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永劫の勇者  作者: 竹羽あづま
第4部オルフェウスの挽歌
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第71話: 魔王、汝の名は?

「くそ!ちょこまかと!!」


 2人が睨み合い、その末に葵が選んだ行動はまさかの逃亡であった。近くの木に触れながら走り、横から迫り出す木製の壁を展開して進路を阻害しながら。時には低い位置に、時には高い位置に、地についてる間は逃げる様子を目視し辛い様に。


「何が前進よ!!逃げるくせに!!」


 無論、それに付き合う義理のない連理は木の壁の上まで風で着地し、飛び移りながら足裏から発生させた風で一気に追い付こうと──


「!!アイツ」


 その背は見えたが、葵が滑り込んだのはまさかの室内の方である。葵の目から見ても、連理がこの場所の破壊は避けていたのが分かったのか、派手な動きが出来ない場所へとフィールドを変えることにしたのだ。


「っ!勇者のやり方じゃないでしょ!!くそっ!!」



 相手の善意や情を利用する様な方法ではあるが、自分への慈悲よりは彼女にとっての仲間への配慮の方が賭ける価値はあった。口振りから関係性は良好ではなさそうだったクライルについても、先程ああ言っていた。加えて、ギュンターと連理のやり取りを少し盗み聞きしていた葵には、それが弱点になるという確信すらあった。

 もっとも、葵が好き勝手暴れられるかと言われれば、そう出来ないのだが。出来るなら苦労はないのだが。


「それに、中からの方が屋根の上まで距離は稼げる!」


 魔王との遭遇戦になったらそれこそ詰みだが、この状況を把握してるはずの彼が見当たらないのは、少し気味が悪い。

 故に、何かある前に自分の目的のみ達成しようと階段を駆け上がる。


「室内なら戦えないわけじゃないんだから!!」

「くっ!もう来た!!」


 追って来た連理が風を駆使して身体ごと葵の背にぶつかってくる。避けるよりも早く激突した葵は階段で顎を打ちながら体勢を崩し、連理は葵を背の側から覆い被さる様に手をつく。


「さぁ観念なさい。今からでも大人しく降伏するなら許してあげる。今回は魔王様の指名だもの、本当にただ、許してあげるわ」

「仲間にもなる気がないし抵抗する気しかない俺を捕らえても、魔王の益にはならないかな……!!」

「正直、そう思うけどね。でもあの方の考えが私達程度で及ぶとは思わない。無駄な事は言わないことね」

「無駄じゃないよ、俺が苦手な意思表示をしてるんだから、ちょっとした前進だ」


 そう言うや否や、連理の脇腹に向かって突如として刃が伸びてくる。


「なにっ!?」


 回避する為に宙返りで避けるが、その結果葵の拘束を解く事となる。


「互いに譲れない物はあるってこと!!」


 連理が激突した瞬間、心器である刀を一度消してから右手を身体の下敷きにする様に脇腹の下から出し、連理が油断したタイミングを狙って刀を出現させたのだ。やけに内側を向いてる肩の違和感に気付かれていたら成功しなかった奇襲、内心では胸を撫で下ろす思いだった。

 そうして、一か八かに勝利し、自由を取り戻した葵は立ち上がると同時に走り出していた。


 この夫妻の別荘だった場所は2階建てになっており、2階にある部屋は葵も居た寝室と物置き場と、私室らしき扉と鍵のかかったサンルームだった。最も屋根に近付けるのはこの中ならばサンルームに思えるが、もっと即座に行けそうな場所を既に見つけているのだ。


(確か、ここだ!)


 まだ慣れない家の中、記憶を頼りに部屋に飛び込む。そう、物置きである。


「これじゃ時間稼ぎにならないかもだけど、ないよりはマシだ!」


 近くまで連理は来ているから時間はかけれないから、扉の前に置かれている古いチェストを少しだけ引っ張り寄せ、扉のつっかえ棒になる様に2本の箒をチェストと扉の間に設置する。箒が滑り落ちない様に先端だけ変質させ、より幅のゆとりがない様に金具を付け足して。

 そうしてから物置の奥に向かい始める。


「確かこの辺りに……」


 扉の向こうからドアノブを回す音と扉を押せない事による怒鳴り声が聞こえてきて、内心の焦りはより強まりながら、埃を被った梯子を立てる。

 ここを選んだ理由、物置きからは屋根裏部屋が見えたからだ。部屋から抜け出した後、この場所を探っていた際、見上げてみた時に天井の中に1箇所だけ上開きの扉が紛れていたのを見つけていたのだ。そこからならば、転移を利用すればほぼ直接屋根へと向かえるはずだ。


(ギュンターさんは外へと向かった以上、外からのルートもあったんだろうけれど、連理から逃げながら目的を達成するにはある程度の制限を受ける屋内の方が良い)


 屋根へと向かってる事はバレてないであろうだけに、見失わず捕獲する為にはもう一度外へと出られる前に葵と同じルートを辿らなければいけない。本来なら外から簡単に追いつける事も考えると相応の足止めを食らうに等しい。

 稼いだ時間を無駄にしない為に梯子を設置し、急いで駆け上がる。古びているからか、体重を乗せる度に不穏な軋みを立てるが、あくまでそれだけのことであり、難なく屋根裏部屋の扉まで辿り着く。

 部屋に飛び込んだ後は梯子を蹴って倒し、上扉の上に近くにあった木箱を乗せる。これでどこに行きたいと思ってるのかはバレた様なものだが、それは遅かれ早かれこうなっていたであろうから、もはや問題ではない。


「窓、くそ!立て付けが悪い!!この家の窓はどうなってるんだよ!?」


 開かないならば、窓のガラスそのものを軸に転移、直接外に飛び出て窓枠に足先を引っ掛ける。


「よし、いける!!」


 そのまま窓枠を蹴って跳躍、屋根の端に掴まり、よじ登る。回り道をする事となったが、ようやく目的地にまで辿り着けたのだ。

 流石に焦燥感もあってか、葵の息は上がっているが微かな安堵感が胸の内で湧き出て──


「ゴールだな、しかし少しかかったか?」


 しかし、安堵感を容易く吹き飛ばす存在。手を差し伸べながら、涼しい顔でそう告げる者がそこに居たのだ。


「考え事ばかりしていたな、お陰で目的はすぐに分かったわけだけれど」

「っ魔王!!」

「落ち着きたまえよ、勇者」


 差し伸べられた手は取らず、半ば転がる様に屋根の上に飛び出て、魔王の傍を通り過ぎる。足元を見れば、焼け跡の様に燻んだ魔法陣がそこにある。目的を果たすにあたって最も重要な物がある事を確認出来たのに、今はそちらより意識を向けるべき存在が目の前に居る。

 こうする事を読まれていたならば、ギュンターの使ったであろう外側のルートから回れば魔王は容易に先回り出来るのは確かにおかしくはない。だが、書斎の前での遭遇といい、どこまでが掌の上かが分からないのが厄介なのだ。


「よくコレを使うところにまで辿り着いた。それに、都合良くその本に辿り着いた事も……でも、それも貴殿の中で根拠があるわけではないから不思議なものだ。事象が貴殿の味方をしているみたいだ。いや、みたい。ではなく、ある意味でそれはただの事実なのかもしれないな。全く、困ったものだな」

「それなら自分はこんな所に連れて来られてなどいないと思うのですが」

「それも、何かの道筋の為に必要だったら?」

「自分にはそんな意図はないですよ」

「貴殿にはなくとも、そうした意図を持つ者がいるかもしれない。そう思える様な時が何度かあったのではないかな?」

「わざわざ聞くのは、自分の心から引き出す為。そうでしょう?」

「分かってはいても、頭の中で繋げない事は出来ない。脳は賢い、必要に応じて頭の中にある膨大な引き出しから必要な物を取り出そうとする。だから、対話は力なのだとも。そうだろう?」


 事実として、相手が相手だけに言葉を弄するほどに葵が不利になっていく事は間違い無いだろう。連理との挟み撃ちになれば本当に勝ち目はない。

 葵は刀を構え、そのまま地を蹴る。葵の一撃目の袈裟斬り、屋根の端にまだ立っている魔王を相手にバランスを崩させる目的。屋根からそれで落とせたら時間が稼げる、かわすにしても位置が悪い。


「……早まるな。私と打ち合うにはまだ貴殿は弱い」


 袈裟斬りが繰り出される前に、数歩分だけ前進した魔王は腕の上がるタイミングを読み、身を微かに逸らして最小限の動きでその一撃を回避していた。

 だが、それそのものが目的ではない事も、読むまでもなく分かっていた。


「海に溶け、海は攫い、海は書き換える──」

(成る程、詠唱しながら攻勢に出て時間稼ぎか。確かに、これの場合は足元の陣を起動する為のスイッチの様な物。あくまで本体はこちらである以上は詠唱単体への集中力は通常の術よりは必要ない。が……)


 頭の中もその思い浮かべる場所と、この為に短時間で記憶した詠唱内容とで既に現在の処理能力は使い切ってるに等しいだろう。お陰で、そこから更に読める物はない。もっとも、現在の彼が成し遂げたい内容は見えてる範囲以上も以下もない、それならば魔王にとって対処は変わらない。

 そして、そうであろう事は葵にも分かっていた。相手が複雑な手段を取る必要がない事は利点でもあり、そして不利な点でもあった。そうした場合、地力が上回ってる方が有利な事に変わりはないのだから。


 反撃をされる前に逆手に持ち替え、身を低くしたその姿勢のまま突きを繰り出す。だが、それも上半身を逸らして回避され。魔王は葵のこめかみに人差し指を突き立てる。


「“私は静寂を愛する。彼等もまた私と同じ心を持つだろう。だから、どうかお静かに”」

「ッ!!」


 葵の喉が緊張状態の時の様に急激に引き攣る。テレビなどで見る催眠術の様に、そうなるはずがないのに、言葉でそうなる様に誘導されている様だった。心器も相手は出しておらず、普通の魔術でこれが許されるなどと、事象が味方しているのはやはり向こうの方なのではないかと思うほどだ。

 無論、魔王はそれで止まらない。もう片手で見かけに反した力を込めながら葵の手首を捻り上げ、こめかみから指を外したその手は葵の肩を押さえて叩きつけようとする。可能ならば、そのまま腕をへし折らんとする様に。


「ぅあ゛っ……!!」

「“無理に動くと身体を悪くするだろう。地に張り付いていれば、苦しみはない”」


 その過程で発生する激痛に悲鳴のひとつでもあげそうになる。加えて、地面に縫い付けられた様に身体が重くなった。

 思い付きの行動とは相性の悪い相手な事が恨めしい。そして、やはり手加減されている事が、力の差を感じさせられて悔しさすら感じるだろう。何故なら相手には目に見えない仲間が無数に辺りにいるに等しい状況なのだから。葵の方も、仲間の救出を待つ方が、あるいは賢明なのやもしれないが。


 だが、仲間はどうだ?今集落は安全とは言い難い状況だ。そんな彼等の助けを、連絡方法もなく頼って待ち続ける事は正解か?

 否、葵自身がそれを許すわけにはいかない。自分は人々に勇気を与える者なのだと、勇ましく、そして人々を笑顔にする者なのだと、皆の前で言った以上、それは正解ではない。

 ならばどうするか、簡単な事だ──


「き、ざまれた歴史もまた……ッ等しく嚼む!阻む、物あらば剥落(はくらく)の果て……貪欲の大口、ッ開こう!掌大になるまでっ」


 自分自身も言わばこの世界の為に構成された肉体に等しいならば、外からの干渉よりも自分という基盤の肉体を信じるしかない。喉が引き攣る事だって、思い込みに過ぎないのだと。魔王の手の届かない魔力、内側から力を借りて喉を動かす。

 喉が潰れようともこれを成功させなければならない。皆の元に帰らなければという執念のみで。口を開く度に腕を捻る力は強くなり、骨が嫌な音を立て、この先に起きる事を想像すれば冷や汗も出るが。葵は帰れさえ出来れば勝ちであって、腕の無事はそうであれば良いと思えど、最も優先するべき事柄ではなかった。

 片腕と頭に力を入れる様にし、魔王の顔を狙う様に足を振り上げる。それに気付き、即座に葵の腕を解放しながら陣の中央の位置まで飛び退く。


「素晴らしい力だ。いや、意地かな?この世界で大切な事だとも」


 しかし、たったあの一撃に対してあそこまで後退を選択したのは、ただの牽制ではない事を魔王は理解していたからだ。その証拠に魔王がその立ち位置のままならば、葵の踵に仕込まれた刃に裂かれ、装飾品等を箱の変質に使われていたやもしれなかったのだ。

 小さく息を吐いた魔王は手の中に1本の杖を展開する。彼の背程の高さのある黄金の杖には、蔦の装飾が五線譜を模して杖に絡みつき、上部は天球儀を模した形状となっており、中央には魔王の瞳と同じ色の球体の宝石が飾られている。そこから垂らされる白の飾り布にも、紅色のダイヤの模様が施されており、どこか高貴さを思わせる物だった。その象徴的な杖、それが何なのかは想像に難くない。


「孤杖カサンドラ。我が心器でお相手しよう……クライルへの手向けだ」


 そして、葵が体勢を整える前に杖が一振りされる。たったそれだけの動作だったが、たったそれだけの動作だからこそ──


「ぐっ!?」


 襲い来る攻撃の想像がつかず葵の身体は吹き飛ばされ、危うく屋根から叩き出されるところだった。それだけではない、まるで車にぶつかられた際に発生する衝撃のみが発現した様だったのだ。しかし、車よりはまだ優しいと言える領域だろう。

 だが、息は詰まり、肺が自分の役割を忘れてしまう。肋骨は折れ、時にはヒビが入り、血の塊が迫り上がり、詠唱の物理的な阻害がされる。それでも屋根から落ちない様に切先を立て、靴底がすり減りかねない程の勢いで膝に力を入れて、辛うじて落下を阻止していた。


「っふ、ぅ……ぐ、ぶっ……!ッ」


 だが、この状態で次の攻撃を受けるのは好ましくない。


「さ、ぁ……もう、迷う道はッ残されて、いない。方位、陽の位置、そ、れよりも……手招く道を行けば良い」


 血の泡を交えながらも詠唱を続ける。一言一言に鉄の味が混ざれど、それを止める事はなく。手元では刀を横に振り、鏡の刃を扇状に展開して射出する。


「ふ──」


 しかし、魔王は危機を感じる様子も、恐怖を覚える様子もなく、地面を地に立てる。迎撃の姿勢というには奇妙。しかして感じる威圧感に虚勢は感じない。

 その答えはすぐに示される。黒曜石の刃はおよそ30枚。回避範囲は限られている中でそれが一斉に殺到してくるのだから、決して簡単な攻撃ではなかった。だが、その刃は魔王に着弾する前に一定の位置で見えない壁にぶつかったかの様に弾けて破壊されていくのだ。結局、1枚たりとも辿り着く事はなかった。


「っ!!」


 そして、即座に訪れる反撃。引き抜かれた杖を軽く振り、葵の方に向けただけで、先程の衝撃が発生する。その動作を見た瞬間から葵は大回りに走り出していたが、それでも回避しきれない。発生と原理が分からない不可視の攻撃を相手にしているのだから。こめかみに、肩に、そして次に背から受けた衝撃で魔王の側まで吹き飛び、倒れる。自分の吐き出した血に濡れながら、葵は浅い息を繰り返す。


「──成る程、茶番だ。困ったものだ」

「互いに……邪神、に振り回されてる、に過ぎないって事だろ……ッ」

「ああ、そうだろうな」


 葵が喋る事を優先したことに驚きはない。そう、起動の為の第一段階の準備を終えた際の、陣の夜色の光が既に放たれているのだ。

 何も難しい事ではなかった。詠唱そのものは、出来る限り聞こえる様にした方が魔力との接続はしやすいが、向ける媒体が近い今回はとにかく詠めれば良い。だから、葵は視覚的に見えないタイミングを狙って、口を封じる手段に出られる前に最後の一節を口にしていたのだ。

 そう、衝撃波に吹き飛ばされながら──


『大喰らいの大海。貴方もまた砂とならないならば、歩め“砂の遊歩道”』


 ほとんど自分にしか聞こえない様な声で終えていたのだ。


「代わりに、今は先程よりも俺の声がよく聞こえる事だろう……」

「お察しの通りだとも。這いつくばってでも陣に触れれば勝ち、なのだろう?そうだろうな」

「その、通りだよ……足首も痛めちゃったからね」


 魔王はつまらなかったのだ。使徒よりも、邪神からの直の指令があり、使徒には与えられない指令があり、邪神級の者からは読心は出来ないが、それ以外の心は読めてしまう。兎にも角にも、退屈で出来ていたのだ。

 此度も勇者との戦闘の結果は不完全燃焼。後はこのまま背中から摘み上げて上がって来ようとしている連理に渡すも屋根から投げ落とすも自由。葵もいかに気を逸らすかを考えてるのが見えてる、これ以上は何もないと言っても等しい──


「……?」

「君の名前は」


 しかし、そう思っていた中で、読心によって先んじて魔王は目を丸くしていた。その反応から遅れて言葉を口にした葵は血塗れで這ったまま、魔王を真っ直ぐ見上げていた。


「魔王と呼び続けるのは俺の主義に反するから、ここから俺が逃げ出したら次に会う時はどんな状況かも分からないし、名前を聞くなら今しかないと思ったんだ」


 心を読んでも、確かにそれが本心であるという事が裏付けられるばかり。

 読めていても、そのたった1つの単純な問いかけは魔王個人を葵が思っている以上に驚かせたのだ。


「私は──」


 しかし、その瞬間葵は魔王の足首を掴み、陣にその足先を引っ張り込んだのだ。


「!!」


 虚をつかれた魔王は、陣の代償を受けた際の感覚で初めて片膝をつき、陣は紺碧の色に輝き出していた。


「魔力の代償を支払う人間は、詠唱者であるべきとは書かれていなかった。悪いけれど、君の力を貸してもらったよ!」


 そう、一瞬だけの隙があれば良かった。これもバレていたかもしれなかった。だが、偶然葵の頭に浮かんだ質問が、パズルの様にはまった事で、魔王の思考力はほんの一瞬だけそちらに奪われたのだ。

 その間に葵は転移を使って陣に入り、魔王を陣の外に逃がす様に突き飛ばす。


「──どうやってあんな嘘をついたのか」

「嘘なら読めるんだろ?さっきの言葉は本当だ」


 直視出来ないほどの光が辺りを覆い、陣がついに起動し始め、葵の姿が消え始める。


「俺は、滝沢葵。知ってるかもしれないけれどね。君は?」

「私は……僕はエリオス。エリオス・レーベンホルム。呼ぶ事はないかもしれないけどね」

「呼ぶさ。勇者と魔王同士、互いの名前を知ってるなら呼んだ方がサマになるだろ」

「ロマンチストだね」

「個を示すものを俺は大事にしたいなって思うだけだよ、エリオス」


 そうして葵の姿は掻き消える。ここから、辿り着けるかどうかはまだ彼次第ではあるが。

 静寂を取り戻した屋根の上、魔王は1人その場所を眺めていた。


「ま、魔王様!!勇者は!?」


 今辿り着いた連理は、出来る限りの破壊をせずに、葵の妨害を掻い潜る方法に手間取ったからか、息を切らしながらでそれを尋ねた。


「逃げられたよ。まんまと」

「う、嘘!?も、申し訳ありません!!私のせいで──」

「……いいや、ご苦労だったな、レンリ。付き合わせてしまってすまなかったな」

「え?いや、これは私のミスで……」


 魔王はそれに対して首を横に振ってその場から動き始める。連理にはその意味は分からずとも、こう言わずにはいられない。


(どのみち既に準備は進んでいるのだから──)


 葵が無事辿り着いて対策出来るか、こちらの手段の完成が先か。それは生存を賭けた競争なのかもしれない。

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