第85話: 悪意か、敵意か
あくまで、ギュンターの化け物達の召喚を阻めていたのは葵の術と、当の彼等がギュンター本体との交戦を継続させていたからだった。ノアの側での明確な対策は現時点では出来ていない状態のままである事に変わりはない。
化け物達が再度出現したのは、使い魔を通して彼の術が聞こえてから半刻程経過してからの事だった。
『またあの化け物が召喚されました!それも、さっきと比べて数が50程増えています!』
その状況を艦橋で聞きながら、エレンは思考を巡らせていた。際限なく湧いてくる以上、それを無力化させ続けるにも無理が生じてくる。この能力を使用する際に、使徒だって目の前の対処に追われたらそれどころではなくなる。そして、どんな置き土産を葵がしたのかわからないが、奇妙な位置からの魔力反応が出ている。狙うとすればやはり使徒本体だが、それには課題がある。戦力を分散させるには、分散させて開いた戦力の穴を突かれた時に、化け物がノアに乗り込むという最悪の事態もあり得てしまうのだ──
「エレン、このままでは敵の思う壺だ」
「あ、アダム!貴方もう出てきて大丈夫なの?」
「……十分休ませてもらった。そんな事よりも、現状の方だ。非常によろしくない。使徒の狙いはこちらが消耗する事なのは分かっていたはずだ。そうエレンも感じているのだろう」
「ええ、ただこちらの戦力を削ぐだけではなく、彼等をわざと倒させようと、わざわざあの化け物どもをチラつかせようとしている様にも思える」
「目につかせる事、我慢出来ずに倒させる事が目的?それで得られるのは魂、それは確かに本懐かもしれないが。いや、或いは──」
「或いは?」
「……アレらが倒された時におかしな魔力の流れを感じる。思考性を持った風が特定の場所に砂を流す様に。そうだな、エミナ」
「そ、そそ、そうです!!」
突如として声をかけられたエミナは肩を小さく跳ねさせる。そして、慌てながら自分の見ていた画面を確認し、1回だけ深呼吸した後、立ち上がる。
「その向かってる箇所を、つ、使い魔の視覚の範囲内だったので、その、マークしてみたんです。それで、これまで色々と探っていまして。現時点で感じた違和感と推察を……色々と、えっと」
「良いわ、言ってみて」
「はい!ま、まず……あの化け物達について、ですが──」
使徒の言う亡者、彼等は周辺の魔力を強制的にあの生物に再構成、収束させているものである。言わば、魂の欠片から組み上げられた身体は文字通りの動く死体と言えるだろう。
そんな彼等の魔力は撃破された後、あるいは抱き着いて消滅した後に四散し、燃え尽きた燃料の様になるか、消費しきられなかった分はまた空気の様に漂い直すのみだが、それ故に撃破された後にその魔力に行き先があると言う時点で異様なのだ。
「それも、使徒の能力の影響としか思えないわね」
「マークしてる先に何があるか分かるか?」
「そ、それがそう、変なんです。何も感じられないんです」
「何も?」
「はい、そこで途切れるんです。使徒の気配がしばらくして突然分からなくなったのと似てる、気がして……」
気配を遮断する、そうしたシェルターめいた物があるのか、エレンはそう考察する。だとすれば、使徒自体はエミナの探れる範囲外に逃れてからそれを利用したとしか考えられなかった。そうでなければ、使徒の潜伏した場所は魔力の反応が途切れた場所、容易に見つけられる事になる。だが、そうではなかった。
しかし、その前提だと使徒は集落の外の方に逃げていったはずなのだ。だと言うのに、魔力の行き先を探知可能なのは何故なのか。
「──使徒は、魔力を遮断出来る物を持っている。そして、それによって私達の目を掻い潜っていて」
「それが複数個あるかもしれない……そんなところだろうな」
「でも、そうだとしてその複数個あるとしても、そんな能力を持つ物、そのリソースを使徒本体以外に割いてるかもしれないって、そうする価値のある物、戦力の可能性。それはまずいわ」
アダムはただ黙してエレンの方に視線を向ける。エミナのマーカーの場所へ急行する必要がある事は互いに分かっているだけに、自分が行くと暗に告げていた。
それは事実で、温存を考えている余裕などないのは確かだが、エミナの懸念点の内の一部しかまだ聞けていない事が、エレンにとってまだ不安要素だった。
「エミナ、他の違和感は?」
「こ、これは、先程集落の民の方、トドロキって方からお聞きしたんですが、集落の範囲と言える場所、それを囲う様に花が咲いてるみたいで」
「は、花?」
「以前はそうではなかったみたい、ですけど……紛れていた使徒が来てから、集落に花を植え始めたみたいで、主に像を彫ったりとかし始めた、狂わされた人達が主に手伝っていたみたいなんですけれど、ただのお花の育成作業に違和感なんて、やっぱり皆覚えてなかったみたい、でして」
しかし、違和感ではなくとも、変化として覚えていた人間、それこそ轟やオーサーの様な人間はそれを把握しており、ここになって何らかの仕込みのための行為だったのではないかと繋げられたらしい。
「その花はどんな花で、どういう関係がありそうか、分かる?」
「き、聞いた限りではアスフォデロスの花みたいでして、その花から、極めて微細な魔力の反応を感じられるんです」
「つまり、奴等にとっての狩場のマーキングのような物、あるいは囲んであるという事は、奴等の狩場として生成しようとしている、それがあり得るという事だな?」
「そ、そうです!集落の結界は、ご存知の通り集落の破壊行為を行う異物に対して反応しますが、ここまで潜り込まれて下準備をされる分には、それを防ぐ術を、持ちません。わ、私のネガティブな想像かもしれませんが」
ギュンターもまた、葵が現れるまでは領域の外から出られなかったであろう事を考えたら、ここに再生成するのは大きな負担と隙が発生する事は間違いなく、ただ花を植えて囲うだけで準備が済むとは考え難かった。それが可能なら、彼等にとって有利ではない場所での戦闘などそもそも発生しない。
しかし、だからといってそれは杞憂であると切り捨てる事もまた愚かな事である。確実に意味のある事だと言えるのは、想像が力に結びつくこの夢の世界、異世界の中で冥界に咲く花をあえて使い、使徒の能力にも死が強く結びついてる以上は、何かをする為にやっている根拠としては、少なくともこの世界では十分だった。
それを分かった上でどうするというのか、花を散らせば確かに軽減出来るかもしれないが、それには数も時間も足りない。
船に迫り、前線を苦しめる化け物達を無視は出来ず、魔力を吸収して閉じ込めている何かも無視出来ない。集落を放棄する可能性については住民にも理解してもらっているとはいえ、だから無条件の破壊で解決ともいくわけがない。そう出来るはずもない。
「……とりあえず、エミナ。化け物達は魔力で構成されてるのね?」
「は、はい、周囲から収束して……」
「なら、ちょっと考えがあるの。今いる化け物達を動けなくして、この周囲で再生成する事を困難にする方法」
エミナは瞬きし、小首を傾げていたが、アダムは何を考え付いたのか分かっているの様に、顎を撫でながら小さく息を吐く。
「それは確かに考えたが、誘導する手段はどうする」
「恐らく、あの化け物達は生命がより多く居る方に惹かれて動く。そして、手近な生命に対して攻撃行動を行うという単純な物だと思うの。そうじゃなかったら、この数を領域外の使徒が全て制御出来るわけもないし、視覚的に判断しなければいけない。でも、私達の使い魔の様な観測手段が見受けられないなら、どうやって船の方に向かってるかを考えたら、それしかないと思うの。磁石の様に」
「そうでなければ、前線の人間を無視して歩く。あるいは、好き勝手動き回る。あるいは、船を通り過ぎる。船の中を目指す様にするには、確かにそれが最も分かりやすい」
そうして、エレンは艦橋の外に視線を送る。現在ノアの船首は集落内の湖の方を向いている。というよりも、甲板から見下ろせば湖が真下に見えるかもしれない位置に船は停まっている。
考えた手段は、エレンとしては気分が良くなる物ではなかった。住民達に危険が及ぶわけではないが、彼等の力を借りなければならない。それはつまり、彼等に実質的な作戦の参加をさせてしまう事に他ならないのだ。守る立場にありながら、勝つ為に民間人を利用するというのだろうか、乱暴な言い方をすればそうなる。使徒が民間人を主に狙っている卑劣さと非道さに怒りながら、そしてそうする事に間違いはないと思いながらも、彼等にある種の囮をさせなければならない事になるのだ。拒否されても文句は言えない。
エレンの中でそれに対する葛藤はあったが、そうなってしまった不甲斐なさを恥じ、悔しく思いながらもここを乗り越えられなければ、彼等も助からないかもしれないのだ。
それ故に、この世界に法がないのだと理解させられる。
「……本当に我ながら嫌になってしまうけれど、手を貸してもらうしかないわ。それと、結界の調整にミハエル達を。そして、人魚達の手も借りたいわ」
現状よりも大きな脅威が迫ろうとしているのは感じていたが、それまでに立て直し、使徒を迎撃する準備を整えなければならない。
先代の時よりも状況は良くなっている。地球への帰還という共通の目標を持つ同志達が多くいて、戦う力や意志を持つ者も多くいる。今のノアは勇者だけが戦力ではないのだから。
「エミナ、聞きそびれていたが、マークしていた場所がどの辺りか分かるか」
「えっ?は、はい!あの位置は──」
エミナは返答の最中、集落の地図を思い出しながら、そしてマーカーの位置を思い出しながら、集落で起きた事件とその中心になった場所についてふと考える。
「あの、あの位置は……例の事件の小屋の位置でした」
「!!」
「つまり、地下にあった魔法陣や、小屋の地下に居たアレすらも、自分の仕込んだ物を隠しておく為の隠れ蓑だったのか」
集落の中に紛れ、暮らしていた者だからこそ準備が出来た罠の数々。民間人達の望んだこの世界での安息の地は彼等の知らない間に、しかし白蟻に喰われるように致命的に蝕まれていた事をエレン達は知らされる──




