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永劫の勇者  作者: 竹羽あづま
第4部オルフェウスの挽歌
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第72話:帰還

 インクの様に真っ黒に塗り潰された空間の中で、辺りを高速で流れる星々が横で通り過ぎて、その中で誰ともつかない声がこだまし続ける。これが転移なのか、葵はその流れる景色の中にありながらそう思った。


 転移自体は自分の武器で短距離ながら経験しているから、その瞬間についてはあまり心配してはいなかった。帰るべき場所のイメージは明確だった。あの方舟の場所へ。

 しかし、それでも辿り着くまでがやけに長く感じる。手を伸ばす先にある光は遠く、しかしそこに向けて手を伸ばす事をやめたら、今度こそこの光と闇の中の一部になって取り残される。


「っ……!!」


 しかし、その一歩、後一歩が遠い。光の奔流に流されそうになる。もっと、イメージをもっと強めて──


「あっ──!?」


 その瞬間だった。手が伸ばされるのだ。白く柔らかい手が向かい側から命綱の様に姿を現していた。辺りの光が姿を持ったかの様な、美しい、純白の少女が。



 時は少しだけ遡り、集落での会議を終えた後に数人がノアの機関室内へと移動していた。アダムとブランとミアとリンドの4人、そしてミハエル。彼は今回の件でサラの力を借りるかもしれない事から、ここへと集められた。


「ブランさん、アダムさん。その方法っていうのは……」

「私も手を貸す事自体は全然構わないけれど、でもミアと私で何をするって予定なの?」

「私も知りたいものだな。サラの力を借りるのはお前達の自由だが、何も知らないままなのは筋が通らんぞ」

「まずは、私から。ミアの心器、鍵についてだ。一定の空間を切り離す能力、という物なのは知っているが、まだ不明な点が多い。それがお前の心のどこに繋がっているのかすら、まだ分かっていない」

「それは、私も疑問でした。何故なのか分からないのに、現時点で出来る能力の規模も決して小さくない事も不思議なんです」

「心器を私自身は持っていないものの、これまで所持者から話を聞いてきたから分かる事はある」


 心器は根底にある願い、望み、心の形に影響を受けた能力になる。故に、その能力になった由来はハッキリとまではいかずとも、所持者本人ならばある程度言語化は出来る。

 例えば、ノアの中で心器を持っているうちの1人であるライは、自由に遠くまで行きたいという思いが能力に影響を与えている。そして、それは武器そのものの形状等にも無論、影響はある。


 自分の心器を取り出し、掌に収まる様な大きさの銀の鍵にミアは小さく手を震わせる。


「私は、この世界で目覚めた時にはもうこの鍵をもう持っていました。でも、これの事は分からなくて、でも使うのが恐ろしいという思いだけはあって……」

「ふーん、恐ろしいのね。私は何だかそれを見ていたら懐かしくなるけれど」

「ミアのその曖昧な状態に対して、アダムが仮説を提示してくれた」

「!何かご存知なんですか!?」

「彼女、リンドに会うまでは考えもしなかった事だが……まず、リンドが見える条件についてだ」


 この場所に移動するまでに、ミアの口からこの機関室に向かう面々にはリンドについて、そして彼女が見える人と見えない人の条件については事前に話をしていた。

 それまでは、アダムの考えはまだまとまりきってはいなかったが、それを聞いた上でブランやミハエルと話し合う事で今回の救出の手段がある程度確立されたらしい。


「魂の単位で認識するか、その領域に触れた事があるか、この2つが基準だと言ったのだったな。使徒達は異形や魔物と同じで邪神の影響下だから、アオイも経緯は置くとして、彼女の影響を直接的に受けたからと考えて良いだろう」

「そして、リンドさんは私と葵さんとは不思議な繋がりを感じると言っていました。それがいわゆる魂の単位で認識出来る理由なんでしょうか?」

「そうだな。魂での接触、あるいは……血の関わりなどな」


 あえてその表現を出した以上は、ただの例えではない事は確かだが、リンドという少女の存在について考えれば、この場にいる者にとっては些か突拍子のない物にも思えた。

 アダムとリンド以外の面々が顔を見合わせて首を傾げる中、リンドは自分の胸に手を当てながらアダムの方に視線を向けていた。


「どうしてそう思ったの?」

「まず、それについて話す前に知っていて欲しい事だが、そもそも地球で活動している邪神と呼ばれる類の存在は1体ではない」

「待て、アダム。お前がこの世界に来た頃はまだ地球上で邪神の影響は大きく出ていなかった頃ではなかったか?タキザワアオイの報告で会議に参加した多くは、地球での邪神の影響について聞いた。現に、私とサラだってこちらに来るまでその脅威についてはよく知らなかった」

「彼等が関わって、確実に表立って証拠が残る物とは限らないからな。突然消えた、変死した、その予兆について書き残しても信じる者は少ない。この世界に来る前のお前達はこう言って信じただろうか。“化け物が私を殺しに来る”などと──」


 ミハエルが言っていた様に、彼等は小さい異常に触れる事や、アダムの言う様なSOSを聞いた事があったとしても、それを超常的な物とは結びつける事はなかっただろう。

 何故なら、それはあくまで非現実であり、毎日を生きていく中で彼等の思考の中に可能性として割り込む余地などないからだ。例えるならば、人は傘を持って出掛ける時に雨や雪ではなく、魚が落ちてくる可能性を常に5割かそれ以上の割合で考慮に含むだろうか?竜巻等の現実的な原因によって発生する事はありえたとしても、それは日常的に起きる物として考えないだろう。それと同じ話だった。


 葵の様に地球上で既に邪神の影響が出始めている状況を見ていたとしても、突然オカルトな終末論が流行り出したという認識以上になる事はなかったのだから、尚更だ。


「誰も信じなかった、信じられるはずもなかった、信じた数少ない人間は犠牲になった。生きている者も、無事とは言えない状態が大半。そんなところだ、だからお前達が知らずともおかしい事ではない。おかしいのは、おかしくなったのはきっと、私の方だ」


 実感が込められていた言葉に、ミハエルもそれ以上は言わなかったからか、本題に戻る様にアダムは続けて口を開く。


「で、だ。活動している邪神の中には、人間と子を成す者もいる」

「そ、そんな事あるんですか!?」

「それは流石に驚きだな、彼等に何のメリットがあるのだろうか」

「目的までは分からない。だが、それによって不思議な性質を持って産まれる子供がいる事は確かだ」


 あくまで仮説であるとは分かってはいても、その仮説の内容がここまで言われたら想像がついてしまう。つくからこそ、ミアは顔を微かに青くしながら、誰かに言われる前に言おうとする。


「──私、ずっと母子家庭だったんです。お父さんについて聞くと、いつも濁されて。アダムさん、私の、私のお父さんがそうだったという事なんですか……!?」

「そうよ、それはぶっ飛びすぎじゃないかしら!?だからミアは私を認知出来るって、何それ!?」

「邪神は時に、超常的な力を起こす遺物を作りだす事がある。無論、大抵は人の手に余るものだが」


 そう言い、アダムはミアの手の中にある鍵を指差す。


「空間を跳躍出来る遺物が存在する、丁度それと酷似した形状の物だ。ミアの心器は空間の始点と終点を定めて一定時間その範囲を切り抜く物、それは家族の縁の名残なのではないかと私は考えている」


 恐ろしいと感じていたのは、ミアにとって自分の物だと思えなかったのも、確かにそれなら説明がつく。説明のつかない恐怖は、自分では想像もつかない存在の力を感じたから。

 しかし、それを仮説の段階で飲み込めと言うのも難しい話である。人類にとって脅威でしかない存在が血縁である可能性などと、そんなすぐには──


「……そ、それが葵さんの救出に使えるんですよね?」


 大きく深呼吸をして、この話に至った理由を頭の中で存在感を強める事で一旦整理をつける。アダムも、その出生の秘密を暴き、広めるために言ったわけではないだけに、彼女に対する申し訳なさがあったが、その返事に微かな安堵を込めて頷いた。

 そして、その横でリンドはしばらく黙していたが、小さく手を叩く。


「つまり、葵と魂の繋がりを持つ私を通して、葵とこちらまでの距離を切り取る。でもその為にはサラ、だったかしら?彼女に観てもらう必要があるのよね」

「そういう事になる」

「だが、サラが観たとしても私以外にその座標を送れないが」

「そこで、ミハエルの手も借りるのさ」


 ブランは咳払いを一度した後にこの面々を連れてきた理由を話し始める。

 まず、サラにリンドが触れる事で葵に対する情報にある程度絞って観てもらい、その情報をサラからミハエルに送ってもらい、彼からその葵の場所に対する情報を言語化してもらう事で、ミアにも大まかに情報として伝える。最終的に、ミアの心器をリンドも力を貸して使用する事で彼の今いる位置とノアまでの距離を一時的に隔離して彼を呼び込む。遠回りにはなるが、最も可能性のある手段がこれだったのだ。


「ちょいちょいやった事ない様な方法が入ってきてるけれど……」

「リンドさんならやった事はありませんか?ほら、例えば葵さんの心器に力を分ける様な経験とか」


 クライルと交戦した時に確かに葵にリンドは自分の力を貸した。しかし、アレは所有者であり、自身を女神に定義した葵だからこそ成立した物なのではないかという不安がある。当のリンド自身の心器がないから、未知数であるところも大きい。

 だが、ミアがリンドの手を自分の心器の上に重ね、真っ直ぐに見つめてくる。先程提示された恐ろしい仮説に、まだ心は落ち着いてないままなのかもしれないが、彼女の中で今回のやるべき事とそれによる動揺は別物なのだとある程度分けられているらしい。微かに震える手のみが、その心境を露わにしている。


「どうか、力を貸して下さい。この心器は、経緯はどうあれ私の一部。リンドさんは少し、ほんの少しだけでも私の背を押して下されば、私が何とかしてみせます……!」

「ミア──」

「私は、皆さんみたいに戦えません。戦う怖さや苦しみも、同等にはきっと知りません……だからこそ、自分の出来る事に最善を尽くしたいんです!じゃないと、葵さんが……ッ」


 そう口にする彼女の横髪には、葵から渡された青いリボンが巻かれていた。そこに一度向けられた視線には複雑な感情を孕んでいたが、ゆっくりと頷く。


「大丈夫、ちゃちゃっとやって、チャチャっと助けましょうよ。忙しいのはここからなんだから」

「!はい、ありがとうございます!リンドさん、それにミハエルさんとサラさんも!」


 既にやるかやれるかの域を問題にしていなかったミハエル達は頷き、ミアを安心させる様に肩に一度手を置いてからリンドは早速行動に移っていた。

 眠ったままの美しい女性、サラの両頬を自分の手で包み込んで瞳を閉じる。


(サラ、私の声は聞こえるかしら。お願いがあるの。アオイが今どうなっているのか、どんな場所にいるのか、教えて──!)


 これで良いのかは分からない、ましてや彼女の返事が聞こえるはずもなく。しかし、リンドの目には、彼女が人を安心させる様に柔らかく微笑みを浮かべていた気がした。

 それにリンドが双眸を丸くしている間に、ミハエルがその場で目を瞑り始めていた。彼には、サラの感じた景色が、そして今の感情が、やはり分かるのだろうか。今まで眉間に皺を寄せているところしか見た事はなかったが、今は、リンドの目には少し寂しげにすら見えた。


『サラ──』

『大丈夫よ、兄さん。ちゃんと、ちゃんと居るから』


 ミハエルに見える光景、暗い、黒い場所。光を反射する物がない、真空の場所の様だった。だが、その暗闇の中で自分を通り抜ける様に星が巡り、流星群が自分に向かってきている様だった。光の奔流に思わず目を閉じてしまいそうだが、その光景を目に焼き付ける。これがどういう場所なのか、どんな意味を持つのか、それを考え続ける──


「ッ……!」


 泡でも弾ける様にその光景が終わり、自分の居る光景とのギャップで一瞬眩暈を起こす。ふらついたミハエルを支えようとミアが動くが、額を押さえつつも、もう片手を前に出してそれを止める。


「だ、大丈夫ですか!?」

「私の事は気にする必要はない……ただ少しふらついただけだ。それより、私が見た物を伝える事が最優先だろう……そうでなければ我々は骨折り損だ」


 いつもの調子で鼻を鳴らす。それこそが、彼にとっての心配はいらないという証明なのかもしれないが、愛想のなさと不器用さはやはり拭えないものだ。


「宇宙の様などこまでも暗い場所。だが、そこは星の様な光が流れ続けていた。上も下もない、方位も働かず、己がどこに居るか、どこに行くかのみが力となる。恐らく、本来ならば我々の活動領域にはなり得ない場所、それ程までに自分の立っている場所、存在する場所もすぐには感じられない場所だった。心して繋ぐ事だ。底のない井戸に手を伸ばす様な物なのだからな」

「そ、それでは、この世界から見て同一の次元ではない様な、それこそ突然宇宙に行ってしまったみたいな物ですよね……?」

「お前が宇宙だと思えば、そうなってしまうかもしれん。だが──」


 それ以上をあえて言わず片目を瞑る彼を見て、ミアは手の中の鍵を握りながら頷いた。


「私は、ただ葵さんを手繰れば良い、そうですよね?」

「やりましょう!その光景なら、私なんとなく浮かべられる気がするのよね!」

「皆さんがここまでやってくださったんですから、私も彼を取り戻す為に頑張らないと!お願い、力を貸して“分つ寵鍵ロストヘブン”」


 銀の鍵を握り、虚空に向けて回す。そこにリンドも共に手を握り、目を閉じる。ミハエルの言っていた光景を自分の中で確立させる様に。その中にいる彼の姿に想いを馳せる。


(アイツ、バカで、ブレーキが壊れてるところもあるけれど、繊細だから心細いでしょうね……そんな中で1人、今もがいているのなら、どんな場所でも駆け付けないと。だって──)


 光が強くなる中、放たれる力の重さにミアも踏ん張りながら。


(葵さん、いつも無茶ばかり。人の事を必要以上に考えて、いつも不安そうで。いや、ブレーキだけはちょっとおかしいところがありますが……そんな彼を、私だってたまには守られるんじゃなく──)


(私も彼を守りたいじゃないですか!!)

(私は彼の女神だもの!)


 光が増す中でも鍵は向こうから細工されている様に回りきらず、ミアはそれでもと両手で鍵を握って祈りを込め、そしてミハエルから聞いた風景を浮かべて力を込める。

 その最中に見えた光の先の光景、微かな裂け目からはミハエルから聞いた様な真っ黒な空間。それが見えた気がした。リンドにとってはそれが、一瞬見えただけでも良かった。手を伸ばし、裂け目に躊躇いなくその手を突っ込む──


「リンド!?待て、それは危険だ、呼ぶどころか巻き込まれかねないぞ!」

「底なし井戸にも届くロープを伸ばすだけ、それぐらい出来なきゃ、私は女神なんて語れないでしょうよ!!」


 そして、彼女の干渉によって穴が突然開き、ミアの鍵にも確かな手応えを感じさせた。その反動で一気にミアの身体に強烈な疲労感が襲ったが、そのリンドを見送りながらも、鍵からは手を離す事はなかった。


「お願いします、リンドさん!!」



 暗闇の中、辺りで瞬き続ける光の様な真っ白な少女。リンドは、確かによく知っている彼の手を掴んでいた。


「アオイ!!」

「リンド!?なんで、君がここに──」

「なんでかどうかなんて、今はどうでも良いじゃない!そんなの、些末な事よ!わ、私が最後に見た貴方は、すごく、大変な事になってたんだから……ッだから、私より貴方のことよ!」

「それは、そうか……な、何だろうね。俺も大変な思いをしたなぁって気はしてるけど、君達にかけた心配の量と比べたら平気だったよ」

「平気なわけないでしょ!アホ!!」

「ご、ごめん」


 いまだに目を丸くしている葵は、彼女の手を引く力の強さにも驚いていた。この状況に焦りと不安を抱えている事が伝わるのだ。まだ、再会出来たと言い切れない状況なのは、確かに間違いないだろう。


「心配してたんだから、言いたい事いっぱいあるんだから、早く帰ってお説教させなさいよね」

「……うん。お説教されるのも、今は悪くないね」

「いつも無茶ばかりなんだから、言っても聞かないんだから仕方ない事よね」

「あ、甘んじて受けます……」

「──貴方は、1人で平気だったの?」

「え?俺は……」


 連理に追いかけられ、魔王と対して、そして彼等という物にまた少し触れて。あの時間の事を思い出しながら、苦い表情を浮かべる。


「1人だと、どうしたら良いか分からない事ばかりだったから。平気では、なかったのかもしれない。俺は弱いから」

「今気付いたの?ま、弱くても良いのよ、私達がついてるんだから」

「すごく嬉しい言葉だけれど、これは2人だけの秘密にしよう。俺は、弱かったらダメだと実感もしたから」

「強くて損はないわよ。選択肢が増えるものね」


 リンドの手を握り返しながら、葵の足取りは先程よりもしっかりしていた。冷たい手だが、柔らかく、確かにここで生きている存在の手。この世界に来てから、最も長く一緒にいる彼女の示す帰り道、ノアへの道。砂の遊歩道は2人が歩くために正しく舗装された。

 葵は振り返らなかった。自分の弱さの理由の1つ。帰り道が遠く、長くなった理由は分かっていたが、自分の感傷が足を引っ張ったのならば、今はそれを置いていく方が良いに決まっている、と──



「うわああぁぁぁぁ!!!!」

「きゃあぁぁぁぁぁ!!!!」


 しかし、そんな冬の夜道を歩く様な寂しげな空気を交えた気持ちを吹き飛ばす様に、2人はあの空間から出る時は転がり出る様な形での格好のつかない脱出となった。

 あわやミアも含めての激突となりかけたが、横からアダムが体当たりする様に2人を確保し、事故が起きる前にミアは鍵で閉じる様に回した。彼等が鍵の指定した境界上に開く時、あるいは閉じる時に居たら、そのまま切断される。目的が達成された以上は時間切れを待つより自主的に閉じた方が安全なのは確かだ。


「はぁ……はぁ──」


 鍵を向けたまま尻餅をつき、肩で息をするミア。葵の手を握ったまま目を回しているリンド、同じく彼女の手を握ったまま目を丸くしている葵。彼の救出が成功した喜びよりも、この奇妙な光景に呆気に取られる者が大半だった。

 葵は辺りを見渡してから、皆の視線に少し恥ずかしそうにしながらも、安堵の息を吐き、ようやく口を開く。


「皆さん、ありがとうございます」


 その言葉と同時に、ミアが飛び込んできて「うぉ!?」と小さく声を上げる。

 そんな彼女の目の端に微かに浮かぶ涙に気付き、黙って離れるアダムと彼女とで視線を変えた後に、思わず笑みを浮かべる。不謹慎かもしれないが、自分の為にここまで心配してくれる人がいる事が嬉しいのだ。この世界でゼロから築き上げた関係の中で、そこまで思ってもらえている事が、上手く言葉にできないぐらいに嬉しかったのだ。


「本当、貴方が無事で……ッよか、良かった……!」

「──心配かけたね、でもお陰で助かったよ。本当に、ありがとう」


 葵は今、ノアに帰還出来たのだと強く実感したのだった。

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