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永劫の勇者  作者: 竹羽あづま
第4部オルフェウスの挽歌
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第84話:執念の使者

「が、ぁ……!!」


 葵達が気付かない間にギュンターのもう片手にも棺が繋がっている鎖が巻かれていたのだ。


「見誤ったな、勇者よ」

 

 葵の背から脇腹にかけて貫通したもう1人の花嫁の腕。彼の血を纏うその腕は、無慈悲に、しかし正確に、殺しこそしなくても動けなくなる位置をついていた。もっとも、殺しこそしないと言ってもすぐに死ねないというだけで、腕が抜かれて出血が酷くなれば失血死に至る事は間違い無いだろう。現時点でも花嫁の腕の先端に向けて血が止めどなく流れている。

 葵を最も確実に、より長く動けなくするには、彼の即死を狙うよりも怪我で動けない時間を確保して、それにプラスして彼の死亡してる時間を得る事。ギュンターにとって、葵はあくまで完全に倒す事を想定するのならば後回しの相手に過ぎないのだ。


(狙いがあくまで俺を倒す事にのみ集中してるならともかく、そうでないなら、やっぱりノアの方を潰す事が今の目的……)


 ここで倒し切るには困難な状況にされたのは、葵側としては都合が悪い。今この瞬間、動きの自由が許されているリンドも既に消耗している状態かつ、現在は記憶の整頓による激痛、それによって詠唱すらままならない不調の中にある。少なくとも葵の目から見て良い状態とは言い難い──


「さっ、さと、離れなさいよこの、骨共ぉ!!!」


 しかし、リンドは歯軋りをした後に片腕を後方に下げる。


(霊体の腕による打撃、一撃は重いがあんな大振りでは防ぐ事は容易い)


 自由に動ける状態の白い花嫁、ギュンターは手元2つの棺。回避か、防御か、受け流すか、そこから反撃するも行動を封じるも自由、選択肢は幾らでもある。


「!!」


 霊体の腕が向いた先は辺りにあった木々。それがギュンターの方に吹き飛ぶ様に薙ぎ倒しているのだ。両手の指の総数よりは間違いなく多い本数の木々が吹き飛んできているのだ。使徒の様にこの世界の適応が進んでいる者であっても、物理的なダメージを岩の様に受け止められるわけではない。重量のある物を受ければ相応に身体は吹き飛びもするし、骨もやられる。運が悪ければ臓物も道連れにされるだろう。

 それだけに、ギュンターは目の前の障害の対処を要求される。木々を防ぐ為に棺を横薙ぎに振るえば幾つかは弾けるが、確実ではない分だけ直撃を受ければ崩される。


(しかし、こちらの展開した亡者達毎倒す事をいとわない?その危険性自体は既に共有されていた様なのに)


 例え相手が女神であっても、この同じ次元であえて肉体を使って戦う以上は化け物達の影響にも晒される。現に、ゼーベルアから聞いた話だと銃で撃たれて瀕死状態になっていたのだから。

 亡者とギュンターが称する化け物達は、殺されれば同じ傷を与える能力。それはギュンターが近くにおらずとも活動は出来るが、ギュンターに近い程能力の発動条件が緩和され、死亡のみだったところダメージの段階から始動する様になる。彼の足跡、彼の歩んだ道からしか出現出来ず、化け物もまた彼の軌跡の範囲しか歩けない。集落内は実質自由自在、代わりにこうした慣れない場所では自身の周囲に展開する盾の使い方になる。


 他にも細かい制約はあるが、少なくともその前提の中の一部だけでも目撃したら警戒され、相手は消極的な選択を取らざるを得なくなるはずなのだ。

 しかし、リンドに迷いがないから戸惑う。


「っく……!?」


 そして、彼女の行動の方に思考が向いていた時、突如として自分の背中から横っ腹にかけて、複数の物が突き刺さった。


「見誤ったんじゃないかな、使徒殿」


 花嫁に腹を貫通され、身動きも取れず、刀の射程範囲外ギリギリの位置にいるはずの葵が、それをやってきたのだ。


「俺の武器は、簡単に割れるよ。割れるけど、鏡なんて割れてからの方が痛いに決まってるし、抜くと痛いんだよね」


 心器である刀本体からのみだと刃は整列された、小ぶりの物を投射する事になる。連射も効くかもしれないが、牽制に留まりがちなのは、撃つ相手の影響で威力不足になるからだ。

 だから葵は、花嫁に貫かれたまま刀をギュンターに向けた。その瞬間に花嫁のもう片腕で、葵の刀を持つ方の手首も貫かれた。それでいてなお、その発動はぶれず、照準にも間違いは起きなかった。


 手放した刀、手を離れた瞬間に刀そのものが複数の黒曜石の刃に変化し、発射された。心器は形であり、心、こうして武器の形状そのものを崩す様な応用をしたって、応えてくれるのだ。

 彼の受けた傷は軽くない。中でも質量のある刃は引き抜けば血の噴水を浴びる事は避けられないだろう。その一瞬のダメージに驚いてる間に殺到した大木達。


(よもや亡者達どころか、勇者も巻き添えにするのか!?)


 この範囲だと葵も逃れられない。なのに、リンドがそれを迷わず実行に移しているのだ。


「ノアの面々を相手にあの手段で痛い目にあわせておいて、まさかこれで驚くとは思わなかったわ」


 ギュンターの目から見て、当のリンドがどんな能力を持つのかはまだ未知数な点が多い。彼女の繋ぐ能力が戦闘に使われていたクライルとの戦闘時は使徒同士であったとしても情報を共有する機会のない閉鎖された場所だった。それだけに、警戒する範囲を絞るのが難しい。騙るものを相手に使用した精神壊死、連理に使った思考に対するジャミング、彼女が万能の存在ではなくとも、女神である事を考えれば、それ等の前例も含めればどんな事が起きると考えようとも、想定しようとも、考え過ぎにはならないだろうと彼は考えていた。そう考えてこそいたが、こんな豪快な物理的手段に訴えられるとは流石に想像出来なかった。


 邪神に手を貸しているのだから、マトモではないと自分達のことは考えていたが、もしかすると彼等もまた別の方向性でマトモではないのだろうか。そう考えるギュンターは、相手が未熟である事を理解していたのだとしても、執念を侮っていた事もまた、間違いないだろう。脇腹に穴が空いてる葵の一撃から見ても、彼らに対して修正せざるを得ない情報が増えつつあるといえるだろう。

 なにせ、リンドの顔に笑みはないが、当の葵が口角を上げているのだから。


「っ!すまない、守ってくれ!」


 白い花嫁が飛び出し、幾つかの木を払うが、払いきれず、ギュンターの前に立って守りに入るが花嫁も、棺を構えているギュンターも激突は避けられず、そのまま吹き飛ばされる。


「が──ッ!!」


 その最中に棺の中に花嫁を入れ、片手の鎖の行き先は前で未だ殺到してきている木々、ではなく横で巻き添えを受けて吹き飛ばされてる葵の首だ。

 細い首には容易く彼に巻きつき、後方に投げられた棺は奥に落ち、葵は木の枝で吊り下げられる。


「ぐ、あっあ゛、がっ……!!」


 変質の能力を木に使用して抜け出そうにも、もこの状態では厳しい。傷の痛みと急速に締まっていく首の圧迫感による呼吸困難に陥る。

 ギュンターとしてもここで殺すつもりはなかったが、一度死んでもらう他なかった。結局、花嫁の保護と葵の拘束を優先した影響で、木に激突した分、身体のあちこちが悲鳴を上げている現状、立て直しを要求される事となった。幸いな事に、葵とリンドの2人のいる方、そして船の側、この2つの戦場両方に消耗を強いる事は出来たのだから。全ての計算が狂ったわけではなかった。


 女神の方にも視線を映す、この瞬間にも何か行動を起こすなら出来るはずだが、彼女がそうしてこないという事そのものが最早、答えだった。リンドは化け物達を吹き飛ばし、潰した分の反動をやはり受けていたらしい。

 勇者の様に生き返る保証もなかったから出来れば彼女を傷つけたいと考えていなかったが、大丈夫であるという可能性を楽観以外で考えていた。まず、ゼーベルアが彼女を撃ったという話は聞いていたのに、その後の彼女に外傷による異常が見られないという事。そして、彼女の存在が確実に必要であるはずの邪神の立場を思えば、普通ならば彼女を傷つけてはならない、あるいは殺してはならないという縛りが魔王含めた邪神の傘下には入っていた事だろう。だが、当たり前の事だから言われていないというわけでもなく、そんな命令は下されていないのだ。


 それならば、ギュンターから見て、行動出来ない状態になってくれている方が都合が良いに決まっているのだ。亡者達を無力化する方法を知っていたとしてもそれを実行出来ない状態にさえしていれば済む話なのだから。


(些か気分が良いとは言い難い様子だが──)


 血を吐き、倒れ伏している銀の女神。鎖で首を吊られている勇者の少年。彼の目から見ても勇者は子供であり、銀の女神も非常に美しいが成人前ほどの風貌に見える。異世界でなければ、手にかけるなどと気分の良い悪いどころではない話だ。

 使徒である彼は女子供を手にかける事もこれまで何度もあった。そんな彼等も同様に生贄となっていった。人並みの正義感はあったが、この世界に来てから、邪神に呼ばれてからは彼の中にあった失望がそうした時に必ず湧き出てくるのだ。今回もそうだ。


(まぁ、致し方ない)


 そう思い、その結果人の命も、魂も目的の為に犠牲に出来るようになったのだから、彼もまた使徒以外の何者でもなくなっているのだろう。


「暫しの眠りを、勇者と女神。こちらは先に、冥府の舞台を開くとする」


 棺を背負い、白い花嫁を伴いながらギュンターは歩き始める。行き先は無論ノア。


「──……」


 そんな彼の背後、葵はギュンターの背を確かに見ていた。酸素もなければ、血も減っていって、誰の目から見ても放って置いても大丈夫な状態。

 彼が油断する時を狙って、頭が正常に回らない中で彼はその背を確かに、見ていた。

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