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永劫の勇者  作者: 竹羽あづま
第4部オルフェウスの挽歌
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第83話:死の舞踏

『貴方は、これからその不便さと付き合う事になるかもしれない。それが貴方にとって、苦しみとなり、時には恨みになるかもしれない。わたしも、貴方をこんな風にしてしまった人を許せる事はないと思うの。だけれど──』


 ウェーブのかかった淡い紫の髪を揺らしながら、その女性は男の手を両手で握っていた。祈る様に、そこに彼がいる事に感謝する様に。


『だけれど、どうか、今だけは、無神経な事を言わせてね。わたしは、貴方が生きてくれてるから、それで良いの』


 男は辛うじて動く手で、彼女の掌に手の甲を当てる。自分の生きてる実感と、彼女が側にいるという安堵感を得る為に。女性もその動作の意図は分かる。少しだけ、励ましてくれてるのかもしれないと感じる程度の、穏やかな誤解があるだけの事。


『わたしは、貴方が隣で生きてくれるなら頑張れるのよ。迷子になった時も、側にいてくれていた。貴方はずっとわたしのヒーローなのよ。生きて、生きて一緒にいられるだけで、安心出来るの。だから、良かった』


 左手の薬指同士、お互い同じ輝きがぶつかる。手の感覚は鈍いが、彼女の手から感じる泣きそうな、でもそれ以上の安堵による嬉しい感情が伝わる。

 男にとっても彼女が側にいてくれるなら、それで良かった。左目を失う大怪我を負ってしまったから、また以前の様に働くわけにはいかないが、それで彼女と居られる時間が増えるのならば、それもまた良いかもしれない。そんな風に思っていた。これ以上彼女を泣かせず、しかして彼女を泣かせないヒーローになれるのが1番だったから。


『退院したら、貴方の好きな物をお腹いっぱい作ってあげるからね。早く元気になってね』


 窓から入る柔らかい陽射しを浴びながら、笑顔を向ける彼女を見て、男は不思議な確信を持った。弾丸を片目と他にも複数の箇所で受けてなお、死の淵から舞い戻って来れたのは彼女が繋ぎ止めてくれたからなのかもしれない、と。死を恐れるわけではない、死そのものを悪と男は思ってはいない。しかし、それでも彼女の笑みとしばしの別れを告げるのは、とても惜しく、悲しい事だと思えた。

 男にとっても、彼女が側にいてくれたら、今はそれで良いと思えた。


 強いて言うならば、自分の片目を奪い、他の無辜の人命を奪った者、自分が確保した犯人が相応の裁きを受けるならば、本当の安寧と言えるだろう。太陽を雲が阻む事のない様に──



 花嫁を庇う様に自分が前に出てきたギュンター。花嫁は骸だ、肉すらついておらず、それ単体では最早誰なのかすら判別はつかない白骨死体だ。心器の本体かどうかは置くとしても、ギュンターよりは危険の少ない身体であることは間違いない。それでも、葵の目には前に出てきた彼が守ろうとしている様に見えたのだ。


(あの様子こそ、彼の心器の特性を見極める鍵なのかもしれない)


 心器の特性は分からない所から始まる。そして、分からないまま終わる事だってある。だから、相手の能力を探るか推測して自分なりに対策を立てなければいけないわけだが、この世界において能力には必ず由来がある。その人の心の根底にある物、それが心器の形となり、能力の発露と進化に繋がる。


(花嫁、患った妻、未完成で終わった刺繍、思い出を再現する様に作られた家。彼の中にあるのは、きっと──)


 亡くした妻が密接に関わっているのは確かだろう、葵はそう考える。彼女を生き返らせたいか、あるいはもう一度だけ会いたいか、死者に求める願いは大方そういったところだろう。少なくとも、あくまで、葵ならばそう思うというぐらいの一般的な基準についての話だが。

 だが、その結果妻の骸が戦いの中で傷つくのは彼にとって本意なのだろうか、そんな疑問が葵の中で湧くのだ。それが願いならば、例え最終目標の道中であったとしても、大切な人が傷つく事を良しとする事が出来るのだろうか。


(何か、何か違う気がする。だけど、そこに至るには、俺が知ってることは少ないし、何よりそれすらもただの勘違いかもしれない)


 その思案にのみ時間を費やせるわけではなく、彼の観察をしている最中には鼻先を掠める棺、脊髄反射で後方に飛び退く。ギュンターはその棺をヨーヨーでも扱うかの様に軽々と振り回し、しかしその一撃は大岩でもぶつかってきたかの様に重く、当たった地面は抉れていた。


「っ!!」

「避けたか、良い感覚だ……だが──」


 振り上げた時の一撃を避けたものの、葵の頭上からすかさず放たれる振り下ろしという二撃目。それが到達する前に急ぎ砂を蹴り上げ、箱を使い円柱の形に再生成する。振り下ろされた棺はその棒にぶつかり、微かに軌道が逸れ、葵がスライディングで前方に抜ける余裕が出来た。

 抜けた瞬間に、鎖が最も近くに来たタイミングで鎖を掴み、それを軸に跳躍。花嫁は動いていない事を確認してから、リンドも葵に自分の力を送る。


「いけ!!!」


 宙で身を捻りながら刀を十字に振るい、鏡の刃がギュンターに降りかかる。


「単調な攻撃……否、能力を常識の範疇でしか使っていないと言うべきか」


 ギュンターは少ない動作で刃を回避し、前方で自分の為に刃を弾き返している花嫁に降り掛かろうとしている分に対して、棺を手元に戻すついでに鎖で弾き飛ばしていた。

 クライルの時は能力に依存する所が大きく、身体能力はそこまで高くは感じなかった。彼との戦闘の時は、彼の領域内であっただけに心器の能力だけではなく本人の身体能力の向上もされていたはずだが、それを重視した戦い方をしなかったのはシンプルに彼のスタンスだったのかもしれない。こうして、あっさりと攻撃を捌かれている最中だと尚更に。


(だが、これはあくまで牽制!!)


 葵の背後に展開される霊体。黒曜石で出来た鱗の腕にはめられた籠手と鋭い爪、その両腕が背後から追従する。

 しかし、その動作よりも早く花嫁は動く。まだ棺が手元に戻ってきていないギュンターを守る様に、少しでも早く、鋭く、先制して葵の首に腕で刺突を向ける。


(このままだと避けられない、一撃を出来る限り軽くで済ませる方が良い)


 一撃を確実に避けるのならば鏡の転移を使う事が最も正しいだろう。その代わりに、攻撃のチャンスは奪われる。転移というラグの間にギュンターは自分の武器である棺を手元に戻してしまう以上は、防がれるかカウンターすら有り得る──


「ッ今!!」


 葵の動きに連動する事で手数を純粋に倍にする事が霊体の特徴だった、これまでは。

 だが、霊体の腕が自主的に動き、花嫁の腕を押さえたのだ。


「2人で戦ってるのは、貴方だけじゃないのよ!」

「なっ……!」


 葵と先に交戦した2人の使徒から聞いた霊体に関する前情報とは異なる挙動、ギュンターに一瞬の動揺が走る。

 ゼーベルアとのやり取りを終えた後、移動中にリンドがある提案をしたのだ。


『アオイ……霊体が、貴方の動きに連動しているのは、貴方自身がまだ、並行して動作させる事が難しいから、だと思うの。だからね、貴方との繋がりがあって、そこに私の能力を加えるなら、霊体を繋げられる。私が貴方の剣になれるわ』

『そ、そんな事まで出来るの?』

『ええ、今の状態でも詠唱とかの集中と比べたら、軽いものだもの、任せなさい』


 そうして、葵に自分の力を送る事で霊体と自分を繋げて彼女自身で操作しているのだ。霊体の損傷による本体へのダメージはその分リンドにも向かう様になる以上、諸刃ではあるかもしれないが、より攻撃的に霊体を利用出来る様になる利点が大きい。


 虚をついたその一瞬の間に葵は花嫁の脇を抜け、刀を腕に向けて投擲。咄嗟に防ぎ切る事も、避け切る事も出来ず、手の甲を突き出すが、刀が容易く手を貫通する。


「っぐ……!!だが、武器を自ら捨てるとはどういうつもりで」


 黒曜石で出来た刀、葵の心器は他の心器と同じ様に持ち主の現在の精神力を参照して耐久力は変わる。だが、その材質の影響を一切受けないわけではない。クライルの箱、水槽がそうであった様に──


「!!」


 投擲する前につけていた傷から刀身が割れ、心器が消える。棺を引き戻そうとしていた手の決して軽いとは言えない負傷、そのタイミングを狙っての転移による急接近。葵の手元には既に投げたはずの刀が戻ってきていた。

 心器は破壊であれ、自分から収めたのであれ、消えた状態になれば、消える直前の位置に関係なくもう一度展開出来る。しかし、心器を自分から一度収める場合は持ち主の身体に触れてる必要があるだけに、今回の場合は一旦壊れてもらう必要があった。その点で言えば、材質が脆い心器であったのが功を奏したと言えるだろう。


「ギュンター!!」


 葵の位置の高さから、首や心臓の様な致命傷の位置を狙うのは難しい。故に、ここからでも狙える致命傷の位置、相手の運が良くそれだけでは死ななかったとしても心器や術を使う時に支障が出る場所、頭を狙い振り下ろす。

 ギュンターは片足が一歩だけ下がるが、それ以上の回避行動は間に合わない。花嫁もリンドの操作する霊体によって腕が掴まれ対応に追い付かない。倒せる、とは限らずともこの一撃が入らないと考える方が難しいぐらいだろう。


(待て──)


 ふと、葵の中の直感が警鐘を鳴らす。使徒相手だからこんな簡単に終わるわけがないと言う、あくまで感覚と、彼の能力の使い道について。そして、先程報告を受けた船を襲撃した化け物達に関して。この時、必要だから脳が突如としてその情報を引き出したのだと、半ば彼の胸の内で確信があった。

 そう使えるのだから、相手がそう使わないわけがないと考えた。


「くそ!浅い!」

「っゔ……!!」


 切先で彼の頭に一筋の傷をつける。だが、あくまでそれだけに留まった。使徒である彼からすれば軽傷に過ぎない。そして、それと同時に懸念が形となって襲いかかる。


「く、づぁっ!!」

「っははは、それで済んだのは幸いだろう。仲間から教えて頂いたのか、だとすれば良い仲間を持っているな。聞いていなければ、今頃頭が割れていた事だろう」


 ギュンターは心器そのものを武器として使う時の射程としては中距離が基本、花嫁は彼から離れても戦えるのが強み。その分、近距離戦には多少の穴が出来るわけだが、それは彼が意図的に生み出した穴だったと言えるだろう。

 彼は自分が棺の中に居た時の土の周辺からあまり動いていなかったのは、花嫁以外の防御方法として、船の方で出していた化け物を潜ませていたからだったのだ。攻撃のチャンスを相手に与えつつ、化け物を自分の盾として飛び出させる。そうする事で防御と、反撃とを同時に出来る。


 結果として、葵が振りを弱める直前のタイミングで現れた化け物には切先ではなく、切れ味の鋭い刃先が当たった。

 しかし、化け物を完全に倒した時に反動が訪れるという効果だと聞いていだけに、葵は自分の額から止めどなく流れる血に驚いていた。


(何故だ、聞いていたよりもあの化け物は過敏なのか!?)


 葵へのこれ以上の妨害を阻止する様に霊体についた鱗が破裂する様にその場で放たれる。


「よくも、好き勝手をしたわね!!」


 花嫁のみならず背後のギュンターにも降りかかろうとしていたが、彼は花嫁のもう片腕を鎖で絡めて自分の近くに寄せ、手元に戻した棺で防ぐ。その最中に、化け物にも掠めた鱗によるダメージがリンドの頬にも傷をつける。

 こうした攻撃方法もあるらしいと見るや否や、彼は化け物を周囲に5体追加で展開する。


「っ!!はぁ……ッもう、厄介なんだから!」

「女神、貴方には死なれては困るのでな。勇者の様に不死か、否かすら分かっていない以上、貴方がこちらに自分から来てくれた方が都合が良い」

「はぁ、はぁっ……!はっ、冗談!私ね、尻の軽い女じゃないのよ」

「そうか、誠に残念だ」


 目に血が入って視界は悪くなっているが、彼女に意識が向いている間に葵はギュンターの背後から飛びかかる。化け物に捕縛されてはいけない事は分かっているだけに、彼を守る様に囲む化け物を刀の峰を振り、無理矢理どけ、足をわざと滑らせながら回転して遠心力をつけつつ、ギュンターの首を今度こそ取る様に刀を振るう。

 が──


「あ……っ?」


 葵の脇腹を花嫁の腕が貫いていた。黒いベールと黒いレースの布を纏った骸の花嫁。そう、ギュンターを守護する花嫁は2体居たのだ。


「ッアオイ!!!」


 リンドの叫び声が響く中、葵の赤く染まっていた視界がグラリと揺れた。

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