第74話:The Hanged Man
男にとって正義とは、強く眩しく、人々の道を照らす太陽の様なものであった。
ある時のことだ、男がまだ少年と呼ばれる年齢の頃。幼馴染と遊びに出掛け、いつもと違う道をなんとなく通った帰り道だった。それは子供にとっての小さな冒険だったわけだが、見慣れた街でも慣れない道を歩くと人は迷う。未知の世界に迷い込んでしまい、振り返れば、そこに通って来た道すら残っておらず、家族と再会出来ないのではないかとすら思う様な、解消出来ない不安と心細さが彼等を襲っていた。
“誰でも良いので、僕達をお家に帰して下さい”
そう願った少年の元に、親切な警官が現れた。2人が迷子と見抜いた警官は、今にも泣きそうな2人の頭を撫で、飴玉をくれた。1つしかない事に申し訳なさそうな顔をしていたが、少年は自分よりもか弱い幼馴染の少女に真っ赤な飴玉をあげた。そうして、笑顔を取り戻した彼女に、少年も勇気を取り戻した。
住所は分かるので、家まで連れて行ってくれませんか。そう、警官に言えば笑顔で快諾し、彼等を無事に帰路へと着かせた。
幼い少年は思った、あんな風に小さな事でも助けて、沢山の人の心の希望になってみたい、あんな風に格好良くなりたい!彼は太陽の様な警官を見て、自分もそうなろうと志した。
なにせ、側で応援してくれる幼馴染の少女もまた、彼にとっては太陽でした。彼女を守れる位に強い警官に、強いヒーローになる。彼にはそんな夢がありました。
今の彼の手に残っているのは、確かに自分が交わした契りの残り香たる指輪。ただそれだけだった。
*
「突然の事ながら、こうしてお集まり頂き、ありがとうございます。そして、先日発覚した事件のことしかり、皆様のお心を騒がせる事が続いてしまい、申し訳ありません。皆様もお聞きしたかもしれませんが、先程の使徒の通信の件で──」
轟が連れて来た集落の住民は、オーサーを含めた数人は会議室に通し、人魚除く住民は居住区に集められ、艦内放送の形で話を聞く事となった。
使徒ギュンターの通信が聞こえて来た時点でオーサーは危機感を覚え、そして同時にその脅威に似た物を間近に見た事がある轟はすぐに彼に皆を集める提案をしに行った。許可が出てからは迅速に集め、喉を酷使しつつ、人の手も借りつつ、人魚も含めてでノアに集めて来たのだ。
偽勇者、言わば彼の立ち位置はそうだったわけで、事実としてそうではあるのだが、誰もそう呼ぶ事はない。最前線で命を賭けて戦う事のみではないのだなら、その中でより多くの命を救う行動を緊急時に選べるのならば、既に彼は勇気のある者と言っても良いだろう。
そして、その間に他のノアの船員は使徒との戦闘の準備を行っていた。なにせ、結界があるから大丈夫なわけではない。集落への破壊行為に対する守りを基準にした結界、これも侵攻をしてくる際の壁となるかもしれないが、それは外から順当に来た場合の話である。破壊以外の思考が可能な人間が、結界の中から行動する事は可能なのだ。
無論、集落にただノコノコと侵入するだけならば、多勢に無勢で相手がやられるだけだろう。しかし、その選択をするならば相応の手段が相手にはあるのだろう。集落の住人として潜んでいただけに、準備はいくらでも出来たのだから。
しかし、結界も決して脆弱なわけではない。人類に対して人類が害意を持ってもここまでの規模、邪神勢力以外ではおらず、他に居たとしてもここまでの騒動になる前に鎮圧が出来る。だから、日頃なら結界と常駐しているノアの人員だけで事足りる。
だが、此度の相手は侵略を行える。仮に説得が上手くいったとしても、これまで積み上げた生活や日々は、呆気なく通り道程度に破壊される事は間違いないだろう。そこは邪神の色に染められる、数多の犠牲と共に。使徒は、同じ人であり、同じ地球の者でありながらも、戦うしかないのだ。
そうして、その激戦を前に装備の調整や罠の製作、ノアのメンバーであれば皆が各々のやる事の多さに追われる中─
「…………」
葵自身は休む様に言われていたが、どこも忙しそうにしている中であり、人手を求めている中で、自分自身は動ける状態なのに動かないという事に罪悪感を覚えてしまい、ジッと出来ずにいた。
ダルガ達のやっている罠の設置の手伝いに行こうとしている最中、轟に呼び止められ、食堂の一角で向かい合っていた。しかし、轟の威圧感のある顔で無言で見られていると、自然と葵は視線が逸れてしまう。怖いとか怖くない以前に、リーゼントの男にガン飛ばされる事に慣れていないのだ。
「滝沢サン!!!まず、すみませんでした!!!」
「け、敬語じゃなくて良いよ。俺達年齢も近いし、そんな畏まる事ないよ」
「いいえ!少なくとも、これを済ませるまでは、そんな距離感マジ無理っス!!」
「これ?」
葵の言葉にリーゼントが食堂の机に刺さるのではないかという勢いで頷き、轟は音を立てて立ち上がる。
「ぶん殴ってください!!!!」
「ぶん殴る!?」
「自分、勇者って言われて。舞い上がって、負けたくないと思って意地張った末に、迷惑かけたって言葉じゃ済まないぐらいの迷惑をかけました!!」
「い、いやぁ……あんな事になるって誰も思わなかったと思うし。俺自身勝負に乗ったわけだから」
「そう言えるのは、結果的に何とかなる様な事があったからってだけっスよ!!もしもなんて、ないかもしれないっスけど、無事だからヨシ!なんてなれないっス!!」
「だから、こう……いわゆるケジメの為に殴ってほしいって事?」
「そうっス!!謝罪を受け入れてくれなくても、全然構わないっス、自分がマジ悪かったんで!!なので、ケジメとして、せめて!!」
「い、いや!パンチがけじめになる様な生活は送ってないから!それに、俺の立場的にね、突然君をぶん殴ったりするのもまずいから!とにかく座って座って!」
食堂に来ている人の注目を浴び始め、大急ぎで座る様に促し、3分ぐらいの説得の末に何とか彼は座り直したのだった。
「……すんません、先走ったかもしれやせん。これじゃ学習してねぇっス。自分が満足する為だけの謝罪みたいで、やっぱダメっス」
「でもさ、命の関わる様な出来事に対する謝罪なんて初めてだろうから。経験なんて、するべきでもない様な、相当ショックな出来事だと思うし」
手を小さく振りながら、これだけの騒動になった出来事を思い出し、小さく肩を落とす。
「そもそも、轟君を危険に晒したのは俺の失敗だし、俺自身がまず反省すべき点が多いから。俺の方こそ君に謝らないといけない……」
「いや!アレは、マジ自分が悪かったんで!!」
「俺達は、人々を守らないといけない立場だ。なのに、危ない目に遭わせてしまったし、助ける事も出来なかった」
「滝沢サン……」
少しでも早く集落に来れていたら、死ぬ前に結界の外で暮らす事を止められたのではないか、敵が潜入していた事に気付けたのではないか、そんな後悔は頭の中で巡る。
後悔先に立たず。そうは言うものの、だから吹っ切れるしかないと割り切ってしまえば、損害を気にせず戦うだけで良くなる。地球で育ってきた価値観をかなぐり捨てて。そしたら、敵とする邪神とどう違う?
「た、滝沢サンよぉ……」
「うん?」
「自分は、本当にあの日の事を今でも思い出すと怖くなっちまって。滝沢サンが生きてるって分かった時も、こうして話してる今でも、後悔はずっと続いてるし、死ぬまで反省はし続けると思うんっス」
「うん……その気持ちは、分かるよ。君にはもう大丈夫だからと言いたいし、言うけれど、自分自身にとってはそうなるのは、すごく分かる」
「そう!そのもう大丈夫ってやつ!」
「?」
「自分は、その後悔の分も出来る限りの事をしたいと思って、ノアに入らせてもらいやした。世界を救うって滅茶苦茶デカい事で、自分が直接それを出来るとも思ってないっスけど、身近な、家族みたいな人達を助けたいって思って、今は同じノアの船員としてここにいるっス!いや、同じって言うのもちと、違うか……だから、その、つまりぃ」
頭を掻きながら言葉を出そうとする彼を葵は待った。しかし、彼はまとまりきってこそいない様だが、伝えたい事があるという思いのままに大きく頷いて口を開く。
「自分は弱いっスけど、仮にも一度は勇者と呼んでもらえた身、勇者である滝沢サンにマジで大丈夫だって思ってもらえる様になりたいっス!!そしたら、ヌシの爺さん達みたいな人を助けられるかもしれねぇし、そうならないとあの時滝沢サンに言った事がマジで、ダメすぎるんで!!そんで、滝沢サンにも大丈夫って言える様になるの、今マジで目指してるんで!」
「!」
「大言かもしれやせんが!命を救われた分の感謝も反省も、ちゃんと行動でも示すつもりっス!!」
同じ未成年の地球人、そういう点では葵と同じだったが、戦いに身を投じる所から始まった葵と違う彼は、あくまで守らなければならないものと思っていた。事実として、彼が仲間入りすると言うまでは、守らなければならない無辜の民だったかもしれない。
しかし、彼が最前線で戦うとかでなくとも、皆を守る側に今はいるのだと分かった。先んじて集落の皆を集めてくれた時といい、彼なりの本気に身を投じている。
「──なんか、すごく励まされた気分だよ……ここに帰って来るまでに俺も色々あったから」
「い、いやいや!単なる自分の心の宣言的なアレなんで!!怒ったり呆れたりせずにマジで聞いてくれる時点で、自分的にはすげぇ嬉しいんで!!まだ何も出来てないのに何言ってんだっつーアレで!!だから、そう!大丈夫だからって思われてる側でもあるって思って下せぇ!マジで!!」
不良として他人に迷惑をある程度かける生き方をしていた自覚もあれば、そういう生き方をしている自分をいつ卒業するのかの問いかけも轟学の中にはあった。
バイクの音を派手に立てて遅い時間に走り回って、他校の生徒との喧嘩もした事があった。そんな中で、ふと酒が抜ける瞬間の様に未来という道が見えてしまうのだ。最早、根気強く説教してくれる教師もいなくなり、迷い始めた頃にはもう全てが遅くなって、馬鹿をやる仲間も自然と減って、今更マトモに何かをやると言っても当然誰も信じてはくれないという諦めがあった。自業自得だと思いながらも、孤独感は覚えていた。
だが、ここではそうではなかった。すぐに嘘だと分かりそうな話をずっと聞いてくれた集落の人々、根気強く怒るヌシ達、仲間になりたいと言って役割を与えてくれたエレン、命を賭けて逃がしてくれた葵。謝罪も恩返しも、言葉以上に本当なのだ。
「ありがとう、轟君」
そんな事は無論葵には分からない事だが、それを口先だけのものと軽んじる事はなかった。この世界では敵も味方も、皆違って皆本気で命を賭けて何かに取り組んでいる。これを笑ってしまえば、より多くを笑う事になるとも言える。だから、笑うなんて本当に論外であり、そんな事はないという言葉すらも、要する事はなかった。
柔らかい笑みを浮かべる葵に、轟はもう一度だけ深く、深く頭を下げた。脳裏によぎる彼の肉片、ヌシ達の腐敗し始めた死体。あんな地獄が起こらないようにする為にも、改めてノアの仲間として挨拶をするように──
「あ、頭を上げて上げて!そうだ、ぶん殴りこそしなかったけど、もう済んだわけだし、喋りやすいようにもう喋って良いんじゃないかな?」
「……じ、じゃ、じゃあ、お言葉にぃ甘えて」
会った当初と比べれば、勢いの弱い言い方に思わず笑いそうになったが、流石に失礼なのでそれはしなかった。彼も不良をやろうとして不良をしているのだな、と思いはしたが。
「1つ、聞いて良いか?」
「なんでもどうぞ、俺に分かる事なら」
「滝沢サンはよ、勇者って実感とかいつ得たのかって。俺様は、偽物って分かってたからかもしれねぇけど、どんだけ言われても勇者って呼んでもらっても自分自身で信じきれなかったからよ……能力的なのとか抜きにして、気持ち的にな」
轟自身もまた、この状況に対する実感を得るまでの戸惑いがあるのだろう。異世界に来て、それが命が簡単に奪われる世界で、そこにいる自分というものが、かっての地球の自分と乖離している様にも思える部分は、この世界に来た人のほとんどが通る道と言えるだろう。
指を組み替えながら、葵はこれまでの事を振り返る。
「勇者としてか。遅いかもしれないけれど、クライルを使徒を……倒して、改めて自分の勇者としてのやるべき事を実感し始めたって感じかな」
「倒してって……それってアレだよな、つまり……つまりだ!それを続けるのは苦しくは、なんねぇのかなって」
言葉と言葉の間に生じた空白には、代わりに苦々しい表情が込められていた。苦しいとは何を指すか、どれを指すか、強いて言うならばこれなのだろう。
だが、大原義樹の前で爆発させてしまった感情に対する自責の念に苦しんでいた時、その末に見つけた自分の望みはちゃんと勇者になりたいという物だった。かつての自分よりは、確かにやるべき事をやれているという自負はあるのだ。
「俺って要領も悪いし、なんか色々全然ダメでさ。人とのやり取りも元の世界にいた頃は失敗ばかりしてて……もうそれなら、ここに居るのって俺じゃなくても別に良いじゃん!なんて、結構思ってて。恥ずかしいし、失敗だって大体は自分のせいだし、無責任な発想だけどさ」
「マジで卑屈すぎねぇか……?」
「いやいや!いやね?これは前提の話的な、そういうアレで……だから、こんな俺が必要で、こんな俺が居る事に意味があって、俺にやるべき事があるって、俺からしたらそんな悪い事ではないんだよ。轟君の心配は嬉しいけど、君が思うほどヤバい感じでは……ないんだ」
そう言いながらも、葵は自分の胸に手を当てる。葵の手で殺した者の魂を浄化して彼自身の中に保管する能力。
人の魂を背負う。文字通り、人の命を自分の中に丸ごと入れてしまう様な物。それは、葵自身の望んだ物、その役割をこなす為に必要な物だ。しかし、それは人が背負うには本来過ぎた物と言えるだろう。邪神が喰らう、葵は内に収める。魂はこの異世界にある限り、輪廻には帰れないという点では変わらない。
加えて、手にかけた人の意識の名残が内側にあって、まだその人が喋っている様にも感じられるが、同時にそれが自分の能力による残響だとも思えて、そうした命に対する実感は重く感じないと言えば嘘になる。
その上、その人達の人生を賭けた望みすらも、力として行使出来る。葵自身としてもそれは冒涜であり、同時に自分もまた殺戮者であると突きつけられるに等しい足跡だと理解している。それを背負える様な人生を歩んでもいなければ、その為に鍛えられた精神性でもない。
「それに──」
そして、こう続くのだ。
「それでも、今の俺は求めてもらえていて、それに応える理由がある。そして、俺はそうするべきだと確かに感じている。人を既に殺めたからこそ、救えなかった人達が多くいるからこそ、尚更に俺自身がそんな悲しみを断つ為に頑張りたいと思える。これは傲慢かもしれないけれどね、その過程で俺はまた多くを殺めるんだから」
勇者という、誰にも代わりが出来ず、代わりをさせてはいけない役割。その役割を投げ捨てれば、多くの罪のない命の未来を奪う事になる。自分の家族も無論、例外なく。
だが、1人の子供に邪神と戦う為の鍵となり、邪神とも相討ちでも良いから戦えと言う事が、どれほど残酷であるかも、周囲も分かっているはずだった。
その上でこうせざるを得ない。こうならない為の代案なんて、先代が行方をくらました頃から探されていた。それでもなかった。この世界に来た時点から、1人にだけ唯一渡されるカードはただ述べるのみ、邪神を倒す勇者となれと。
「皆は仲間だ、同じ地球の人達で、俺なんかとは比べ物にならないくらいにその苦しみと戦っている。戦う力を持つ人も、持たない人も。俺だけが弱音も吐けないし、俺に後戻りはない。魔王も、使徒も、異形も、敵とカテゴライズされるものが“生きている”。それを知ってしまった俺だからこそ、皆に共有するべきではない痛みは俺の剣で引き受けたい……それすらも、プロパガンダになる様な物かもしれないけれど、人々の恐怖と不安に比べたら、それを和らげる手助けになるなら良いじゃないかって」
轟は何も言えなかった。彼の精神性と能力という確かな適性があって、使徒の撃破経験を得て、ノアは確かに動き始めたのだ。その過程をしっかりと知っているわけではないが、今はまだ彼に大丈夫と言えるほどに轟学はまだ出来ている事も少なければ、ノアについても、そこで戦う人も、この世界についても、何も知らない。そんな彼が葵に休んだ方が良いと言い切れるほど、無責任にはなれなかった。
「だから、俺は次に戦う使徒も俺の手で斬るんだ。俺の手で、彼の喪失から生じた悲しみと望みを、断ち切る為に。だから、俺は大丈夫なんだ」
葵もまた、この役割を維持し続ける意思は強かった。自分に与えられた役割を全うしたい、その意味合いは無論大きい。だが、ようやく自分の中に生まれた、ここに居る意味という物に対する彼自身の拘り。
そして──
(俺は、そんな拘りなんかの為に、使徒も異形も犠牲にしてきたのかもしれない。俺は、人が殺される事も、傷付く事も嫌だ)
彼は高校生の滝沢葵の時とは違うかもしれない。だが、彼は異世界の自分の姿に酔いきる事すら器用には出来ない。
そういう点では今嘘をついたとも言えるが、今はそれでも1番の目的を見失うより余程良い。戦って、戦って、最後まで戦い抜く事こそが今のやるべきことなのだと、彼は自分に対して言い続けているのだから。
「俺は既にこんなに殺したけれど、使徒は彼を倒せてもまだ2人目。俺が戦う事を選んでいるのは、俺の意思なんだ……今度も、負けない。敗北は立ち止まる事と同義だから」
そんな言葉を聞きながら、轟はふと決闘の約束を取り付けた時のやり取りを思い出していた。
『ほら、言う通りならさ、使徒とも戦えて、魔王と戦って、邪神と戦う気概があるってことじゃないか。そこまでを付き合い切れる人自体が希少だし、普通は怖いし』
あの時は、場の空気も軽かったから轟もあまり気にせず流していたが、葵がそれが虚勢であった方が良いと言っていた事も含めて、人類の希望とは、人類には重い荷物なのかもしれない、と。希望として求められるならば、普通は怖い事にも身を投じてしまう物なのだ、と。
そして、それに何かを言う事がどれだけ難しい事なのかも、今この短い間に濃縮して理解させられた気がした。自分が聞くには、まだ早い話だったのかもしれない、そんな情けなくなる気持ちを抱きながら。
「そ、そうか……」
轟は彼の言葉に短い返事しか出来なかった。
『…………』
そして、葵の内で密かに目を覚ましていたリンドはその時、ただ寝たふりをして、黙って聞いていた。寝直そうともせず、ただ黙って彼の在り方を聞いていた──




