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永劫の勇者  作者: 竹羽あづま
第4部オルフェウスの挽歌
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第82話:罪が縋る

 防衛隊からの通信が切れた後も、葵は足を止めていなかった。無論、それは動揺しなかったからだとか、ましてや予想通りだっただとか、そんな理由ではない。その話を聞いたからこそ足を止めてはならないのだ。


(今の話を考えたら、化け物達の相手をし続けたら、壊滅してしまう。かといって、足止めだけをし続けるのもきっと難しい。足止めが成立するのはギュンターがその先何もしない場合だけなんだから)


 なればこそ、使徒本体を叩かねばならない。その一度の化け物の生成にかかるコストも分からなければ、一度にどれだけ出せるのかすら分からない。だが、心器の能力であると見て間違いない以上、本人が交戦状態に入ったら遠隔であろう位置にある、集落での化け物の召喚に手を回し切れなくなるはずだ。


(ノアが飛べない範囲内、それでも敵が動きを見せてない間は俺の探知も効き辛い。微弱でも残滓がまだ感じられたタイミングで追うのが1番良かったのに、その時にゼーベルアに邪魔をされた──)


 振り返り、握っている手の先を見る。リンドの顔色は良くない、頭を片手で押さえ続けている。これは何かの兆候なのか、否か。どっちであれ、状態の良くない彼女に負担をかけるのは葵としては心苦しいが、手を借りなければならない。そして、彼女もまた手を貸す為に葵の中に戻らなかったのだから、互いの為に判断は早い方が良い。

 耳に取り付けた通信用の魔道具から下げられた赤色の魔石に魔力を注ぐ。


「エミナさん、1つだけお聞きして良いですか!」

『は、はいっ!?大丈夫ですよ、何ですか!?』

「例の化け物は、レーダーにどう映ってますか!」

『えぇっと、魔力の粒が集合してる様な感じ、です!』


 それを聞いた葵は、小さく頷いた。それならば手はある、と。

 相手はノアが消耗した時を狙うまで尻尾を出さないという手がある。あの化け物達の特性から、手出しをした者から順に敵の狙い通りにノア側の戦力は削られる。ならば、割り出す為に心器を使わざるを得ない状態を見せつける。その上で、その使用した物からの被害は防ぐ。遠隔からでも心器で作り出した物の状態は持ち主ならば最低限把握出来てるはずなのだから、葵は自分の考えた手段は無駄にはならないはずだと踏む。


 一度リンドの方を振り返り、彼女の顔を見る。その意図が分からずリンドは苦しそうにしながらも、首を傾げる。葵がやろうとしてる事は彼女から学んだことだ。


「エミナさん、お願いがあります」



 化け物達の特性によって、突如として瓦解させられた前線。凍結による時間稼ぎは行われてはいるが、あくまでそれは時間稼ぎに過ぎず、そこからの処理をどうするかはまだ定まっていない。


「隊列を乱すな!!」


 そう言ったとしても、相手を殺さない程度に盾で押したり、弾いたりと出来る事は多くない。何故なら、つぎはぎの化け物は異形達と比べて脆い。打撃もあまり力が強かったらこちらが骨を砕かれかねない。その対応の難しさと、隊長であるダルガが倒れた故に発生した統制の取れなさ、それは確実に前線に悪影響を与えていた。

 それ故に、混乱の最中に1体。たった1体だが、守りの隙間を縫う様に襲ってきた──


「う、うわ!くそ、離れろ……!!」


 接触してきた化け物が抱きついてくる。その行為は子供の様な愛嬌では当然なく、意識も曖昧で生死の境を彷徨っている時に、近くにいる人の足に縋り付くかの様な足掻き、しかし離さないという執念じみた力強さがそこにあった。

 振り払おうと足を振るが、それよりも先に化け物は行動を起こす。


【コロサナイデキズツケナイデヒドイコトシナイデイタイコトシナイデクルシメナイデタタカワナイデハカヲアバカナイデワスレナイデイジメナイデコロサナイデコロサナイデコロサナイデコロサナイデコロサナイデコロサナイデコロサナイデ】

「っっ──!!!」


 それは女性の声だった、それは男性の声だった、それは老人の声だった、それは子供の声だった、それはつぎはぎの身体全てを表す様な人々の声だった。

 その声は怨嗟だ。叫んでいるわけでもない、か細く、弱々しい声だというのに、この化け物に抱きつかれた者には鼓膜から直にぶつけられているかの様に、鮮明にその一音一音が聞こえているのだ。通常ならその内容がどれだけ悲痛であったとしても、目の前のおよそ人とは言い難い生物の嘆きに哀れみを持つとしても共感に至るには、恐怖という壁が高すぎる。


 しかし、これはただ聞こえているだけではなかった。今これを聞かされた者は、強烈な罪悪感によって脳を支配されていた。目の前の化け物がこんな姿になったのは、自分のせいだ、自分が何も考えずにこの世界で倒してきた者に対するツケが今来たのだと。

 彼は正常ではなくなる。怨嗟の否定も、化け物を振り払いすらも出来ない程に、脳は痺れ、身体を動かす為の信号が働かなくなる。脳だけが雪山で眠らされていく様な感覚。増幅させられた罪悪感によって脳がパンパンに腫らされる感覚──


「っ!?おい!お前、しっかりしろ!!」


 化け物に抱きつかれ、倒れる仲間。そして、役割を終えたとばかりに、その1体の化け物の姿は掻き消えていた。引き剥がさなければならなくなったらまずいと思っていたが、それだけは予想が良い意味で外れたのが幸いだろう。だが、倒れた者が無事である事で、ようやく幸いだったと言える。

 急いで駆け寄り抱き起こすが、仲間はピクリとも動かない。瞳孔を開き、口をだらりと開いたたままだ。頬を叩き、何度も呼びかけるが、返事もしなければ指先が微かに動く事すらない。


「なんだ、どうした!?」

「わ、分からん!だが、恐らく、コイツ、し、死んでる……ッ」

「嘘だろ、おい!?」

「皆!!あの化け物と接触したらまずいぞ!!どういう手段かは分からないが、抱きつかれただけで死ぬ!!」


 通信で皆に共有しながらも、崩れるのが1箇所だけでは当然済むはずもない。


「うわあぁぁぁぁ!!!」


 また化け物に抱きつかれる者が1人、また1人と現れる。幸いだった事といえば、死に至るまでの猶予があること。そして、ただ触るだけではその影響は受けないという事。仲間に抱きついた化け物を無理矢理引き剥がし、蹴り飛ばす。距離を取る為に軽く蹴り飛ばすぐらいならば、あの嫌な反射は受けずに済む。しかし、皆が皆その対処に追われてしまっては意味がない。


(どうする、使徒への攻撃の為に防衛の方の戦力を減らすわけにも──)


 その時、空に浮かんでいる使い魔の内の1体から音が鳴り始める。


『唄おう、同志達の追い風として』


 化け物達の身体の内側から突如として銀色の光が放たれる。


『銀の風は世界を超えて、嵐は大いなる暴君、新しい光を届けよう、キラキラ輝く千の災い』


 ノアの面々はその声が誰なのかを分かっていた。勇者だ。先程の使徒とのやり取りで使っていた広域通信を、この苦しい状況の中で勇者が放っている。

 しかし、この唄は何なのか、これが魔術だとして、どんな術なのかを彼等は知らない。


『美しい物は愛おしい、偽りでも変わらない、それでも俺は嵐となりたい、現を侵すならば全て壊してしまおう』


 葵は考えた。こうして自分が大きく動いても、ギュンターは焦って葵を潰しには来ないであろう事は間違いなかった。彼は葵が死なない事、そして、どんな風に殺せばどの程度の時間がかかるのかまで把握している。それも、葵自身が知らない範囲で細かく把握しているのだ。

 それだけに、自分だけが握っている有益な情報という物はギュンターの中の優先順位を決めやすくするだろう。つまり、ちゃんと消費される物から順に消費させていけば良いのだ。その結果、葵という人間のみが残っても、彼には多大な精神的ダメージが残る。普通に考えて、そして普通である様に見える彼に対してそれを抱えたままで戦い切るとは思われてはいないだろう、と。


『君は俺の共犯者、準備は良いか鏡よ鏡』


 だから、どう足掻いても彼にとって目障りになる様に動かねばならない。察知して探し回って、そうした後手に回り続けて仲間が消耗する事を避ける為にも。

 目の前に飛び回る虫程度に思われても構わない。その虫を払う為に手を動かさねばならないと気付かせてやれば良いのだから。


暴君の行進クイーンズプロムナード


 それは、リンドが騙る者を相手に使用した術。魂の欠片たる魔力の集まり、それによって形成された存在に、集合体とは異なる個の意思を流し込む事で壊死させる術。

 化け物達の体内から放たれていて銀色の光は、眩さを増し、白銀の血管が化け物達の全身を覆ったかと思えば──


【あああぁぁあ゛ああ゛AAAAAAA!!!!!!】


 化け物達は皆その場で頭を抱えながらバラバラに砕け、消滅していく。つぎはぎの部分が解かれたかの様に。

 無論、前線の人間から見れば突然敵が苦しんで、突然消滅したのだから、安堵よりも驚愕が勝っていた。


「な、何が起きたんだ……?」

「──少なくとも、勇者様が奴等を仕留めてくれたって事は確かだろう」


 葵がこの術を使ったのは、今回の化け物達と同じ魔力の集合体とも言える、騙る者との戦いの事を思い出したからだ。互いで手を繋いで辛うじて保っていた1つに対し、手を離した方が楽ではないかと突きつけて分断させる様なものだ。あくまで魔力となってしまった薄い自我たる彼等に対し、そうする事で自害をさせるものであり、こちらから攻撃をしかけて消滅させる物ですらない。

 死に至る反射がどこまで有効で、どこまでの攻撃に対応してくるのかが分からなかった以上賭けではあったが、相手の自壊を促すこの術は間違いなく有効だった様だ。


 そして、その場の魔力を使用して生成される生物ならば、その場所の保有されている魔力は減るか、少なくとも乱される。そのまま敵を大量に凍結させ続けると、本体である使徒が出る前からこちらはリソースが減った状態で戦わされる事となる。それを防ぐ為にも、早期の間にこの術を使わざるを得なかった。葵としては、魔力達にとって苦しみを生む術である事が分かっているから、心苦しい限りではあるが。


(しかし、勇者様のお陰であの化け物の脅威は去ったが、使徒は一体どこに雲隠れしている……?確かに、あの生態が不明だった化け物達をけしかけて、消耗するまで待つのは有効な作戦かもしれない。実際、我々の同胞はかなりやられた。だから、それが目的であったと考えてもおかしくはないが──)


 そうした、妙な気味の悪さ。嵐の前の静けさをきっと誰もが感じていた



 葵は一瞬、ほんの一瞬気配を感じた。だが、その名残を感じる位置が低いのだ。あまりにも。

 詠唱を終え、思考のリソースをここに戻せる様になった葵はその名残を追う。辺りは森、破損したレンガの家が墓の様に時折立っている事以外は、珍しい地形ではない。


「あお、い……」

「リンド、真っ青じゃないか!」

「良いんだってば……私の記憶が、今整理され始めてる。そう感じるの」

「!」

「だから、思考のリソースは、上手く他に割けない。だから、貴方にただ伝えるわよ。貴方の感じた物が、貴方のフィルター越しに形を変えてしまう前に……純粋なままに、動きなさい。そしたら、分かることがあるはずよ」


 彼女の言葉を汲み取り、その上でまた少しだけ考える。低い位置、しゃがんでいる?いいや、それなら、それだけならば、ああは見えないのだ。葵は地面よりも下の方に気配を感じていた。しゃがんでいるだけではそこまでにはなり得ない。

 感じた気配のところまで駆け、そしてそこまで辿り着いた瞬間刀を地面に向ける。その場の土を払う様に、しかしそれよりも力強く吹き飛ばす様に叩きつける。


「──棺?」


 その先にあったのは西洋で見る舟型の棺だ。しかし、それを見つけた瞬間には、葵がこれについて考え始める瞬間には、蹴飛ばす様に開いた蓋が葵にぶつかってきていた。


「っがぁ!?」

「ッアオイ!!」


 ただ棺の蓋をぶつけられたにしては重い。蓋そのものに何か仕込まれているというよりも、純粋なぶつける力、一撃そのものが重かったのだ。

 攻撃はそこで終わらず、上から降ってきた鋭い刃が葵を貫こうとし、それを見たリンドは体勢をまだ整えてない葵の首根っこを掴み、自分の後ろに投げ飛ばす。


「っ!!ご、ごめん!助かったよリンド」

「お礼は、早いかもしれないわね……」


 リンドと葵が視線を向けた先で、その刃の正体が棺の主を守る様に立ち塞がる。ベールで顔を覆い、ドレスの様な純白の布を腰に纏っている姿から、生前は美しい女性だったのだろうと思わせる人骨。しかし、手首から先と足首から先が刃になっており、優雅さや、清純さとは離れた確かな殺意の形状をしている。

 そして──


「もう少し、身を休めたかった所だが……こうなっては致し方ないか」


 棺の中から遂にその男が姿を現す。自分の入っていた棺を鎖で引き上げ、背負いながら帽子を被り直していた。その余裕のある動作は、骸骨の能力に自信があるのか、あるいは本人の性格なのか。


「我が花嫁に負担をかけ続けるわけにはいかない。タキザワアオイ、君とてそうするだろう?」

「そうですね……そうだね。だけど、それって今俺に語りかけて、関係のある事かな?」


 彼が善性のある人間である事は、これまでの関わりで葵は感じていた。だからこそ、倒れた仲間や、生贄として送られた人々の魂や、ヌシ老人達の件、それらが尚更許せはしない。向けられる優しさに限界も、範囲も、距離も、決まっているものではあると葵は思っているが、それを向けられない範囲ならば何をしても良いと思っているのかという怒りが強まるのだ。


「申し訳ない、怒らせるつもりはなかった」

「分かってるよ。俺が勝手に怒ってるだけだから気にしないで」

「怒りとはそう言うものだ。だからこそ、その原因となったこちらは、少なくとも謝罪をするのが正しいだろう?」


 遂に姿を現した使徒、ギュンター・エスマンはそう言ってのけるのだ。挑発的な表情でもなく、当たり前の様な顔をして。

 こんな顔をして、謝罪をする男もまた、あくまで使徒なのだ──

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