第66話:轟学の覚悟の形
集落での事件が発覚した後、ノアでは緊急で会議が開かれる事となった。その内容は無論、集落で起きた事件のことだ。老人達の奇妙な死、その直前の彼等の様子の急変、そして召喚された謎の存在と、それによって葵が犠牲になった事。全てが民間人に恐怖と絶望感を与える為の出来事だ。早急に打てる手を考えなければいけない。
「ま、魔力の探知ではそれは、読み取れてなくて……その、あの、つまり邪神とかの存在を構築するものは、我々にとって異常な物であったとしても、それは魔力で構成されているとは限らないんです。あ、あくまで船で探知出来るのは魔力だけ、なので……その何かを呼ぶ為に使われた彼等の魂は、何かにとっては貴重な食事だから残り物すらなかったので、魔力も生成されていない、という事になります……恐らく、ですけど」
エミナの推察を聞きながら、苦い顔をする人々。だとしたらその予兆すらも読めなければ、残滓から探る事すら出来ない。そもそもが対処可能な相手なのかすら怪しい中では、とても悪い知らせだ。
しかし、その空気を変える様にミハエルが咳払いをする。
「彼女の見解で私も大方同意ですが、勇者が辿り着いた時には既に彼等は遺体になっていた、しかしその何かが実際に姿を現すまでにはラグがあった。彼等が生贄で、それが最後の鍵だったのならば辿り着いた時にはもう姿を現していたはずです」
「つまり、起動の為の何かが必要で、そこに魔力が作用していた可能性が高いとお考えなんですね?」
「その通りだ、ミア。そこから先の起動の手順が複雑であった場合、それを知っている人間が生贄になった後では起動は出来ない」
「待てよ、それじゃあ完全にトラップ用にしかなってないじゃねぇか。折角そんな大層なもん用意しておいて、通りかかった奴の魔力をちょっと貰って起動、そして少しだけ暴れたらすぐ帰るって。本当にそれだけが目的なのか?それに、それで予兆を探知出来ても、ここから探知した時点でもう被害が出た後になる」
「サラの力を借りれば……待て、今回はあくまで結界の外だったが、集落内で次が来たら──」
「そしたら、座標による攻撃は出来ないわね。辺りを巻き添えにも出来ない」
そして、そもそもが結界のシステム的にも有効ではなかった。結界自体が外から来る害意を物理的に弾く物。では害意とは何か、それ自体が人によって曖昧な物であり、事実としてその纏まっていない状態で展開すると強度はプレパラートに使われるカバーガラスと同じくらいの繊細さになる。加えて、覆う範囲が広くなる程に魔力の行使による負担や消耗は大きくなり、維持出来る時間は10分にも満たなくなる。
魔力の維持は魔石でするしかないが、強度はどうするか。それは単純な方法だが定義を明確にして術を展開するのである。集落の場合は集落に向かう害意、つまり集落への破壊行為に対する守りを基準にしているのだ。どこの、何を、どこまで、それらを明確にしていると一定の強度が保証される。
だが、今回の場合はそれが裏目に出る。サラの見た感覚からミハエルの放つ座標への攻撃を行おうにも、彼女の視点はより高いところから行われる物であり、結界の上からの攻撃になる。加えて、それが集落内に向かうとすれば、威力が勝ってしまえば結界を叩き割って集落を無防備にしてしまい、弾かれてしまえばミハエルの消耗が割に合わなくなる。そうした難点が発生する。
そして、結界は内側から弾く事は出来ない為、内部から発生した害意に対しては無防備である。様子のおかしくなった住人には害意はなく、彼等は召喚の準備をする為の出入りが出来た。
では、他の住人もそうなっていた場合は?それらの前提があるだけに、今回はより厄介な話となっているのだ。
「まずは、月並みではあるけれど集落内の聞き込みが必要だと思うわ。調査の方に出向いてるメンバーとの情報も合わせてもう一度考えるべきよ。皆のプライベートを侵害するのは気が引けるけれど、ある程度の事情を話して了解を得た上で家も探る必要があるわ」
「もしも、民家の中にその準備してる物があったらと思うとおっかねぇ調査になるな…くわばらくわばら」
「ですね、相手の意図も分からないままですし」
「んま、意図なんざ今は判断材料もないからな。それ使って人殺そうとしてるから止める必要がある。今はそれで十分じゃないか?」
「そうですね……被害は、出た後ですし」
「そうだよな。民間人を狙ってやりやがったからな。戦いではなく命そのものが目的の奴等が俺達の敵とはいえ、それを分かってた事だと済ませてやる義理もねぇ。アオイもやられたんだからな」
「はい、こんな事を出来てしまう物も、人も、許せません。私も、出来る限りの事をしたいです!誰かが死ぬ所を目の前で見るのなんて、もうごめんですから」
平静を出来る限り装うとはしても、ミアの中で人魚の町で殺したエリアの事は重くのしかかっていた。この世界に来て長い方だが、自ら手にかけた事などなく、むしろ命を救う側としてやってきた身としては、相応にショックが大きかった。そのトドメはライがした物だとしても、そうさせた、そうなる様にした、という罪悪感から逃れられる物ではない。
先代と別れた後を思い出すくらいに生死に敏感になっている自負は、彼女にもあった。ましてや、罪のない人の無惨な死と、葵の死が重なったのだから。
「ちょっと待ってくれ!!いや、失礼します!!」
重い空気を割くように勢い良く開かれた扉と大きな声に、驚く人や、眉を寄せる人、反応こそ様々だったが皆がその声の主の方に視線を向けていた事は間違いない。
「と、トドロキ君?ここは関係者以外は今は入っちゃダメなのだけれど……」
彼が何をしに来たのか分からないままだが、ひとまず伝えておくべき事をエレンは口にする。
だが、轟はそれを聞き終える前に頭を下げていた。
「すいやせん!!ここが入ったらダメなのは分かってたんスけど、どうしても頼みたい事が出来たんで失礼を承知で入らせてもらいやした!!」
「頼みたい事?今じゃないとダメなの?」
「そうっす!!オレも、この事件の調査に参加させて欲しいっす!!頼みます!!」
「えぇ!?」
エレンの中で迷いはなく、すぐに断ろうかと口を開こうとしたが、それよりも先に眉間を押さえていたミハエルが口を開いた。
「──良いか、命を落とす可能性が高い案件かつ、自衛の手段もなく、緊急事態にも思考を止めずに行動をし続けられる事への慣れもなければ、訓練もされていない者には荷が重いんだ。私達がそれではい分かりましたと言ってお前を参加させ、それで死なせてしまえばどうなる?死んでどうする?」
「そ、それは、分かってるつもりっス!」
「分かってるならばこそ、引くべき時だと知れ。我々は専門家という言葉を使える程ではなくとも、場数を踏んでいて最低限の覚悟がある。我々には対処をする義務がある。お前にはそのどちらもない。足手まといになるよりも、守られてくれる方が助かるというものだ」
「ミハエル、貴方ねぇ──」
「それとも、勇者と祭り上げられた事こそが義務だとでも言うのか?」
民間人である轟に対して厳しい対応をしている様だが、彼を参加させる方がリスクが大きいのは間違いない。ノアにとってのリスク、という以上に彼自身の安全が保証出来ない事のリスク。ミハエルも、ただ民間人たる彼を死なせるわけにはいかないという一点でこう言っている。意地悪の為でも、八つ当たりでもない。
もっとも、彼は日頃から言葉が強いところがあるから、彼を突き放すための言い回しをしているわけでもないのだが。
「責任っス!!」
しかし、轟にとっても引けない理由があった。
「勇者だと思われて、人から珍しくすげぇ尊敬されてすげぇ舞い上がってたっス!!そんな立場を初対面の人間に持っていかれるのが悔しくて、滝沢に勝負挑みやした!!その結果が、今回の事件っス!!」
「でも、轟さんが悪いわけではありません。責任を負うとしても、貴方がちゃんと生存する事が責任を全うする事だと思うんです」
「それも、そうだとは分かってるっス!でも……オレが挑んだ勝負の末に、滝沢はオレを逃がして犠牲になった。それでクソビビって、動けなくなって、くっそ吐いて……集落の皆に言ってたんスよ、どんな奴が来てもオレ様がやっつけて平和を取り戻してやるって。なのに、この有り様で、皆の期待滅茶苦茶裏切ったっス!!」
「でもね、トドロキ君。皆だって期待してるからって命を賭けろとは言わないし、言えないと思うわ。ここでその選択をわざわざしなくても、貴方は責められないし、貴方は貴方自身を責めなくて良いの。勿論、その気持ちは尊重してあげたいけれど──」
「ヌシの爺さんや皆、調子乗ってたオレを叱ったりしながらも、よく面倒見てくれてたっス。滝沢も、そんな爺さん達の事心配して色々やってくれてたっス。でも、そんな世話になった奴等が、皆犠牲になった!オレの周りで!オレだけ何が何だか分からないまま!!仮にも、勇者名乗って、皆にもそう呼んでもらったオレは、そんな奴等に助けられて良かったと思える奴になれないと、地球に安心して帰れねぇっスよ!!なので、頼みます!!参加する為にここの仲間にならないといけないなら、なるっス!便所掃除でも、なんでも!戦いの訓練も、なんでもやるっス!!」
再度、深く頭を下げた轟を見た会議室の面々は、その後に顔を見合わせていた。
情に負けて折れたとしても得られるものはないと考える者もいれば、民間人からノアの人員になった事例も少なくない事を考えれば、調査に同行させずとも仲間入りぐらいは認めても良いのでは、と考える者もいる。どのみち、最終の判断はエレンの決める事だ。ミア達の視線の最後の行き先は共通してエレンの方となった。
「……家の方の捜査は危険だけれど、聞き込みに参加してもらうなら構わないわ」
「か、艦長!?」
「集落で顔が広い様だし、そんな彼が不安な顔をしているよりも、事件の解決に積極的な様子を見せている所を皆が見た方が幾分か安心出来るはずよ。何か隠している事がある人も、我々だとするであろう警戒がトドロキ君相手なら油断をしてくれるかもしれない……無論、これに参加する為にはノアの仲間となるのは大前提よ。それと、同行者はつけるしその人の言う事は守る事」
「は、はい!!」
「貴方は集落に常駐するノアの人員となってもらうわ。ひとまずは、臨時としてね。この件が落ち着いた後、貴方がやめる選択も残せる様に」
「あ、ありがとうございます!!オレ、滅茶苦茶頑張ります!!」
エレンは情に負けたというのがゼロとは言い切れなかったとしても、言葉にした理由も紛れもない本音だった。
ノアの人員も生まれつきの戦士でもなければ、地球にいた頃は戦いとは無縁だった人の方が大半である。その中でもメンバーを今の数だけ集めたのも、スカウトの事例はあれど自主的にやると言い出した人がいたからというのは大きい。
それを考えれば、轟だけはやはりダメだという理由がなかった。警告はしっかりした以上それも織り込み済みであるという前提はもう出来ているのだから、尚更だ。
それを分かっているからか、眉を寄せたままではあるものの、ミハエルもをそれ以上何も言う事はなかった。
「調査隊は既に動いてくれてる。方針が決まった以上はこちらの編成も急ぎましょう、家の方の捜査は心器を持っている人は優先的に回したいと考えているけれど──」
調査隊。例の事件が起きた小屋で葵の回収をするのは大前提だが、少しでも今回の事件と邪神との繋がりや、これを扇動した者の目的を探りに行く為に組まれた隊であり、相応の危険が伴う事から戦闘能力にある程度の信頼が置かれている面々のみで構成されている。
ブラン、ブランの弟子達数人、ヴィルガ、クロエ、そして──
*
「ノア別働隊の隊長、アダムバルト・バウルだ。だが、此度の調査隊の隊長を務めるのはブランだ。私は隊長の命令に従うとしよう」
ノア別働隊、この世界に降りたばかりの人間の捜索と保護が主な任務である。早くに接触する事で、邪神や魔王達の誘惑に毒されないようにするという目的もあった。
別働隊の特徴は船が生まれる前、先代勇者がいた頃のメンバーが多い事が特徴だろう。つまり、この世界での経験が多い実力派の面々に、独自での判断や行動を出来る自由を与えているのだ。エレン達の移動は船での移動が主となるが、抱えてる民間人や、動力の意識の影響で赴けない場所は多くあり、それをカバーしてもらう為にも彼等が必要だった。
アダムバルト・バウル。彼はその中でも実力の点からもエレンやノアの人間からの信頼が厚い存在だ。
「お前がついてくれるならば、百人力だな」
「アダムさん、滅茶苦茶お久しぶりです。お元気そうで……ヴィルガさんは初めましてですよね?」
「ああ」
「紹介が遅れてすまなかった。人魚の町に居たと、エレンから聞いている」
「それでアタイの紹介はほぼ終わってる様なもんだけどね、アタイはヴィルガ。よろしくな、アダム」
移動中ながら、握手を交わす2人。その最中に警備隊に在籍していた頃の癖が抜けていないヴィルガは、アダムという男を品定めしていた。
顔立ちから察するに30代半ばだろう、ダークブラウンの髪を首ほどの長さで揃え、鋭い灰色の瞳は険のある顔の印象をより強めていた。その厳しさを思わせる顔立ちも余裕のなさと言うよりも、この世界で生きていく上での警戒状態を常に纏う事が出来るが故の物だと感じさせた。
黒い革製のコートに、同じく革製の茶色ベスト、インナーはシンプルな黒いタートルネック。白のズボンの上からはナイフホルダーを巻き、腕にも銀のガントレット、足にも銀のグリーブ、コートそのものにも衝撃を吸収する為の工夫が施されており、軽装に見えているが装備と言える物になっていた。
そして、何より服の上からでも、握手している手からも伝わる引き締まっているが鍛えられた筋肉はそれだけの戦いの跡を思わせる。
「やっぱ、大海を知るってのは大事だなぁ」
「なら喜べ、我々が今向かってるのはもっとおっかないものが居るかもしれない場所だぞ」
「ぶ、ブラン様。あまり脅さないで下さい」
「馬鹿者、脅しではなく事実だ。お前達は私の弟子だ、ここに着いてきて役に立つと思う程度のな、師匠に恥じない振る舞いを見せる事だ」
「は、はい!!」
「おぉ、飴と鞭ってやつですか。でと、実際突然ドーンって出てきて即死とか本当に勘弁なのですが」
「そうならない為の人選だ。これまでの経験を忘れず、冷静に対処する事だ。クロエ、出来るだろう?」
「冷静さには自信はありますが、アダムさんのお墨付きときたら図に乗りますよイェーイ」
「冷静さはどこに行った」
「皆、ついたぞ」
地下で起きた事の反動で多少の傾きが発生したが、葵達が訪ねてきた時とあまり変わっていない姿で小屋はそこに佇んでいた。そこで人が死んだ事など、小屋は忘れてしまったかの様に──
「地下に向かう際の隊列だが、アダム、ヴィルガ、クロエ、私、弟子共の順で行く。気を引き締めていくぞ、もうここは敵地だ」
*
4人の警戒に反して、小屋の中に入った時も、地下への階段自体も何ら障害はなく、スムーズに地下室の前までは行けたのだった。無論、予想していたよりも悪い方向に傾くよりも拍子抜けである方が良いのは間違いないが、状況が状況だから気味の悪さを感じずにはいられないだろう。
「聞いていた通り、瓦礫で埋まっているな。アダム、どう思う」
「まず、そこ現れた何かは消えてはいない。一度現れた者が大人しく帰ったのにはその場の理由があるだけで、何の手順も踏まずに向こうが納得して姿を消しはしないだろう。今回は前回の理由がここにはない、危険だろうな」
「前回の理由、か。トドロキ少年と、そして──」
「と、すれば。邪神との関連的にもタキザワさんの方でしょうね。それが何故退く理由になったのかまでは分かりませんが」
「そして、その当の勇者が害された以上は、地下室の安全などないと考えた方が良いだろうな」
そう言い、アダムは耳を澄ませると、何かの這いずる音が瓦礫越しに微かに聞こえて来る。次に、瓦礫の隙間から見える物がないか確認するが、こちらの方は室内の暗さのせいで何も見えず、成果は得られない。
「……このまま無計画に飛び込めば、壊滅は間違いないだろう」
「では、調査よりもお帰り頂くのが我々の目的となるか。しかし、そう言った術の使用は初めてだ。正直に言えば、想像がつかない。術として完成させられるという保証はどこから?」
「術者と補給役と制御役、分ける。術者はその無茶を想像出来る者がここにいる」
「ここって、何だ?ブランの弟子達の誰かとか言うのかい?」
「ま、まさか!ブラン様が出来ないのに我々が出来るなんて事ありませんよ!」
「何だ覇気のない奴らだねぇ……」
「それに関しては私も同意だが……実際のところ、アダムはどんな算段があるんだ?もし、何か手段があるのならば、その方法を採用しよう」
「分かった。隊長からの了承も得られたなら、尚更彼女に頼らない手はない」
彼女、この場にいる顔ぶれを指しているにしては遠回しにも思えるその言葉はに、アダム以外がその意味を図りかねて首を傾げていた。
「気付かない方が、幸せな事はある。知ってしまえば、心と現実が削られる。だからこそ、分かる様になった者はその気付いた世界と話す必要がある」
当のアダムは自分の隣の方に視線をまっすぐ向けたのだ。
「ここまで大人しく着いて来たんだ、手を貸してくれるな?」
その視線の先には白い少女、リンドの姿があった。
「──え?」
いや、むしろリンドの視線の先に目を合わせられる男が居たというべきだろうか。




