奥に置かれた玉座には何者かが座っていた。


「ずっと一緒にいてほしいなんて、贅沢な願いに替えられるはずがないじゃない。そうでしょ、ラギ」


 私はこの胸の痛みを忘れたくて、彼の顔を思い出さないように魔王と呼ばれている人物へと近づいた。


「まさか勇者に代わって、私が魔王を倒すことになるなんてね」


「…………」


「なんとか言いなさいよ」


 私が近づいても微動だにしない魔王。彼あるいは彼女が被っているフードを勢いよくめくった時、私は声を漏らしてしまった。


「そんな、これが魔王? そうだ。そうだった。私は――」



◇◆◇◆◇◆



 次に目を開けると、私は薄暗い路地に寝そべっていた。

 ミッドチルダ王国の王都。王宮から少し離れた裏路地だ。ここは私と彼が始めた会った場所。二人の旅が始まった場所。


 なんで、王都に戻ったのか。

 いくら考えても答えは出なかった。


 ふと、淀んだ空気の漂う裏路地を見渡す。

 この世界には彼との思い出が各所に散りばめられている。

 彼と訪れた場所や、彼との会話を一言一句覚えている自分の記憶力が恨めしい。


 もう一度、彼に会いたいとは思わない。

 思ってはいけない。


 あの時のように支えてくれる手はもうない。足に力を込めて、壁を支えにして立ち上がる。


 胸の痛みも私の思考を乱す要因の一つだが、放置してきた魔王は嫌でも気になってしまう。


 もう一度、彼と歩んだ道を行き、魔王城へ乗り込むしかない。


 そう決心して暗い路地を出た。

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