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永劫の勇者  作者: 竹羽あづま
第4部オルフェウスの挽歌
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第65話:魔王

──魔王


 それがどんな存在か、どんな脅威なのか、船の誰も知らなかった。使徒達が動けなかった時、魔王もまた例外なく封じられていた。

 そして、解放されてからも魔王自身が表立って動く事はなく、その影響でノアの側では魔王の情報はほとんどないに等しい。間違いないのは、あの使徒達を束ねることが出来る存在だという事だけ。


 そんな存在の元へ連れて行かれる理由は、魔王自身がただ勇者に会ってみたいからという。それだけの様だった。


「……まだ納得出来てない様だな」

「そりゃそうですよ、だって魔王が俺と話をしてみたいだなんて。俺は、すぐにそういうものかとは、思えません」

「アンタがどう思うとしても、魔王様はそうお考えなのよ。あのお方を待たせないで、口より足を動かしなさい」


 急かされても急ぐ事が出来ないのが現状だった。あまり絵面的にも良くなく、道徳的にも良くはない葵の遺体の解析による一時的な麻痺のようなものなのだから、葵の心境としては誰のせいでこうなっていると思ってるのか、と言いたい気分だった。抗議の意味も込めて、少しばかり溜め息を漏らす。

 しかし、魔王のいる所へ案内されているはずなのに、別の建物へ移動するでもなく1階に下って、1番奥の部屋に向かっているだけなのが不思議だった。暗く長い廊下があって、通った場所の燭台が灯っていく、魔王と対面する前の移動とはゲーム的な印象しか当然なかった。だが、いざ実際に魔王と会う時には、そんな物はないらしい。


 奥まった場所にある扉、その前で2人の足が止まった事から、そこにどうや魔王は居るらしい。何か騙されているのではないかと思うほど、あっさりと辿り着いた。


「この部屋の中でお待ちになられている。我々はここで待っている故、存分に語らってくれると良い。互いにとって、価値のあるの時間となるやもしれない」

「そう、出来たら良いんですけど……」


 上手いこと会話を進められたら魔王勢力、そして邪神についての情報を得られる可能性がある、またとないチャンスなのだ。

 だが、逆もまた然り。葵が口を滑らせてしまう事で、事態が悪化するリスクもあるのだ。葵の自負としては口が上手い方ではないだけに、むしろそうなる可能性の方が圧倒的に高い。身体の不調以前に胃が悲鳴をあげ始めている事に、気が遠くなりはするが、それでもノックの後に扉は開かれる。


「失礼します、勇者をお連れしました」

「案内ご苦労、下がって良い」


 そして、これも当たり前なわけだが、普通に返事が聞こえたのだ。人と同じ発声。そこにいる人、自分と変わらない人がいるらしい事に、改めて驚いてしまうのだ。

 ギュンターに促され、部屋の中に葵が入った後に2人とも一礼をし、扉を閉じる。退路が絶たれた。元よりここに連れて来られた時点でないものだったが。


 魔王が居たのはどうやら書斎の様だ。彼が座るのは玉座ではなく素朴なロッキングチェア。壁面の本棚に囲まれている様子からも、彼が部屋を支配しているというよりも、彼は普通にその部屋の中に居るという印象だった。


「初めまして、ノアの希望、地球の勇者よ」


 葵が想像していたよりも穏やかな声だ。おっかなさはどこにもなく、心から歓迎している様だった。

 そして、当の魔王の外見に視線を向ける。頭には小柄な赤と金の王冠、両側頭部からは黒い巻きツノ。白いマントを羽織り、宮廷服を思わせる金糸の装飾がされた赤い上着、フリルの胸の飾り、黒いベスト、白いパンツに黒の革靴が見える。それらが嫌味なく似合っていた。同じ現代人である事が疑われるほどに。

 よりそう強く思わせるのは、白い肌と腰下まで伸びたウェーブのかかった銀の髪に、真っ赤な瞳の存在だった。どこかリンドの事を思い出す様な浮世離れした雰囲気の男性だった。


「──思ったより、普通の人間で驚いた。そう顔に書いてある」

「えぇっ!?あっ!すみません!!」

「謝る事はない、そうした反応になる事は想像の範疇だ。座りたまえ」

「はい、では!し、失礼して……」


 コマ送りで再生された動画の様な動きで向かいの椅子に腰をかける。先程までより目線が合うだけに、緊張は増すばかりだった。


「ふふっ、人類の希望がその様子では格好がつかないぞ。私に対して警戒心を抱くのなればこそ、警戒心も擬態して隙のなさを演出せねばなるまい」

「仰る通りで……敵の将相手であるからこそ、確かにそうあるべきでした。しかし、とても恐ろしいものを見たばかりなので、俺……いや、自分の中から緊張が抜けきっていないのです」

「知ってるとも、我等が主の守護者相手だ。どうしようもなかっただろう」

「守護者、ですか?」

「言葉通りだとも。我等が主の部下の様なものだ。言葉にすればただそれだけの物で、親しみも持てようが、貴殿等とは程遠い存在だ。対話は通用しない」

「……どのみち、問答無用で殺しに来る生物なら、邪神の部下であろうと、なかろうと、恐ろしいとは思ってしまいますけれどね。親しみとか、以前に」

「そうであろうとも。生きたいという生物の当たり前の本能故の反応だとも……だが、貴殿の感情や、死因についての考察は、互いにとって今欲する物ではない。そうだろう?」


 穏やかな生活と趣味を感じさせる部屋の中が、急激に緊張の空気で張り詰める。殺意、敵意、憎悪、そのどれも感じないのに、確かに目の前の存在は敵であると意識をさせる。

 ここで気圧されている事を相手にバレさせてはならない。表情を変えずに葵はその言葉にただ頷いた。


「何故、ここへ連れて来られたのかも、まだ自分は知りませんからね。貴方達にとって有利な状況の中に勇者を単身連れて来たにも関わらず、それで自分をどうこうしていないのは、やっぱり不可解ですよ」


 厳密に言えば、意識がない間に身体を多少調べられた様で、それで数度死んだ状態になっていたのかその間の意識もなく、目を覚ましたら不調を抱える羽目になっているから何かをされてはいるのだが、それは細かい話として今は置いておくのだった。

 とにかく、話のペースを握る為にも先手を打たねばと1番の疑問を口にしたのだ。


「何故、などと。ギュンターから聞かなかったか?話がしたいから、その為には貴殿には健康であってもらわなければならなかった。それ以上の理由は必要か?」

「そういう物なのか、とは中々。魔王、貴方も分かっている通り自分と貴方は異なる立場にいますから、そうとは思えないんです。ここまで勇者を運ぶのだってリスクはあったはずなのに、それが目的だとすれば労力と見合わないと思うんです」

「……ふっ」

「おかしな事を言いましたか?」

「心にもない事を言うものだから。反対の風向きの風の中央に立った気分だ。髪も乱れるし、あまり気持ちの良いものとは言えないな」

「思ったままのはず、でしたが──」

「異なる立場?いいや、貴殿は私を見てそういう物と断ずる事が出来ない可能性を考えて、虚勢を張っているに過ぎない。疑問を感じているのは事実だろう。だが、貴殿が求める様な計画性があるのだとすれば、それを素直に話す義務もない。貴殿が言う通りの敵地で、貴殿の言う様な敵ならば、その良心に頼る様な考え方は悪手だろう」

「……まるで、知っているかの様に仰る」


 曖昧な笑顔を浮かべる魔王を見ながら、指摘された所が胸の内で強調される。


(思っていたよりも人間だった、声帯も、外見も、血管の色が見える、人間である証明になる。確かに俺は認識してしまっているんだ、魔王という生物なんて居ないんだって)

「そうだとも」

「っ!?」

「私も貴殿と同じだ、お得意の刀も、黒曜石も、私を傷付けるに足る刃だ。薄い皮膚の下には血が通い、血が足りなくなれば、死にもする。心臓が循環させる仕事をやめても死ぬだろう」

(さっきの俺の言葉に対する返事だ、戸惑うな俺!ペースに乗せられるな!)

「いいや、握るのは私の方だ。勇者。貴殿は私の前に来た時点で後手なのだよ」

「な、何故──」

「分かるから、だとも。貴殿が私を人間として認識して戸惑っている事、私に対する恐れがある事、貴殿自身が語っている。その上で、多分私を斬らなければならないなら、斬れてしまう今の自分をこそ恐れているという事も……だが、君の精神衛生上、勇者は必要な役割な様だ」


 そこまで見抜かれているのは、ただの偶然や、推察ではないという確信すら与えていた。そう思わせる事も含めて策であったとしたら恐ろしい話だが、そう思わせる為のブラフにしてはあまりにも葵の心境に対する解像度が高すぎる。


「さて、そろそろ貴殿の緊張感も高まって来た所だろうし、私からも話そうか」

「何を……」

「勇者は殺せないし、死なない。それ(すなわ)ち、主の元への鍵は決してなくならないという事。無論、我々は負ける事を想定などしていないが、勇者が危険である事に変わりはない」


 分かっていた事だが、こう改めてお前が生きている事そのものが不都合であると言われると、何とも言い難い気分にはなる。もっとも、その立場にこの体質が合わさっている事は葵としては都合が良い。これが他者であったとしたら、それが理由で命を狙われ続けたらこの世界では命が幾つあっても足りなかった事だろう。

 その事実を改めて認識し、葵は心を落ち着ける様に息を小さく吐く。そんな彼を見ながら、魔王は彼に気付かれない様な短い間だけ目を細めていたが。


「……なので、その解決手段として勇者には我々の仲間になってもらうのはどうかと思ったのだ。どうかな?」

「何故、それが解決手段になると思うんですか。どのみち自分はその要求を飲むつもりはありませんが、貴方達の側に置くのは、邪神の最も近くにその鍵を持つ自分を置くという事。それはつまり要求を飲んだとしても、自分の気が変われば一転して貴方達にとって最悪の事態を起こせるという事。不都合しかないでしょう」

「私には通用しない手だな、隠し通せもしなければ、今の貴殿では主が出るまでもなく、私に勝てすらしない」

「っ未熟である自負は、あります。でもそう言い切る根拠を何かお持ちで?」


 葵の問いかけに緩く首を傾けて考えた後、魔王はおもむろに立ち上がる。たったそれだけの動作にも葵は警戒心から神経を張り巡らせたが、彼の行き先は葵の前ではなくその逆の窓のある方だった。

 開け放たれた窓からは、乾いた風が吹き、見える空も雑巾を絞り尽くした後の水の様に濁った灰色をしている。


 だというのに、魔王はそんな光景を前に優雅に耳を澄ませていた。


「“泣いても良い、呪っても良い、その声を決して私だけは取り落とさない。だから、時にはただ美しく花火でも見ないかい?”」


 どこかに向かっての呼びかけ、葵には分からない先に向けての呼びかけの様子に目を丸くしていると──


「!?」


 窓の向こうで複数箇所での爆音。窓というフレームの先に見えていた灰色の空は赤く染まり、雲を払う。火の粉が落ちる音が続き、それは確かにまるで花火の様だが、空中で起きた現象の閃光はもっと、破壊的な力を持っていた様に思えた。

 遠い位置での現象だから室内にまで影響は及ばなかったものの、爆風が微かに部屋にも届き、その熱気は包む様なものではない。ぶつかってくる様な、恐怖を与えてくる。


 くるりと身を翻し、窓にもたれた魔王は葵の方に向き直る。逆光で見え辛いはずなのに、彼の浮かべている笑みに感情を感じられないのが、今はよく見えた気がした。


「ま、魔王。今のは──」

「魔力は、魂の欠片である事を人々は理解していても、それはただ使う為のエネルギーなのだとどこかで考えているだろう」

「……」


 葵も当初は魂という物と密接である事は、実感としては湧いていなかった。魂自体が実在する概念である確証もなかったのだから。

 しかし、魔力の中には人の心が宿っている事が今は分かる。自分の中に込められた魂達、動力となった人達の不安げな声。それを聞いてしまえば、知ってしまえばそうとは思えない。それは同時に、そこまで知ってようやく認識が変わる物であるとも言えるわけだが。少なくとも、自分の意見として肯定も否定もあえて何も言わない様に葵は沈黙を返事とした。


「そう、万能で、様々な事象を起こす為の起点となるただのエネルギーなどという物はどこにもない。彼等が例え魂の欠片であったとしても、もう生きておらずとも、その中に宿る意思は決して偽りではない……彼等と親和性が高い魔術の種類が攻撃的な物なのがまた、それの証拠だ。晴らせない悔しさや、恨みや、苦しみ、それ等を発散させる事に対しては前向きになってくれる」

「──魔術は、そんな彼等に語り掛ける物。自分自身を信じさせる為の言霊という意味だけではなく、彼等との対話、あるいは交渉の為にあるのが、詠唱」

「その通り。だから、彼等が乗ってきやすい文言とそうでないものの違いはあり、体系化し辛い術式は、本人の魔術の素養で補える物とも言える」


 魔王の前置きと、そしてこれまでの会話から、彼が葵に伝えようとしている内容の予測はついていた。だが、そんな事が有り得るのかと半信半疑だった。


(いや、心器の類なら……)

「心器の力ではない。私自身の力だとも」


 このタイミングで言われては、最早答えだった。


「お察しの通り私には人の心を読む力がある、それも生まれつきな。読心術、貴殿も知らない概念ではないだろう?」


 やはり、そうなのかという気持ちと、そんな物が実在したのかという気持ちだった。そうした力を持つ人が人目につく形で出て来ていたとしても、事前の打ち合わせで成立している物なのだろうと、葵は思っていた。

 この世のどこかにそうした不思議があってもおかしくないという思いと、あったとしても本物を見る事は生きているうちにはないだろうという思いとがあった。

 だが、ここでわざわざそんなドッキリをしかける事、ましてや今会ったばかりの葵を相手になど普通は成立しない。この世界という異常に遭遇したからこそ、それはあるのだと理解をさせられるのだ。


「だから、魔力も全て声として認識出来る。彼等の声に耳を傾け、彼等に語りかける、それが私の魔術、この世界と噛み合ったというわけだ。そこに加えて、私には私の心器がある」

「しかし、魔術にはそれを起こせるという自信、信じる力が不可欠なはず──」

「はははっ、そんなのは問題ではない。何が出来て、出来ないか、それは地球の尺度の話。私は魔王だ、生まれついての異常の側に生きる存在なのだから」


 窓の縁に両手をかけて優雅に微笑んでいる。傲慢さも、慢心もないままに、彼はただの事実を述べているのだ。

 使徒の順位が純粋な強さのみでつけられているとは限らないものの、今まで遭遇した中で最もその数字が低かったクライル相手ですら、最後に人魚達が助けに来てくれていなかったら溺死という形で相討ちになるところだった。

 つまり、序列を抜きにしてアレだけの力を持っている使徒達が魔王に対して反抗もせず、大人しく従わなそうな気質の者さえ従っているという事は、相応の力を持っていなければ不可能なのだ。無論、純粋な力のみでその頂点に立っているわけではないのだろうが。


「クライルを倒した貴殿の力を軽んじていない。ノアの面々も、強者揃いだ。たったそれだけで制圧出来るとは思っていない」

「でも、勝てる確信はあるから自分を引き抜こうとしているんですね?」

「勇者という旗印で保たれている集団、その旗印がまだ途上とあったら、幾らでも手段が浮かぶ程だとも。現に、市民1人を庇って命を散らしている間に私の前に簡単に連れて来られたではないか……いやはや、覚悟だけでは、そこはどうしようもないか」


 言われている事は間違っていなかった。自分の命は他者よりも消費しやすいと考えているのもまた事実で、それによって今回の様な隙を生んでしまった。しかも、ここを脱する方法すらまだ浮かんでいない。

 そして、それ等も含めて相手には読まれていて、今この様に評されている。


「だが、それはさておいても貴殿がこの誘いに乗るメリットは相応にあってだな。この世界で自由に生きる権利は無論のこと、この世界で誰を生かすかを決める権利も得られる」

「……はい?」

「魔物は無論、私は異形とも対話が可能なのでね、お望みならご家族がこの異世界に来られた時に手出しをしない様に出来るのだよ。複雑な感情こそあれど、ご家族が大切な様だからね」

「でも、ノアの皆はどうなるんですか」

「敵対勢力はどうしようもない。目的の成就の為に障害と刃を交わすのは避けられない道だ。貴殿が、クライルを殺した様にな」


 葵にとって嫌な言い方になる様に考えられた言い方をいちいちしてくる。魔王という地位にありながら、やり方が些かみみっちいのではないか、などと葵の中で不満が浮かんでくるほどだ。


「お断りします」

「断った際のペナルティがあったとしても?」

「お断りします。貴方がそれで制裁を加える様ならば、こんな回りくどい手を使う必要はないでしょう。ましてや、市民1人などと軽んじる様な言い方をする方に、自分の大事な人達の命を握られたくなどありません」

「……それが、貴殿の勇者という事か?」

「俺自身の価値観が、俺に与えられた称号に偶然合致していただけです。先程のご指摘の通り、俺は未熟者で、貴方に今すぐ勝てる人間ではないでしょう。ですが、貴方も、俺も、元は同じ地球人。貴方も、俺も、所詮はただの人間同士です。それは貴方自身も仰っていたじゃないですか。刃で傷を付けられるのだと。そんな生物が互いに思い通りにならなくとも、仕方ないじゃないですか」


 葵は変わった事を言ったつもりはない。むしろ、この言葉によってこの後の自分が、あるいは相手の用意した罠だとかによって仲間がどうなるか、と考えなかったわけではない。だが、どのみち妥協が互いに出来るのならば、この様な立場で相対してなどいないのだから、受けるはずもなかった。

 そう、相手からすれば失望も有り得る返事だったわけだが──


「…………本当に、そう考えていると?」

「俺、いや!自分の思ったままですが」

「そうか……そう」


 何かの琴線に触れたのか分からないが、ただ葵の方に視線を向けて沈黙し続ける時間が生まれた。

 その間、葵の手の平からは汗が滲み、思わず息を止めてしまい息苦しくなっていたりした。その時間を終わらせたのは、2人のどちらでもなく、ノックをする音だった。


「魔王様、トムス殿が来られています」

「分かった、すぐに行く。残念ながら、本日はここまでらしい。呼び出しておきながら、こちらの都合で解散となるのは申し訳ない」

「いえ、そんな。自分も、貴方のご期待には添えませんでしたから」

「さてな、取引という意味ではそうかもしれないな」

「取引という意味では……?」


 しかし、返事はされず魔王は葵の横を通り過ぎて扉を開ける。


「ギュンター、レンリ、彼を部屋まで連れて行ってあげてくれ」

「は、かしこまりました」

「そうそう、勇者よ」

「はい、なんでしょう」

「この取引にペナルティなどない、私は貴殿と話す為に来たのだから。それだけだ」


 都合良く気に入られたとか、好かれたとか、そうした物は感じなかったが。


(なんとなく、今の言葉に嘘は感じられなかった気がする)


 そうした確信だけはあった。彼の人柄を掴めたわけではなくとも、感情の動きに対して敏感で警戒心の強い葵には、なんとなく分かった。

 そうして、謎を残し、状況の打開策は見出せないまま、魔王との1度目の謁見は終わったのだった。

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