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永劫の勇者  作者: 竹羽あづま
第4部オルフェウスの挽歌
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第68話:戦慄の謀略

「勇者がいない、か」

「確かに、タキザワさんらしき姿は……見当たりませんね」


 クロエは辺りを見回す。肉片と血は散らばっているが、恐らくこれは聞いていた被害者達の遺体だろう。状態が悪かっただけでも気の毒だというのに、死してなおこの様な目に遭わされるのはあまりに理不尽に感じられた。

 日記にそこに至るまでの過程が、必然性があったとしても、それならば仕方ないとは思えない。人の命が失われやすい事は、死んで良い理由でも、ましてや死後こんな形で貶められて良い理由にもならない。


「クロエ嬢ちゃんよ、どうした?」


 ブランを伴って戻って来たヴィルガに背を軽く叩かれて、クロエは意識をこの場所そのものに戻す様に瞬きをする。


「いえ、この世界ってすごくクソだなぁと思っただけです」

「今気付いたのかよ?」

「知ってはいましたとも。でも、すぐに解消出来ない不条理を前にすると、クソだなぁ〜って言いたくなりますよね。愚痴みたいなものです」

「あぁ、そりゃまぁ分かるな」

「クソッタレだからこそ、その原因になる奴の計画を挫く楽しみが待ってるんだ。調査が落ち着いたら彼等を弔ってやろう。地球の流儀だ」


 その最中にも、リンドは気配を探るが望んだ様な結果は得られない。


「彼の欠片が少しでもあれば気配を感じられるのにないのよ……さっきの奴に持っていかれたとしたら、アオイは──」

「落ち着くんだ。それならアイツから勇者の名残を感じられたはずだろ?」

「そ、それは、確かにそうだけど……じゃあ、意図的にアオイを連れ去った人が居るって事!?」

「それしか考えられない。勇者を殺せない事が広まってるのなら、相手の最も適切な対処法は無力化だからな。が、それならそこまで遠くへ行く時間はないはずだが」

「ブラン様、皆様!見て下さい!」


 どの様に、どこへ、誰が、そう考えていた最中のその声は、答えかあるいはそのヒントになる物がある様に感じられた。

 顔を見合わせて頷き、すぐにそこへと駆けつける。


「何が見つかった」


 ブランに対する返答の代わりに、弟子の男性は石床の小さく欠けた箇所に指を引っ掛け、そこを持ち上げるとその全貌が(あらわ)になる。底が見えない穴と、そこへ向かう為の長い梯子。


「ここ、どうやら下へ続く梯子があるみたいなんです、さっきの戦いで削れたみたいで……」

「おいおい、つまりアダムが話してた内容の断片から考えて、アオイを連れ去った奴が利用したルートって事だよな?」

「不思議ですよね。それが何故民間人の小屋の地下に?」

「その経緯も、日記にあるのじゃないかしら?」

「そうだな、ブラン。その日記の内容は確認したか?」

「見てみるとするか。確かに、見て減るものでもないし」


 リンドとしては、見に行って1番安全である可能性の高い身だからこそ、この梯子の先を確認しに行きたかった。だが、この先は敵が利用している場所だと考えれば、迂闊な行動で仲間を巻き込んでしまう事は避けたかった。ほとんどの人に認知されておらずとも、地球側についた女神として、今彼等を支える立場として。


「……どうですか、何か関連のありそうな内容はありましたか?」

「ふむ、ライが聞いた内容に近いものだな。ある時を機におかしくなった事が分かる。しかし、大半が血で張り付いてたり、破れてたりで、決定的な物が得られるかどうか──」


 だが、ページを捲る手が止まる。


『──が来てからおかしくなった』


 ブツ切れになった文章の中で見えたそれは、彼等がおかしくなった理由は、先程の眷族の干渉が直接的な原因になったわけではなく、彼等が来たと認識出来るレベルのもの、つまり誰かと言える程度のもの、人間と言える何者かが接触してから狂い出したのではないかという事に行き着くのだ。

 その記述を傍で見ていた他の面々も同じ推察に行きついた様だった。


「普通の民間人の顔をして、集落に入り込んだ何かがそうなる様に仕向けた。そうなるわよね?」

「私もそうだと考えた。そして、結界の構造的に、何であれ入り込みやすい。異形や魔物ではない限り」

「待ちなよ。入り込むって、そりゃつまり──」

「魔王の使徒が、我々の合流前に集落に入り込んでこうなる様に広めた、って事が有り得るわけだ」

「じゃあ、この穴って魔王に報せに行ったたりとかする為の通路じゃないですか。まずいですよ」

「集落で聞き込みしてる奴等の情報と合わせる必要があるな……」


 まだ推察の域を出ておらずとも、その可能性が高い以上は思っている以上にまずい状況になっていて、それが今も進んでいる可能性があるという事はほぼ確かと言えるだろう。

 その誰かによって洗脳を受けた住民は、今どれだけ紛れているのか分からないのだから。



 一方、集落での調査を行う方のメンバーも会議の後、すぐに集落に降りて来ていた。


 ダルガ、ライ、ミア、轟、そしてノアの一般兵の数人の編成だ。防御隊のリーダーである彼が自らこの役割を買って出たのも、ノアに属してる期間としてはブランと同期であり、先代を知る面々を含まなければ古株である彼は、集落の住人との交流経験が多く、聞ける話が多いだろうという理由だった。ミアも理由としては似た様なものだ。

 そして、ライは──


「んじゃ、聞き込みをしていくわけだが、早速なんか聞いて来いって言っても多分困るだろ。えーっと、マナブ」

「出来れば苗字で呼んで欲しいっス!!」

「あートドロキ。なので、まずは俺が聞くから、その内容をメモする事。間で気になる事があったら質問もすると良い。基本的に相手も協力的になってくれるからハードルは低いはず。あと、分からない事があったらその度に俺に聞く事、分からない事を怒る方じゃねぇから1回聞いた事でも聞いて良いから」

「はいっス!!」


 轟の同行者を務めていた。有事の際に近接戦を得意とする武器でこそないものの、心器持ちであるという点と、轟と歳が近い事から彼が適任だったらしい。少なくとも先に小屋に出向いた方の面々と比べれば危険度の低い側であるから、ライもそれを拒否する理由はなかった。


(あっちの方だったらそもそも同行させるって話にはならなかったろうしなぁ……)

「どうかしたっスか!?」

「いんや、聞き込み始めるぞ」

「了解っス!!」


 そうして最初に声をかけたのは、湖で洗濯をしている恰幅の良い婦人だった。どうやら、中でもヌシ老人達とよく交流していた方だったらしく、幸先の良い出だしとなったと言えるだろう。

 ヌシ達がわざわざ結界の外で過ごそうとしていた事は、集落内でも奇行と思われていた様で、そしてそうする人達だけあって気難しい性格だったのもあって、彼等との関わりが深い人間はそこまで多くないらしい。


「だからアタシに声をかけたのは正解だねぇ!なんでも聞いとくれ!」

「じゃあ早速だけど、トマリ老人が像とか彫っていたり、この頃様子がおかしかったと聞いたんだけれど、他の小屋を利用していた方々も最近似た様子だったのか?」

「そうだねぇ、中でもおかしかったのはヌシとトマリではあったけど、他も心ここに在らずって感じでなんか変だったねぇ」

「その時ってその他の人達もこう、おかしな事をする理由について何か言ってたりした?トマリ老人は亡くなられた奥さんとの再会ってモチベーションがあったみたいだけど」

「ああ、似た様な感じだったね!それこそ先に亡くなった奥さんの事とか、孫に会いたいとか、それを叶える何かがって……おかしな話だよねぇ」

「そう言い出すキッカケ、言い出す様になった時に何か変わった事とかはあった?」

「うーん、その時期といえば新しい住民が何人か来たね」


 いわく、その時期に来た住民5人の内3人程は特徴的な要素を持つ人間だったらしい。

 1人目は、あまり外に出たがらない女性。2人目は、変わった生物が大好きな男性。3人目は、寡黙で他者を寄せ付けない雰囲気の男性。それ以外の2人は、普通の男女の様だった。愛想が良すぎるわけでも悪いわけでもない。そんな様子だったらしい。


 有り得るとすれば、その中の誰かが良からぬ物を持ち込んだという線だが、その印象のみの範囲だと誰もが怪しくなれそうで、誰も怪しくなさそうとも言えるラインだった。まだ聞き込みを始めたばかりの段階では、何も断定出来ないのは当たり前でもあるだろう。


「でもまぁ、アタシの知ってる範囲ではこんな感じかしらね……同じ集落の仲間を疑いたくはないし」

「そりゃそうだよな……悪いな、嫌な事を聞いて。協力ありがとうな」

「いいって事よ!アンタらが色んな大変な事を解決してくれてんだからさ」


 嬉しい言葉である事に違いはないが、ライは妙な照れ臭さを感じていた。元の世界にいた頃は感謝をされる事も、良い意味でこうした期待を受けるのも慣れていなかったから。


「ほい、トドロキ。代わりに期待を一身に受けといてくれ」

「マジすか!!プレッシャーすげぇっス!!」


 そうして、1人目を終えてから他にも聞き込みを進めていくが、聞ける話に大きな違いはなかった。

 像は時折配っていた事、木桶を持って歩いてるところを見かけた事、など気になる内容ではあったが、それがどう繋がるのかまでは分かりかねる内容だった。轟の書いたメモを見ながら、ライは首を傾げる。


「規模を広げようって意図は見えるんだけどな……」

「ライ先生ッ」

「喋りやすい様にして良いぞ、突っ張れ。ジャパニーズツッパリを見せてくれ」

「へい!!木桶の中に関してなんだけどよ、夜中に桶の中身をぶち撒けてる所を俺様は見かけた事があるんだ!」

「……マジか、それの中身って?」

「なんか、血とか異形とかの中身が入った物だったみたいで。爺さん達には悪りぃが、皆がビビりそうだったから俺様が掃除したんだ!なんか魔除けかと思ったんだけどよ」

「それは、つまり──」


 オカルトに詳しくないが、この世界には邪神という物がいて、それに類する物が実際葵やヌシ達を襲った後ならば実感もあってか、それが邪神等に向けた供物に当たるのだという事は分かった。

 だからこそ、1つの推論に行き着くのだ。


「小屋での一件は、あれはお試しだったんじゃねぇのか?」

「え?」

「小屋という結界の外、何が起きてもある程度おかしくない場所で実験をした、そしてそれが上手くいった暁には──」

『調査隊、帰還した』


 そのタイミングでブランによる帰還の報せは好都合だった。あちらで拾った情報も含めてで、少なくとも目的までは確定させられそうだったから──



 轟がいつも武勇伝を語っていたという集会所に集まり、皆の情報を共有するところから話は始まった。


「じゃあ、まとめるぞ。まず、今回の被害者であるヌシ老人達は、何者かによって自分の望みが叶う、それと似た様な何かを言われた。それを達成する為ならなりふりを構わない様な精神状態だった事から、洗脳を受けていた事は違いない」


 ブランはここまでは良いなと皆に確認を取り、首肯が返ってきたのを認めれば、続けて口を開く。


「そして、その達成の為には邪神の眷族の召喚が必要だという事にされていた。その為に触媒の一種と思われる像を彫り、供物である血肉を集めたり撒いていた。その像は各家に配られていたそうだな、ダルガ」

「ああ、ミア嬢ちゃんの調べでは、アレ自体は今の所木彫りの像以上の何者でもないらしいが、あくまで今はってところだろうな」

「アレ自体が一種のマーキングなんじゃないかと私は思うんです。像の中には毛が1本入れられていたので、そうした意味合いは込められていると思うんです。誰の毛髪かは分かりませんし、邪神との繋がりは分からないんですが……」

「だが、マーキングは私も同意だ。お迎えする準備云々とこの日記で書かれていたわけだが、どこでお迎えするか、これが恐らく重要だろうな。確定事項ではない事は前提として分かってて欲しいが、端的に言えばこれを吹き込んだ奴の目的は、集落を崩壊させる事だろうな」


 これまで合わせた情報から、この場にいたほとんどの者が考えた物ではあったが、いざその言葉を聞くと、皆苦い顔を浮かべる。

 何せ、ここまで潜り込んでいるのならば集落にいる人達の大半は戦闘力を持たない人間ばかりだ。魔王陣営からすれば、魂という餌が無防備に集まってる様に見えるのかもしれないが、それにしても非戦闘員を積極的に虐殺する様な狙い方は、非道に思えた。


「つまり、この集落そのものを陣に変え、民間人を生贄にしつつ召喚、そんな所か……向こうには眷族が味方につき、こちらは勇者が欠けていて士気が下がってる中で更に低下。完遂させれば最悪だな」

「アダム、でもその実行犯になるはずだった彼等はそれを終わらせる前に死んでしまったのよね?」

「ああ、だから次のアテがあったとしても、まだ時間は残されているかもしれんな」

「何せ、そんな大規模な術の用意、コソコソとやり続けるには必ず無理がでますからね……え?あの、アダムさん」

「えっとね、私が何故か見えるみたいなんだけど、私もそれは分かってないから一旦ね?ミア」

「そ、そうですね。失礼しました」


 ブランが咳払いを一度だけして、空気を戻す。この場においてアダムとミアだけが見えてる何かについて、気にならないと言えば嘘になるし、ブランは術を介して何かの存在は感じた以上は、いずれ知る事になるだろうとも思っている。だが、少なくとも今は置いても大丈夫な話だろう、とも。

 その最中にも、轟が微かに顔を青くしていた。集落の崩壊が目的、彼からすればそんな理不尽な災いが起こせる事、起ころうとしてる事を冷静に聞けたものではないだろう。


「そ、そんな事になったら、皆が……やべぇんだよな?」

「ハッキリ言ってしまえば、そのまま何もせずに事を起こさせたら全員が死ぬだろうな」


 轟の脳内では、轟を突き飛ばした時の葵の姿。そして、彼を殺めた悍ましい存在が想起されていた。何が起ころうとしているのかを、具体的に理解しているわけではないが、アレを見た以上はあの恐怖と、抗えない暴力と殺意が皆にぶつけられるのだという事は理解出来る。

 足がすくみそうだ、想像しただけで震えが止まらない。止まらないが──


(怖い、そりゃ怖いが、集落の皆がそれで爺さん達の様になるのと比べりゃ、解決の為に動く方が全然平気だ、そうだ!夜中バイクで走り回った後のお袋の説教の方が余程こえぇし!)


 それで終わりならばエレンの前であの様な事は言っていないのだ。深呼吸を大きくして、心を落ち着かせる。


「……方法は、あるんスね」

「無論だとも。方法は2種あるがシンプルだ。1つ目、この事件の主導者である集落に潜り込んだ奴を倒す事、2つ目、儀式に必要な物を崩壊させる。どのみち、今回の様に洗脳された者が他にもいた場合は、両方を達成する必要があるわけだがな」


 例えば、召喚の儀式に使う陣が1つだけで作り上げる形ではなく、小さい中継点になる陣同士を繋げる形の場合だと、発見と解体は相応の手間になる。だが、希望がないわけではない。結界の外に出入りしてる人間がいれば、確実に目につく。ノアの人間なら、すぐにその違和感に気づくであろう事から、結界内でそれらの準備をしているであろう事だ。調べる箇所が外まで広がっていたら、流石に手に負えない。


「それこそ、集落内での交戦もあり得るわけですよね。むしろ、それも狙いの1つでしょうか、どのみちすぐにでもエレンさんに報せなければいけませんよね」


 ブランはクロエの提示した可能性と、提案、その両方に対して頷く。

 これ程の事をする計画性、そして実行力、そんな物を持つ者が、単独で自然発生したのだとすれば、様々な前提が覆るが、十中八九魔王の使徒が関与しているだろうと見当がつく。


 その想定の場合、彼等がわざわざ結界の外に出て戦う理由もなければ、集落を盾にした方が戦いやすいだろうという事実のみがある。そういう人格の集団と決めつけるわけではないが、人の命を供物にする人間が、その手段だけは選ばない理由など今更ないだろう。

 ならば尚更に、動くのは早い方が良い。船が飛び立てない可能性が高いのだから。


「んで、アオイの坊主の件はどうなる?」


 そう、拉致されているであろう葵の事だ。

 集落の件が急務である事は事実で、対策の目処がある程度立っているのも、被害規模が現時点で大きいのもまた目前の集落の方だった。

 だが、葵がいないという問題は大きい。彼がこのまま敵の手にもし落ちていたら、地球を救う術を失うに等しく、今この瞬間にも葵を完全に無力化する手段を行使されているかもしれない。戦う1番の目標達成には彼が必要なのだ。


 だが、大きな問題が立ち塞がる。彼の救出難度と、その場所の目処が立っていない事。小屋の地下から行けば、彼を拉致した者達の場所に行き着く可能性は大きいが、相手もまたこちらが飛び込んでくる事を想定していないはずもないだろう。救出の際の戦闘で最悪の結果が待ってる可能性は大きい。

 だから、見捨てるという判断になってるわけではない。純粋に心境的にも助けたいと思う者も多いが、事実としてその難題に、目の前の危機と共に向き合うのが難しいのだ。


 もっとも、それで終わるならば、ダルガのこの問いかけにブランは詰まったかもしれないが、既に小屋の方である程度の方法は考えられていた。

 ブランは、アダムが声をかけていた方、誰もいない様に見える方に視線を向け、そしてミアの方にも視線を向ける。リンドは小さく頷き、ミアは目を丸くしている。そんな2人を見やった後、腕を組んでブランは微笑んだのだ。


「危ない目に遭っている子供を、見捨てるわけないだろう」

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