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永劫の勇者  作者: 竹羽あづま
第4部オルフェウスの挽歌
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第62話: 血の贄

 地下室に重ねて飾られた遺体、血と腐臭の香りで彩られたその場所は、不気味な静寂と地獄を描いていた。


「じ、……じ、じいさん?ぁ、あ、皆?こ、こんなの、夢、ゆめ、だよな?ゆめ、そうだ、夢にきまってる……」


 尻餅をついたまま唇を震わせ、独り言の様にそう呟き続ける轟の状態は、先程までの元気な彼を思えば痛々しさすら感じるほどだった。

 彼が元の世界でも見た目通りの不良の類であったとしても、こんな量の血も、ましてや遺体などと、慣れているはずもなく。慣れていない事こそが正常なのだ。極めて正常に苦しみ、極めて正常に怯えている。

 だが、遺体が見つかってそれで終わりではない。何のせいで、こうなったのかが分かっていないのだ。外から何かが来た痕跡もなく、彼等が死亡してからそこまで時間が経っていないはずなのに、遺体の状態が悪くなっている。それしかまだ判明していないのだ。そんなどこに危険があるのか分からない状況下では、動ける人間がその原因の部分を探らないといけない。轟を落ち着かせる様に彼に目線を合わせ、葵はしゃがむ。


「轟、俺は今からここの調査をしないといけない。でも、ここが今も危険な状態かもしれない以上、君は集落に帰った方が良い」

「ちょ、ちょうさ?」

「うん、そうじゃないと同じ様な惨劇が繰り返されるかもしれない。原因が分かれば再発は防げる。それに、お爺さん達がこのままでは浮かばれない」

「……」

「あっ!無論1人で帰らせたりはしないから。純粋に魔物とかの危険性もあるし──」

「へん、だろ」

「……え?」

「おかしいだろうがよ!!」


 まだ足を震わせながらも、葵の胸倉を掴む轟は恐怖心に打ちのめされながらも、悲しみと怒りもこもっている様だった。

  何故彼に胸倉を掴まれているのか分からない葵からすれば、困惑するばかりだ。自分の発言のおかしかったところを探ろうとするも、思い当たらずに戸惑いだけが強くなる。


「ちょっと、今そんな場合じゃないでしょ!?」

「そうだよ。とりあえず、落ち着いて、落ち着くんだ!」

「るせぇ!!人が死んでるのに、何でそんな平気そうな顔してんだよ!!」

「平気じゃないよ。心だって痛むし、怖いって思うし、許せないとも思ってる!でも、俺が落ち着いてないといけない状況なんだから仕方ないだろ?」

「お前の言ってる事が間違ってないかもしれねぇのは分かるがよ!!対処とか、そういうラインにすぐに切り替えられるのが、異常なんだよ!!」

「すぐに切り替えられてるわけじゃないよ、俺だって今この瞬間もどうしようって、考えて……」

「テメェにとって、ヌシの爺さんや、皆が知り合いじゃねぇから、平気な顔出来るんじゃねぇのか?」

「っ!?」

「オレ様からすれば、ただ6人死んだだけの事じゃねぇんだよ!!」


 葵にそんなつもりはなかった。この場において自分の判断の遅れが、より最悪の結果を招くと考えたから言っただけだったのだ。その方が、自分よりも不安な思いをしてる人を落ち着かせる事が出来ると思ったから。

 しかし、それは同時に人から見た際にひどく薄情なものに見えてしまう。状況判断を最優先にするという事は、制御を完全に出来るものではない感情という物を前にしては、普通に生きてきたなら実行が困難なことだろう。それが出来るのは、目の前の光景が特別感情的になる域のものではないから、そう思われてしまう事があるのもまた必然だった。場にそぐわずとも、状況に対して適切でなくとも。


 もっとも、葵の立場からすれば理不尽な糾弾であることに、変わりはないのだが。


「あ、アンタ!!それを今言う方がおかしいでしょ!?悲しむなとは言わないけれど、アンタも死ぬかもしれないって時に、助けようとしてる人にする態度じゃないわよ!大体、どう思ってるかを決めつけて、そこを責めるなんて卑怯じゃないの!?」


 無論、聞こえない事は分かっている。届かない事は分かっている。それでも、リンドにそれを言わないという選択をする理由はなかった。ここで黙っていたら、結果的に葵が間違っているという空気が完成してしまう。リンドは彼が繊細な人間であることをよく知っている。だから、この言葉はある意味で葵に聞いてもらっている様なものだ。

 当の葵は少しだけ下唇を噛んだ後、轟の手の上に手を置くことで離す様に促す。


「──俺の言い方に、配慮が足りなかった」

「ちょっと、アオイ!!」

「だからこそ、ヌシさん達の死を想ってあげられる君が、ここで死んでしまったら意味がない。俺は薄情者だと思われても良い。だけど、彼等も含めた集落の皆に君が必要なんだ。君が7人目の遺体(・・・・・・)となる事を俺は容認出来ない」


 あえて口にした7人目の遺体という表現に、葵自身の胸の内で罪悪感を訴える。

 その6人の遺体の内、誰がヌシなのかすら知らなければ、後の5人がどんな人なのかすら知らないのだ。知りたかった。出来る事なら助けたかった。だが、知らないから彼等全員の名を連ねて轟に何かを言う事が出来ないのだ。その事実を反芻するほど、先程の轟の指摘がひどく痛むのだ。

 それでも、弱音を吐く事は許されない。それが競争をしたキッカケになる称号を持つ者の務めなのだから。


「……くそっ!!」

「納得しなくて良い。だから、少なくとも今は君の返事を俺は待たない。落ち着いてからいくらでも責めて良いから……リンド、轟が動ける様になるまで彼を見ててくれるかな?」

「えっ、えぇ。まぁ、構わないけれど」

「ありがとう、じゃあ言ってた通り地下室を見てみるよ」


 そう言い、小走りで動き始める葵を見ながら、リンドは胸に手を当てる。彼のくれたおまじないの事を思い返しながら。その意味合いこそ違えど、彼が怒られてばかりだという事をふと考えて、胸の痛みを抑える様に。



 地下室の中はそこまで広くはない。少なくとも、葵1人で見て回るに困る程ではなかった。石床にぶち撒けられた血はよく見ると、多くは1箇所に向けて線のように伸びている。

 1番奥にある祭壇に向かってだ。血と肉がぶち撒けられた祭壇に対して言葉にし難い嫌悪感を抱く。神聖な物をこの様に汚す行為は、明らかに正常な状態でやる事ではない。


(鼻が曲がりそうだ……誰がこんな事を?休憩所を利用していた人がやったなんて、にわかには──)


 その祭壇の上を観察していると、血に紛れて見落としかけていたが、そこには本が置いてあった。

 触るのも気が引けるが、無意味に置いてあるとは思えず手に取り、開いてみる。血のせいで読めないページも多いが、読める範囲で目を通してみると、手記の様だった。


『野球の結果が知りたい、酒も飲みたい。異世界だかなんだか分からないが、定年後の楽しみは昼間からでも酒を飲みつつ試合を観戦する事だったというのに……』

『魔術だとか、魔力だとか、訳の分からない話ばかり。いつ帰れるのだろう。そして、我々に何をしろと言うのだろう。何をしてやれると言うのだろう』


 最初の方は言わば愚痴ばかりだった。その中に含まれているのは、不安や寂しさ、元の世界に対する郷愁。普通の感情がありのまま綴られている様子に、葵も共感を抱いていた。そうして、地球に思いを馳せながらページを捲っていく。

 だが、内容は特に変わらない。その次も、次も、次も──


「うん?」


 読めないページを飛ばしながら見ていく内に、手記の内容にも変化が訪れ始める。


『──が来てからおかしくなった。気付いたら無心で像を掘っている。頭の中に直接拡声器でも埋め込まれた様に響く、あまりにうるさい。頭痛が止まらない。皆もそうらしい。早く像を、像を作って、せめて頭を正常にしたい』

『忙しい、木だけじゃない。もっと──集めなければ』

『ようやく地下──出来た。これで──をお迎えする──備が終わった。我々は恐れを超えて──』

『祭壇に贄を、魂を、命を、血を──』


 ふと、上の階で見かけた像の事を思い出す。蛸やイカを想起させる触手と、その中に埋もれる様に縦割れの口が見えていた。胴体は分からなかった、毛糸玉の様なフォルムだったから。それを最初見た時は自分は知らない架空の生物を掘っただけの物なのかもしれないと思い、さして気にも留めていなかった。

 だが、読み進めていく毎に葵の悪寒が止まらなくなっていた。この日記そのものに何か魔術的な仕掛けがあるわけではないが、突然何かが起きて彼等が異常になった事、そしてその異常は演技でも何でもなく、何かに駆り立てられながら彼等はその行動を続けた。彼等が掘っていた、否。掘らされていた像が、読んでいく内に何かとても悍ましいもののマーキングに思えたのだ。


(祭壇に贄、命を、お迎え──)


 死体の方に視線を送ると、腐敗している中でもその表情が分かる事に気付いてしまう。

 満足した様に、幸せそうに、口は吊り上がったまま、恐怖で目が剥いているアンバランスさは、日記の始まりの時の彼等ではなく、しかして日記の彼等であると改めて理解させられるのだ。


 この様なあってはならない最期を迎えさせた何かが居て、それを迎える為に彼等はその身を捧げた。葵はこの世界の理不尽の中でも、これまではあくまで人の手のかかった物ばかりだったのだと思い知らされる。


(でも、結局何を呼んだんだ?彼等の死に方から察するに、既に呼ばれた後?だとすればもう移動した?)


 しかし、祭壇の後ろの壁を見て、それは楽観論だと気付く。


「血の、魔法陣?」


 それを見た瞬間、背筋が凍る感覚に襲われた。それはただの模様ではなく、それはただの露悪ではなく、それはただの警告ではなく、それはただの、無機物ではない。

 彼等は生贄となったから、あの様な死に方をしたのであって、わざわざその何かが手を下したからそうなったわけではない。儀式が完了したと言える段階が運悪くついさっきだとすれば?


 そう、なにせ葵自身も見た通り、何かが通った気配や痕跡など外にはなかったのだ。


「り、リンド!!早くここから逃げ──」


 葵の叫びと同時に魔法陣が青白い光を放ち始める。自分の背後のそれが活性化したのだと悟った葵は、無心で2人の元に駆け始める。


「な、何よ!!アレ!?」

「とにかくヤバいんだ!早く走って!!」


 轟を押す様にしながら走る葵と先導するリンド。

 葵の感覚としては、何か沢山の質量ある物が迫ろうとしているらしき事が分かっているぐらいだ。それ以上を認識すると正常な行動が出来なくなる気がしたから、恐怖で今度こそ足がすくむ気がしたから。


「轟も──」


 だが、不幸な事に出現の瞬間を轟のみが直視していた。魔法陣から粘着質な音を立てながら這い出てきた触手、そしてその先の本体と目が合ってしまったのだ。

 彼は大きい架空の生物を見ただけと言えるかもしれないが、彼はそれを見た時に、直視するべきではなかったと理解すると同時に思考が出来なくなったのだ。確実に敵わない相手、確実に死を与えてくる相手、知るべきではなかった相手だと、絶望という名で突きつけられて脳を支配されたのだから。


「あ、ぁあ……っあ……」


 轟だって早く逃げなければいけない事は分かっている。しかし、魔物や異形との遭遇もあまり経験のない彼が、在ってはならず、会ってはならない、そんな存在に対して免疫もなければ、咄嗟の正常な判断など当然出来ないのだ。

 そして、触手が彼等に殺到するまでの時間は1分も要さない。


(ダメだ、このままでは間に合わない。絶対に、確実に)


 最適解を求める葵の思考を阻害する様に、その先端が接触した感覚を彼は背で感じていた。


「──」


 その瞬間、葵は轟を突き飛ばし、自分の能力で辛うじて届く地下の入り口近くまで転移。しかし、それでも階段にすら至らない。


「っ!あ、アオイ」


 このままでは葵が助からない。そう分かっていても、彼が選んだのは民間人の生命。そうするべきで、そう選択する事も、確かに間違いはないのだろう。だが、リンドはそれでもという思いはある、ありつつも轟に駆け寄る。


「っアンタも、早く!こっち!!」


 先導していたリンドは、咄嗟に轟の腕に手を伸ばし──


「うわあああぁぁぁ!?」

「えっ!?」


 何もいないはずなのに、何かに腕を引かれてる感覚に悲鳴をあげる轟と、自分の手の中の感覚と彼の反応に驚くリンド。

 そう、こちらを認識出来ない相手に触れることが出来るのだ。


『君が触れるくらいなら出来る様になるかもって思ったんだ』


 彼のかけた、ちょっとしたお祈りの様な物。しかし、それが本当に力を見せたことへの驚きもさながら、リンドの為の彼の祈りが、彼を助けられない選択の時に発覚するとは、あまりにも皮肉な結果ではないだろうか?

 轟が振り払おうとする事もなかったから、リンドは彼の腕を引きながらそのまま走っていく。振り返るという一瞬の隙すら許されない。この地下室も、小屋も揺らしながらそれは迫って来ているのだから。


「リンド、ありがとう」


 葵は安堵と感謝をしていた、彼女が自分の意を汲んでくれた事に。この中で、葵は死んでも問題はないが、轟の命は一度失われたら戻らない。リンドも死なないかもしれないが、彼女を犠牲には出来ない。だから、こうするしかなかった。

 触手の先端が背中を突き破った感覚が迫ると同時に、2人の姿が見えなくなったのを確認して地下の入り口の上に向けて刃を放った。



「っ!?」


 これまでにも増して激しい揺れが階段まで届き、思わずリンドも轟もその場で姿勢を崩す。今度こそダメかもしれないと思いながらも、迫り来る者から彼を庇う様にリンドは前に出るが──


「……追いかけて来て、ない?」


 先程までの揺れがまるで嘘だったかの様に辺りは静けさを取り戻し、揺れでヒビこそ入ったが階段もこれ以上の破綻が起きる様子もない。

 見下ろす先、地下室の方。瓦礫で塞がれたその場所をリンドは見つめていた。


「アオイ……アオイ、アオイ!!居るなら、居るなら返事なさい!!」


 しかし、返ってくる声はない。音もない。

 初めて彼が目の前で命を落とした時よりも、明らかに戸惑っている自覚はあった。長くない時間だとしても、彼と関わった時間の密度はそれだけ感情的にさせるものである事に変わりはない。


「私の声を、無視するつもり!!ねぇ、アオイ!!貴方なら私の声、聞いてくれるんでしょ!!聞こえるでしょ!?アオイ!!」


 叫ぶ声も途中から震え、喉が引き攣る感覚に言葉も詰まる。何故あの追跡が止まったかまでは分からないが、彼の身に何が起きたのかを想像するには容易い。

 無駄であると分かりながらも、もう一度声を張り上げようとした時、駆け降りる姿が目に映る。


「と、トドロキ!?どうして!?」

「くそくそくそ!!くそがよおおぉぉぉ!!!」


 地下と階段を隔てる瓦礫を拳で殴りつけながら、轟は叫び続ける。


「テメェやっぱ変だろうがよぉ!!ひ弱な面して!!ひ弱そうな身体して!!そんな奴がなに簡単に他人の為に命を賭けてやがんだ!!」


 瓦礫を殴り続けて進展があるわけではなくとも、轟は殴り続ける。皮膚が切れて、血が出始めても。思わずそれを見てられなくなったリンドが、轟の腕を後ろから掴んで止めようとする。


「や、やめなさい!やめなさいよ!!アオイの守ろうとした命が、そんな無茶するなんて!!」

「この轟様が喧嘩から逃げた所を見たお前が!!言いふらさねぇ様に言いつける必要があんだよ!!」

「やめなさいって!!無茶するなんて、ダメよ!!ダメなんだから!!無駄な事しないで!!」

「剣も、魔法もあるってんなら!!空飛んだり、身体の傷治したり!!無茶苦茶な事が出来る世界なんだろうが!!だから、早く出てこいよ!!寝覚めが悪りぃんだよ!!もし、無茶苦茶な事が出来ねぇなら……こんなクソみてぇな世界で勇者ってもんを待つ奴は、どうすりゃ良いんだよ!?」


 剣もある、魔法に近い物もある、自分の思い描いた物をある程度具現化する力もある。そんな世界だ、夢と希望のある世界かもしれない。

 だが、この世界は人の庭となる為にあるわけでも、ましてやそこで自由自在に生きる事が出来るわけでもない。それを求めて生きようとしたが、そうはならなかった人間は既に会っている。


「──そうよ、葵はこの世界では不死よ。そう考えたら奇跡だって存在するし、都合の良い事もあると言えるわ。だから、瓦礫の向こうから暫くしたら彼の声が聞こえるかもしれないし、時間が経てば、また彼はきっとそこに居る」


 それでも、邪神や魔王をすぐに倒せたり、上回る存在になる近道などなければ、与えられもしない。彼が不死である事すらも、本当はこの世界へと彼を招いた存在の掌の上なのだとすれば、不死を利用する様に彼を見捨てた自分は、轟の言うクソみてぇな世界を作る要素の1つではないか?とリンドは己自身に問いかける事になる。

 彼の不死の中に、彼の痛みが伴う。この世界で半端に頑丈になった身体は死にゆく感覚を長く感じさせ、痛みを鮮明にさせる。それを知っているだけに尚更。


「だから、だから、そうね。皆が待ってるんだから、簡単に死んだりしたら、ダメよ。そうよ、死んでんじゃないわよ……っ!!」


 縋るように、リンドも瓦礫に身体を寄せる。ここまで近くに来れば、彼の気配を、自分の持ち主の気配を感じられないかと、祈る様に。


「ひっ──」


 しかし、轟の小さい悲鳴でリンドも気付く。瓦礫の僅かな隙間から見える物があることに。

 もっとも、その隙間から流れる血液と、数本だけ混じる黒い頭髪と、彼らしき破片が詰まっているのが見えるだけだ。


「あ、あぁあぁっ!!アオイイィィィ!!!」

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