第60話:女神に贈る詩
「いや、何でそんな事しなきゃいけないのかって所から始まるだろ普通」
「でも納得をしてもらわないと綻びがいずれ出来ちゃうのはクロエちゃんもそう思いますからねぇ。これも一種の儀式みたいな物と思えばおかしくはないかもしれません。知らんけど」
集落での一悶着の後、食事を摂るため一旦ノアに帰ってきた葵達は、先に食堂に来ていたライとクロエにこの件を相談していた。
「ひ、他人事だと思ってぇ……」
「だってよ、言ってしまえばそのリーゼントに認められようが、認められなかろうが、この世界で定められた勇者の規定に則った者がお前だという事実しかねぇわけじゃんよ」
「で、それは集落の一部の人間に対しても言える事なのよね。彼等が騙されてると馬鹿にするわけではないけれど、証明なんてこんな形でする必要なんてないじゃない?むしろ、それ乗る方が思う壺ってものよ。その上で無様を晒す様なら、所有者にお仕置きをしないといけないという私の辛い乙女心を考えた事ある?」
「それは、まぁ思わなくもなかったよ。これって実際は相手が納得する為だけの物であって、俺が何かするまでもない可能性だってある話だよなぁって言うのはさ。っていうか、どんなお仕置きをするつもりなの……」
「先にお仕置き内容について聞く様な弱腰は許し難いわ〜」
「そ、そんなつもりでは!!って……リンド、機嫌悪くない?」
「さぁね、何でかしらね!」
葵の分のサラダからトマトを横取りしながら、そっぽむいてしまう。
彼女の機嫌を損ねた理由は凡そ見当はついている。葵とリンドには強い繋がりがある、リンドはそれ故に葵とは異世界を壊す共犯であり、一心同体と感じている。なのに、彼が今重要視している立場を騙られ、好き勝手言われ、葵がそれに怒らず日和っている事が耐え難いのだろう。彼女にとっては自分自身を軽視されたに等しい。彼女の言葉が届かないのだから、尚更ちゃんと葵にはそこを感情表現してほしかった事だろう。
(確かに、俺が悪い……より正しく言うなら、俺が悪いではなく、俺は腹が立つと言わないと彼女は納得しないのだろうけれど)
彼女の意思を尊重したいのも本音であれば、波風を立てる様な事は避けて生きてきたクセが抜けていないのもどうしようもなく。
そっぽ向いたままの彼女にどう声をかけようか困っていたところ、その様子を見ていたミアが口を開く。
「で、でも実際どんな対決をさせられるんでしょうか。葵さんも完治してるわけではないので、私の立場からすれば、止めたいぐらいなんですけど」
「あぁ、それは俺も気になってたんだよね。出来れば身体的にもあまり乱暴なやつは嫌だなって……」
「的にもって事は、他にも要因があるんですか?男と男の友情といえば殴り合い、そんな感じだとワタシの辞書には刻まれているので貴方の意図を知りたいです」
「知識の偏りを感じるぜ……いつの時代の例だよそりゃ。でもま、確かにそれがシンプルだし勝率も高いだろうと俺は思うけどな。相手が余程の適性を持たない限りは素人には負けねぇだろうし、ってか負けたら流石に恥ずいし。問題があるとすりゃ相手が民間人であるって事だがな」
「そう、そこなんだよ。守る対象相手に力で勝って自分が本物の勇者だ!って滅茶苦茶本末転倒だと思うんだよ。大体、そんな示し方は強さじゃないし、それは勇者のやる事じゃない」
「向こうからそれを提案される可能性があるんですよね。私、既に頭が痛くなってきてます……」
「提案してくる可能性はまぁ……でも、そうだね。そしたら」
正直に言えば、公園で遊んでいる子供が好きなキャラやキャラの称号を名乗っているのと同じ様な物だと考えていた。それに目くじらを立てるのは純粋に大人気ない。だから、ここまで大事にすること自体本意ではないのだ。だが、それ以前に。
「そしたら、彼にその名を語らせるわけにはいかないって、分かるだけの事だよ。俺のやる事は魔王の使徒を倒して、魔王も倒して、邪神も倒して、地球の侵食を止める事に変わりはないんだから」
轟なりの信念がある事は理解し、彼がそう名乗った事で救われた人がいた事も理解した上で、それでも彼の知らない事と知らなくて良い事が多いという点が上回る以上、それを名乗らせ続けるわけにはいかない、それに尽きる。
「と、まぁそんな感じだけど!平和的な内容だったら良いな!などと、思っていてだね!俺痛いのは嫌いなので!」
「ていうかですね、リーゼントさんもあくまでノアに保護されてる人なので、こちらはノアに属する側って時点でアドバンテージですよね?こっちが先に決闘方法を提案すれば良かったのではないですかね。ワタシならそうしますが」
「む゛」
「轟さんの性格からしても、相手の土俵で勝つって考えたら話に乗ってくれそうでしたし、それはそうかもしれませんね。ちょ、ちょっと立場を使うっていうのは申し訳ない気分になりますが」
「む゛む゛っっ」
「ま、お前の気の弱さから、相手に一方的に話を進められちまったのが第一の敗因だったな」
「オーバーキルするな!!俺の木綿豆腐メンタルをいじめないで!!」
「葵さん、ちょっとだけ固さを補強してもそれはお豆腐なんですよ……」
ミアの訂正にトドメを刺された葵は遂に机に突っ伏す。その間にもリンドにサンドイッチを1つ持っていかれた。
「現在艦長も集落に降りて皆さんと話していますし、住人との交流も兼ねて地球人結束深めようぜキャンペーン中ですから、決闘で時間を取られる事もないでしょうし、やる事やる時間はあります。ファイトですよ、今回どう舵を取るかは貴方次第です」
「テメェの運の悪さっつーか、こう言う所はもう筋金入りみたいだから、楽しく見物させてもらうとするぜ」
「大丈夫ですよ、葵さん!使徒と対峙するのと比べたらとても平和的ですから!ね?」
それぞれの激励(?)を受けながら、葵は感謝を述べつつも、ただただ苦笑を浮かべていた。
*
食後、集落の方にまた降りようかとも思ったが、それは後に回して葵はリンドを呼び止め、2人で甲板に上がって話す事にしたのだった。
「私は逃げないんだから用事を優先したら良かったのに」
「いや、君との話の方が後回しに出来ないよ。ほら、あの街でのゴタゴタの後って寝込んだりとか、俺が聞けなかった事を君に聞いたりとかばかりで……なんか、すごくそれって事務的で申し訳ないなぁって思ってたから」
「……別に、それは仕方のない事じゃない。私だってありがとうって言って欲しくてやったわけじゃないもの。どれも自分の目的達成の為に必要だった事だもの」
「そうだとしても、俺の気持ち的に落ち着かないよ。それに、それで割り切れるなら君がそんな顔をする事もなかったと思うんだ。そうさせたのは俺だ。俺の勝手かもしれないけれど、ちゃんとその責任を取らせてほしいよ」
リンドは確かに不機嫌ではあったが、よく見る怒ってる表情というよりも、ひどく寂しそうで、それが発散出来ないフラストレーションと化している様だった。
船の縁に突っ伏す様に顔を隠している彼女は、そんな自分に対してもひどく不満を抱いている様に思えた。
「私、都合の良い女ではないの。私には私の考えがあるし、女神というにはかなり俗っぽいからこんな面倒臭い悩みを持ってしまう事だってある。だけど、私にはそれを伝える事が出来て、それを伝えて良い相手がとても限られてるの」
彼女を認知出来る人間は葵とミア。そして、使徒も該当するが、彼等はそうした親密な関係になる相手ではないので除外した場合、それは極めて少ない交流幅となる。
「でも、それは今更でもあるから、それを過度に悩むのは違うの。もしもそれこそが、私の悩みの種だというのなら、貴方はあの時に私を女神ではなく私をただの女の子として定義したと思う。貴方は他者の本当の望みとか、そういう物に敏感なところがあるから、汲んでくれたと思うわ」
「でも、君が今気を悪くしてるのは、俺が君の代わりにちゃんと怒れなかった事じゃない、のかな。違ったら悪いし、そしたら俺が分かってない証拠だから教えて欲しいけれど」
「間違ってないわ。そうよ、好き勝手言わせるだけ言わせて、結局相手に従って。私には言いたい事が沢山あるのに、貴方は何も言わない。私は貴方の定義した導の女神である事に充足感を覚えていたのに、当の貴方があんな相手に腰が低くて、咎めすら全然しない……貴方にまで蚊帳の外にされてしまったみたいに、思えて」
後半の声は消え入りそうな弱々しさだった。弱みを見せたくない意地と、彼女個人の想いとのせめぎ合いの末に溢された言葉。希釈も添削もされていないそれは、限りなく本音に近い物なのだと理解させられる。
「──分かってるのよ。我儘でしかないってことぐらい。民間人相手だから平和的に貴方が事を進めようとしたのは、間違いではないって。でも、それで納得したくなくて……」
今回の件は葵にとっても、葵の意思関係なく進められた話だが、同時にそれはリンドにとってもそうだったのだ。拒否も反論も言葉にしたところで届かないのだから。
これに対して、どう言うのが正しいのか葵は考える。謝らないといけないと思いながらも、謝るだけでは正解ではない気がした。葵自身、謝罪の言葉を口にすることで、このやり取りに一区切りがついてしまうのは嫌だった。人とのコミュニケーションで、元の世界であれ、異世界であれ、失敗は幾つもあったという彼の後悔の自認が、第一声を“ごめん”という言葉にしたくなかったのだ。
「俺なりに、ここに属しているって意識を持っていて、その中で自分は影響力を持ってる立場という自覚もあって、その中で俺は出来る限り間違ってない事をしないとって思ってたんだ。そんな立場になるのが初めてだったから」
「それは、分かってるつもりよ」
「うん……で、その判断の中で俺は、俺自身の感情の問題になる様な部分は正直無視しても問題ないと思って、今回もそうした……そうしたんだけど、それが許されるのは、あくまで俺だけで自己完結してる時だし、君がそこまで怒ってくれて、同時に傷付くとまで考えが及んでいなかった」
葵の基準から言えば、好き勝手言われてるという領域にすら入っていなかった。ひ弱という言葉がまさしくそうだが、人に言うのは失礼な言葉だが、自分が言われる分にはそれも事実だと思うのみだったのだ。
加えて、どれも対象は葵のみだったのもあって、適度に轟の言う事を流していた所もある。一理あるものかもしれない、彼の考えも否定されるものではない、と。
しかし、今回はそれが裏目に出た。葵自身が言った通りまさかこうなるとは思わなかったのだ。
だが、そもそも轟の言葉よりも、もっと強い言葉を言われた事など幾らでもあった。使徒である連理はまさしく良い例だろう。だから、あくまで今回の件がキッカケで爆発したと言う方が正確なのだろうか。
「でも、君の感じたその寂しさに対して俺はどうすれば良いのか、今すごく悩んでいる。俺が及ばなかった事はもう変わらないし、謝ってばかりの俺はもっと君のこれからについて考えないといけない」
「……良いのよ、私のただの愚痴。貴方が生きていく上でやってきた処世術はすぐに変わらないんだし、私も良い女をやるには、ちゃんと我慢を覚えないといけないじゃない。だから、無理をする事はないのよ」
「良いわけないじゃん!!」
言語化する事で妙に落ち着いてしまったのと、彼の性格を無理に矯正しようという方が余程酷だろうと考えて言った言葉は、むしろ強く反対されてリンドは驚きを隠せず顔を上げた。
「な、な、何で今強く反論するのよ!それならあのリーゼントにもそれぐらいグイッといきなさいよ!!私相手なら許されるだろうからって言ったんじゃないでしょうね!?」
「その後頻繁に会うか分からない人相手の対応と、君の様にずっと一緒にいる人だとどうすれば良いのかの対応は訳が違うよ!」
「訳分かんない!じゃあどうするのよ!どうしてくれんのよ!これからは今みたいに怒ってくれるの!?」
「そうなんだよ!それを保証出来ないから困ってるんだよ!でも、君にそんな思いをさせたくないから今考えてるんだ!」
「だから、そんなの貴方に向いてないから良いって言ってるの!貴方の負担になりたいわけでもないし、面倒臭いこと言ってる自覚もあるから、当の私がもう良いって言ってるの!!考えてすぐに解決策が出る話じゃないでしょ!?」
「俺的には少なくとも面倒臭くないよ!これが嫌だった、悲しかったって、自覚して、それを言葉に出来るのはすごい事なんだよ!?俺はそれが上手く出来ないからこそ、ちゃんと言ってくれた事に対して何が出来るか考えたいの!」
「で!?それをどうするのかって話よ!貴方は既に手一杯なのに出来ない事にまで頭のリソースを割くのはお馬鹿のやることなのよ!!」
互いに声を荒げ、息を切らしながらの暫しの沈黙が挟まる。見張りをやっていた船員が痴話喧嘩か?と視線を向けていたが、2人は互いだけをこの時は見ていた。
相手のことを考えてるから一歩も引かない、どちらが良い悪いではなく、互いに譲れなくなっているが故の言い合い。しかし、ここまでヒートアップすると、流石に互いに考える余裕が出来るというものだった。少しの気まずさからリンドが何も言えないでいると、葵が先に口を開いた。
「決闘は、絶対に勝つ」
「あ、当たり前ね」
「何としても、この世界で君に命を賭けさせてしまったり、人を殺したりした俺が、女の子に鼻の下を伸ばしている上にひ弱野郎だってのを撤回はさせる」
「そ、それも当然ね」
「決闘方法は喧嘩以外で絶対に納得させる。でも、俺なりにこの世界で死ぬ気でやってきた事は最低限認めさせる。君が選んでくれた俺って奴への認識は、改めさせる」
「それで、良いのよ。うん……」
「俺が轟の舎弟になるかどうかの賭けだけど、俺からすれば君の事を賭けてるに等しいって、君の話を聞いて理解した。勝つよ」
いざ、彼自身にそう言われると、らしくないという言葉が真っ先に出そうになってしまう。望んだ通りの宣言ではあるが、葵らしくはないという引っ掛かりを覚えるのは、些か我儘が過ぎるではないかと自問自答し、息を吐く。
ごめん、とは言いたくない。言わせてごめん、などとは彼の言葉に対する拒絶ではないか。
「……あり、がと」
「え、えっ、いや、ありがとうは俺の方っていうか……」
「だ、だって、何だかんだ所有者になる事も受け入れて、戦う事まで受け入れさせたのに頑張ってくれてるし……」
「お、俺の方こそ、その分俺が及ばない所を君にいつもフォローしてもらってるし、フォローを超えた無茶をさせてるし。人魚の街でも君に大変な所を引き受けてくれたからクライルと安心して戦えたんだよ」
「それだって、使徒と戦うのも私の願いを叶えようとしてくれてるからでしょ。それぐらい分かってるのよ、その時点で、貴方は十分私の為に頑張ってると思うのよ」
「使徒と戦うのは、地球にいる人達の為にもなるし、それに……ゼーベルアの時に庇ってくれて、連理の時にも俺を蹴飛ばしたり、えっと、あの、俺がクライルの箱で溺れてた時も、助けてくれたし。命を何度も助けてくれた君に、返せないほどの恩を感じているんだ。だから、頑張れるんだ」
「わ、私だって貴方にお礼したい事は沢山あるわよ!蚊帳の外にされてる気がしてってさっき言ったけど、そうならない様に、プリンをくれたり、エレンの言った事も結構無視して皆の前で私と話してくれてる事、知ってるんだから!」
「お、俺自身が仲間外れとかそういうの、嫌だから!でも、そもそも君が寂しいのは俺も嫌なんだ。だから……うん、本当に配慮が今回は、今回も?とにかく、間違いなく俺は足りなかった。ごめんね、リンド」
「……ううん、私の方こそ、好き勝手を言いたくなったからって、本当に好き勝手言い過ぎたところがあるから、ごめんなさい」
彼女の今回の悩みは簡単に解決出来る物でもなければ、彼女自身が女神という存在を選んだ時から付き合っていかなければならない悩みでもある。だから、全部が解決出来なくとも、吐き出す事で発散する事が最も現実的な現時点の解決法だった。それを解決法と意識してのやり取りでは、お互いになかったわけだが、結果的にリンドの気持ちも落ち着いたのだから正解だったと言えるだろう。
「ごめんついでに、って言うとアレだけど……この世界では、出来るって思う事を魔術として出来るって話だったよね?」
「えぇ、より正しく言うなら精密かつ明確なイメージによって生み出すって感じだけれど、でもそれがどうしたの?」
「いやまぁ、ちょっとお呪いというか、それこそ俺の自己満足の為みたいな物だから気を悪くしたら申し訳ないんだけど、ちょっとお手を、拝借したく」
意図は分からないが、別に気分を悪くする事もない。というより、さっきのやり取りから今のやり取りで瞬く間に気を悪くする方が流石に恥ずかしいというのもある。
だから、首を傾げながらも彼の言う通りに、彼の前に手を出すのだった。葵は差し出してくれた事に礼の会釈をしつつ、その手を取る。
「俺はその手の温度を知っている、人より少し冷たく、俺よりは暖かい手を知っている。温度は命の証、命は存在の証、だから世界はそれを幻にしないでほしい。同じ領域にある存在ではなくとも、人ではなくとも、俺はただ、知ってしまった温度に命という言葉を重ねるだろう。愚者の妄言も、たまには笑って見過ごしてくれ、世界よ。“暗闇の礼拝”」
彼が唱え終わるまで、リンドは何も言わなかったが、彼のやろうとしていた事はよく分かっていた。
(痛いの痛いの飛んでいけと、同じ様な物じゃないの)
心理的に痛みや気分を和らげる言葉、言語化されたそれを聞く事で錯覚させる、いわばプラシーボ効果の一種。葵の唱えた物は、そうした物に思えたが、不思議と彼の手が触れている箇所に強い温もりを感じていた。
この世界の魔術とはいかに錯覚するか、いかに本当だと思い込めるか、いかにそれを現実的に出来てしまうか、そうした物だが、それを考えると温もりを感じた時点で、リンドはもう騙されたのだ。もしかしたら、彼の考えた詠唱が、魔術が、ちゃんと力を発揮していて、今はまだそれを実感出来ていないだけなのかもしれない。不思議と、そう感じられたのは、嬉しいからそう感じるだけなのか、あるいは──
「幼稚かもって思ったけど、この世界の魔術って言葉が力を貸してくれるから、こんな風に見えていて触れられる俺が唱えたら、君が触れるくらいなら出来る様になるかもって思ったんだ」
「幼稚、ではあるかもしれないわね」
「や、や、やっぱり!?」
「恥じないでよ。この魔術はきっと力を見せてくれるわ。触れる必要がある時、触れたいと思う時、貴方の知っている感覚が、私の存在へときっと繋げてくれるわ」
「──うん、俺もそうなる様にって考えた。だから、そうなると良いな」
「なるわよ。貴方が心を込めて、貴方が確かに信じてる物を唱えたんだから。ありがとう、アオイ」
礼を言った後、葵の手の上に自分の手を重ね、暫くはそのままリンドも彼の手を感じていた。お互いの理解の深度を深めたら、もっと世界を騙せるはずだと信じて。あるいは、もっと単純な理由なのかもしれないが。
想いに振り回され、想いに絆される。今日の自分は滅茶苦茶だと思いながらも、俗っぽくなった自分も、悪くはないと思えた。この時は、特に。
『アオイ君、もし大丈夫なら集落の方まで降りて来てくれる?』
そんな最中、エレンからの連絡が入る。その呼び出しの理由は恐らく予想した通りのものだろう。
リンドも、彼のしてくれた約束の為に大人しく手を離す。轟自身が考えるより、色々なものがかかった決闘が待っている。
「じゃあ、行こうかリンド」
「ええ!」
だが、葵達はまだ知らない。この決闘が思わぬ方向に向かい、新たな戦いの序曲となってしまう事を──




